独立 一
独 立 一
翌日、フツは二人の息子フツシとムカリを、二十年前に上陸した浜辺へ連れて行った。
『二人ともよく聞け、知っての通りここが儂らが初めてこの地に足を踏み入れた場所だ』
フツシは当時のことを思い浮かべるように、周囲を見回した。
『儂らのような渡り衆は、何処へ行っても警戒される。しかし、この地の警戒は異質じゃった。オロチ衆は三代かけて築き上げた支配体制を守るため、新しい技術や知恵が入り込むことを拒否しておった。それは今も変わらぬ』
フツシは息子達の顔を交互に見た。
『儂らは青銅だけを造り、それ以外の技術や知恵は隠し通したから、生き延びることが出来た。奴らの鉄造りは百年前のままじゃ。剣も槍も鏃も、儂らの技術を使えば遙かに威力のあるものが造れる。儂はお前達に、儂の知る全てを伝えた。よいか、儂らは頭の中にあるものを隠すことによって生き、子を増やした。しかし、オロチ衆の支配下にいる限り、自由に動くこともできず、びくびくし続けなくてはならぬ。二十年経っても、辰韓に残してきた仲間を迎えに行くことはできなんだ』
フツは、涙の溢れる目で、水平線の向こうを凝視した。
息子達は、黙って父親の背中を見つめていた。
ややあって、フツは二人に向きを変えた。その目に涙はなかった。
『お前達は、儂らとは違う・・・この地の言葉を思うように操り、この地の若者を友とし、何処へ行っても見咎められることはない。年が明けたら、お前達だけであの山を差配するのだ。儂らが隠し伝えて来た技術と知恵の全てを駆使して、オロチ衆に立ち向かう態勢作りをするのじゃ』
十七歳のフツシも十六歳のムカリも、親達のオロチに対する弱腰に、内心反発していた。昨夜の集いで思いがけない方針が打ち出されたが、戸惑いを感じていた。
『親父殿は、そこまで考えておられたか』
フツシは緊張の面もちで答えた。
『夕べ、キヌイから何が言いたいのかと問われ、歳と答えた。覚えておるな』
『はい』
二人が同時に答えた。
『儂らには、歳で間違っておらぬ。引くには良い歳、戦うには相応しくない歳、支えることはまだ出来る歳じゃ。・・・しかしお前達には、時と答えた方が相応しい。そろそろ行動を始める時じゃ』
『行動を始める?』
ムカリが怪訝な表情をフツシに向けた。
これを受け、フツシが言った。
『親父殿は、俺達が子供の頃から、出歩け、友を作れ、とよく言われた。また俺達が帰って来ると、もっと遠方まで行け、何処にどんな人が棲んでおり、どんな山や河があり、どの様な木々が茂ってるかを頭に叩き込めと言われた。あれは全てこの日のため?』
『そうじゃ』
『行動を始めるというのは、準備に取りかかれとの意味・・・』
『そこまで分かっておればよい。これからのことはお前達で謀れ。迷った時には相談に乗ろう。儂らがここでのんびり仕事をしておれば、オロチ衆は警戒はせんじゃろう』