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死に化粧屋  作者: 海来
24/44

24話

 ゆらゆらと揺れるベッドの上でいつの間にか寝てしまったようだ、と陽月は思っていた。なんとも心地いいベッドは自分のではない。こんなベッドは持っていない。いったい自分はどこに泊まったのだろう。

『陽月、起きろ。もう到着だ』

 この声も心地がいい。聖流の低い声を聞いて目覚めるのは好きだと思う。

『おはよう、聖流……』

 起き上がってみて、ようやくその場所が子守の腹の中だったと気づいた。到着とは、天界についたということだろうか。

『天界に着いたの』

『いや、まだ天界の裏口に着いたというところだろう。陽月、ここからは声を出さないでくれ、人間の声は天界の人々には異質に聞こえるのだ。いいね』

 聖守が陽月の肩に手を置いてはっきりと伝えた。

『……』

 了解と頷いた。これから言葉を発せられないなんて、自分に続けられるのか疑問だった。気になったことは言葉にする、聞かずにはいられない自分の性格は十分に知っている。気を付けなければならないだろう。

『こいつが本当に黙っていられるか疑問だがな。俺は無理な方に賭けるぞ』

『神様のくせに賭け事はよくないんじゃないの』

『ほら、もうしゃべった。俺の勝ちだな。聖守』

『私は賭けに乗ったとは言っていないではないか』

『…………』

 陽月がこぶしを握って振り回し、自分の怒りを表現している。

『さあ、いつまでも聖流のからかいに構っていないで、ここから出なければ』

 ひゅっと音がして、陽月たちの体が持ちあがる。そのまま明るい光がさす方へと昇って行った。あっという間に、巨大タツノオトシゴの目の前に立っていた。

『ご苦労だったな。あとは私たちでなんとかする。お前は住処に戻っていてくれ。帰りも頼まなければならないだろうから。あとで連絡を入れる』

 子守は首を傾けてちろっと聖守を見た。不満気だ。

『悪いな、子守。お前しか頼りにできないんだ。頼むぞ』

 聖流の言葉に、子守の目が輝いたと陽月は思った。案の定、子守は大きく頷いて見せた。

『……』

 やさしいとこあるじゃないっと心の声で言った。聖流は片眉をあげて陽月をうさん臭そうに見つめ返した。

『さあ、行こうか。敵地に乗り込むのと大差ない。慎重に進むまなければな』

 聖守が二人の前を歩き始めた。

『聖守。お前、母の霊廟が何処にあるのか分かってるのか』

『いや、申し訳ないが私も天界に戻るのは久しぶりなのでな。お前と同じだ。若い頃は、子守に此処までは連れてきてもらった事が何度かあるだろう。だが、ここから先は入れなかった。大神が恐ろしかったのは覚えている』

 陽月がうんうんっと喉を鳴らす。何か聞きたい事があるのだろうが、言葉にする事は出来ない。聖流が眉根を寄せながら頷いた。

『天界に戻る事は許されていなかったのか、と聞きたいらしい。そうなんだろ』

 陽月が大きく頷く。

『お前には陽月の言葉が聞こえるのか』

『聞こえる訳がない』

 聖守は口元を片方だけくいっと上げて、かすかに笑んだようだ。

『まるで聞こえているようだがな。まあいい、天界に戻る事を許されたのはかなりの年月が経ったあとで、私達は成長して大人になっていた。実体のないままだが、正門からどうどうと入ったのでな。だが、天界は居心地がすこぶる良くない。私達には常に監視が付き干渉される。二度と来ようとは思わなかった。その時には既に聖流の母上は亡くなっていたのでな。来る必要もなかった』

 答えを聞いて、陽月は視線を下げた。何か考えているようだ。いきなりジェスチャーが始まった。手を自分の胸に持って行って押さえ、そのあと家の形を作り、聖流と聖守の二人を指差した。

 聖守の口元が弧を描き、聖流がにやりと笑った。

『そうだな、陽月の家が私たち兄弟の本当の居場所だ。ありがとう陽月。さ、行こうか』

 また歩き始めた聖守は、海に向かって激しく落ちて行く滝の横へと移動した。手招きして陽月を呼ぶ。

『今度は完璧に濡れる。覚悟しておいた方がいい、さあ、つかまりなさい』

 陽月に腕を差し出した。聖流は陽月には触れられない、陽月が夢の世界に入ってしまう。陽月は聖守の腕をしっかりとつかんだ。

『滝の水量は半端じゃなぞ。しっかりつかまってないと、海に逆戻りだ』

 聖流の声が頭の上から聞こえるが、滝の流れる音にかき消されてしまいそうだ。だから分かったと大きく頷いて見せた。

『どうしようもなくなれば、俺がつかんでやる。心配するな。まあ、夢の中だろうがな』

 やさしい言葉の後には、必ず憎たらしい言葉が繋がって出てくる。これが聖流だと分かっていても、なんだかなぁと思ってしまう。その時、滝の中へと聖守に連れられて入っていった。

 なんだかなぁ、などと思っている場合ではなかった。大量の勢いのよい水が顔面を叩いていく。前など見えるものではない。水圧に押されて後ずさる。濡れた手は聖守の腕から今にも離れてしまいそうで、陽月は思いっきり握りしめた。だが握っているのは既に聖守の着物の袖のみだ、いつ破れてしまってもおかしくはない。恐怖が陽月を襲った。天界にある海などに落ちて、自分は助かるだろうか、人間は死んでしまうのじゃないのか、もう聖流の皮肉を聞く事も無くなってしまう。

 その時、かくっと手元が揺れそのまま縋っていたものを見失った。体が滝の勢いに呑まれる、そう思った瞬間。温かく硬い何かが陽月を覆った。それが何であるか、彼女には既に分かっていた。

 ……聖流……、陽月の意識はすぐさま別の場所へと移動していった。




 まただ、聖流が私を抱えて助けてくれた。でも、こんな大事な時に意識をなくすなんて情けないったら。陽月は心の中でぼやいていた。

 辺りは薄い霧が立ち込めてはいるが、よく見れば辺りの様子は窺える程度だ。じっと周りの気配を探ると、少し離れたところに聖流と聖守の姿を発見した。思わず走り出しそうになったが、これは夢だと気付く。聖流と聖守の過去の記憶の中にいるのだ。現実ではないのだから助けを呼んでも仕方ない。

 ふと後ろの気配に気づいた。背の高い鼻筋の通った美しい男が二人、何やら話しているがその視線は聖流と聖守に向けられているようだ。

「なんであんなものが特別な計らいを受けるんだ。片方は女神の実子だが、もう片方は人間の子だぞ。たかだか100年やそこらで、俺達よりも格が上か。本当に大神の血が流れてるかも怪しい」

 もう一人が話した男の肩を小突いた。

「小さな声でしゃべれよ、聞こえるぞ。俺達は奴らを見張ってるんだ。気付かれたら大目玉だぞ」

「はんっ、あの半人が自分の母親の霊廟に気付かれないように、上手く誤魔化せって事だろう。大神も、なんであんな人間の小娘に死んでからも入れあげてんだ」

「だからこそ、あの半人は、女神の息子と同じように竜神の筆として生まれ変わったんじゃないのか。あの筆には計り知れないチカラがある。俺達の様な下級神の子供達には決して与えられるもんじゃない」

「納得いかないね。半人は半人だ。それに、最初の巫女は本物の竜神の巫女じゃなかったらしい、死んだんだとさ。本物の竜神の巫女がいなけりゃ、奴らの力も半減どころじゃないだろうな」

「そう簡単に本物なんぞ現れるもんか。現れた暁には、大神の地位自体が危ないってものだ」

 二人の男の話を聞きながら、この時代が月花と共に暮らした時代の後だと分かった。月花は亡くなったのだ。今は、月花の娘の時代だろうか、それとも孫娘だろうか。

 それにしても、竜神の筆には計り知れない力があるらしい。でも、本物の巫女がいなければ仕方ないのだ。本物の巫女はいつ現れるのだろう。あの二人の力を絶大にする竜神の本物の巫女。

 自分はそうではないのは分かり切っている。聖流には好まれはいない。あの二人なら、きっとすぐにそれと分かるのだろから、大切に大切にするのだ、きっと。

「おい、あっちに行かせちゃまずいぞ。戻る様に仕向けなければ」

 二人の男は、聖流と聖守の方へと回り込んでいく。あたかも前方からやって来たような顔をして、声をかけた。

「ほう、珍しい方々が天界にお目見えなのだな。もう天界の豊潤な酒は飲まれたかな」

 さっと視線を男達に向けた後、聖守はいいえと答えた。

「そうですか、ならばご案内いたしましょう。同じ天界の住人同士、仲良くしようではないか。私はしばらく地上へは行っていないのでな、色々と話を聞かせてはくれないか」

「本当だ、地上の話は格別に面白いからな。どうぞ、どうぞ、こちらだ」

 男達は無理やり兄弟を来た方向へともどらせる。

「お二人共もうしっかりとした大人だ。どんな酒が好みかな。天界の酒は地上のものとは雲泥の差だぞ」

 彼らが遠ざかっていくと、陽月は後ろを振り向いた。男達が聖流と聖守を行かせたくなかった場所は、この方角にあるのだ。聖流の母の霊廟が。






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