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死に化粧屋  作者: 海来
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10話

小さな竜が手首から離れた。艶やかに輝いていた銀色のうろこは真っ黒に焦げている。陽月は聖流を両掌でそっと持ち、顔を近付けた。

「トカゲ、大丈夫。ねえ、大丈夫」

『いや、少し休ませてくれ。強い憎悪を呑みこんだ……無茶をするな。まだお前には無理なのに……』

「何、訳がわかんない」

『祠に連れて行け……そこで休む』

 陽月は急いで立ち上がった。一刻も早く家に戻らねばならない。小さな竜を抱えて走り出した。

「どうしよう。電車じゃ駅まで時間がかかり過ぎるよ」

「何してんの速水。あんたも早番だっけ」

 モールのショップで働く昌子が走っている陽月の横から声をかけてきた。やった、昌子はマイカー通勤だ。

「昌子、お願い乗せて帰って」

 昌子が顔をしかめた。

「えー、今日の早番ってデートのためなんですけどぉ。ちょい無理っぽい」

 昌子の前まで駆けて行って腕に片手を巻きつけた。もう一方の手には小さな竜が乗っているのだが、昌子には筆にしか見えない。

「一生のお願い。困ってるの、助けて」

 必死の形相で自分の腕を抱きしめる陽月に、昌子はひるんだ。こんな顔の陽月を拒絶するのは少々怖い。怒るとかなり怖いことはよーく知っている。

「ありえない、ほんと、もう……いいわよ、分かった。送っていくよ」






「ありがとう」

 礼もそこそこに寺の階段を駆け上がり祠を目指す。無理やり送らせた昌子には、本当に申し訳ないと思っている。新しくできた彼氏と二人で旅行に出かけるといっていた。後日、きっちりとお礼をさせてもらおうと心に決める。

 境内をぬけて裏に回る。木々が密生する間を細い道が大きく迂回して続くが、これは大昔の人の手によるものだ。木を切って道を作り、その道を整備しているのは陽月の父である寺の住職だ。この道は林の中で小奇麗に整えられ竜神の祠へと続いている。今までは祖母が毎日通る以外は、陽月が大きくなってからは誰一人通るものはなかった。今は、祖母に代わり父が祠を守っている。

 なぜかこの道を歩いていると今朝見た夢の中の女性を思い出した。きっとこの道を、陽月の祖母と同じように通っていたのだと分かる。そう彼女と混ざり合ったからこそ、今の陽月には理解するものが多い気がするのだ。水の中は心地よいと思えるほどで、何の苦しみもなく気持ちがよかった。母親の胎内を覚えているならば、きっとあんな感じだと思える。

 祠の前に立ち、綺麗に掃除されている中に小さな竜を下ろした。ここで休めば、聖流は回復すると夢の彼女が知っている。

『お前は家に戻れ。ゆっくりと休むんだ』

 聖流の声は弱弱しく小さい。

「一緒にいる。一人にはできない」

『今のお前に何が出来る。迷惑だ……一人にしてくれ』

 陽月は少しずつ後ずさり小道を帰っていく。

「ここは安全。そうこの木々が、竜神を守っている。そうよね」

 夢の彼女に話しかけると、陽月は自宅へと戻っていった。祠の中で小さな竜の姿の聖流が鎌首をあげる。陽月が、この場所が安全だと理解している事が不思議でもあり、なぜか納得していた。そっと頭も戻し、聖流は目を閉じた。



「おー陽月。早いじゃないか」

 境内を掃除していた父親は、少し娘の顔を見つめてから微笑んだ。

「身体の調子でも良くないのかと思ったが、そうでもなさそうだ」

 父は、祖母が亡くなってから直ぐに現れた実月のことや、陽月に竜神が見えることで色々と心配する事が増えてしまったようだ。今日の事は父には言えない。言えば今以上に心配するだけだ。

「うん、体調はいいよ。でもね、ちょっとサボり。ごめんなさい、お父さんが怒るってわかってる。でも、おばあちゃんのお葬式から色々あって、少しだけのんびりと考えたいの。ね、いいでしょう」

 近づいてきた父は、陽月の頭に手をのせるとポンっと叩いたあと、優しく撫でた。

「ああ、少しゆっくりと休むといい。これからの事も考えんといかんのだろう。お前の事だからな。でも、無理はするな。いつでも、父さんはお前の傍にいるから」

「うん」

 うなずいた陽月は祠のある寺の裏手に視線を向けた。自分を助ける為であろう、聖流は酷い状態になっている。早く良くなってほしい、よくなるまで自分はずっと見守り続けるだろう。そして、そんな自分をやはり見守ってくれる父がいてくれる。

「ありがとうお父さん。無理はしないわ……大丈夫」

 振り返った娘の表情が少しゆるんだ事に、父の顔もやはりゆるんだ。

「じゃあ、今日はゆっくり休むんだな」

 返事をして陽月は自宅に入っていった。それを見届けて、父は空を見上げた。

「母さん、孫を見守ってやって下さいよ」

 その日の空は薄い青い色で何故か遠くに感じられた。いつの間にか風が止み、静けさだけがこの辺りを覆っている。

「静かだな……」

 その閉ざされたような空間が、裏手の祠の方からやってきた事には、父は気付かなかった。





『結界か。これはあの娘が張ったものではないな。聖流の結界だ』

「結界を張ると言うのは……どういうことかしら」

『……お前が知る事ではない』

 実月の眉がぴくっと上がった。

「では、お前は知るところだとでも言うわけ」

『……』

 ふんっと鼻を鳴らして実月は寺の前から車を出した。ショッピングモールでの件は目撃していたものの、何が起こっているのか美月には分からなかった。ただ、竜神の声の筆の言うとおりにここまで追いかけてきた。何が起こっているのか、この目で確かめようと思っていたのに、竜神の筆は結界を張ったらしい。誰も近付けたくないと言うことか。

「弱っている……ならば、今が一番のチャンスなのに」

 イラついた手は、ハンドルをバシッと叩いた。



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