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Sword, or Death  作者: 伊吹
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泡沫の乙女

 胸が張り裂けそうなほど痛くて苦しいくて、喉はカラカラで痛い。

 底を尽くことを知らない涙は無尽蔵に溢れて止まらない。

 どんなに痛くても辛くてもこの心臓は相も変わらず規則正しく動いていて止まってしまえと思うのにそれをぼくの身体は許してくれない。

 

 ――――何故、ぼくのこの心臓は止まってはくれないのだろう。

 ――――何故、ぼくは何時もこうなのだろう。

 ――――何故、何故、なぜ、ナゼ?


 どうして、約束したのに。

 どうして、傍にいてくれるって言ったのに。

 どうして、嫌なことは言っていいって言ったのに。


 嫌だ、嫌だ、嫌だ。

 お願いぼくを――――。


 「嘘つき」



 ◆ 



 (かつら)のように美しい黒髪がサラリと音を立てて揺れた気がした。

 はっとするような美貌を持つその女の人は2、3度瞬きをして感極まったように顔をぐしゃりと歪めて勢いのまま俺に抱きついて来た。半ば放心状態だった俺はその行動にぎょっとするも抱きついて来たその人を何とか受け止めてギリギリのところで転げずにすんだ。

 触れ合った場所から温かさだとか花に近いような柑橘系に近いような良い香りがしたとか、意外と胸があっただとかそんなことを思ったが不思議と変な気分にはならなかった。

 こんな美人が抱きついてくれば健全な男子ならもっとこう興奮するだろうと思うかもしれないが俺がそうならなかったのは一重にこいつが誰なのか判ってしまってるからだろう。


 「……色々言いたいことはあるけど、無事ならいいや。元気そうじゃん。まこ」


 本当はもっと文句とか心配させやがってとか言いたかったがまこがこの状態だし、何よりあんまりにも嬉しそうだから俺は苦笑して抱きついているまこの背中をあやすように叩いた。文句は要に言えばいいだろ。

 俺の首に腕を回して抱きついて来ているまこは一層腕に力を込める。おい、バカやめろ。お前の力ゴリラ並みなんだぞ。


 「…………た」

 「あ?」

 「ソラくんの目が覚めて良かった……っ」


 鼻声で言うまこのその言葉に俺は首を傾げる。

 確かに俺は雨の中黒歴史に成りかけるような恥ずかしい状態で倒れたがそんなに眠っていたのだろうか?というよりここが何処だか判らないしその時にはまこは勿論要も兄貴も絶賛行方不明中だったはずだ。それともあれか?俺が倒れて誰かに運ばれた丁度その時にこいつは帰って来たとかか?

 どう考えてもおかしいその仮説をどうしたものかと思いながらまこを見て益々首を傾げる。

 俺の知っているまこはもっと幼かったし何よりこんな髪が長くなかった。ついでに胸も無かった。皆無だった。絶壁だった。


 「何故か今無性にソラくんを殴らなければいけない気がしたんだが……」

 「気のせいだろ」


 声がひっくり返らなかった俺をどうか褒めてほしい。女と言うのはこうも勘が鋭いものなのだろうか。

 それにまこだけではないのだ。違和感は。

 俺の視界だ。正確には視界の高さだろうか。俺は平均的な身長であったからここまで視界が高くなかったはずなのだ。まことの身長差だってほとんどなかったはずなのに今のまこは俺の胸あたりまでしかない。

 身長だけでなく、手の大きさだとかも自分の身体のはずなのに随分と違和感がある。変な感じだ。


 「まこ、お前縮んだのか?」

 「失礼だな。私は平均的な身長だ。ソラくんが大きくなったんだろ」


 いやまあ確かにそう考えるのが妥当かもしれないがどう考えてもこんな寝てる間に急成長とかありえないだろ。仮に突然成長期が襲ってきたとしてもこんな一気に来れば暫くは成長痛で動けないはずだ。

 何とも言えない顔をしていたであろう俺にまこが合点がいったように俺から少し距離をとって笑った。


 「ごめん説明をしなければだな。こっちに来てほしい」


 言いながら俺の手を掴んで小走りになったまこに俺は大人しくついていった。

 そのついでにじっくりとまこを観察する。

 馬の尻尾のように揺れるポニーテールから白い(うなじ)が見え隠れして相変わらず不思議な気品と色気を醸し出している。フロントファスナー仕立てで落ち着いた印象のジャケットブラウスの胸元に大きな白いリボンを巻いていた。袖は薄手のレースのようなもので適度に透けて涼しげだ。ゆったりと膨らむ形の、幅広で大ぶりなラッフルがサイドに施された、ふわりと躍動的な印象のショートパンツにガーターベルトのロングブーツ。白いリボン以外全て真っ黒だった。なのに全体的に暗い印象にならないのはまこの性格や雰囲気なのかそれともこの場所が反対に真っ白だからなのか。

 

 ふと俺は自分の格好を見る。

 普段俺が腕を通している安物のカッターシャツとは比べ物にならないほどの良いものなのだろうと判る肌触りのいいカッターシャツの上から上品でアンティーク調のボタンがあしらわれた重厚感のあるフロント飾りのチェーンが着いたローランドジャケットに細身のロングパンツ、ベルトが巻かれたブーツ。やっぱり俺もシャツ以外真っ黒だった。

 寝ている間に随分と凝った着替えをさせられたものだと俺は溜息を吐きたくなった。



 ◆



 カツン、カツンと俺のブーツとまこのブーツが辺りに響く。

 白いレンガに囲まれた長い廊下を歩くがあるのは灯りの為にと壁につけられた蝋燭だけだ。それもゆらゆらと揺れていつ消えてもおかしくないような灯りなのに不自然なほどに辺りを明るく照らしていた。

 俺の手を引っ張るまこは部屋を出て以来ずっと無言で、俺も口を開くことは無かった。俺のことも今のまこのことも説明できるのならとっくにしているだろうと判っていたから俺は何も言わずにまこに手を引かれるがまま着いていく。

 しかし判っていてもさしたる特徴の無い長い廊下を黙って歩くのは正直気が滅入るものだ。さっき我慢した溜息を思わず吐いてしまいそうになる。

 

 不意に廊下の向こうから何か光のようなものが見えた。

 やっとこの長い廊下が終わるのかとほっとしたのも束の間、着いた場所は一面に鏡がある部屋だった。

 壁にも床にも天井にも隙間なく敷き詰められた鏡の部屋に俺はあんぐりと口を開けて、そこに映った自分の姿に更に驚くはめになった。

 別人が映っていたわけではない。映っているのは俺だ。そう、俺のはずなのだ。


 そこに映っているのは大口を開けた間抜け面をして大人びた俺がいた。

 そして頭の一番冷静な部分で納得する。どうりで視界が高いはずだし、違和感がある筈なのだ。中学3年生の功刀宇宙ではなく何年か経って成長した功刀宇宙がそこにいたのだから。

 ポカンとしている俺を鏡に映ったまこがじっと見つめて眉を下げて笑った。


 「わたしも初めは驚いたんだ。こんな風になってることに」

 「……今いくつなんだ?俺たち」

 「判らない。でも、私たちも気付いたらこうなっていたんだ」


 それだけ言って俺の手を再び引っ張って平衡感覚を失いそうになる鏡の迷路を迷うことなく進んでいく。俺は何度か鏡にぶつかりそうになったが。

 すいすい進むまこが何故か1枚の鏡に迷うことなく歩を進めるものだからぶつかると思い慌てて止めようとした俺は思考がついていかず呆気に取られるはめになる。

 俺もまこもするりとその鏡を通り抜けてしまったからだ。振り向けば鏡が水面のような波紋を描いて、静かに他と変わらない鏡に戻っていった。

 

 「ちょ、何なんだよここ?ビックリハウスかなんかなのか!?」

 「今はそんな感じに思っておけばいい」


 どういう意味だそれは。

 説明をする気が無いのか面倒臭いのか判断できないがまこがそう言って何も言わないので渋々俺はそう思うことにする。

 終わりの見えない鏡の迷路を同じ要領で進んで行き、9回目の鏡を潜ると景色が一変した。


 今までの部屋も白かったがそれとは全く違う白亜の部屋。

 部屋と同じ白亜のアンティーク調の家具や小物が並べられたそこに一際大きな天蓋付きのベッドの後ろにある唯一の窓。

 昔まこと要と見た髪長姫の部屋に似ていると俺はぼんやり思った。

 幻想的な部屋のベッドの上に少女が一人。

 10、11歳ぐらいだろうか?酷く神秘的で儚げな雰囲気の少女。


 月光のような長い髪にトパーズのような瞳を持った幻想的な少女だった。

 精巧に作られた人形のような少女だった。

 白磁のように白い肌。薄く色づいた頬。血のように赤い唇。


 精巧に作られた人形のようなその少女に見入っていると一瞬少女と目が合う。俺を見る泣き笑いのようなその顔は今にも風に吹かれれば消えてしまいそうで驚いたのも束の間。それはすぐに霧散した。

 フンっと鼻息を鳴らして少女は皮肉気な顔で笑った。


 「遅いよマコ。ぼくをどれだけ待たせる気なんだい君は」


 小さな唇から零れた声は大人びたような子どものような不思議な色をしていたが、出てきた言葉は信じられないくらい毒を持ったものだった。

 俺はすぐに確信する。あ、こいつクソ餓鬼だと。


 「文句を言うならあの鏡の部屋をどうにかしてほしいんだが……」

 「あれは侵入者対策だとぼくは何回も説明した筈だよ?君たちが迷わないように態々(まじな)いを掛けてあげてるんだ。迷うことはないはずだよ」


 ギロリとまこを見たその少女にまこは肩を竦めた。

 ……何と言うか本当に小生意気なクソ餓鬼だなおい。


 「ソラ、君は考えがすぐに顔に出るんだ。人を悪く思う時は気をつけた方がいい」


 ふてぶてしく微笑むその少女に俺の口端が引き攣ったのは言うまでもないだろう。

 さっきまでの儚げな雰囲気は何処に言ったのか今ではすっかりクソ生意気な餓鬼になってしまった。

 

 (いや、落ち着け俺。ここは年上の威厳と言うものをしっかりとだな……)

 「なんだい?ニヤニヤと気色が悪い。どうせくだらないことを考えているんだろう」

 「…………」

 「落ち着けソラくん!グーはダメだグーは!!」


 俺の腹辺りを掴んでまこが必死に止めようとする。

 離せまこ!こういうクソ餓鬼には一発ガツンと言ってやらなければ将来が大変なんだよ!決して俺がムカついてとかではないんだ!断じて!!

 

 「いい加減にしろ。話が進まないだろうがバカ」

 「然り。シェヘラザードも程々にせよ」


 まこの腕から逃れようと藻掻く俺の動きは壮年さを感じさせる渋い声と飽きるくらい聞いて来たその声を聞いてピタリと止まった。

 弾かれたように後ろを見てそこにいる見覚えのある、記憶の中より大人びたそいつを見てまこの時ほど驚くことは無かった。

 そいつは、要は俺を見て憎たらしく笑った。一瞬だけその瞳が揺れたのは気のせいだろうきっと。


 「相変わらずの間抜け面だな」

 「うっせーよ。イケメンの間違いだろうが」


 いつもの軽いやりとりが今は酷く懐かしくて、嬉しくて泣きそうになる。

 何と言うかまこと要がいたことに俺は自分が思ってたよりもずっと安心してしまったらしい。悔しいから絶対に言わないが。


 背は俺と同じか少し高いくらいだろう。俺も要も随分と背が伸びたものだ。無造作なヘアスタイルは相変わらずだが頬に切り傷のようなものを作っていた。

 俺と同じタイプの白のカッターシャツに立ち衿と存在感のあるマントをボタンは留めずフロント正面のベルトで留めて着ており本人の元からの雰囲気のせいか何処か凛々しい印象を受ける。フロントのプリーツと飾りボタンがアクセントになっていロングパンツはシンプルで上品なものだった。ブーツもどうやら俺と同じようなデザインのようだ。


 「何だよその傷?ケンカでも負けたのか~?」

 「……俺がやられた傷じゃねーよ」


 その言葉に違和感は覚えたがその時の俺はそれを確認する余裕はなかった。

 今要をからかうように言ったのだって必死にそいつから意識を逸らすためだ。無理だったけど。


 「要くんも(ひいらぎ)さんもお帰り」

 「ただいま。変わりないか?」

 「ソラくんが起きたぐらいしかないな」

 「何、それは嬉しい報告よ」


 呵々大笑とするその人、人?はどうやら口調は古めかしいが随分と穏やかな性格をしていらっしゃるようだ、うん。落ち着け俺。まこと要が普通にしているんだ。落ち着け、よく考えろ普通のことじゃないか。最近は何でもできるような世の中になったんだ、普通フツウふつう……。


 「んなわけあるかぁぁぁぁっ!!」


 頭を抱えて叫ぶ俺をまこは目をパチクリとさせて、要は鬱陶しそうに眉を顰めて見て来た。

 いやいやいや、おかしいだろどう考えても!?


 「何でお前ら普通にしてるの!?おかしいだろこれ!?」

 「何だ、主らまだ説明しておらなんだか?」

 「何してんだよお前ら」

 「するタイミングを逃したと言うか……」

 「ぼくが説明する前に君たちが帰って来たし、まこがトロトロしてたからさ」


 俺だって別に好きでこんな風に騒いでいる訳じゃない。こんな状況になれば誰でも騒ぎたくなるはずだ。

 要の横にいる、まこに柊さんと呼ばれたその人、いや人じゃない。


 星の光を浴びたような銀色にフサフサとした耳と尻尾。一方が黄(銅)色、他方が灰色がかった青色の金眼銀目のややアーモンド型の瞳。耳や首、尻尾も太く、しっかりとしていて地に突く四本の足は丸太のように太く大きい。口元から覗く牙が獰猛さを引き立てていた。

 

 ――――狼だった。


 一目見て犬ではないことを確信させられた。

 絵本や神話に出てきそうな美しい狼は口調は優しいが雰囲気は野生のそれに近いものを感じる。

 某有名アニメ映画野生の姫に出てくるものを想像してもらえれば判りやすいと俺は思う。

 それが普通に話すことも驚きだが問題はサイズだ。大きさが動物園で見たライオンぐらいのサイズなんですけど。下手したらそれよりでかいんですけど。

 絶対頭からパックンいけるじゃんこのサイズ。


 「あらん、柊ちゃんはそんなことしないわん。とってもおりこうなワンコちゃんですものん」

 「いや、口調からしてそうだとは思うけど実際初めて見ると怖いわけでって、へっ?」


 心の内を読まれたのか口に出していたのか判断がつかなかったが変わった口調なのに色っぽさを感じさせるその声は俺の頭上から聞こえた。

 ゆっくりと上を見るとそれはそれは綺麗な笑みに壮絶な色気を湛えた女性が俺を見下ろしていた。


 ふわふわと浮きながら。


 あ、これもう駄目だわ。

 思考を完璧にショートさせようとした俺の頭を要が要所なく引っ叩いた。


 「ややこしい時に出てくるなよスノウ。お陰でソラが完璧にイっちまったじゃねーか」

 「あらん、ごめんなさいねん」

 「とどめを刺したのは要くんだと思うんだが……」


 チクショウ要絶対後で殺す……っ!

 痛みに呻きながらも思考を必死にフル回転させ始めた俺の思考はやはり役に立たなかった。

 緩く巻かれたピンクゴールドの髪を靡かせたその女性はふわりふわりと踊るように舞い、少女を後ろからそっと抱きしめて俺に向かって微笑んだ。

 俺はその色気にやられて顔を逸らした。

 何と言うか、仕草も雰囲気もそうなんだが何よりその服装がいただけない。いや、大変ありがたいんですけどね。


 俗に言うワガママボディを惜しみ無くさらすその人は布面積のだいぶ少ない、こう、スケスケひらひらな、ぶっちゃけると大人の女性の勝負下着みたいな服なのだ。

 結果大変目のやり場に困るわけでして、はい。白状します。ご褒美ですありがとうございます。


 「……柊。その屑を喰べてもいいよ。ぼくが許す」

 「何でだよ!?」


 俺の言葉を無視して少女は何故か拗ねたようにふいっと横を向いてしまった。

 それをやれやれと言った風に見た柊は少女のベッドの傍に寄り、要にスノウと呼ばれた女性は楽しそうに微笑んでふにふにと少女の頬をつつく。

 少女はスノウの手を鬱陶しそうに払って俺を睨んだ。射殺さんばかりの目だ。


 「……ぼくはシェヘラザード。好きに呼ぶと良い」

 「わたくしはスノウドロップよん。スノウって呼んでねん、ソラちゃん」

 「我は柊。驚かせてすまなんだ」


 今更感があるがそこは敢えて気にせず俺も自己紹介しようとしたがシェヘラザード、長いな、に止められた。


 「必要無いよ。ぼくらは知っているからね。それより大分無駄な時間を過ごしたんだ。この世界のことと君たちのことを話そう」


 そう言えば何で知ってるんだと言いかけたがまこと要がいるから2人のどっちかが話したんだろうと結論付けて俺は頷いた。

 それを見てシェヘラザードは満足そうに頷いた。


 「何から聞きたい?」

 「質問するのかよ。えー、あー、俺らが成長してるのは何で?」

 「それについては副作用としか言いようがないね。ここに君たちが来るにはその姿になることが条件だったんだろうね。世界の修正力が働いたんだろう」

 「修正力?」


 普通に生活していれば聞くはずもない単語を聞いた俺は首を傾げる。

 修正テープとか修正ペンならわかるんだけどなぁ……。


 「そんな感じでいいのよん」


 スノウが俺に優しく微笑みかけながら言う。

 ちょっと待て、もしかしなくてもまさかこいつ……。


 「スノウは人の心の内を読むことができる。かく言う我も読唇術を心得ておる」

 「何その四面楚歌」


 逃げ場ねーじゃんか。いろんな意味で。


 「……話を戻しなよ」


 明らかにイラついているシェヘラザードに俺は少し焦って話の軌道修正を図った。


 「そんな感じって?」

 「ソラちゃんが想像したものは間違えたものを上から塗りつぶして修正するのでしょん?あなたたちの今の姿もね、この場所にあなたたちがいるために無理やり塗りつぶして重ねたみたいなものなのよん」


 つまり俺たちがここにいるためにはこの姿になることが必須条件だったということか。

 何と言うかスケールの大きい話だがそこで俺は一つ確信することができた。まあ、柊とかスノウとかあの鏡とか見た時点でもう判ってたことだけど。

 そんな俺の心情をやっぱり呼んだのだろうスノウが笑みを深めた。


 「そうよん。ここはあなたたちがいた場所じゃないわん」


 ああ、やっぱりかよ。

 意味が判らん。何で俺たちなんだ。もっと少年漫画然とした熱血主人公タイプを呼べよ。

 しかも呼ばれったってことは絶対に何か条件とかがあるはずなんだ。お決まりの約束事が絶対にあるんだよな面倒臭い。

 それより俺ら帰れるのか?俺にとってはそこがもの凄く重要事項だ。

 

 「帰れるよ」


 真っ直ぐに。思わず俺の方が目を逸らしてしまいそうなほど澄んだ目で俺を見てシェラは答える。

 おい、というかまさか……。


 「シェーラは心は読めないわん。読めるのはわたくしだけだから安心してねん」

 「君が考えるようなことはそんなことができなくても簡単に判るんだよ」


 いや、それはそれでまったくもって安心は出来ないんだが……。それよりそれはどういう意味だおい。

 溜息をついて俺は頭を掻いた。

 視線でシェラに先を促すと淡々とわざと作ったような無表情で俺を見た。


 「君たちが帰れるのはぼくの願いが叶った時」


 ああやっぱりか。


 「そのお願いって言うのは?」

 「それは追々説明するよ。今は先に君たちの状況や、この場所について話そう」


 何となしに誤魔化された気がしないでもないが取り敢えず俺は頷いた。

 

 「今君たちが居て、今後拠点になるこの場所は『白亜の塔』。本当は名前なんて無かったけどここにいる皆がそう呼んでるらしくてね。まあ、別に覚える必要はないよ」


 そのまんまの名前だな。

 それにしてもここって塔だったのか。益々髪長姫みたいだな。そのうち王子様が迎えに来るんじゃないか?


 「見て判ると思うけど、この塔には様々な種族の人たちが暮らしているんだ。今ここにいるスノウは『花の精』。柊は『星の使者』と呼ばれるここでも稀有な存在さ。他にも獣人やコロボックルなんかもいるよ。興味があるなら塔を回って見るといい。君たちなら彼らも歓迎するだろうからね」


 どうやらこの塔は俺が思っている以上に広くて高いようだ。バベルの塔ぐらいか?いや、あれって意外と低かったんだっけ?


 「君たちには〝奴ら〟からこの塔を守ってほしいんだよ」

 「奴ら?」

 「この塔にはねん。柊ちゃんみたいな珍しい種族もたくさんいるのよん。柊ちゃんみたいに自分たちを守れる強い子たちならいいんだけどねん、そうでない子もたくさんいるからん」

 「然り、それに〝奴ら〟は中々に小賢しくてな。正直手を拱いている」

 「あー、えーっと、つまり?」

 「要は俺たちがここのボディーガードすりゃいいんだよ」


 要が面倒臭そうに言い俺は成る程と手を打った。

 俺たちがここに来たのはそれこそお約束の守ってほしいというお願いらしい。世界を今すぐ救ってくれとかそんな壮大かつ他人に全てを丸投げするような願いなら即答で断っているところだが範囲がこの塔だけならまあ、妥協点だろう。

 ……でも相当な人数いるんだよなここ。やっぱり面倒かもしれない。


 「勿論、ぼく等だって出来うる限りはするし、何も全部君たちに任せる訳じゃないからそこは心配する必要はないよ。そして君たちの身体能力についてもね」


 これは何やらお約束の予感がプンプンしてきたな。

 あれだ、もの凄く力が強くなってたりだとかなんかこう、すんごいことになってるみたいな……。


 「……言っておくけど基本的なものは変わって無いから。もの凄く強くなってるとかそういうのはないよ」

 「ないんかい」

 「当り前だろう。君たちをこっちに喚ぶことだってはっきり言って最大の禁忌(タブー)なんだからね」


 まじかよ。

 それって俺ら大丈夫なのか?色々と?

 俺の複雑そうな表情にシェヘラザードは鼻で笑った。その笑みがぎこちなく見えたのは俺の気のせいだろうか。


 「君たちが気にすることじゃないよ。どうせぼく自体が禁忌みたいなものなんだからね」


 髪と同じ月光色の睫毛がふるりと震えた。

 とてもじゃないがそんな何にもかも諦めきったような、悟りきったような顔は子どもがする顔じゃないだろう。

 何故かムッとした俺は大股でシェヘラザードの許まで行き驚いたように目を見開く柊とスノウを無視してその小さな頭を掴んで左右に揺らした。

 きっと見えないがまこと要は呆れ顔をしているのだろう。いつものことだから別に気にしないが。

 ぐわんぐわんと乱暴に揺さぶっていると状況にようやく追いついたのだろうシェヘラザードが頭に置いている俺の手を無理やり引っぺがした。(若干爪が立って痛かった)


 「と、とつぜん、何をするんだ!!君は!?」


 目が回ったのか微妙に呂律が回って無いシャヘラザードは背後のスノウに優しく頭を撫でられながらも俺を猫のように威嚇する。

 いや、だって、なあ……?


 「何となくだ。気にすんな」

 「……何となくで君は人の頭をシェイクするのかい?」

 

 ジトリ、と睨まれたがはっきり言って全然怖くない。

 うんうんと一人満足した俺はシェヘラザードの小さいくせに高い鼻を摘まんで話の続きを促した。

 ふがっと間抜けな声を発したのが恥ずかしかったのか頬を赤くして俺の手を払ったシェヘラザードがぶっきらぼうに言った。


 「……基本的には変わって無いけど、ぼくが喚ぶときに契約したから常人より遥かに早く怪我が治るはずだよ。急所さへ外せばね」

 「ゾンビみたいだな」

 「発言の撤回を要求するよ!あんなものと一緒にされるなんて不愉快極まりない!!」


 ギャンギャンと俺に今にも噛みつかん勢いのシェヘラザードにごめんごめんと軽く謝ると誠意が感じられないと益々噛みつかれた。失礼な、俺に誠意を要求する方が間違ってるんだ。


 「諦めろ。そいつの辞書に〝反省、後悔、誠意〟という文字は存在しない」

 「てめえの辞書にだって〝品性、謙遜、愛想〟って文字が存在しないじゃねーか」

 「つまり2人ともとんだ屑だな」


 俺と要の醜い言い争いはもまこのその鋭利な刃物よりも一層切れ味が良くて残酷な無邪気な言葉でばっさりと切り捨てられ終焉を迎えた。

 別に傷ついてなんかない。俺も要も鉄のハートの持ち主だから。あれ、何だか目から汗が……?

 どうして純粋で悪意の欠片もない人間の言葉はこうも胸に突き刺さるのだろうか。

 

 ごほん、とあからさまに咳をした柊が話の続きを促した。

 俺たちを気遣ってくれたのだろう。その優しさが余計に辛いこともあったりするんだが。


 「兎に角、してもらうことはこの塔を守ってもらうことだ。そのことをしっかりと頭に入れておいてほしい」

 

 それを聞いて俺はふっと思いついたことがあった。


 「そう言えば〝奴ら〟って何なんだ?」

 「それは……」



 突如けたたましいサイレンのような音が鳴り響いて部屋を揺らした。

 鼓膜が破れるんじゃないかと言うほどでかいその音に俺は頭痛と耳鳴りで気分が悪くなりそうだったがそのサイレンは意外とすぐに止まった。

 何の音かと聞こうとしたがこの場にいる全員の雰囲気が一気に切羽詰まったようなものに変わったことに驚いた俺は咄嗟に口を噤む。

 「こんな時に……っ」とシェラは歯噛みした。


 「(あるじ)様!ご報告します!!奴らがまたこの塔に向かっているとのことです!!」


 勢いよく扉を開けて傾れ込むように入って来たのはシックなメイド服に身を包んだ女の子だった。使用人までいるのかこの家は。ブルジョワめ。

 猫のような目つきの緑髪をお団子にしたその女の子はまさに危機迫る勢いと言った感じだった。

 視界の端で要が舌打ちしたのが見えた。


 「ふむ、して、数は」

 「はい、オズ様がおっしゃるにはおよそ200だと……」

 「あらん、少ないわねん。陽動かしらん?」

 「いや、単純に様子見をしたかったのではないか?恐らく捨て駒だろうさ」

 「前にあんなにやられたのにこりないのねん」

 「…………メイリン。ご苦労だったね。君は持ち場に戻ると良い」


 メイリンと呼ばれた女の子は綺麗に一礼して来た時とは違い静かに退室していった。

 状況に着いていけない俺はただ皆をぼんやり眺めているだけだ。

 まこと要は何処にそんなものを仕舞っていたのか薙刀と弓を取りだした。一目見ただけで本物だと言うことが判る。しかもかなりの名刀のはずだ。

 武装する2人を俺は唖然とし見ることしかできない。

 さっきのバカでかいサイレンも、まこと要の武装も、塔であるらしいここに向かって来ている200という途方もない数字も何もかも理解出来ない、頭が現状に着いていかない。


 明らかに何かと戦う気の2人が俺の方を見た。

 真剣に、それでいてどこか焦ったような2人の雰囲気は鬼気迫るものがあって俺は益々何も言えず、カラカラに渇いた喉を少しでも潤そうと生唾を飲み込んだ。


 (ああ、嫌な予感がする)


 「「ソラ」」


 まこと要が同時に俺を呼んだ。

 まこに呼び捨てにされるなんて初めてかもしれないとバカみたいな考えが頭を過った。

 すっと要が俺の眼前に突き付けるように棒状の何かを突き出してきた。

 鈍色に怪しく輝くそれを俺は何度か扱った経験がある。


 ――――刀。


 柄の部分に紫水晶の数珠が巻かれた美しい刀だ。

 自分でも信じられないくらいに素直に受け取ったそれは気味が悪いほどに俺の手に馴染んだ。

 まこは俺に鞘を渡して来た。

 まるで糸で操られているかのようにまたしてもそれを受け取った俺は慣れた手つきで腰に着ける。

 そんな俺を2人は複雑そうな顔で黙って見ていた。


 「これ……」

 「数珠丸恒次じゅずまるつねつぐ


 俺が言うよりも早くまこが言った。

 数珠丸恒次と言えば天下五剣の一つに数えられている日本刀の名物の一つで俺の記憶が正しければ重要文化財の一つだったはずなんだが。


 「お前の刀だ」


 俺のその考えに被せるようにして要が言い聞かすように言った。

 

 「俺のは扇の的」


 那須与一が打った矢がそう名称されていた気がする。

 弓は本来竹で作られた消耗品のはずだが要のそれは随分と上部そうで装飾も凝った物のように見える。矢はだって鋭い鉄製でアーチェリーに近い感じかもしれない。


 「私のは岩通(いわとおし)


 武蔵坊弁慶が使っていたとされる薙刀だったはずだ。確か残っているのは名前だけの有名な太刀でもあったはずだが、それにしてもでかい。大きさは刃だけでも1mはあるだろこれ。まこの身長など優に超しているがまこは平然とそれを片手でもっている。

 ……ゴリラ並みだなホントに。


 ブォンッ! と風を切る音がして俺は慌てて身を低くかがめた。

 その俺の頭スレスレをまこのバカでかい薙刀が通過した。殺す気か!?


 「失礼なこと考えただろう」

 「……いや、気のせいだ」


 今後まこの悪口は止めよう。殺される。


 「仲が良いのねん。でも遊んでる暇はもうないわん」

 「左様。どうやらもうそこまで来ているようだ」


 スノウと柊に言われて気付く。

 そうだ俺は遊んでる暇なんてない。この武装の意味も何もまだこいつらから何一つ聞いていない。

 そう思うはずなのに俺はそれを聞けなかった。いや、聞かなかった。


 わからない、わからない、わからない…………わからないはずなのに、わかる。

 この刀の意味も、段々と聞こえて来た外の喧騒も、ピリピリとしたこの独特の緊張感も。


 「本当にしつこい連中だな」

 「全くだ。お陰でソラに説明でき仕舞いだ」


 普段と変わりない足取りでまこと要はシェラに近付いた。

 ベッドから降りたシェラは長いレースのスカートで足元が見えないがきっと傷一つない細い足なのだろう。

 同じようにレースで隠れた片腕を突き出すようにすると白魚のような細く小さな指が長い袖から覗いた。目を細めて2人を見る。

 それに合わせるようにそれぞれの得物を差し出すように掲げ跪く2人はまるで異国の騎士のようで、神々しい。聖書にでも出てきそうな、一枚の絵画のようなそんな光景。

 教会の一場面のようなその光景を見て俺は授業で旧約聖書の旧約は〝古い約束〟という意味を持つのだと先生が言っていたことを思い出した。何故かはわからないがその〝古い約束〟という言葉が今は凄く重く、大事なもののように思えた。


 「汝は我を守る盾。汝は我を守る矛」


 厳かで神聖さを感じさせるシェラ独特の不思議な音が唇から零れて、響く。


 「誓いを此処に。これを守らん限り、我は汝を祝福す」

 「「御意に」」

 

 淡い蛍のような光がまこと要を包んで弾けた。

 幻想的で美しいその光景に思わず息を呑む。


 光が徐々に薄まって、完全に消えるとまこと要は俺の方を一瞬だけ見てこの部屋唯一の窓から勢いよく飛び出した。

 

 「はぁっ!?」


 何なの!?何で急に飛び降りたの!?ここ何階だよ!!バカなの死ぬの!?自殺志願者だったの!?


 「安心せよ。あれぐらいあやつらにとっては造作もない」

 「そうよん、自殺志願者なんかじゃないから安心してん」


 柊が同じように窓から飛び降り、スノウは俺に流し眼を送って窓から飛び出した。(浮遊しに行ったの方が合ってるかもしれない)

 茫然とした俺の許にいつの間にか近寄っていたシェラが俺の袖を引っ張った。

 下を向くと思っていた通りシェラは小さかった。俺の腹辺りに頭がある。

 じっと俺を見つめるシャラに多分さっき2人がやっていたあれをやれということだろうと考え付いて渋々跪く。……黒歴史だなこれ。

 見ている分には神聖な劇を見ているようで良かったが自分がやるとなるとなんかこう、もの凄く羞恥が上回る。

 シェラが俺の頭の上にその小さな手を置いた。


 「汝は我を守る盾。汝は我を守る矛。誓いを此処に。これを守らん限り、我は汝を祝福す」

 「…………」


 正直に言おう。もの凄く恥ずかしい。何これ本気で恥ずかしいんですけど。

 俺が返事を言いあぐねているうちに蛍火のようなそれは俺たちを囲んでいく。羽毛に包まれているような不思議な感覚を錯覚する。


 「…………」

 「…………」


 上から無言の圧力を感じる。

 いや、判ってるんだよ。言わなきゃいけないのは。でもね、人は誰しも心の準備というものが必要で合ってだな……。

 

 ちらりと窺うようにシェヘラザードに視線を向けて俺は絶句した。


 「…………」


 それはもう今にも泣きだす寸前のような顔のシェヘラザードがいたからだ。

 ただその泣きそうな顔は俺がこの儀式を渋っているからとかじゃなく何かに耐えているようなそんな表情だった。

 

 (……あー、クソっ)


 覚悟を決めて俺は刀をシェヘラザードに挿し出した。

 不敵に笑って俺なりの肯定の言葉を。


 「守ってやるよ。お姫様」


 にやっと笑った俺の顔と刀を交互に見て目を瞬かせたシェヘラザードは可笑しそうに笑った。

 年相応の可愛らしい笑みだった。



 ◆



 すたっと軽々着地した俺は高い高い、天まで届きそうな『白亜の塔』を見上げた。

 要やまこたちと同じように窓から降りて来たが不思議と恐怖を感じることはなく地面に近付く寸前で落ちる速度が弱まったので難なく着地することが出来た。

 どちらかというと着地した今の方が怖い。よくあんな高いところから降りて無事だったな俺。


 身震いした俺は今度は喧騒がした方に目を向ける。

 この場には俺しかおらず聞こえるのは騒がしい何かだけ。

 目を凝らせば少し歩いた先に薄い霧のようなものが立ち込めているのが判る。あれがきっと塔の仲の鏡のような役割を果たしているのだろうと察した俺は小走りでそこに向かった。


 近付くにつれて徐々に大きくなるその喧騒は俺の考えが正しいことを教えてくれる。

 緊張か、恐怖か、はたまた高揚か。判らない震えを必死に押さえこみながら俺はその霧に勢いよく突っ込む。


 そこは荒れ地だった。

 

 荒れ果てたその土地を馬や人が踏み荒らす。

 武装して馬に乗っているのは間違いなく俺たちと同じ〝人〟だった。

 見たことのない大きな鳥や、獣人が武器を持って争っている。その中に混じってまこが容赦なくその薙刀を振るっていた。

 鮮血が飛んで、悲鳴が上がって、種族性別関係無く何人もがどんどん倒れていく。


 何だこれ。これじゃあまるで。


 「そうよん」


 ふわりと芳しい香りと柔らかな肢体が俺を後ろから抱きしめた。

 見なくても判る。この特徴的なしゃべり方と艶っぽい声の持ち主を俺は一人しか知らない。


 「これはねん、〝戦争〟なのん」


 事も無げにスノウは俺の耳元で囁いた。

 どうでもいいが耳元に息を吹き掛けながら囁くのは止めてほしい、何て考える余裕は自分にはまだあるようだった。


 「〝人〟と〝そうでないもの〟の戦争」

 「……塔を守るのが仕事じゃなかったか」

 「うふふふ。そのために必要なことだってもう判ってるくせに知らないフリをするのねん。現状を否定したい人の子がやる悪い癖だわん」


 映画を眺めているような気分の俺に一人の武装した兵士が切りかかってきたが何処からか飛んで来た弓矢に首を貫かれて倒れた。

 スローモーションのようなそれを俺はただ眺めていた。


 「……要」

 「そうよん、今のは要ちゃん。相変わらず惚れ惚れしちゃう」


 うっとりと恋する乙女のような溜息を漏らすスノウはきっとここがこんな戦場じゃなければ誰しもが振り返るような色香漂う顔をしているに違いない。

 かく言う俺だって今がこんな状況じゃなければきっとドギマギしていたんだろう。


 思考が現状に着いていかない。いや、正しくは追いつくことを拒否してうまく回らない。

 視界の先のまこは表情こそ見えないがまるで何かの作業のようにその薙刀を振るって、その度に鮮血が飛んでいた。


 「わたくしたちを狙っているのはねん、〝人〟なのよん」


 くすくすと笑ってスノウは俺の正面に回る。


 「だからあなたはまこちゃんや要ちゃんみたいに〝人〟をそれで払ってしまえばいいのよん」


 美しく目の前の女は笑った。

 俺が持っている刀に触れて俺の額に軽く唇を押し当てる。微かなリップ音にこんな状況じゃなければ脳が焼き切れているだろう。


 「大丈夫よん。わたくしたちだって協力してるものん。だから……」


 美しい女は美しく笑って俺に言う。


 「わたくしたちを、シェーラを守ってねん」


 『逃げることは許さない』と。

 

 自分でも表情が凍りついていることが判る。

 比較的に楽だと安易に考えた自分は何て愚かだったんだろうか。


 「うふ、うふふふふ、そうねん、あなたたちの倫理観に反することだけど、でも、わたくしたちは必ず何かを誰かから搾取して生きているじゃないん」

 「…………」

 「あなたたちが生きている者を殺して美味しい美味しいと食べることと一緒でしょん?」

 

 俺を抱きしめて耳に唇を寄せる。


 「生きるための犠牲」


 ほら、一緒でしょう?っと目の前の女は囁いた。

 だから嫌なんだ。こういうのは。


 クソッたれ……っ。


 


 









 

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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