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終末恋物語  作者: 氷室冬彦
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12 青い賢人との対峙

「ああ、やはり生きていたか」


 秋人の死亡と遺体の消失で二度の騒ぎが起こり、再びあの探偵が部屋の中を調べにやってきた。他の宿泊客や宿の主人たちには下のロビーで待つように伝え、部屋には探偵と寿とフランリーの三人だけだ。


 探偵は部屋の中をざっと見まわしてから先の言葉を呟き、秋人が隠れていたクローゼットの扉を開ける。あまりに迷いのない捜索に秋人が目を丸くしていると、探偵は動じた様子もなく続けた。


「お前を殺したのはあの贅肉を腹に抱えた男だな」


 ひどい言い様だが的確な表現だ。寿はベッドの上を飛び跳ねて遊んでおり、フランリーはその隣に腰を下ろして寿が遊んでいる様子を見ている。二人とも秋人には目もくれない様子だ。


「あんた、何者だよ」


「探偵だ」


 秋人の問いに探偵はさも当然のように返す。シャツの血は既に乾きかかっていた。


「おどろかないんだな」


「なにがだ」


「俺が生きていることにだよ。普通はびっくりして、気味悪がったり、怖がったりするもんじゃないの?」


「そういうものか」


「あんた普通じゃないね」


「人は主観でしか物事を捉えられないものだ。貴様からすれば私は普通ではないのだろうが、私からすれば私も貴様も十分に普通だ。主観的意見の相違は人間同士の関わりの中で避けられぬものであり、それが自然であって仕方のないこと。重要なのは、それを自分自身の個人的な見解でしかないと自覚することだ。お互いの話を聞き、譲歩し合い、受け入れる柔軟性を身に着けることだ。要約すると、貴様の矮小な物差しで計っただけの意見を私に押し付けるな」


 探偵は長々と高説を垂れながら窓際まで歩いていく。彼の言っていることの半分が頭の中で右から左へと流れていくのを感じる。


「……俺はどうすればいい?」


 ぽつりと呟くように問う。


「好きなようにすればいい」


 と探偵は答えた。


「貴様を殺した男に一泡吹かせたければロビーに行けばいいし、そのために私に協力してほしいというのなら、手を貸してやらんこともない」


「いいの? 俺もしかしたらあの人を殺すかもよ」


 秋人が無感情に言うと探偵は青い目をこちらに向けた。


「だから、好きにすればいいと言っているだろう。貴様がなにをしようとそれは貴様の自己責任だ」


「冷たいな」


「どの道、死体が消えたせいで私は殺人犯だけでなく、消えた死体の行方と、死体が消えた真相まで説明しなくてはならなくなったのだから、貴様が連中の前に姿を見せないわけにもいくまい。貴様はあの男に殺されたが、死んでも生き返る体質だったため迂闊に動きまわって余計な混乱を招いた――それが今回の事件の真相だろう」


「そこをさ、こう……うまくごまかせない? 俺、できればこの体質のこと黙っておきたいんだけど」


「残念ながら嘘偽りの推理を話すことはできない。それは私のするべきことではないし、そもそも貴様にそこまでしてやる義理はない」


「冷たいな……」


「公平なだけだ。かまわないだろう。どうせこのことが世間に知れることはない。あとのことは自分で決めろ。私には関係ない」


 行くぞ――フランリーと寿に向かって短く声を飛ばし、探偵は部屋を出て行った。寿は一度大きく飛びあがって、転がるように駆けていく。フランリーもそのうしろに続いて扉をくぐった。


 途端に部屋が静かになり、秋人は覚悟を決めるようにため息をついた。



 *



 冷たい夜風が頬をなでる。月明かりに照らされた夜の道を、探偵とフランリーの後ろに続いて歩く。


 あのあと宿のロビーでひと悶着あり――子細は敢えて割愛するが――秋人は彼らとともに宿を出てきたのだ。というより、秋人が勝手についてきただけなのだが。仕方がないだろう。今夜と、竹林が解放されるまでの数日間の宿のアテがないのだから。


「ライニには帰るのか」


 探偵が唐突に言った。秋人へ向けた問いだ。


 職場の人間の前で死んだ。いつもならこのまま別の町へと移り住むところだ。しかし。


「俺は……」


 帰ってもいいのだろうか。答えられずにいると、秋人の葛藤を見透かしたように探偵が口を開く。


「帰りたければ帰るがいい。あの男が貴様の蘇生体質を周囲に言いふらすには、まず自分自身が殺人を犯したことを話さないことにははじまらない。貴様の不利益になるような情報が撒かれることはないだろう。あの男が必死の剣幕で周囲に訴えたとしても、悪い夢を見たか気が狂ったと思われるのがオチだ。あの様子では素行も周囲からの好感も貴様には及ばないだろう」


 たしかに死んだといっても大勢の人々が見ていた前ではないし、桜や啓吾がいたわけでもない。探偵の言う通り、あの男にとっては秋人の正体を言いふらすことのリスクのほうが大きい。


 仮に話したところで、そうだ。彼の言うとおり。どうせ誰も信じない。死んだ人間が戻ってくるなどということは、本来起こり得ないことなのだから。今回の件で彼が秋人を糾弾しようと騒ぎを起こしても、どうとでもできる。


 つまり秋人は――帰れる。桜のもとへ帰っていいのだ。


「帰らない……ってわけにはいかない。待たせてる人がいるんだ」


「そうか」


 探偵の返事は素っ気ない。


「でもさ、竹林はまだ通れないんだろ? 今から宿を探すのはむずかしいし、しばらくは厄介になるよ、フランリー」


 よろしくな、と笑みを浮かべながらウインクしてみせると、黒マントの男は心底嫌そうな顔をした。



 この奇妙な集団は秋人の睨んだとおり、どいつもこいつも人間ではないらしい。


 まず寿。彼――といってもはっきりとした性別はわからない。初見で少年だと判断したため、ひとまず彼と表現する。彼は人型のカルセットだ。本人も言っていたとおり探偵の助手で、主に彼の護衛をしているらしい。魔力を感知することができるのか、近くで能力が使われれば彼が気付く。それから自分たちの身になんらかの危険が迫るといち早くそれを察知し、それを探偵に知らせることによって敵生体との衝突を未然に防ぐこともできる。


 といっても普段はちょっとした雑用がほとんどで、魔力感知はともかく、危機察知については危険を未然に防げたことはほとんどないという。話すのが下手なのであわてるとなにも言えなくなり、とりあえずばたばた暴れてなにかあることは伝えるが、なにがあるのか伝わる前に危機がやってくるのだ。


 この前も意思疎通がうまくいかずに接敵を許し、探偵は何者かに首を絞め上げられ、あわや窒息死するところだったそうだ。その場はどうにか切り抜けたが、首に大きなひっかき傷を負ったらしい。幸い致命傷にはならなかったが、そのときの傷痕がまだ薄く残っているそうだ。その話を聞く間、フランリーが妙にそわそわ落ち着かない様子だったが、理由はわからない。


 そのフランリーは吸血鬼なのだそうだ。普段は家にこもりっきりなのだが、今回は探偵の仕事を手伝うためにリチャン国の西部からここまで来ていたのだという。そういうことはたびたびあるらしい。しかし日中、ちょっとした拍子に帽子が外れて直射日光を浴び、体調を崩してしまったのだ。彼らがあの宿に来たのも、手続きの際に彼がふらふらだったのもそのためらしい。


 たしかによく見ていると、彼が喋れば口の隙間から鋭い牙があるのが見えるし、耳も人間の耳とは違って尖っている。マントも帽子も太陽の光を避けるためと思えば合点がいくし、妙に生白い肌をしているのも納得できた。


 そしてフランリーの屋敷にはもう一人、刈人(かりびと)というカルセットがいる。探偵の話によると刈人とはとうの昔に絶滅した種族で、屋敷にいる一人が最後の生き残りだ。群青色の衣服を身に纏い、顔を隠した小柄な少年のような見かけだ。罪を斬るカルセットらしく、北大陸のロラアン国に隠れ住んでいたところをフランリーが発見し、リチャンまで引っ張り出して一緒に暮らしているそうだ。


 以前までは罪人が視界に入れば問答無用で襲いかかるような有害カルセットだったが、フランリーと暮らすようになってから力の制御に取り組んできたらしく、今ではほとんど無害といっていいらしい。見かけだけなら大人と子どもなのだが、刈人のほうがフランリーよりよっぽど年上で、フランリーは秋人も既に知っているとおりああ・・なので、刈人はなにかと手を焼いていることだろう。


 秋人も彼らと同じく人間ならざる存在なので、彼らの正体に関してはすんなりと理解し、当たり前に受け入れることができた。


 探偵はもともと一人で行動していたのだが、寿がつきまとってくるのを渋々認めると、それからしばらくしてフランリーと知り合うことになり、ときどき会う程度の付き合いに留めていたら、成り行きでもう一人増え。


 彼は秋人を見て、また一人妙なのが増えたと嫌そうな顔をした。


 この集団でもっとも不可解なのはこの探偵だ。


 彼はこの中では唯一、人間らしさを保っている。実際、人間なのだろう。だが人間ではないと言われても納得できる。はっきりどちらとも言い切れない妙な空気感をまとっているのだ。人ならざる存在と一緒にいすぎたせいで彼らの匂いが染み付いてしまっただけだとは思うが、しかしそうでない可能性も捨てきれない。


 彼が人間かそうでないのかすら、秋人にはわからない。


 彼の存在が謎に包まれている――というよりも、もはや彼自体が大きな謎なのだ。謎の塊だ。年齢も、素性も。彼がどこから来て、なんのために行動し、どこへ向かっているのか。彼に関することはなにもわからない。


 宿の一室でのやりとりを思い出す。


「あんた、何者だよ」


「探偵だ」


 ……結局は、それがすべてだと思うよりないのだろう。

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