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剣聖の幼なじみが俺にだけ弱い  作者: 秋原タク


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第35話 過去話3

 三ヶ月後。ノードン村に、新たな住人が加わった。

 小さなその住人は、村長夫婦のしわがれた手に引き連れられてやってきた。


 四歳ほどの少年だった。なんでも、村の南西にある畑の上で眠っていたらしい。

 冬も近いというのに半そで短パン姿で、肌は黒ずみ、ところどころ塞がった切り傷の跡が見えた。

 近年激化している魔王軍との戦いに巻き込まれた戦争孤児だろう、と村長は言った。


〝この子を儂たちの子どもとして迎えたいと思う。どうだろうか?〟


 反対する村人はいなかった。皆が皆、少年に温かい言葉をかけた。ある者は毛布をかけ、ある者はホットミルクを与えた。

 村人たちの突然の好意に、少年は戸惑っている様子だったが、しばらくしてようやく、はにかんだ笑みを覗かせた。

 一気に注目の的となった少年を、ローザは村人たちの輪の外から、つまらなそうに睨めつけていた。

 ローザが守りたい村の中に、少年は含まれていない。

 ローザは少年のことを、村に災いをもたらす外敵のようなものと認識していた。


(あの小僧、処分しますか?)


 脳内で【氷の精霊】が訊ねてくる。

 精霊の容姿はどうしたって目立つので、人前では表に出てこないように言いつけていた。なので、精霊契約したことも誰にも話していない。

 ローザは腕組みをしながら、かぶりを振る。


「そんな大人げないことはしない。かんじょうでうごくのは子どものすることだ。それに、村長さんがきめたことはぜったいだ。私なんかじゃあ、さからえない」

(では、どうなさるおつもりで?)


 共有している感覚から、ローザがこのまま黙って終わる気がないのは明白だった。


「こうするんだ」


 ニヤリと犬歯を覗かせ、ローザはズンズン、と少年に歩み寄る。


 そうか、ローザと同い年くらいか。

 仲良くしろよ。

 この子に色々と教えてやってくれ。


 村人たちが好き勝手言う中、少年が気恥ずかしそうに、ローザに握手の手を差し伸ばす。

 すると。ローザは腕を振り上げて、バシン、と少年の頭を叩いた。

 村の住人になるのは、村長の決定だから仕方ない。

 だが、同じ村に住む以上、どちらの実力が上かを示しておくべきだと、ローザはそう思ったのだった。


 一瞬の静寂の後、少年は目をうるうると潤ませ、ついには大声で泣きだしてしまった。

 やってやったぜ、と言わんばかりのドヤ顔で胸を張るローザ。

 その直後、ゴツン、とローザの頭に母のゲンコツが降り注いだ。


「な……、は、母上? どうして私のあたまを……え?」

(……当然の結果かと)


 脳内の【氷の精霊】の指摘にも反応できず、ローザは殴られた頭をかかえたまま、少年に負けず劣らずの泣き声を村中に響かせる。


 少年の名前は、レイン。

 大雨みたいに泣く子どもたちを見ながら、大人たちは「ピッタリだ」と笑った。



 

 

 あの出会いの喧嘩から、ローザはレインが大嫌いになった。

 これまでは、村ではローザだけが可愛がられていた。蝶よ花よと大事に育てられた。

 けれどいまでは、新参者のレインにその役目を取られてしまっていた。同い年くらいと言っていたくせに、お姉さんなんだから我慢しなさい、などと言われお気に入りの積み木をレインに使われたこともあった。無理やり奪い取ったら、また母に殴られた。泣いた。


 そんな、ある冬の日のこと。

 村の集会があり、ローザの家にレインが預けられたことがあった。

 ふたりで仲良くしてなさいね、とローザの母は言い残して、家を出た。

 集会はおよそ三時間かかる。

 そんな長時間レインと一緒なのかと、ローザはげんなりした。


「ローザちゃん、いっしょにあそぼ?」

「いやだね」

「あ、しってる。そういうの、つんでれ、って言うんでしょ?」

「あっちいけ」


 ぷいっと顔をそらして、ローザは積み木遊びに集中する。こうなったらリビングに積み木の王城を建てて母を驚かせてやる、と息巻いていた。

 レインは何度もしつこく声をかけてきたが、しばらく無視するとおとなしくなった。

 ようやく静かになった、と建城に興じていると、スヤスヤと小さな寝息が聴こえてきた。


「……あ?」


 振り返ると、ローザの背後で、レインが眠っていた。

 胎児のように身体を丸めた寝方だった。畑の上でもこうして眠っていたのだろう。ぷにぷにの左手が、ローザの服の裾を緩くつまんでいる。


「この、私のふくにさわるな」


 ローザが不機嫌そうにその手を引きはがそうとすると、眠っているレインの口が動いた。


「ママ……、パパ……」

「――――」


 涙声で寝言をつぶやいた後、レインの目元から雫があふれだす。

 ローザはふと、レインが村に来たときの服装を思いだした。

 ボロボロの半そで短パン姿。

 レインが故郷から逃げた(あるいは逃がされた)のが夏だとすると、少なくても三ヶ月は放浪していたことになる。


 その間、レインはなにを考えたのだろう。

 いつになっても追いかけてこない両親を思い、何度後ろを振り返り、何度涙を流したのだろう。

 帰る場所を失くしたレインは、凍えそうな夜をどう乗り越えてきたのだろう。


(私だったら、たえられるかな……?)


 昔。両親が死ぬ夢を見て、ぐしゃぐしゃに泣きながら起きたことがある。

 あのときの、この世の終わりのような絶望感を味わいたくないから、ローザは村を守る決意を固めた。

 レインのような喪失感を味わいたくないから、精霊契約までしたのだった。

 もう枕を涙で濡らしたくない。家族同然のみんなに死んでほしくない。みんなが死ぬのなら、自分が死んでしまいたい……とにかく、村のみんなが死ぬところを見たくない。

 そうした、子どもにしてはあまりに強すぎる護衛心が、失うことへの恐怖心が、ローザの決意の根底には流れていた。


 それでもひとはいつか死ぬのよ、と母はやさしく説いた。

 そんなのは幼いローザにだってわかる。

 蝶も、永遠に虫かごの中では飼えないのだから。


 けれど、危険から守ることができれば、その死を遅らせることはできる。村のみんなの笑顔を増やすことはできる。

 母の言葉で、ローザの決意が揺らぐことはなかった。


(村をまもれなかったら、私もコイツみたいになくのかな……)


 そう考えると、目の前の少年が他人に思えなくなってきた。それどころか、逆に。


「……フン」


 ローザは、引きはがそうとした手を止め、ソファに置いてあった畳まれたバスタオルを代わりに取った。

 それを使い、眠るレインの目元をぐしぐしと乱暴に拭う。

 私の役目を奪ったコイツも、その前にいっぱい奪われていた。

 そのことに気づいた瞬間、レインへの敵意が薄れていった。どころか、自分が経験していない絶望感を味わっている、言わば先輩だ。自然と尊敬の念すら抱きはじめていた。


「う……うぅ、んぐぅ……」

「これでよし」


 涙を拭いたあと、呻くレインと向き合うようにして、ローザも同じ体勢で寝転がる。


「……あたま、たたいてゴメンな」


 返事はない。「ゴメンってば」と言いながら、レインのやわらかそうなほっぺをつつく。レインが嫌そうに眉をひそめる。その反応が面白くて、ローザは声を押し殺して笑う。


 そうしてイタズラしているうち、気づくとローザも眠ってしまっていた。

 リビングにふたつの寝息が響く。

 ふと、畳まれていたバスタオルがひとりでに宙へ浮き、きょうだいのように並んで眠るローザとレインにやさしくかけられた。


(もう、処分は必要なさそうですね)


 わずかに氷のような冷気が吹きつけ、ふたりは温もりを分けるように身を寄せ合った。

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