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死に化粧屋  作者: 海来
42/44

42話

 聖流は、霧の立ちこめる中に立っていた。どことなく天界を思わせる雰囲気が漂っているが、目の前に陽月が座っているのだからそうではないだろうと思う。

 と、そこに手を差し伸べる聖守の姿。陽月の手がゆっくりと上がり始めそれを取ろうとしている。聖流の中で、これまでに感じたこのない急激な怒りの熱が全身を駆け巡った。皮膚をも焦がすほどに燃え上がる己の怒りの熱が鳩尾で爆発した。

 聖流の口から竜神の咆哮が上がる。人型だった聖流の体から光が四方に発し光の割れたあとには大きな銀色の竜が姿を現した。

 陽月は直ぐにそれが聖流の銀竜だと気付いたが、竜の金色の瞳は炎が映っているかのごとく黄金に輝き、ギラギラと聖守と陽月を睨みつけている。その瞳にあるのは紛れも無く怒りだと思った。このままでは聖流自身が己の怒りの炎に焼きつくされそうな気がする。

『せいる……だめ。やめて……』

 陽月は立ち上がり、ゆっくりと大きな銀竜へと近づく。近寄っただけで、その体から発せられる熱に皮膚が焦がされる様だ。

『なにをやめる。その男を俺が殺す事か』

 そう言った銀竜の口から炎が上がった。

『何を言ってるのよ。何をそんなに怒ってるの。それに何で殺すのよ。あんたに聖守が殺せるわけないじゃない』

 そう叫ぶ陽月の腕を、聖守が握った。

『陽月、危険だ。ヤツは狂っているのだ。兄の真実の巫女であるお前への叶わぬ愛を求め、狂ってしまった。さあ、こっちへおいで。私がお前を守る』

 聖守のこの言葉に、陽月はぱっとその手を払った。

『これは夢だわ。そうよ、そうに決まってる。現実の聖守ならそんな事は言わない。本物の聖守なら、今この時に私の手を取ったりしない。聖流が苦しむと分かっていて、こんな事はしない』

 その時、くすくすと笑う声が聞こえてきたが、直ぐに聖流の咆哮にかき消されてしまった。陽月が振り向いた先に見える聖流である銀竜の顔は、いまや怒りの爆発を待つばかりにまでなっていると、陽月には思えた。

『これは変よ。聖流、落ち着いて。こんなのおかしいでしょ、あんたにだって分かる筈よ』

『おかしいのは、聖流なのだよ陽月。さあ、こっちに来なさい』

 またしても聖守が陽月の腕を取ろうとするが、陽月はぱっと退いた。

『やめて、触らないで。あんたなんか知らない。聖守じゃない』

 今度ははっきりと笑い声が響いた。

『陽月、やはりお前は賢いのだな。その通り、お前はそいつを知らない。なあ、夢魔よ。お前も陽月を知らないだろう。そう簡単に竜神の真実の巫女を取り込めると思ったか。愚か者が』

 銀竜の後ろから聖守が現れ、そっと弟に触れた。

『あいつは夢魔なのか、聖守。夢魔がいるのは知っているが、お目にかかった事はなかった。だが、馬鹿な陽月が見る夢でも、あれは酷過ぎると思った。お前にあまりにも似ていないからな、聖守』

 それを聞いていた陽月が走り出した。同時に聖守に身をやつした夢魔が腕を伸ばして陽月を捕えようとする。しかし、その手は銀竜の口の中に消えた。一瞬にして先の無くなった肘から鮮血が吹き出した。

 ぺっという音と共に、銀竜が何かを吐き出す。陽月は走りながらも、その光景から目をそらした。

『行儀が悪いわよ聖流。口に入れたものは出しちゃだめなのよ』

『ならば、夢魔の手を喰ってしまえと言うのか。そんなものは不味くて喰えん』

 紅く染まった口元から、これまた赤く染まった牙がのぞいている。

『ちょっとやめて、聖流。気持ち悪い……』

 ふと気になって夢魔を振り返ると、その姿は霧の中に溶けて無くなろうとしている。銀竜を見なおした陽月の目の前にあった銀竜の口元の鮮血さえ、霧の中に消えて行く。

『どういうこと……夢魔は』

『まずい聖流、戻るぞ。陽月起きる努力をしてもらおう。実月が危険だ』

『なによ、なんなの』

『さあ、目覚めろ陽月。早くしろ』




 銀竜が叫ぶと同時に、陽月はベッドの上で目覚めた。小さな銀竜も横で起き上がった。聖守はベッドの前に立ちはだかっているが、何かと力比べでもするかのように腕を前に突き出している。

『聖流、たのむ』

 苦しげに声を出した聖守の手の中で、実月の体の中に入りかけている黒い影がうごめいている。小さな銀竜は翼を広げてさっと飛び立ち聖守の手の中の黒い影に噛みついた。

『食いちぎってはいけない。夢魔が逃げる』

 そう言った聖守の言葉が終わる前に、既に食いちぎられた夢魔の切れ端が聖守の手の中でぶるぶると震えてから動きを止めた。

『逃がしたか……』

 聖守はそう言いながら、夢魔の切れ端を懐にしまった。

「聖守……そんなもの懐に入れて大丈夫なの。それに、そいつ実月の中に入ったわよ」

 床に横たわった実月の体をそっと抱え、聖守が陽月のベッドに寝かせた。実月の顔色がみるみる青白く変化して、眉間にしわが深く刻まれる。

『この切れ端が、ヤツを捜す手掛かりになるだろう。ヤツは実月の夢の中で傷を癒そうとする筈だ。夢魔は夢の中では万能なのだよ。すぐにでも実月の夢に入って、ヤツを捜さねば……実月の心が危険だ……』

「実月の夢に入れるの」

『ああ、陽月の助けがあれば可能だろう』

 その時、小さな銀竜が陽月と聖守の間に入って来た。口からは小さな炎を吐き出している。

『陽月をお前に連れて行かせはしない。俺が行く』

 聖守の懐に入った銀竜は、夢魔の切れ端をくわえて出てきた。

『聖流。お前は私と陽月を信じてはくれないのか……確かに、竜神にとって真実の巫女と離れそれも他の男に巫女を預けるなど許せる筈もないだろう。だが、実月の心を一番よく理解しているのは私だ。夢の中で実月の心を守り、夢魔を捕えるのは私にしかできない。お前には無理だ。聖流、分かっているだろう』

 銀竜は無言のまま炎を吐き続けている。その目には怒りだけでなく、苦しみが感じられる。

『私を信じるのだ。そしてお前の巫女を信じろ。陽月の愛を疑うのではない。夢魔の夢の中でさえ、陽月はお前に対する愛を忘れはしなかった。お前だけをひた向きに思っていた。頼む、聖流……我が弟よ、自分自身を信じよ』

 銀竜の体が細かく震えすっと伸びをした。くわえていた夢魔の切れ端を聖守の手の中に落とす。

『信じる。だが、陽月を危険にさらすな。お前が必ず守り通せ』

『命に替えてお前の巫女を守ると誓う。聖流、苦しいだろう……だが、耐えてくれ』

 すっと伸びた細い手が、銀竜を抱えて頭をなでる。

「聖流。実月のために行ってくるから、絶対に待ってて……戻ってきたら、私が今したみたいに抱きしめて頭を撫でて貰いたいの……だから、ここで待ってて」

 名を呼ばれて人型に変化した聖流が陽月を抱きしめた。

『ここで待っていよう。実月を救え』

『さあ、陽月。直ぐに行かなければ。意識を集中して実月の夢に入る事を想像するのだ』

 差し出された聖守の手を陽月が握った。

「行ってきます」

 そう言って目を閉じた陽月を聖流がベッドに横たわる実月の横に寝かせた。その横には白い小さな竜が体を丸めて横たわった。その頭は陽月の手の中に置かれている。

 三人の寝息が聞こえる。聖流はその光景を見つめながら、自分の中で荒れ狂う嫉妬の感情を抑え込もうとしていた。身の内が焦がされる様に熱い。

『ここで待っている。心は陽月、お前と共にいる』

 陽月の口元に笑みが浮かんだ。聖流は自分の声が陽月に届いていると感じ、ふーっと息を吐き出した。

『お前とともに……陽月、愛している』

 そう言って、白竜の頭ののっていない方の手を握りしめた。






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