【2】
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母さんが死んでから、今日でちょうど一か月になる。色々と思う節はあるけれど、それでも良い死に方をしたのではないだろうか。何がどう良かったのかと聞かれたら少しだけ言葉に詰まるけれど、恐らくこういうことなのだろう。
誰も、悲しませずに消えることが出来た。
つまり、母さんの死は誰かにとっての悲劇ではなかったということだ。もっとも、当の本人からすれば悲劇そのものなのかもしれない。友人からも家族からも、みなに見捨てられた果てに死んでいったのだから。この僕もまた、当然の如く母親を切り捨てたのは言うまでもない。
「………」
あの人の辿ってきた人生は、一口では言い表せないほどに過酷なものだったと聞く。僕の父にあたる人に借金の片棒を担がされて、しまいには逃げられてしまったらしい。そんな最中に僕が生まれて、それはそれは大変なことだったと思う。結局、僕のことを親戚に預けてあの人は逃亡生活を続けていたらしい。夜な夜な水商売でお金を稼いで、借金取りに見つかったら跡形もなく消えていく。それが、僕の母親だったとか何とか。まあ、そんな生活が長く続くはずもなく今に至る。これは、あの人が亡くなってから耳にした話であるので真偽のほどは定かではない。
聞けば聞くほど悲惨だと思うけれど、同情はできない。僕はあの人のことを何も知らないし、母親だと認識したのは病に倒れてからだ。今まではずっと、僕は自分のことを捨て子だと思っていたぐらいである。であるからして、あの人が死んだところで何も思わない。
これがありのままの気持ちであるが、さすがに人前で話すわけにはいかないだろう。だから僕は、彼女に「母親のお見舞いは?」と聞かれて、はぐらかすことしか出来なかった。
こんな話をしたらきっと、彼女は僕を蔑むのだろう。
そしてまた、彼女と僕が腹違いの兄妹だと知ったら、絶望することだろう。
「………」
あくまでも、僕と彼女は病院でたまたま知り合った者同士。あくまでも、自然の成り行きで恋に落ちてしまったという筋書き。このシナリオを書き替えることは、とてもじゃないが気が進まない。出来ることなら、何も知らずにすべてが終わることを望む――。
などと、こうして日記に記していると少し気分が楽になる。偽るということは、どうにもいけない。かといって馬鹿正直になるのもいけない。これは料理の味付けと同じようなもので、塩梅を気にしなければいけないのだ。だからこそ、僕はこうして日記を書くに留めているのである。
どうか、彼女が安らかに死ねますように。
どうか、彼女が何も知らずに死ねますように。
僕はただただ、そのことばかりを祈っている。




