カルディア
「水野さん、今あがりですか?ちょっと一杯いきません?」
「いいですよ。今日は予定がキャンセルになったので、暇ですから」
「へーそうなんですか」
今日は25回目の誕生日。
祝ってくれるはずの友人は、急用でキャンセル。
いつもなら断る誘いも、今日は少しさみしいので受けることにした。
勿論、誕生日なのはシークレットだけれど。
「あ、ちょっと寄り道しません?」
「いいですよ」
隣を歩く吹田さんは、春に転職してきて、私の後輩にあたる。
だけれど、年齢的にも社会人年齢的にも、私より先輩なので、お互い敬語で話している。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
奢ってくれるらしいので、有難く頂いておく。
暖かい缶コーヒーを手で持ちつつ、誰もいない夜の公園のベンチに座った。
「忘れられない人でもいるんですか?」
「どうしたんですか?いきなり」
開口一番に何を言い出すかと思えば…
「いや、ちょっと気になって。たまに、誰かをみてますよね。そこにいない誰かを」
「もし、その【忘れられない人】がいたとして、貴方に関係がありますか?」
「まあ、一応。僕は貴女の恋人の座を狙っていますから」
「わあ、驚いた。こんな可愛くない女、私なら願い下げですけどね」
大袈裟に感情を消す。
好意なら感づいていた。
でも、知らないふりをしていた。
「貴女は素敵ですよ。とっても」
「それはどうも。ありがとうございます」
「で、話を逸らすのやめてくれません?僕、告白したんですけど」
ばれてしまったか。
やはり切り返し方が一枚上手だ。
「お断りさせて頂きます」
「わあ、可愛くない。せめて顔を赤らめてくれればいいのに」
向こうは平常心だ。
「それを私に求めるのは間違ってますよ」
「ですよね。玉砕ついでに一ついいですか?」
「はい?」
そこで初めて、手の中にある缶コーヒーから吹田さんに目線をうつした。
「忘れられない人、いますよね?」
吹田さんは、私の目を真っ直ぐみつめる」
「…まあ」
すっと目線を逸らす。
「どんな人ですか?」
「貴方にメリットあります?この質問」
「少しでも諦めがつきます」
そう言われたら逃げられない。
「不思議な人ですよ。無愛想に見えて、意外と無邪気に笑って、人に好かれやすくて。後、何を考えてるか全く分からない人です」
ああ…やだな。思い出したくない。
「その人とは付き合ってたんですか?」
「私の片思いですよ。告白しましたが、返事が貰えず、もう7年が経ちますね」
「返事が貰えなかったから、忘れられないんですよね?」
「…それも一理あると思います」
駄目だ。
言うな。これ以上、話すな。
止まらなくなる。
なのに、私の口は勝手に動く。
「それ以上に…いないんですよ。この7年間、あの人以上に好きだと思える人が」
ああ、本当に駄目だなぁ。
ずっと封じ込めていたのに。
いつのまにか、目線は手の中の缶コーヒー。
「みっともないですよね。いつまでも過去を引きずって…」
吹田さんは黙って聞いている。
今はその沈黙がただただ有難い。
「私だって前に進まなきゃと思いました。初恋は実らないといいますから、いつまでも囚われるのはやめようと。でもー
心の1番脆いところにあの人が、今もいるんです。私の心臓の位置を教えてくれたのはあの人だったから」
気づけば、開けていない缶コーヒーに涙が溜まっている。
「初めてみました。貴女が感情を爆発させるところ」
それはそうだ。
こうならないようにずっと、気持ちを閉じ込めていたのだから。
心を許している友人にでさえ、言えなかった。
「本当は涙を拭って、格好つけたいところですが…それは僕の役目じゃありませんね」
「え?」
びしょ濡れな世界をゴシゴシと袖で拭い、顔をあげた。
私は再び心臓の位置を知る。
「誕生日、おめでとうございます。水野さん。僕からのささやかな誕生日プレゼントです。じゃあ、僕はこれで」
吹田さんが立ち上がったのは、視界の端で確認できた。
私は目の前の人物から目を離せずにいた。
頭の中では小さい何人ものの私が大パニック。
「…久しぶり。7年前の返事…今、聞いてもらっていい?」
私はただ頷くことしか出来なくて。
7年越しの彼の返事にまた先程とは違った涙が溢れた。