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死に化粧屋  作者: 海来
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41話

 二頭の竜はぱっと離れ、にらみ合った。その間にきらきらと輝く氷の壁が現れた。

「おやめなさい。何を血迷っているの聖流」

 声をかけた実月を一睨みすると、氷の壁を鋭い尾で粉々に割った。

『お前の氷ごとき、何の障害にもならん』

 大きく口を開き鋭い牙をむいて実月を威嚇した。実月はゆっくりと立ち上がり、竜神の兄弟のいるテーブルまで歩いてきた。そっと手をあげて二頭の小さな竜の背中をなでる。

「私に怒りをぶつけて済むのならそうなさい。私には怖いものはないわ。この力を制御できないまま生きて行くくらいなら、あなたに殺されてもかまわない」

 竜神の兄弟の背中を撫でる実月の手は、とても温かかった。

「ねえ、聖流。あなた、聖守に本気で陽月を渡していいと思っているの。聖守が本気でそれを求めると思っているの。陽月が、あなたではなくて聖守を求めると、そう思うの。なぜ……」

 小さな銀の竜は、まるでため息でもつくかのように煙を吐き出した。

『陽月は、聖守と離れていると淋しんだ。夢にまで見て恋しがる。俺ではない、聖守を恋しがっている。俺にどうしろと言うんだ。俺は、俺は、もしも二人が求めあうなら……』

 声が詰まった。

『求めあうなら、お前はそれを受け入れると言うのだな、聖流。本気で、そんな事が出来ると思っているとは……真実の巫女を侮っているのだな。竜神にとっての真実の巫女とは、つがいと言う事なのだ。掛け替えのない伴侶。それを別の者に渡せる竜神など存在しない。そう考えるだけでも、お前の怒りは頂点に達するのだろう。耐えがたい痛みが心を苛む。相手が兄であろうとなかろうと、お前はその者を殺すだろう』

 銀の竜が白い竜の瞳を食い入るように見た。その目は見開かれて怒りが渦の様に巻きあがって見えた。

『聖流。真実の巫女を間違えることはないのだ。間違いなく、陽月はお前の巫女』

『なら、どうして陽月はお前の夢を見て、お前が戻ってくるのを心待ちにする。俺がいるのに、俺ではなく、お前を追うんだ』

 実月が銀の竜を両手でつかんで持ち上げた。

「聖流。何百年、何千年生きたとしても、分からない事がある様ね。あなたは何も分かっていない。陽月の心の中を知っていてさえ、何も分かっていないのね」

 また煙を吐き出しながら銀の竜が顎を上げた。

『陽月のことならわかってる。お前こそ何もわかっていない』

「そうじゃないわ。女心が分かっていないと言ってるのよ。陽月はこれまで誰か男性と付き合っていた様子はあるの」

『そんなものはあるわけがない。あいつはそんないい加減な女じゃない。生まれた時からずっと見守って来たんだ』

「そう、じゃあ聖流、あなたが陽月にとって初めて愛した男ということになるのよ。きっと初めての感情に彼女自身戸惑ってはいないかしら。あなたの事をもっと知りたい、もっと理解したい、あなたの本心がはっきりと知りたい」

『聞けばいい。俺の心の中を覗けばいい』

「できないわ。怖いもの。彼女が願っている答えが、あなたの心の中になかったら、そう思うと覗くなんてできないのよ。だから、陽月は聖守を頼る。初めて愛した得体のしれない竜神の事を最もよく知るその兄を彼女は頼りにするしかないのよ」

 聖流は実月の顔を見上げて呆然としている。その先を早く聞きたいと切望するように小さく頷いた。

「陽月は自分が困っていた時に、初めて導きの手を差し伸べた聖守の優しさ、誠実さを知っているのよ。信頼している。だから聖流、あなたとの事も陽月は兄である聖守に頼っているの。心を覗けば何でも分かる。でも、覗く事の恐ろしさも陽月はもう理解している。その事はあなたも理解している筈だわ。覗くことが怖いと言うのは……だから、今も陽月の心を覗き見る事は出来なかった」

 白い竜が実月の肩に降りた。

『聖流、早く陽月の元に戻るのだ。敵は何を企んでいるのかわからんのだぞ。お前が動揺していてどうする。自分の巫女を守れ。ただし言っておくが、お前の巫女を差し出されても、私は受け取るつもりは全くないからな』

 銀の竜は鼻からふんっと煙を吐いて消えた。

『ありがとう実月。私にはあれほど上手く説明はできなかっただろう。助かった』

「いいのよ、いつもはあなたが助けてくれているでしょう。それに、陽月は私にとって孫も同然。その伴侶に迷いがあるのは気に入らないわ。それにしても、急にあんな風に思い始めるなんて……あなたを私が独占しているのがいけないのかしら。あなた達が一緒の時にはなかった事でしょう」

 白い竜が首を振った。

『いや、あいつの妬きもちになら何度かお目にかかっている。陽月に触れると、今にも襲いかかってきそうな勢いで睨み付けられる。竜神の伴侶になるということは、どれほどの束縛を受けるのか、陽月にも話しておいた方がいいのかもしれないな』

 老女と竜が同時にため息をついた。その時、聖守の鼻先を何かの匂いがかすめた。

『これは……美月、私達も陽月の所に行った方がいいのかもしれない……』






 聖流は陽月の部屋に戻ると、ベットに横たわって眠る陽月の枕元に降り立った。くるっと体を丸めて陽月の顔の横に陣取った。彼女の長いまつげが頬に影を作っている。この瞳が開いた時には、自分がどれほど陽月を愛しているのかはっきりと伝えようと思う。そして、彼女の心も聞くのだと心に決めた。

 小さな銀竜はまぶたを閉じて休むことにした。本質的に眠る事は必要ではないが、眠らないわけでもない。今夜は、陽月の横で眠りたかった。

 いつの間にか陽月の寝息に小さな銀竜の寝息が重なった。

「せ、い、る……」

 陽月が寝言を言うと、小さな銀竜は人型の聖流に姿を変えた。聖流の腕が伸びて陽月を優しく抱える。とても大事なはかないものでも抱える様に、そっと優しく包み込んでいる。部屋の中には二人の寝息と、不可思議な香りだけがあった。





『ばか聖流……』

 霧の中に陽月の声が吸いこまれ消えていく。少し離れたところにいるのは、竜神の兄弟の出会った初めての巫女月花と聖流だった。二人は肩を寄せ合い何かを囁き合い、微笑みあい、その姿は陽月には恋人同士のようにしか見えない。

 ずっとこの光景を見続けている。自分の夢なら、変えられるのではないかと意識を集中して見ても、目の前の二人の仲睦ましさが変わる事はなく。見れば見るほどに、聖流の真実の巫女は月花だったのだと思わずにいる事が難しくなっていた。月花を愛していたのかもしれない、本気で。だからこそ、弓一郎の中に入って暮らしていたのだろう。月花を守り、癒し、愛を交わす為に。

 もう二度と会うことの叶わない女の替わりに愛するふりをされるのはごめんだ。もしかしたら、聖守の巫女かもしれない、だから聖守を聖流と同じように愛せるかと言われれば、否だ。でも、一人きりよりはいい。ただそこには聖守の気持ちは欠片も入ってはいない。聖守ならきっと優しいだろう、聖守なら傷つけないように自分の気持ちを殺して陽月を大切にしてくれるのかもしれない。

『でも、それは愛していると言う事じゃない。誰も、誰かの代わりにはなれないし、してはいけない。でも、聖守なら慰めてくれる……ちょっとだけ、慰めてもらうだけならいいよね……本物の兄妹だって、お兄ちゃんに慰めてもらう事……あるのかな……』

 陽月の頬を涙がつーっと流れた。

『代わりではない。お前が間違っていただけなのだよ陽月。私はお前が生まれた時に離れていたから、お前は自分の竜神が聖流だと勘違いしてしまっただけなのだ。さあ、私と共に行こう。私の巫女』

 いつの間にそこにいたのか、聖守が目の前に立って微笑みかけ手をさしだしている。

『その手を取れば、私は幸せなのかな……聖守……』

 陽月はゆっくりと手をあげ始めた。

『これは夢よね……』







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