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死に化粧屋  作者: 海来
32/44

32話

 あっという間に、いつもの祠に戻っていた。三人はそれぞれ思いの場所に陣取る。ただ、今までと違って、聖流は陽月の近くに腰を下ろした。それを見て、陽月はそっと聖流に触れる。少し考え込むように、聖流に触れた自分の手を見つめている。

 それを見ていた聖守が可笑しそうに笑った。今までになく、声をだしてはっきりと笑った声に、聖流と陽月は驚いたように聖守を見つめた。

『もう我慢はしない事に決めたのだ。自分の感情を押し隠したところで、お前達には通用しないと分かったのでな。それと陽月、もうお前が聖流に触れたところで、そうそう夢の中には行けないだろう。私の憶測でしかないが、聖流が己の想いを押し隠したことで陽月自身も自分の想いに気づきにくかった。お前には、聖流を愛するとための情報と、真実が必要だった。だからこそ、お前の潜在能力が、本人の代わりに見せた過去の記憶だと思う。互いの愛を認めてしまえば、お前達にとって過去の記憶は必要ではなくなったのだろう』

 怪訝な表情で聖流が陽月をちらっと見た。

『お前には、俺を愛する為に情報と真実が必要なのか』

 また聖守が笑う。

『ひねくれ者と、知りたがりの強情者の組み合わせは、面白いものだなあ』

 二人揃って聖守を睨んだ。

「ひねくれ者は聖守も同じだわ。兄弟そろって仕方ない人たちね。まあ、私は強情じゃないけど」

『いや、強情者だ。いったん決めたら梃子でも動かんだろうが』

『まあ、そう言うことだろう。ところで、取りあえずこの辺り一帯に結界は張っているが、何時まで持つかは分からない。天界からここまで来るには、子守しか通れぬ深海の道が一番近道なのだが、それでも奴らが此処に来るまでにさほどの余裕はないだろう』

 陽月が前に乗り出した。

「ねえ、ここで戦いになったら、お父さんやお母さんまで巻き込んでしまうわ。それに、街の人たちだって同じでしょう。どうするの。女神は武装した兵士を送り込んでくるのかしら」

 腕組みをした聖流が天井を見上げて唸った。

『あれは威嚇の為に連れてきた兵士だろうな。天界を我がものにする為の脅しだ。ここで同じように挑んでくるとは考えにくいな。どうだ聖守』

『うむ、確かにあの女神ならば、姑息な手段でくるだろう。まだ私が女神のいいなりになると思いこんでいるだろうから……これまでも私は自らを偽って実月の元に留まっていたのだ。もう一度同じ事が出来ない訳ではない。相手の懐に潜り込むと言うのも手の一つかもしれんな』

 それを聞いて、陽月と聖流は目を見かわした。

「そんな事するなら、さっき無理やりあなたを連れて逃げたのは何だったのよ」

『お前を二度と女神の元にはやらん』

 はーっとため息をついた聖守は首を傾げた。

『さっき連れて逃げてくれなければ、私はお前達の最強の敵となっただろうな。その方が良かったのかな。今ならば、敵を探る事が可能なのだ。その手を使わないでは勿体ないではないか』

 陽月がさっと立ちあがり、聖守の目の前にいく人差し指を一本立てる。

「いい、あなたがスパイしているって女神に分かったら、ねぇスパイって分かる」

 聖守が嫌な顔をして眉をあげ頷いた。

『もちろん』

「スパイしてる事が分かれば、実の息子にだって何をするか分かったものじゃないのよ。拷問されて、そうね、爪なんか剥がされたり……えっと、ロープか何かで吊るされて硬い物、そうバットで殴られたり……それからっと……」

『拷問の仕方も知らんのに、無理に思いだそうとするな無駄だ。聖守なら拷問の種類など何十でも思いつく』

『いや、百以上は思いつく』

 弟の言葉を否定して、聖守は笑ったまま陽月を見上げている。

「もういいわ。それで一杯傷めつけられて、仲間の秘密をしゃべらせられるのよ。後悔したってもう遅い。仲間の救出は望めない。自力での脱出も叶わない。ねえ、どうするの。そんな凄く恐ろしい目にあうのよ」

 堪え切れないかのように聖守が腹を抱えた。

『陽月、テレビの見すぎじゃないのか。最近は惨酷な描写もあるからな』

「竜神がテレビなんか見てないくせに。偉そうに」

『いや、葉月が生きていた頃はよく見ていたもんだ。葉月は俺を自室のテレビがよく見える場所に置く事が多かったからな』

 目を眇めて陽月は兄弟を交互に見た。

「なによ馬鹿にして。でも、私の言ってる事は間違ってないわよ。感付かれたらどうするのよ。もしも地獄なんかに監禁されたら、助けに行けないじゃないのよ」

 まあまあと言うように手をあげて、聖守が陽月をなだめようとしている。

『感づかれないようにすればいいのだ。もしも、感づかれそうなら直ぐに戻ると約束しよう。ならば陽月も納得がいくのだろう』

『いや、こいつは納得しないね。だって俺も納得しないからな』

 そう言い終わると直ぐに眉間にしわを寄せた。じっと聞き耳を立てる様な仕草をしているのは、二人ともだ。陽月には何も聞こえないし、何も感じない。

「ねえ、なに……」

『大地が動いている。聖流、結界を調べてくれ。お前が張ったものだ』

『大丈夫、もう調べてある。だが、大地となると……来たぞ』

 聖流が手を振ると、目の前の祠の壁が薄れて前が見えるようになる。祠の前の土が盛り上がり、何かが出てくるところだ。土が舞い上がり、渦巻きを作る。その中に影が見える。

 土の噴き上げが止まった。そこには小さな毛むくじゃらの生き物が丸まっている。

「なに、あれ……いやだ、可愛い」

 顔をあげた生き物の丸い真黒な瞳が祠を見上げると、ぴょんと台の上に飛び上がった。陽月は思わず近付いて見つめてしまった。とても可愛い、茶色の毛に黒い鼻、丸い目は中が見えるかのようにじっと陽月を見つめてくる。キピュっと鳴いた。すると、生き物がしゃべった。

『この中にいる事は分かっていますよ。竜神よ、大地の神々はあなたを支持します』

 聖流と聖守の二人ともが同時に立ち上がった。

『なあ、いま大地の神々と言ったのか』

『ああ、そのようだ。支持するとはどういうことだろうな。聖流、もしかして天界では何かが始まっているのかもしれないぞ』

「ねえ、返事してあげないの。この子、ずっと待ってるみたいよ」

『私が行くよりも、聖流、お前が行く方がよいだろうな。私はあのような状態で天界を去っている。神々がどのように私の立場を理解しているか分かったものではないからな』

 最後まで聞いていたのどうか、聖流の姿は洞窟から消え、祠の前にあった。

「あら、もう外に出てるわよ。ねえ、聖守。この子って神様なの。可愛い神様ね」

『いや、大地の神々からの使者だろう。アナグマだと思うのだがな』

 外では、アナグマが聖流の方を振り返っていた。

『あなたの巫女には、私の末娘が助けられました。夫とともに喜んでいますよ』

『あんたの末娘夫婦。陽月になんの関係が……ああ、天界の大将の夫婦か。確かに戦いはしなかったが、それがなんだと言うんだ』

『あの子たちは愛し合って結ばれましたが、あの子の夫は自分の昇進は私の力と思い込んでいるのです。だから、天界に残りそれに報いねばと働いていましたが、娘は天界ではなく大地に戻りたくなった。お腹の子の為に。それを夫には言えずにいたのです。あなたの巫女は、それを夫に理解させ、何が大事なのかを伝えてくれました。感謝していますよ。あのような巫女を持つあなたならば、次期大神に適任と大地の神々が賛同してくれたのです。大神を選ぶ投票には、あなたを推すことにしたと、伝えに来たのです』

 聖流は大きく首振ってため息をついた。

『投票などと、まるで人間たちのような事を始めたのか。それなら言っておくが、俺は大神になど立候補してはいないし、するつもりもない。俺はここで暮らすんだ。申し訳ないが、他をあたってくれ。俺たちはいま忙しいんだ』

 その場を去ろうとすると、目の前のアナグマが揺らいで聖流の目の前に太った年配の女性が現れた。豊かな肉付きのよい体は、丸い顔に黒い瞳、弧を描く唇と合わさって何ともいえず温かみがある。

『はじめまして、大地の女神のひとりテアナよ。あなた、己の決められた運命というものを信じないのですか。あなたが大神となる運命の輪が回り始め、いまこの時に巫女が現れた。天界を正しい道へと導く使命を果たそうとは思わないの。それぞれに生まれた意味があるけれど、あなたのは厳しく重いものね、だから逃げ出してしまうのかしら』

 聖流は眉間にしわを寄せた。

『いや、逃げやしない。ただ、俺の巫女はやりたい事があるんだそうだ。俺はそれをやらせてやりたいし、あいつの傍を離れる気はないんだよ。自分が大事にしてる者を自分自身で守る為にね』

 小首を傾げ、テアナは眉をピクッ動かした。

『そうなの。でも、天界が安定しなければ、この世界にも安定はないのよ。あなたの存在は、新たな大神にとって脅威となる以上、永遠に平安は訪れない。それでも、大事なものを守る事になるのかしら。あなたしかできない事をしないのは、逃げるのと何が違うと言うの』

 聖流はバンっと足を踏み鳴らした。

『俺達は、つい昨日まで天界を追放されてたんだよ。あんた等神々が選挙みたいな人間達と同じ茶番をするつもりでも俺にはそんな御輿に乗る気はない。大神にはもっと相応しい奴がいる。そいつが大神になるまで、あんた等が闘うなら、俺もそれに乗ってもいい。だが、俺自身が大神になるなんて事は絶対にあり得ない。俺は半人だ。この世界に住む』

 聖流は大地の女神テアナを睨みつけていた。






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