表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Sword, or Death  作者: 伊吹
3/4

在りし日の夢

残酷描写を含みます。

 『やられたからやり返した』

 誰しもが一度はある経験だと思う。この経験を通して何を学び、何を思うかは人それぞれで俺はどちらかというとやられたら倍返しというのが当然だと思っている方だ。

 だってそうだろう?殴られれば痛いし傷つけられたら悲しい。そしてそれはすぐに怒りだとか憎悪だとかに切り替わるものだ。大体向こうだってやり返されて当然だと然るべきなんだ。やり返されないと思う方がどうかしているだろう。

 だからそういうことが出来ない奴を狙ってそういうことをする輩はクズの極みだと俺は思っている。


 誰かが言っていた。

 やり返すことはいけないとか、復讐は何も生まないだとか。

 確かにそうだろう。だってそれは負の連鎖の始まりになるんだから。

 でもだからなんだ?

 そんなこと言って心を打つことが出来るのは神様と聖人君子だけだ。

 普通の何の変哲のない奴がさあ今から親を殺した相手の敵討に行くぞと意気込んでいる奴にそんなこと言ってみろ。逆にそいつが剣の錆に成りかねないだろう。


 つまり俺が言いたいのはそういうことを言っていいのはよっぽどの徳を積んで来た偉い人たちとかそいつと同じ、もしくは同等の苦労をしてきた奴だけだということだ。


 そして今俺がしていることも『やられたからやり返した』。

 そういうことに含まれるんだろうか。



 ◆



 俺の傍で絶命しているその男は一体何を思ってこんなことをしているのだろうか。

 霞む頭の中でぼんやりそんなことを思った。


 スノウが暗示のように、洗脳のように呟いて何処かに向かった瞬間狙っていたかのようにこの男は俺を襲ってきた。

 男の動きはスローモーションのように俺の目にはゆっくり見えて、硬い鎧に覆われている部分のほんの少しの隙間を突きの要領で俺は何の躊躇もなく刺した。

 男の手から剣が落ちて、俺が刀を引き抜けば男は重力に従って首から血を噴き出しながら倒れていく。


 自分でも気味が悪いほどに俺は冷静に、的確に相手の急所を何の迷いもなく狙った。

 『生きるための犠牲』

 スノウはそう言った。

 そうだ、そう、これは仕方がないことだ。だってこいつが襲ってきた。俺を殺そうとした。だからやり返した。ほら、正当防衛じゃないか。そう思ってしまえ。思考を止めろ。考えるな。止まってしまえ。そうすれば楽になれる。誤魔化せ、嘘を突き通せ。俺自身を――――


 ――――騙し通せ。


 絶叫が辺り一帯に響いた。

 獣の咆哮のような子どもの泣き声のようなそんな絶叫。

 ああ、うるさい、やめろ頭が痛いだろう。


 喉の痛みで気付いた。

 叫んでいるのは俺だった。

 ああ、どうりでうるさいはずだ。


 戦場で声を上げて喚く男は周りから見ればきっと発狂したのだと思われているのだろう。

 けど、俺にとってそれは逆だった。

 正気を保つために必死になってした行動が無意識のうちにこれだった。


 喉が痛い。頭が痛い。心臓が痛い。ああ、どこもかしこも痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいたいいたいいたいいたいいたいいたいイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ。


 叫ぶ俺を見て簡単にやれると思ったのか何人かが俺に切りかかってくる。

 でも俺の神経は今尋常じゃないくらい研ぎ澄まされているせいで叫びながらも確実に急所を狙っていた。

 拍子抜けするくらい簡単にそいつらは俺に息の根を止められていく。


 1人目は腕を切って心臓に止めを。

 2人目は最初と同じように首を突いて。

 3人目は蹴りを叩き込んで追いつめた。

 4人目は、5人目は、6人目は――――――――……………………。


 叫び声は止んでいた。

 耳鳴りがする。身体は熱い。息だってまともに吸えてるのかすらわからない。

 俺の周りにあるこれは何なんだろうか。

 赤くて、重くて、冷たい、何か。

 皆同じような鎧を身に着けて同じような剣を持って俺を襲ってきたこいつらは何なんだろうか。

 頭が良く回らない。

 霞みがかったように目の前がぼんやりする。

 

 (いっそこのまま眠ってしまおうか)


 その場に座って目を閉じようとした俺は突然の殺気に反射でその場をバックスッテップで避けた。

 少し遅れて俺がついさっきまでいた地面に矢が突き刺さる。

 前を見れば弓矢を引いた態勢で俺を睨みつける俺と同い年(といっても今の俺は大人の姿なのだが)であろう中学生くらいの男が立っている。

 手も足もみっともないくらい震えていたがそれでも眼光は鋭かった。

 恐怖よりも圧倒的な怒りと憎しみに燃えているその瞳は確かに俺に向けられたものだった。


 「…………くもっ…………」

 

 キリキリと弓が鳴った。


 「よくもっ、兄さんをっ!!」


 放たれた弓は真っ直ぐに俺に向かってくる。

 俺は足を地面に縫い付けられたかのように動くことが出来なかった。


 血の気が引いた。

 身体が震えた。

 恐ろしいと思った。


 そうだ、俺は、俺は、どうしてこんなにも簡単に――――。


 痛みと共に目の前が赤く染まった。



 ◆



 (痛い)


 思いっきり突き飛ばされて尻もちをついた俺が一番最初に思ったのはそんなことだった。どうやら腰を強く打ったようだ。腰を摩って俺を突き飛ばした張本人のまこに視線を向けた。

 まこの薙刀(岩通しだっただろう)の餌食になったあの男の返り血を浴びたまこはそれでも凛として美しかった。

 風に揺れるポニーテールを本当に馬の尻尾みたいだなんてバカみたいなことも思った。

 無表情で俺を見降ろすまこの身体は擦り傷や返り血で随分と汚れている。


 「死にたかったか?」


 抑揚のないその声に俺は首を横に振った。

 死にたかったらあんなふうに俺は抵抗なんてしない。


 「なら、罪悪感か?」


 また俺は首を振った。

 違う、そうじゃない。罪悪感はたしかにある。けど、俺だって死にたくない。痛いのは嫌だ。辛いのだって嫌だ。あのままむざむざ殺されるなんてたまったもんじゃない。


 (俺は、俺は……)


 「きもち、わるいんだ」


 自分の声とは思えないほど小さくて掠れた声だった。


 「俺は、今日、初めて人を殺した、のに」

 「……」

 「怖いだとか、は感じる、けど……それだけなんだ。吐き気なんかは全然、なくて、むしろ当然だって思った。なんか、なれてるんだ。わかるんだよ、ここを切ればこいつらがもう動かないとか、そういうのが全部、全部っ、わかるんだよ!!」


 頭痛がして頭を押さえた。


 「巻き込まれたはずなのに!納得してるんだよ、この戦争も!!お前らが普通に人殺してんのも!!違和感がないんだよっ、おかしいだろ!?何で俺は平気なんだよっ、何でこんな簡単に納得できてんだよ!?何で俺は……っ」


 掌も、刀も、服も血で返り血でどろどろだった。

 なのに俺はそのことには何も感じなかった。

 死ぬのは怖いはずなのに、相手を殺すことに俺は戸惑わなかった。躊躇も無かった。


 「こんなに正気でいられるんだよ」


 正気を保つために絶叫したなんて嘘だ。

 ああすることで、俺は自分を誤魔化そうとした。自分がこの行為に戸惑いを感じているのだと必死にそう思おうとした。

 だって、じゃないと変じゃないか。

 普通の中学生が人を殺したはずなのに、幼馴染たちが人を殺していくのを見ているはずなのに。

 納得しているなんて、ましてや当然だと思っているなんて、おかしいじゃないか。

 この『戦争』をすんなり受け入れているなんておかしいじゃないか。


 気持が悪かった。

 こんな状況に冷静に対応して、考えられる自分が俺は気持が悪くて仕方なかった。

 これじゃあまるで俺は――――。


 ――――これを知っているみたいじゃないか。


 身体が震えて上手く足が動かせなくなった。

 俺は今、確かに怯えているのだろう。

 何に怯えているのかは自分でもわからないけれどそれでも俺は怯えていた。


 不意にひやりと冷たいモノが首筋に添えるように突き付けられた。


 「選べ。今、すぐにだ」


 耳に良く馴染むはずのまこの声が他人のように聞こえた。

 周りは馬鹿みたいに騒がしいはずなのに俺たちの周りにだけ薄い膜が張られているように妙に静かで喧騒も遠くに聞こえる。

 俺の首筋にピッタリと当てられていた刃先が不意に何かを指した。

 つられるようにして目線をそちらにやれば目に入ったのは倒れた誰か。

 ――――死体だ。

 顔を覆っていた兜がすぐ傍に転がっているせいで顔が良く見える。苦悶の表情のまま固まった顔。虚ろな目がじっと俺を見つめていた。


 その表情に染み付いたのは恐怖なのだろうか。


 ヒッ、と情けない引き攣った声が漏れた。

 それが急に恐ろしく感じて俺の心臓は早鐘を打つ。


 「ここで死んでああなるか、それとも――――」


 刃先が俺の鼻スレスレのところで止まる。


 「剣をとって抗うか」



 ◆



 「…………なんてね」


 まこはおどけたように舌を出して俺に笑いかけた。小首を傾げたそれにいつもならふざけて小突いたりなんかしていたが今の俺にそんな余裕があるわけがなかった。

 全身の毛穴と言う毛穴からどっと汗が噴き出したように感じる。

 何が「なんてね」、だ。あの殺気は明らかに本気だった。

 その証拠に刃先は俺に向けられたままだ。


 「私は死にたくないよ」


 穏やかな声でまこは言う。

 見た目も、仕草も、声もまこのものであるはずなのにまるで知らない他人のように思えた。

 知らない女の顔だった。


 「要くんも死にたくなかった」


 刃先が持ちあげられて……。


 振り下ろされた。


 鮮血が散った。

 俺の頭や背中にもろに生温かい液体がかかる。

 悲鳴を上げて倒れた俺を後ろから襲おうとした輩は呆気なくまこの手で逝かされた。

 身体がべたついて不快感は感じるが、俺はやっぱりぞっとするほど冷静にそんなことを考えられた。


 「死ぬことは、怖い。微睡むことに似ているのかもしれない、痛くて辛いことなのかもしれない。死んだあとがどうなるのかなんてことも誰にも判らない。だから人は『死』を遠ざけたくて病人とか怪我人を遠ざけるのかもしれない。彼らからは『死』が明確に感じ取れるから。自殺は勇気のいることだって私はニュースで流れるたびにすごいなって思うんだ。そんな怖いことを彼らはどんな理由であってもやってのけたんだから」


 まこは俺の頬についている血を拭おうとしたが、固まったそれを拭くのは少し面倒だったのか若干乱暴だった。

 赤くなっているであろう俺の頬は少しだけヒリヒリした。


 「私には、無理だ。自分からなんてそんな勇気ない。強くもない。だから私はこの人たちを殺した。弱い私はこの人たちを殺して生き延びたかった。痛いのは嫌だった。苦しいのだって嫌だった」


 世間話するかのようなその口調はまこが必死で何かに耐えているのだと俺は感じた。

 まこはどんなに切羽詰まっても助けを誰かに求めない。

 平気な顔でそれを上手くしまって、隠して、気付いた時にはもう解決しているような、そんな奴だった。

 そんなまこにいつもいち早く気付くのは兄貴だった。

 甘え下手で、頑固で、不器用なまこを甘やかしてやるのはいつも兄貴だった。

 そんな兄貴は、今はいない。


 「私は、こっちに来たのが早かったからソラくんよりもたくさん殺した。要くんよりもたくさん殺した」


 その告白は懺悔のようだった。


 「それでも、私は――――」


 泣き出しそうな顔に見えた。

 手でまこの口を覆って、俺はいつか幼い日にしたようにまこの額に自分のそれも重ねて息を吐いた。

 兄貴がいない時俺はこうやってこいつを慰めていた。

 気恥ずかしくやるのはもう随分昔のことだがまこにはまだ効果があったらしい。


 「生きたいよ」


 まこは『死』を勇気だと称した。

 でも俺は『死』は彼らに取って唯一で絶対の『救い』だったんだろうと思う。アダムとイヴの禁断の林檎のように、『死』という蛇に魅了されたんだろう。

 少しだけ今はその気持が判るから。きっと死ねば今のこの状況は少しは楽になるんだろうと思えるから。

 罪悪感も、あの憎悪に満ちた目を向けられることもなくなる。

 でも俺にその勇気は無い。まこと一緒で、俺にはそんな勇気はない。


 やりたいことだってたくさんある。会いたい人だっている。

 何を選んでも後悔するなら、俺は生きて後悔したい。


 痛くても、辛くても、苦しくてもいい。

 俺は生きたい。

 生きて、まこと要ともっとバカなことをしたい。

 生きて、兄貴に話したいことだって、言いたいことだってある。


 「俺も、生きたいよ、まこ」


 ああ、声が震えて格好がつかない。でもそれが今の俺には丁度いいのかもしれない。

 まこが小さな声でうん、と頷いた。


 馬の蹄の音が聞こえた。

 どんどんと近付いて来るその音に嫌な予感がしたのはまこもだったらしく、二人で身構える。

 身構えた瞬間俺は後方に吹っ飛ばされた。

 咄嗟に受け身を取ったが相手の攻撃を凌いだ腕がビリビリと痺れてまともに刀を握れない。そのバカみたいな痛みに少しでも反応が遅れていたらと思うと鳥肌が立った。


 「ソラくん!?」

 「……凌いだが。流石は『泡沫の乙女』の狗と言ったところか」


 駆け寄って来たまこと共に黒馬に乗った偉丈夫を見る。

 鎧も、雰囲気も、何もかもが今まで屠ってきた輩とは格が違った。

 怜悧な雰囲気は見下ろされているせいか一層重く、プレッシャーとなって俺に圧し掛かる。冷や汗がこめかみを伝った。

 獰猛なその瞳が俺を見て細められた。訝しげに顰められた眉に俺は奴の次の一手を慎重に待った。


 「何故、貴様がいる?」

 「……あ?」

 「何故、貴様がいる?貴様は……」


 言いかけて男は考えるように顎に手を添えてほくそ笑んだ。


 「ああ、そうか。なるほど、流石『泡沫の乙女』だ。その力、益々欲しくなった!!」


 高らかに宣言したその男に俺がイラッとしたのは言うまでもない。何一人で納得してんだよテメェ。

 腕の痺れはこいつが独り言言っている間に治った。

 プレッシャーはまだあるが、最初ほどじゃない。

 まこを押しのけて俺は前に一歩踏み出した。


 「何ごちゃごちゃ言ってんだよおっさん」

 「ほお、その減らず口は相変わらずか。本当に癪に障る男だ」


 言葉が終ると同時に振り下ろされた剣を刀でいなして俺も懐に入る。

 馬には悪いが思いっきり腹を蹴飛ばして動揺した馬に一瞬気を取られたその男を掴んで無理やり地面に落した、といきたかったがそうは上手くいかず男は俺の手を避けて自分から馬を降り、再び切りかかる。

 紙一重で避けた俺は刀を横に薙いで距離を取った。

 ああくそ、本当にこいつ面倒だ。


 「腕は落ちたのか。まあ、仕方あるまいよ」

 「…………さっきから俺のこと知った風に言うのやめろ。こっちは初対面だっつーの」


 間違えて好敵手気取りとか本気でやめてほしい。俺が居た堪れないから。


 「何を言っている?」

 「何を言っているじゃねーよ。俺はお前なんか知らないっての」

 「貴様――――」


 男が何かを言おうとして俺の視界に広がったのは銀だった。


 「銀狼か……っ」


 憎々しげな男の声が聞こえる。

 

 「まさかこの小規模な軍に王の懐刀たる貴様がいるとは思はなんだぞ。鬼神のローレル」

 「私とて、ここで銀狼が来るとは思わなかった。大方、そこの狗二人を回収しにきたか?」

 「そうねん、ついでにあなたには死んでもらおうかしらん」


 柊の背で見えないがスノウの声も聞こえる。

 随分と物騒な発言をするものだなおい。


 「毒華までとは、相変わらずこの狗どもは『泡沫の乙女』のお気に入りらしいな。まあ、でなければこの男が今いるはずがないがな」

 「……少し黙ってもらおうか」

 「相手にしたいところだが分が悪い。退かせてもらう」


 柊の背を避けて見るとローレルと呼ばれたその男は指笛で黒馬を呼ぶとひらりとそれに跨った。

 去る間際に俺と目が合った気がしたが俺たちはそのまま男の背を見送った。

 ……逃がしてもよかったのか?


 「あやつは底が知れん。退くと言うならそれに越したことは無い」

 「柊ちゃんったら相変わらず甘いんだからん」


 ローレルが退くのを合図に他の兵も次々に引いていく。

 俺は漸く肩の力が抜けて座り込んだ。

 とんでもなく疲れたし、何より眠い。

 まこや柊、スノウが何か言っている気がしたが俺はそれに答えれそうにない。

 悪い、話は後で聞くから寝かしてくれ。俺の身体は今猛烈に睡眠を欲しているんだ。

 眠気に一切抵抗しない俺はそのまま暗闇へと落ちていった。

 

 

 













お読みいただきありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ