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二人の幸せ

「すいません、まだですか?」

「もっ、申し訳ありません!もうしばらくお待ち下さい!」

 どうしたものか…。

 仕事を初めて一ヶ月が経ったところなんだけど、そんな時にこの店の大売り出しの広告を出したらしい。それがどうしてこうして…広告の力ってのはすごいもんなんだな。普段の何倍ものお客さんがこの店に押し寄せていた。

 オレはもちろんのこと、店長も他の先輩たちも大忙しだ。オレはオレで出来ることをやっていたんだがなかなか捌けずに仕事のテンポが悪い。お客さんに「まだか?」と聞かれるのもさっきので何度目かわからないほど。

「お待たせしました!」

「はぁー、やっとか…。どうも」

「ありがとうございました!」

 ふぅっ…。

「すいませーん!」

「はっ、はいっ!」

 休む暇なんてのももちろんあったもんじゃない。普段より遅めの休憩時間に、最近は毎日疲れ果てて帰るのが当たり前になっていた。

 そんな中でも嬉しいことが一つ。

 なんと、初任給をもらったんだ!

 その日は早く家に帰りたい。そのことばかりを考えていた。まぁ、大した金額じゃないのかもしれないけれど、自分で働いてもらったお金だから嬉しさもそれなりに大きかった。めぐには今日が給料日だということは話してないから普段通りに家のことをしているだろう。次の休みあたりにはどこかに遊びにでも行こうか、ひそかに思っていた。

「お疲れ様でしたー!」

「おーおー急いじゃって。今日は豪華なディナーかな?」

 オレが急ぎ足に帰ろうとしていると園田先輩がからかうようにそんなことを言ってきた。

「何もないですけど、早く彼女に給料もらったことを話したいなって」

「喜ぶ愛しの彼女の顔が見たいかー。羨ましいねぇ」

「からかわないで下さい。それじゃ、お疲れ様でしたー!」

「はーいはい。また明日ねー」

 そして急いでバス停まで走りなんとかいつもより早いバスに間に合った。めぐはどんな反応をするんだろう。別にめぐが喜ぶわけじゃないかな?そんなことを考えながら帰っていた。



 ・・・・・・



「こんなに…」

 今日は私の講座にこの前のお給料が振り込まれる日だったんだ。給料明細は送られてきてたんだけど、初めてのお給料だったからさっそく銀行に確認しに来てた。思っていた以上の金額が振り込まれていて私自身が驚いてしまった。

 これって…大体聞いてた誠二くんのお給料よりもずいぶん多い。

 どうなんだろう、こんなのって誠二くんに言った方がいいのかな。お給料は嬉しいんだけど複雑な気持ち。

 こんなのって男の人を立てた方がいいんだよね…。誠二くん頑張って仕事してるみたいだし…。あー…どうしよう。でも言わないでおくのも隠し事してるみたいで気持ち悪いし。

 気にしないかな、誠二くんだったら…。

 こんなことを考えながらその日は過ごしていた。



 ・・・・・・



 緑ヶ丘町でバスを降りると、足は自然に急ぎ足になっていた。なんともしれない高ぶる気持ちを抑えながら家を目指して歩く。

「ただいまー」

「あっ、おかえりなさい。誠二くん」

 玄関のドアを開けるといつもエプロン姿のめぐが迎えてくれる。その度に一緒に住んでいる喜びを味わって、同時に一日の疲れが癒される瞬間でもあった。そしてこの時間にはめぐが作ってくれている夕食の匂いが家の中に漂っていた。

「今日の夕飯、もう少し時間かかるから先にお風呂済ませて来て?」

「ああ、わかったよ」

 給料の話しは夕食の話しに取っておいて先に風呂を済ませる。じれったく思いながらも風呂で体の疲れを癒し、もうすぐ来るであろうその瞬間を頭に思い浮かべていた。

 風呂上がりにはもうすでに夕食の準備は終わっていて、リビングのテーブルに夕食が並べられてあった。いつものことながらめぐが座る席にだけ小さなサラダが置かれていた。たまには食べないとなぁなんて思いながらもオレの箸がそこに進むことはなかった。

 めぐがテーブルに着くのを待ってからお互いに「いただきます」の声で料理に手をつける。

「めぐ…いつもいつもありがとうな」

「え?どうしたの?誠二くんのために作る料理なんて苦にならないよ」

 めぐは不思議そうに笑いながらそう言う。

「実はさ、今日給料日だったんだ」

「えっ…!」

 めぐは思ったとおり驚いた顔をした。でもその表情はなんとも言えない複雑そうな顔だった。少し気になるところではあるんだけど…。

「よ、よかったね!おめでとう!」

 お、おめでとう?うん、いや、祝福されてるんだな。

「ありがとう。だからさ、日ごろの感謝も込めて今度の休みにでもどっか遊びに行こうか?」

「えっ!ホント!?誠二くんとデートなんて久しぶりだから嬉しい!」

 やっぱこっちの方が喜んでくれてるみたいだな。

 なんにせよ、めぐの笑った顔が見れることが一番だ。



 ・・・・・・



 ど、どうしよう…。誠二くんの方からお給料の話しが出ちゃった。私も言った方がいいかな?だってもうもらってるのに黙ってるなんて隠し事だよね。後で聞かれてから言うよりも今話したほうが…。

「あ、あのさ、誠二くん…」

「ん?なに?遊園地デートは勘弁して欲しいな」

 私が言いにくそうな態度を取ったからそう思われたみたい。誠二くん絶叫物苦手だしね…。デートかぁ。デートの場所はぁ…。ってそんなことより、いや、それも大事だけど…。

「わ、私も今日お給料日だったんだぁ」

「え?へーっ!そうだったんだ!よかったじゃないか!」

 誠二くんは少し驚いたあと、笑ってそう言った。

「う、うん」

 私はぎこちない笑顔で答えた。

「どうしたの?」

 それに誠二くんが不思議そうに尋ねてくる。

「な、なんでもないよ!デ、デートどうしよっか?」

「そうだなぁ。……めぐってなにか欲しいものとかないの?」

「え……?特にないかなぁ…」

 お給料で何かプレゼントしてくれようとしてるのかな?

「私は何もいらないからさ、誠二くんの好きなゲームでも買ったら?」

「うーん……。いや……。やっぱり貯金しよう。ほら……結婚資金なんかに……」

 け、結婚資金……。

「誠二くん……」

「計画的にさ、オレが頑張ろうってしてるのもそのためなんだし。その……めぐと……早く一緒になりたいし……」

 ……嬉しいな。やっぱり誠二くんなんだ。恥ずかしそうにそう言う誠二くんがかわいかった。

「じゃあ……私も貯金しなきゃね」

「めぐはいいよ。オレが頑張らないと。男なんだし」

「そんなのダメだよ。二人の目標だったでしょ?私だって誠二くんと同じ気持ちなんだから」

「そっか……。ごめん。じゃあ決めよう。毎月にいくらずつ貯金するか」

 誠二くんからのこんな提案。

 これって……これってさ……。

「めぐは、その……いくら給料もらったんだ?オレはこれ……」

 誠二くんはそう言って給料明細を取り出した。

 あ~……やぶへびだったかな……。誠二くん、何とも思わないかな。誠二くんが見せてくれた給料明細の金額はやっぱり聞いていた通りで私のお給料の方が多かった。

「わ、私は……これだけ……」

 そっと、誠二くんの前に給料明細を差し出した。

「ん?うおーー! すごいな、めぐ! オレよりずいぶん多いじゃん。さすがめぐだな」

 そんなことを言いながら驚いていた。思ってたよりも普通のリアクションだった。なんだ、なにも心配することなかったんだとほっと胸をなでおろしていたんだ。

 そのあと、誠二くんは給料について触れることはなく、結婚資金ってどれくらいかかるんだろう、とか、車の免許も取らないとなぁなんてことを話していた。

 そして誠二くんは夕食を終えて、先にお風呂済ませるよって浴室に向かった。

 えっ!? お風呂!?

 誠二くん、思いっきり動揺してる……。


 

 風呂って……オレ、さっき入ったよな……?

 ……かっこわりぃ。思いっきり動揺してんじゃん。

 い、いやいや、めぐの方がそりゃ立派な仕事しててさ、それなりに才能や努力してなきゃあんなになれないんだし、そこはめぐが頑張った結果だって喜ぶとこじゃないのか、オレ。

 でもさ……オレだってオレなりに結構頑張ったんだ。それであれだけ差がついてりゃ落ち込みたくもなる。

 この仕事を選んだのはオレで、楽しい職場だし、割と満足してるんだ。

 給料……金……か。

 今だってめぐの家に世話になってて、先月の生活費だってオレはほとんど払っちゃいない。食費がどれだけかかってるのか、電気代とか、そんなのもまるで知らない。

 めぐを守るとか大口叩いておいてこれだもんな……。

 オレがめぐに守られてるみたいじゃん。いや、実際そうなのか。

「せ、誠二くん、湯加減どう?」

 バスルームの外からめぐが気まずそうにそんなことを聞いてきた。オレがさっき風呂に入ったことくらいわかってるんだよな。それでも気がつかないふりしてるのか。

「ち、ちょうどいいよ」

 オレはガラス戸の向こうに見えるめぐの影を見て返事をした。

「そ、そっか。よかった」

 めぐはオレの声を確認したあと、またリビングに戻って行った。

 さて、どんな顔して戻るかな……。

 このまま何事もなかったのように「良い湯だったー」とか言って、今日二本目のコーヒー牛乳を一気飲み。って自然に振る舞える気がしない……。

 でも、そうするしかないかな。

 オレは普段通りに振る舞うことを決めて、バスルームを出た。

 リビングに戻ると、めぐはもう食器を片付け終えていて、テーブルに座って二人の給料明細を眺めていた。

 めぐは軽い微笑みを浮かべていた。

「あっ、誠二くん。さっきの話しなんだけど、貯金って、どうしようか?」

「あ、ああ。そうだな、オレはお金の管理とかそういうの苦手だからさ、めぐに任せたいな」

「えっ、わ、私に? でも、二人のお給料だから、ちゃんと二人で……」

 やっぱりそうなるよな。

「ん……じゃあ、二人の給料から三万ずつ……くらい、っていうのは?」

 それが大体オレの給料の四分の一の金額だった。

 あとは生活費としてめぐに渡すとして、オレの小遣いは……いくらぐらいになるんだろうな。

 そんな自分の給料のことを計算していると、

「それじゃ誠二くんの方が多い割合になるよ。私の方からもっと多く貯金した方が……」

「そ、そんなのいいって。さっき言ってたじゃないか。二人のお給料だって。それなら公平に同じ金額でいいじゃん」

「でも……」

「オレはめぐを守るって決めたんだ。オレがしっかりしないと。オレが頑張るんだ。オレがめぐを幸せにする。めぐは何もしなくてもいいんだ」

「……ち……違うよ。そんなの違うよ」

 めぐはうつむいてぐっと拳を握り締めた。

 オレも嫌な雰囲気が流れ出したことを感じた。

「だって私たち二人のことでしょ? 誠二くんが一人で頑張ったってそれは誠二くんの自己満足じゃない!」

 めぐは少しだけ涙を浮かべて訴えるように叫んだ。こんなめぐを見るのは初めてだ。

 オレはそのことに気が動転していたのか、めぐの言葉を素直に聞くこともできなかった。

「じ、自己満足ってなんだよ! オレはめぐのためを思って言ったのに!」

「私のため? 私のためって、何が私のためになるかなんて誠二くんちゃんとわかってるの!?」

「何がって……」

「ほら、答えられない」

 ど、どうしたんだ今日のめぐは?

 こんなに怒気の感情を露わにしてオレに話すことなんて……。オレはめぐの勢いに思わず気圧されてしまう。

「私は……誠二くんに守ってもらおうとか思って、フランスから帰ってきたわけじゃない」

「め……ぐ……?」

「私はただ誠二くんのそばにいたかったから。私は誠二くんのそばにいられれば幸せだったから」

 そ、それならいいじゃないか。オレが頑張って。めぐはオレの帰りを待っててくれて、それじゃダメなのか?

「でも、今の誠二くんは、ただ意地を張ってるだけだよ。誠二くんは本当に私のために頑張ってくれてるの? 自分のためじゃないの?」

「…………」

 自分の……ため?

 そんなことない……オレは、めぐのために、一生懸命頑張ろうって。そう思ってきたんだ。高校にいるときも、これまでも、これからだって。   

 だから、一生懸命働いて、お金貯めて、幸せな家庭を作って……。

 幸せ……。

 幸せってなんなんだ?

 オレにとっての幸せ、めぐにとっての幸せ、二人にとっての幸せって……。

 オレは……話していたように、めぐと結婚して、暖かい、めぐがいつでも笑ってられるような家族になりたいって。

 でも、めぐは? めぐは今笑ってないじゃないか。

 どうして……?  

「私は、一緒に頑張って、一緒に幸せになりたい」

 めぐは懇願するような眼差しをオレに向けていた。

 一緒に頑張って、一緒に幸せに……。 

 …………ホントにガキだな、オレ。

 幸せになろうって、言ってたじゃないか。オレが幸せにしてやるんじゃないんだ。

 本当に、何を意地張っていたのか。めぐの方がいい給料をもらってたから。確かにそうだ。

 でも、それが何だって言うんだ。

 めぐがすごいやつだってことはわかりきってたことじゃないか。だから、オレはめぐに追いつこうとしてた。何か、紗耶香にそれっぽいこと言われてた気がする。

 頑張らないわけじゃない。

 だからって、焦ったってしょうがない。背伸びしたってしょうがない。

 オレはオレなんだ。

「めぐ……、今度の休み、たまにはゲーセンとか行ってみようか?」

「……誠二くん」

 めぐは笑って頷いてくれた。 

 普通なんだな、焦ってどうのこうのしようったってダメなんだ。

 めぐの気持ちに足並み合わせて、普通に二人の時を大事にして。

 目標だって思ってためぐとの結婚。

 目標じゃなくて、オレとめぐが一緒に歩いた結果なんだ。

「……へへっ、久しぶりにプリクラ撮ろうよ」

「久しぶりだなぁ。じゃあ、オレの太鼓の相手もしてくれよ?」

「えー、あれちょっと苦手だもん」

 こんなのでいいんだよな。特別なことなんていらないんだ。


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