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降臨

 意識が朦朧としている。

 寝ている俺の横では、家族が泣いていた。

 ここは病院か?


 そうか……俺は死ぬのか……


 学校帰りの事だ。道路に飛び出した子供を庇って、代わりに車に撥ねられた。

 警察官の親父に感化されて正義感の強い人間に育った俺は、自分が危険だと考える間もなく、子供を庇う為に走りだした。


 誰かを助けようとして、代わりに自分が死ぬなんてな……

 16歳、高校生になったばかりの俺には、やり残した事がまだまだ沢山あったけど……でも、良い事をして死ねるんなら本望だ。


 母さん、ちゃんと親孝行出来なくてごめんな……

 親父、俺の最後は立派だったって褒めてくれるか?

 兄貴……ベッドの下の掃除と、パソコンのデータ削除は任せたぜ!


 あの子は無事だったんだろうか……

 俺は、見ず知らずのあの子の、命の恩人、正義のヒーローに……なれた……かな……


 ――ピーーーー――




 薄暗くて硬い石の上のような所で目が覚めた。


「あれ?俺、生きてる?」


 起きあがって辺りを見渡してみる。薄暗くて殺風景な部屋だ。

 窓は無く、暗くて良く見えないが、かなり広いようだ。

 少なくとも病院では無いと思う。


「お目覚めですか」


 薄暗い部屋が更に暗くなる。その直後、部屋にあったらしい複数の燭台に一斉に明かりが灯り、部屋全体を灯した。

 声のした方に視線を向けてみると、部屋の中にローブを身に纏った人物が立っていた。声から辛うじて女の子だろうと予測はできたが深々とフードを被っており、顔は見えない。

 近くに歩み寄ってきた彼女は、目の前まで来ると片膝をついて恭しく礼をした。


「この時をお待ちしておりました。どうぞ、こちらへ」


 彼女は身を翻し、ゆっくりと歩き出した。

 何が起きているか分からないが、とりあえず付いていくしかなさそうだ。

 大きな扉を開け、廊下に出る。夜なのか辺りは薄暗かったが、そこはまるで宮殿のような作りだった。


「あの、ここは一体どこですか?」


 何を聞いていいのか分からなかったので、とりあえず一つずつ質問していく事にした。まずはここがどこなのか、自分は死んだはずではなかったのか。彼女は一体何者なのか。分からない事は沢山あり、頭はパニックに陥っていた。

 彼女は立ち止まって振りかえる。そしてフードから顔を出し、深々と腰を折る。

 廊下に設置された仄かな明かりに照らされた彼女の姿を改めて見る事となった。

 先程まではフードのせいで分からなかったが、彼女は整った美しい顔立ちをしていた。髪は明かりを反射するような美しい銀髪。薄暗い中なので、なんとなく分かる程度だが褐色の肌をしており、耳が長く尖っていた。


「申し遅れました。私は宮廷魔術師団、魔法研究特別委員会所属のフェイ・A・ミッシェレントです。フェイとお呼び下さい」


 漫画やゲームでしか聞き慣れていない言葉、魔法が出てきた。しかも何だか仰々しい肩書を持っている人みたいだった。

 

「ここはファラデルの王城です。これからテラスへご案内しますので付いてきてください」


 ファラデル? 国の名前だろうか。ここはどこかの国のお城のようだ。

 城の作り、彼女――フェイの外見から、恐らくファンタジーな異世界に来てしまったんだと直感した。


 フェイは再び振りかえって歩きだした。聞きたい事はまだまだあるが、仕方なく付いていく事にする。大きな階段を上がり、更に廊下を進でいった。

 進むにつれて辺りが明るくなっていた。夜だと思っていたが、先程までの場所が暗かっただけで、階段を上がったあたりからは照明が無くても十分見渡せる程の明るさがあった。

 城と言うだけあってかなり広いようだ。初めて見る西洋風の城に感心し、無言でキョロキョロと辺りを見ながら歩いていたら質問する事を忘れていた。

 大きな扉の前で立ち止まり、フェイは振りかえった。


「これからテラスにて顔を見せて頂きます。ただ姿を現すだけで結構ですので、緊張せずに堂々としていてください」


 大きな扉がゆっくりと開き、テラスへと歩き出す。テラスもかなり広い作りになっている。

 外の景色に圧倒された。遠くに見える景色は岩山のような景色で、一角には緑の山も見えるが、どちらかというと荒れ果てた大地が広がっている。城の周りには城下町が広がっており、かなり遠くまで石造りや木造の建物が立ち並んでいる。

 現代の景色とは全く違う、中世を舞台にしたファンタジーのような世界がそこには広がっていた。


「おいで下さいましたか!」

「お待ちしておりました。我らが王よ!」


 テラスには何人かの先客が居た。その全員が跪き、頭を垂れている。

 中には騎士の鎧に身を包んだ人物もいて、周りの景色と合わせて自分が異世界に来てしまったのだと再度、強く認識した。


「えっと、王って、もしかして俺の事?」


 小さな声でフェイに尋ねると、彼女はコクリと頷いた。

 なんと、自分はこの大きな城の、大きな国の“王様”になってしまったらしい!


「そのとおりです。貴方は我らファラデルの民を導く王として召喚されたのです。さあ、降臨したお姿を民たちに見せてください。我らが“魔王アベル様”」


 ――“魔”が付いた――


「魔王!?アベル!?」


 素っ頓狂な声を上げてしまった。とてつもなく混乱している。

 死んだはずの自分が何故か異世界に来てしまって、何故か魔王になっていたのだ。


「こちらです」


 フェイがゆっくりと歩き出し、混乱しながらもそれに恐る恐る付いていった。

 テラスの下には街の人々が集まっていた。沢山の人がいる。遠くて良く見えないが、その姿は普通の人間……が少しだけ。殆どは悪魔というか、魔物や魔獣の姿をしていた。


 ――オオオオォォォォ!!!!――


 街の人(?)達は歓声を上げた。

 その姿を見て、フェイは満足そうに、うっすらと笑っている。


 そして、肝心の魔王は引きつった顔でその場に固まっていた。

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