20 終末恋物語
結果として、秋人は來坂礼からの妥協案を得てギルドに名を加えることを許してもらえたのだった。探偵に説得されたロアが間に立つことで両者間の摩擦を減らしてくれたのだ。ロア自身はあくまで中立的な立場ではあったが、今回の話し合いの場においてはそれが大きな助けになった。彼女は礼たちの後見人であり、この組織の最大最強の後ろ盾である。そのロアにはっきりと礼に肩入れされると打つ手がない。最初にロアを説得しにかかった探偵の目的は、ロアを自分たちの味方につけることではなく、礼の味方にさせないことだった。
そうしてあれやこれやと議論を重ねた結果、ようやく礼と郁夜を説得することができたのだ。秋人自身の弁舌はてんで使い物にならなかった。二人には感謝している。その話し合いの翌日に改めてギルドに招かれた秋人は、礼と郁夜から詳しい説明を受けた。
家族を失った身寄りのない未成年者であること――それが、ロワリアギルドに所属するための条件だ。その理由は単純明快。成人した者は自分で生活していくことができるが、未成年者はそうではないからだ。子どもでは住む場所も仕事も得られない。
現在二十歳の來坂礼がロア・ヴェスヘリーの監察下でギルドを結成させたのは今から十年前――つまり彼が十歳の頃だ。彼と同年代の雷坂郁夜と、彼らの一つ年下の闇祢零羅という少年を含めた三人が設立当初からここにいたメンバーらしい。
人間社会において成人とみなされる年齢の基準は国ごとに異なる。桜が暮らしているライニでは十六歳から、ロワリア国では二十歳からが成人者となる。秋人の場合、年齢は自分自身でもいまいち把握できていないが、外見に限って言えば確実に二十歳はこえているはずだ。若く見積もっても十代には見えない。つまり秋人には既に一人で生きていけるだけの力がある。現に、今までもなに不自由なくとまではいかずとも、たいした問題もなく生活してこれたのだ。
そして郁夜が言っていた、条件を満たないままギルドに所属している二人――探偵と千野原涼嵐という名の医師。彼らは「表面上の責任者」としてギルドに名前を借しているそうだ。ギルド設立当初、礼たちがまだ幼かったころはどうしても彼らの身許を保証する責任者が必要だった。いくら国の化身の監察下にあるとはいえ、組織自体に世間からの信用がないからだ。なので探偵や千野原医師のように、世間から一定以上の信用を得ている著名人の名を借りたいと交渉したらしい。
だが秋人には彼らのように貸し出せるものがない。仮に秋人が世界にその名を轟かせるほどの功績を持つ著名人だったとして、既にギルドの運営は軌道に乗っており、新たに誰かの名を借りる必要もない。とっくに成人を迎えており一人で生活していける力のある秋人は、だから本来はこのギルドにいることを許されない存在なのだ。今回の交渉は最初から無理のある――いや、無理でしかない話だった。
なので、たしかに秋人はロワリアギルドの一員となることを許してはもらえたのだが、しかし正式な所属者としてではもちろんない。他のギルド員たちに自分がギルドに所属している事実を隠し、誰にも見つからないよう地下の部屋で暮らすこと――それが礼の出した妥協案であり、秋人がこの組織の一員になるための条件だ。
なにも他のギルド員たちと交流するな、という意味ではない。仲良くなって世間話をしようが一緒に遊ぼうが好きにしていい。ただ自分もギルド員である、ということを隠さなくてはならない。
秋人の所属を認めるということは、幼くして家族や住む場所を失うというつらい経験をしてきた他の子どもたちの気持ちを踏みにじる行為になる。彼らは一人で生活していくことも、誰かに頼ることもできず、礼に誘われてやむを得ずここにやってきた――と、礼は真剣な面持ちに低い声で語った。
探偵の助手見習いとして勉強中の身であり、知識や見聞を広めるためにギルドで他の仕事を手伝うこともある、雑用人であり、外部協力者――それが秋人に与えられた表向きの肩書きだ。実際、秋人にまわされてくる仕事の大半は探偵の手伝いになるので、あながち嘘でもない。それどころかほとんど真実そのままだ。
とにかく、先に提示した条件を満たす限りは仕事も住処も斡旋すると礼は言った。ギルドの中心人物やそれに近い立場のギルド員には秋人の存在を知らせているので、有事の際には彼らがいろいろとフォローしてくれる手筈となっている。
來坂礼はギルド員たちの来歴や在り方について非常にシビアな考えを持つようだが、元来お人好しであるのだろう。声色や言葉は厳しかったが、最終的な判断としては秋人を助けることに決めたようだ。
「支部長さんたちには迷惑かけることになるけど……これで当分の間は衣食住に困らずに済みそうだ。あんたのおかげだよ、ありがとな」
「まったく余計な世話を焼いたものだ。名目上とはいえ私の手伝い人となるなら、これからは私の盾として積極的にキビキビ死んでもらわねばな」
とことん意地の悪い男だが、なんだかんだと文句を言いながらも世話を焼いてくれるのだから、やはり根は善良なのだろう。
「フランリーと刈人にも今度ちゃんとお礼しないとな」
身のまわりのことが一段落したとき、ふと桧季桜と梅梨啓吾のことを思い出した。思い出した……というより、今までは環境の変化による忙しさを言いわけに、ただ考えないようにしていただけだ。
結局、秋人は逃げた。
桜からも啓吾からも。そして自分自身からも。
今からでもライニに引き返してはどうかと、何度も考えた。今すぐに桜と啓吾に会って、すべてを話してみてはどうかと。だができなかった。これ以上二人を動揺させたくない。怖がらせたくない。あの二人にだけは怖がられたくない。初めて恋をした相手。初めて理解したいと思えた友人。その表情が凍りつくさまを見れば、きっと耐えられない。だが耐えられないからといって、思考を永久に止めることもできない。
今からでもすべてを打ち明けたいと思うことは、逃げているのだろうか。それとも、それでも打ち明けられないと思うことのほうが、逃げていることになるのだろうか。結局はどちらも自分のためではないのか。どちらも自分が楽になりたいだけで、真に相手を思いやっているわけではないのではないか。
仮にそうだとして、秋人はどちらに逃げれば楽になれるというのか。
今ごろ二人はどうしているのだろう。すぐ目の前で人が死ぬところを見てしまって、桜の心が壊れてしまってはいないだろうか。啓吾は秋人が死んだことを、また自分のせいだと思い込んではいないだろうか。もし早まったことをしていたらどうしよう。
いろいろな不安が頭を埋め尽くす。それを解消する術を秋人は持っていないのだ。不安も葛藤も後悔もすべて抱えて生きるしかない。
それ以外にどうすれば償えるのかがわからない。
噂に聞いていた千野原涼嵐医師とは、ギルドに移住してすぐに対面する機会があった。世界的に見ても有名な名医の家系である「千野原家」の一人で、今はギルド員たちの怪我の手当てをしながら、町の住人達の怪我や病気を診ているらしい。
涼嵐は探偵と親しいらしく、秋人のことも彼から聞いていたらしい。当然というか、フランリーや刈人のことも知っているらしい。直接の面識こそないが、探偵がフランリーに届けている血液パックの提供元こそが、この涼嵐なのだそうだ。
初対面でそこまで話した涼嵐は、秋人の身体を検査させてほしいと言った。検査――といっても、ただの健康診断とそう変わらないものだ。探偵と信頼関係にあり、かつフランリーも世話になっている相手ともなると、秋人もそう警戒する必要もないだろう。断る理由もなかったので承諾し、これでなにか自分自身についてわかることがあれば――と期待もしていたが、その思いとは裏腹に気になる結果は出なかった。
ライニの医療所で検査を受けたときに薄々気付いていたが、やはり普段の秋人の体内は普通の人間とそう変わらない。それが再確認されただけだった。健康状態が通常と異なるときに調べてみればなにか違った結果が出るのかもしれない。自分がいったい何者なのか興味はある。涼嵐からの申し出もあり、これからも定期的に検査を受けることになった。
ギルドに住みついて数日。そのことを隠しとおさなければならないという状況から、他のギルド員たちとの接触を避けて緊張していた秋人だったが、実際に話してみると気さくで明るい子どもたちが多かった。これから一緒に仕事をする機会もあるだろう年下の先輩たちに挨拶回りでもしておくべきか、しかしある程度の距離を置かなければボロが出てしまうのではないか、玄関ロビーでウロウロ迷っていると、それから三分と経たないうちに向こうから声をかけてくれたのだ。
ロワリア国に住むのは初めてだが、隣国のレスペル国も含めて立ち寄ったことくらいはある。そのときから町並みが大きく変わった様子もなく、土地勘と呼べるほどのものは備わっていないが、他のギルド員たちがギルドのことだけでなく町のこともいろいろと教えてくれるので、比較的早く生活に慣れるだろう。
フランリーや刈人とも、探偵が血液パックを届ける際に秋人も同行しているため、ギルドに来てからも頻繁に会う機会がある。刈人は相変わらず無口で秋人を信用しているのか否か判別がつきにくいし、フランリーもいつもどおり秋人にだけ対応が雑というか、どこか扱いがぞんざいだ。嫌われているわけではないことはわかる。本人は無自覚らしいが、よそよそしく気を遣われるよりはよっぽどいいだろう。
そうして三か月ほど経ち、新たな生活にもすっかり馴染んだころ。とある兄弟を巡った事件に秋人も巻き込まれていくことになるのだが、それはまた別の話である。
次回はおまけシナリオです。




