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神崎 留美

「お、おはよう。椿くん」

「あ、おはよう。神崎さん」

 そろそろ仕事が始まって一ヶ月が経とうとしていた。ある程度仕事の内容も覚えて、一人でも接客出来る程度にはなったかな。

 職場の先輩たちとも打ち解けていろんな話しをするようになった。

 だけど神崎さんだけは相変わらず。まだオレに慣れてくれていないのか挙動不審な話し方は変わらない。オレだけに対してじゃないみたいだけど。園田先輩とは普通に話しているみたいだ。

 せっかく同じ職場なんだからもっと仲良くしたい。そう思う今日この頃。

「ねぇ、神崎さん」

「な、なに?」

「昔っからそんな感じなの?恥ずかしがって話すっていうか…」

「え…あ…うん。そ、そうかな…」

「まえ バンドやってたって言ってたけど、そのバンドどうなったの?」

「か、解散しちゃった。私がみんなとウマが合わなくて…」

「ふーん…」

 そんな、ウマが合わないから解散って、どんなやつらと組んでたんだ?神埼さんがおとなし過ぎたからダメだったのか?

「またしようとは思わないの?」

「う、うん。疲れるし」

「仕事しながらだとねー」

「うん。じ、時間とかも合わないし」

「そうだよね、バンドではどんな曲やってたの?」

「………ちっ……うっざ…」

 …え?舌打ち?ウザイ?オレの聞き間違いか?神崎さんの口からウザイなんて言葉が出るなんて…。

「あ、あの…神崎…さん?」

「な、なに?あ、ミーティング始まるよ」

「あ、うん」

 うん、いつもの神埼さんだ。やっぱり気のせいか?

 今日は店長が休みで坂本先輩がミーティングをしていた。朝っぱらから大声で挨拶練習だ。まだ有線放送が流れていないフロア全体に響き渡る。園田先輩は楽しそうにやってたけど神崎さんはずっと恥ずかしそうにしていた。

 そしていつものように店を開けてお客さんを迎える準備をする。

 今日は楽器のメンテナンスを教えてもらう予定になっていた。大体午前中は暇なのでさっそく作業に取り掛かる。

 今日の講師は神崎さんだ。ギターの弦の張り替え方を教えてもらう。

「じ、じゃあまずこのアコースティックギターからね。エ、エレキはまた後でね」

「やり方違うの?」

 作業はレジのそばにある作業スペースを使って行う。オレは初めてのことに少しワクワクしていた。

「い、一応商品だから傷つけないようにね」

 さっそくギターに向かって手を伸ばしていたオレの動きが止まる。

「も、もし傷つけたら?」

「お、お買い上げ、ありがとうございます」

 …こりゃ慎重にやらないと。

 それから神崎さんに手ほどきを受けていたんだが……オレは見てはいけないものを見てしまったんだ。

「ま、まずは弦の張りを緩めて」

 神崎さんに指示されるままにペグというツマミを回して弦を緩めていく。

「そうそう。今度は下のピンを抜いて」

 弦をある程度まで緩めたところで下部で弦を固定してあるブリッジピンを抜く。

「ゆ、ゆっくりね。傷つけないように」

 布を当てて傷がつかないようにしてペンチを使って抜いた。しっかり止まっていて、結構力いっぱい引かないと抜けなかった。

「じゃあ弦を外すよ」

 オレは弦を外して傍らに置いた。

 そして新しい弦を取ろうとした時…。

 ガコッ。

 見に付けていたエプロンにギターが引っかかって作業台から落ちそうになった。

「危ない!」

 もう落ちてしまう!という寸でのところでオレはなんとかギターの命、もといオレの小遣いを救った。

「あーっ、よかったぁ」

 神崎さんが安堵のため息をついて肩の力を抜き、手をついた。

 でも、そこにはさっき外したばかりの弦が置いてあったんだ。神崎さんは弦を巻いてあった部分にちょうど右手を乗せてしまった。思い切り。

「………っ!!」

 神崎さんは声にならない叫び声を上げた。その表情から相当痛かったことが伝わる。

「だ、大丈夫?神崎さん」

 その直後だ。オレは自分の目と耳を疑った。

「くっそ…!いっったいなっ!ちっくしょー…!」

 ……ホワッツ!?

 何が起こった!?

 オレの目の前には、右手を押さえながら外した弦を鋭い目つきで恨めしそうに睨んでいる神崎さんの姿があった。おまけにちくしょーとは。

 オレは言葉を失いぼーぜんとその姿を見つめていた。

 !!!

 そして神崎さんはハッと気がついたように顔をうつむけた。

 そして…。

「い、痛いなぁ。あ、危ないよ、こんなところに置いてちゃ」

 ……えーっと…。

 神埼さんは頬を膨らませ、涙目でオレを見ていた。鋭い目つきがウソのように。

 オレはまだフリーズしたままだ。

 さっきのは…聞き間違い見間違いじゃあない。

 そのまま数秒の時が流れた。

「あは……はは……ダメ?」

 コクコク…。

 神崎さんのその問いにオレは首を縦に振るだけだった。

「……なーんだ、せっかくここまで恥ずかしキャラで徹して来たのにさ」

 恥ずかしキャラ?

 な、なんだ?何を言っている!?

「バレたんならもういいや。椿くん同い年だしね」

「あ、あのー…」

「なに?っていうかマジ痛かったんですけど!ほら、血ぃ出ちゃったじゃん!」

 お…おおぅ…。

 なんだ、この変わりようは。これがあのおとなしい神崎さんなのか?顔つきまで変わってるぞ?

「いや…あの…ごめん」

「ホント、どうしてくれんの?はぁー…最悪。お風呂でしみそう」

 オ、オレは夢か幻を見ているのか?

「おうっ!どうだー?ちゃんとやってるかー?」

 その時、坂本先輩が様子を見に来た。

「は、はい。椿くん、な、なかなか覚えが早いですよ」

 ………うーむ…。

「そうか!どうだ?椿。瑠美は照れ屋だがメンテはうまいんだ、しっかりやれよ!」

 照れ屋…その言葉に反応してしまった。

「え、えーと………あいたっ!!」

 神崎さんに足を踏みつけられた。坂本先輩に見えないように、ぐりぐりと。

「ん?どうしたぁ?」

「なにすん……」

 そう文句を言おうかと神崎さんを見ると、にこやかな笑顔で坂本先輩を見つつオレの足を踏んでいた。そして鋭い眼光でオレを一瞬睨んだ。

「な、何でもないっす」

「ん、忙しくなったら呼ぶからそれまでしっかりやれよ!じゃあな!」

 坂本先輩が去ったあと、足を無理矢理どかす。

「あー…いってぇ…。いきなり何だよ!」

「えー?何のことぉ?瑠美ちゃんわかんなーい」

 くっ、この…。白々しい!

 ん…待てよ…。

「さっきバレちゃったかって言ったよな?さてはオレ意外にはまだ照れ屋だと思われてるわけだ」

「な、何言ってるの?お話しするの、は、恥ずかしい」

 こりゃ酒が入った時も合わせて三重人格決定だな。

「そんな目で見ないでよ。いいから続けよう。椿くんが覚えないとまた私に面倒かかるんだからさ」

 オレはどんな目で見てた?いや、それよりこのままスルーしていいのか?

「あの……さ…」

「何でこんなことしてるか、なんて聞かないでね。別に意味はないし」

「ふーん…」

 って、真に受けちまったけどそんなわけないよな。こんな面倒くさいこと。

「なんでこんな面倒なことしてる?」

「うっさいなー。聞かないでって言ったのに、その頭にはちゃんと言語機能備わってるの?」

 こ、こいつ…。

 タイプは少し違うが紗耶香と同格だな。

「意味ないって言ったじゃん。椿くんに話したって意味ないの。わかったらさっさとやってよ、仕事中なんだから」

「わ、わかったよ」

 きっついなー、こいつ。

 今までのイメージがあるからさらにきつく感じるぞ。口の悪さは紗耶香以上だな。

(なんですってー!!)

 ゾクッ…。

 おぅ…。オレの中に染み付いた紗耶香の怨念が…。

「っていうかやり方教えてくれよ」

「あっ、そうか。えっとねー、その弦の丸っこい方をブリッジピンで止めて」

 ふーん、仕事に対しては素直なんだな。ま、こんな感じだけど悪いやつじゃなさそう。

 見た目は本当におとなしそうなかわいい子なのに。その見た目からするとギャップありすぎ。

 そんなことを考えているとオレはわずかに笑ってしまった。

「なに?笑うような作業じゃないと思うけど?」

「あー、いや、違うんだ。すまんすまん。すごいな、神崎さんは」

「まぁ、昔っから楽器は扱ってたから…」

 そういう意味じゃなくてギャップのことなんだがまぁいいか。

「っていうか普通だね」

 突然に神崎さんがそう言った。

「え?何が?」

「性格悪いとか思わないの?」

 なんだ、気にしてるのか?

「自分でわかってるんならどうにかすればいいだろ」

「だからどうにかやってるんじゃん……あっ……」

 なるほど…。

 自分がそういう性格だって思ってるからわざわざ良い子ちゃんぶってるんだ。

 神崎さんはしまったという顔で目を反らした。

「面倒なことしてるんだな。そんなことしなくても…」

「あんまり…あんまり人と関わらないなら、嫌われることもないし」

「ふーん…」

 オレはそれ以上聞こうとしなかった。少し悲しそうな顔を見せたから。

「あの時はね、私が悪かったの」

 って、自分から語り始めたよ。

 そう思っていると神崎さんはチラッとこっちを見た。

「な、何があったんだ?」

 そう聞くと少し表情が明るくなった。

「しつっこいなぁ。そんなに聞きたいの?」

 なんなんだ…。

「いや、言いたくないなら別に」

「そ、そう…」

 また表情が暗くなる。

「でも、少し気になるかな」

「し、しょうがないな。そんなに聞きたいなら話してあげてもいいんだけど…」

 そしてまた明るく。

 …おもしろいかも。

「でも、ホントは言いたくないんだろ?」

「えっ、う、うん。そうだけど、このまま話さないのも椿くんがかわいそうかなって…」

 ククッ…こいつがちまたで噂のツンなんたらってやつか?

「な、何がおかしいの?べ、別に聞いて欲しいってわけじゃないからね!」

 キターーーーー!!

「ならいいよ。やっぱりそんなに気にならないような感じだし」

 やっぱりオレってSなんだろうな。

「な、なによ!人が話してあげるって言ってるんだから素直に聞けばいいじゃない!」

 おっ、キレた。

「それより仕事は?片付けないといけないんじゃないか?」

 聞きたいけど後でも聞けるから後で聞いてやろう。先にやることやらないとな。神崎さんに教えてもらわないと全然進まないし。オレも先輩に説教されたくないしな。

「むっ…そ、そうだね。えっとー、ピンで止めたら弦の先をペグに通して、それから綺麗に巻いていってね。商品なんだから本気で綺麗にね」

「はいはいっと。すぐに終わらせるよ」

「真面目に聞いてるの?これくらい小学生でも出来るんだからね。あっ、ごめん。小学生以下の頭だったんなら謝るよ」

 こいつ…やっぱムカつく。



 ・・・・・・



 こんにちはー!

 相田恵です!

 もしかしたら今回私の出番がないんじゃないかって内心焦ってたぁ。サブタイトルがサブタイトルだから、明らかに私なんて関係なさそう…みたいなこと思ってて。

 と、いうわけで、今日は家のことも済ませたし早々と夕食の支度もしたことで、誠二くんの職場に遊びに行ってみようと思ってるんだ。

 うふふ…誠二くんには何にも言ってないからびっくりするだろうなぁ。

 まぁ実際、私も誠二くんの働いてる姿も働いてる環境にも興味があるし、それにどんな女の人がいるのか…お買い物ついでにこれは要チェックしとかなきゃね。これが目的じゃないもん!

 少しだけ外出用におめかしして誠二くんの働いてるショッピングモールに向かう。バスで向かう途中でこの道が誠二くんが毎日通る道かぁ、なんてちょっとだけ一体感を味わっていたんだ。

 黒岩町のそのショッピングモールは目立つ建物ですぐにわかった。エレベーターの前に立って各階の店舗案内に目を通す。それから場所を確認して誠二くんの働いてる楽器店に向かった。

 ちょっとだけドキドキ。

 どんな反応するんだろうなぁ。

 チーン…。

 エレベーターを降りてすぐのところに楽器店はあった。さーて、誠二くんは~…。

 あっ!いたっ!

 レジ横のスペースで誠二くんを発見! 

 んー、何やら作業中のご様子だね。…女のスタッフの人と二人で!

 うふふ…お仕事なんだから。そう、お仕事なんだからね、別に二人で遊んでるわけじゃないんだし。

 メガネをかけてかわいい人だな。私たちと同い年くらいかな。

 さーて…いざ、誠二くんに声を…。

「あ、い、いらっしゃいませ」

 まず私に気が付いたのはその誠二くんと一緒に作業していた女の人。挙動不審な感じだな。おとなしい人なのかな、そんな感じに見えるけど。なんとなく舞ちゃんっぽい。

「あ、いらっしゃいませ!」

 その女の人に反応して、誠二くんが下を向いて作業していた顔を上げてにこやかに営業スマイルで「いらっしゃいませ」と言ってくれた。それを見て思わずにんまりしてしまう。

 にんまー…。

「って、め、めぐ!?」

「えへへ…。来ちゃった…」

 誠二くんったらやっぱりすごく驚いて思わず立ち上がるまで。その様子が可笑しくて可笑しくて、それだけでもここまで来た甲斐があったかな。

「ど、どうしたんだよ?」

「今日は早目に家のこと終わったから、どんなお仕事してるのかなーって。お買い物がてらにね」

「そ、そうなんだ…」

 恥ずかしいのか顔を赤くしてうつむいた。かわいいなぁ誠二くん。

「椿くん、し、知り合い?」

「ああ、彼女のめぐだよ」

 隣で一緒に作業していた女の人が私のことを誠二くんに尋ねた。まぁ、そこまで仲良さそうには見えないけど。タメ口だな、じゃあやっぱり同い年?

「彼女…。なーんだ、じゃあいっか」

 な、何?

 私が誠二くんの彼女だってわかったとたんに隣の女の人は顔つきから喋り方まで変わっちゃった。

「は?何がいいんだよ?」

 誠二くんはどういうことかと聞いてるみたい。

「だって彼女なら私のことなんてどうせ話しちゃうでしょ?それなら隠す必要なんてないし。面倒だし」

「はぁ~…。いつも普通にしてりゃいいのにさ。めぐ、えーと…こいつは神崎さん。同い年だけど先輩なんだ」

 そうやってその神崎さんっていう人を紹介してくれた。

 ぺこり…。

 神崎さんは軽く私に会釈した。

「初めまして。相田恵です。誠二くんがいつもお世話になってます」

「いーえー。椿くんにあなたみたいな美人の彼女がいるなんて驚きです。驚き過ぎてこの世の中の全てが間違ってるんじゃないかって思うくらい」

 …ん?ど、どういう意味なんだろうな。

「ひでー…。一度タガが外れたらこれかよ」

 な、何の話ししてるんだろう。

「めぐ、気にしないでいいからな。こいつこう見えて口悪いんだ」

 誠二くん…面と向かってそんなこと…。

「椿くんひどぉーい。……私のこと汚したくせに」

「なっ…!!」

 よ、汚した!?そ、それってどういう意味?も、もしかして…。

「変なこと言うな!めぐは誤解しやすいんだから」

「せ、誠二くん…ど、どういう意味かな?」

「お、おい…。めぐ、まず話しを聞くんだ。汚したんじゃなくて傷つけたっていうか」

「きっ…!?」

 傷つけたって…こ、この人の、は、初めてを?

「痛かった…。椿くん、すぐに終わらせるって…。声も出ない痛みだった」

 そんな…私とで慣れたからって…。

「ややこしくすんな!…お、おい、めぐ?」

「せ…誠二くん…」

「ま、待って…。話しを聞いてくれ」

「うっ……」

 ボロボロ…。

 信じてたのに…。誠二くんのこと信じてたのに…。

「な、泣かないでくれよ。誤解だって。言い方が悪かった!ホントに!ちゃんと説明するから聞いてくれ!」

「あーあ…彼女泣かせちゃったー。さいてー」

「お前のせいだろ!」

「うっ…うっ…」

「傷つけたっていうのはただギターの弦でこいつが手を怪我しただけなんだって!その弦を置いたのがオレだから…。あぁー!もう!めぐっ!」

 チュッ。

「んっ…せ…誠二…くん…?」

 誠二くんが強引に泣いている私にキスをした。

「めぐ…。オレを見て…。オレはめぐしか見てないんだから。これまでもそうだっただろ?めぐを悲しませるようなことは絶対しないって」

「あっ…」

 そ、そうだ…。誠二くんがそんなことするわけないんだ。私ったら…。こんな誠二くんの真剣なまなざしに嘘なんてない。

「ご、ごめんなさい。誠二くん。私…」

「いいって。オレも悪かったよ」

 チュッ。

 そしてまた優しくキスしてくれた。

「えへへ…。大好き、誠二くん」

「オレも…。大好きだよ」

 バカな私。

「あのー…。一応仕事中だし私の目の前なんですけど?」

 はうっ!!わ、忘れてた!

「ホント、世の中間違ってる。こんなバカップルが存在するなんて。信じられない」




 なんとかめぐは落ち着いてくれたけど…。

「元はと言えばお前が変なこと言うからだろ!」

「変なこと言ってないしー。血だって出たし血で汚れたしー。そちらの煩悩胸脂肪女が勝手に勘違いしただけじゃん」

 こいつ…ついにめぐにまでそんな口を。

「む、胸脂肪……。う…うふふ…。そ、そうですよね。私の早とちりでしたよね。でも、言い方っていうのがありますよね?言葉を選べないなんてあなたの頭の弱さが見えちゃいますよ?」

 め、めぐ?

 なんということだ。亜美以外でもブラックめぐが出て来るなんて。しかも少しパワーアップしているように感じる。

「なっ…。け、結構言ってくれるじゃん。あ、あんたこそあれだけで変な想像しちゃって、そのお乳に煩悩詰め込んでるんじゃないの?」

「う…うふふ…。ヒガミですか?ぺったんこですもんね」

 おおぅ…めぐが自分の胸を武器にするとは…。

「うぐっ…。ひ、人が気にしてることを…」

 神崎さん気にしてたんだ…。ぺったんこっていう程でもないけどな。

 いや、それより止めないと。

「な、なぁ、もういいだろ?」

 キッ!

 うわっ、二人に睨まれた。

「な、仲良くしようぜ?」

「誠二くんも私が言われてるんだから何とか言ってよ!」

「椿くんがあんなとこに弦置いたからこんなことになってんでしょ!」

 ほ、矛先がオレに…?

「ま、まぁまぁ落ち着いて…仕事中なんだし…」

「あ…。わ、私、誠二くんの邪魔しちゃった…?」

「仕事中にキスなんてしてたのはどこのどちらさん方よ」

 うっ…。

「せ、先輩たちには黙っててくれよ?」

「えーん…どうしよっかなぁ」

「お、お願い。誠二くんに迷惑かけたくないから」

 不本意ながらも二人で神崎さんに頭を下げた。

「な、なに、二人して。あーもう、見てらんない。興冷めしちゃった。つまんない」

「黙っててくれるか?」

「でも言ったら楽しそうだしねー」

「お前が恥ずかしキャラ作ってるのも言うぞ?」

「うっ…」

「恥ずかしキャラ?」

 めぐが不思議そうに聞いてきたので神崎さんが自分の性格を隠すためにキャラを作っていることを教えた。

「あっははは!そんなことしてたんだ!」

「な、なによ。バカ笑いしないでよね!こっちだって頑張ってるんだから!」

 話しをするとめぐはおもしろ可笑しそうに笑っていた。

「ははっ、面倒なことしてるんだ。……でも、気持ちわからなくもないよ」

「え?」

「私も昔いじめられてさ、自分を隠してたんだよね」

「わ、わかる!?わかってくれる!?」

「う、うん。ちょっと意味合いは違うけど」

 神崎さんはめぐが気持ちをわかるということに喰らいついてきた。神崎さんの過去に何があったかは知らないけど、いじめと性格の悪さを隠すことは違うと思うぞ?

「いつも周りの人の視線気にしてないといけないのがさ、辛いよねぇ」

「そうだね。私なんかは誰とも話さなかったよ」

「うんうん、わかるぅ。私もあんまり人と話したくないもん。だってさぁ、ついつい出ちゃうんだよね。わかってるんだけど話したら嫌味とか悪口っていうのがさ」

「そ、そうなんだ」

「いやー、私の気持ちわかってくれる人に出会えるなんて感激!」

「あ…あはは…」

 それからというもの、神崎さんはめぐが気に入ったらしく、オレのメンテナンス指導なんかそっちのけでめぐと話し込んでいた、というより一方的に喋っていた。普段喋らない反動か知らないけどまさにマシンガントークってやつだったな。めぐだってその勢いにずっと押されっぱなしだった。

 実は…こんな口の悪さでも寂しかったんじゃないだろうか…。オレはそんなことを考えていた。

「せ、誠二くん。私、お買い物あるからそっち済ませて帰るね」

 めぐは耐え切れなくなったのか途中で神崎さんの話しを絶ち、逃げるようにして帰って行った。

 神崎さんは名残惜しそうに店の外まで見送っていた。オレはその様子をなんだかなぁと思いつつも笑いながら見ていた。

「いやー。ねっ、椿くん!いい彼女だね!」

 戻って来てにこやかにそう言う神崎さん。

「ははっ、そりゃどうも」

「私にも間違ったように素敵な彼氏が出来ないかなぁ」

 またオレにめぐは間違いなんて言い方…。

「自分のこと理解してくれるやつに出会えるといいな」

「な、なに?そのわかったような言い方!勝ったと思わないでよね!」

 いや、意味わかんねぇ。

「……ねぇ、椿くぅ~ん」

 こ、今度はなんだ?くねくねさせて気持ち悪い。

「な、なに?」

「今度さぁ、めぐちゃんと遊びに行きたいなぁ、なんて…」

「え゛っ…」

「そ、そんなに嫌そうな顔しなくてもいいじゃん。ね、お願いよぉ」

「う、うーん…。まぁ一応話してみるよ」

「きゃっ!ありがとう!」

 ものすっごい笑顔。なんなんだ…。

 それにしても…どれが本当の神崎さんなんだろうか。悪口言ったり、こんなにかわいい一面だって。

「さ、お仕事の続きやろ♪」

「あ、ああ…」

 ホント、わっかんねぇな。

 まあいいか。さっさとこれを終わらせて…。

「ちょっと…さっきも教えたよね。そこは気をつけないといけないんだって。色ぼけバカ。単細胞。ゾウリムシ。公衆猥褻痴漢男」

 ホント…わからねぇ…。

 それからなんだかんだひどい事言われながらも、今日の予定だったエレキギターとアコースティックギターの弦の張り替えを終えた。

 普通にしてれば早く終わってたんだろうけど、めぐが来たこともあってもうお昼になっていた。坂本先輩に休憩に入るように言われ、いつものようにスタッフルームに愛妻弁当を広げる。

 ガチャッ。

「よいっしょ」

「……は?」

「なによ…」

 なんでだろう、どうしてだろう。いつもは園田先輩と休憩が一緒になるのに今日は神崎さんがオレと同じ時間にスタッフルームへ入ってきた。そしてテーブルに買ってきた昼食であろう弁当を広げていた。

「園田先輩は?」

「休憩時間代わってもらった」

「なんで?」

「いいじゃん、別に」

 どういうつもりだ。わざわざ代わってまでオレと同じ時間に…。いや、オレと同じ時間にしたっていうのは考え過ぎか?

 お互いに何も話すことがないまま坦々と昼食を食べていた。

 そこでオレの頭の中に一つのことが思い浮かんだ。まさか過去にあったことを話すためにわざわざ時間を合わせたんじゃないだろうか、と。

「なぁ…さっき言いかけてた昔の…」

「えっ…!」

 オレが話しを切り出すと驚きつつも笑顔でオレの方を振り返った。

「いや、なんでもない」

「…………」

 神崎さんはオレの顔を笑顔で見たままフリーズした。

「ま、前になにがあったんだ?」

「そ、そんなに溜めこんでまで聞きたいようなら話してあげる」

 う、うん…。やっぱりこんな感じなんだ。

 そして神崎さんは少し長い息を吐いて話し始めた。

「私の口の悪さって、言い訳するつもりじゃないんだけど父親譲りなんだ。家の中ではいつも汚い言葉が飛び交ってた。母さんは大変だったと思うよ、いつも泣いてたし」

 家庭の事情か…。小さい時からそうだったんなら仕方ないことなのかな。

「それを見るのが嫌でね、私はいつの間にか家にもあんまり帰らなくなって学校にも行かずにブラブラ外に居たんだ。まぁ、そこで声を掛けて来たのは一般的に不良って呼ばれる人たちだったわけで、そんな人たちといつも一緒にいた」

「ふーん…」

 神崎さんは懐かしむように話していた。

「みんな良い人たちだったんだけどね。ちょっと周りの人たちとは合わなかっただけで。でも私の居場所もそこしかなかったんだ。似たような人たちばっかだったし。そのグループの中の一人がギターやっててさ、私もその人に教えてもらうようになっていつの間にか音楽にハマっていったんだ」

「じゃあ、その人とバンドを?」

「違うよ。自分で言うのもなんだけど才能があったのかな。みるみるうちにうまくなってさ、そのギター教えてくれた人がバンドを紹介してくれたんだ。その時にそのバンドのメンバーに加わったんだよ」

「へーっ、よかったじゃん」

「よかったんだけどね、初めは。なまじ、自分の腕に自信があったもんだから後から加わったくせにいろいろ言うようになってさ。それにこの口の悪さ。最初は冗談みたいに受け止められてたんだけどだんだん私と話してくれなくなって、バンドの仲間の中でもごちゃごちゃなっちゃって。私のせいで」

「…………」

「それで解散しちゃったわけ。なんてことない話しだけどさ。あの時は楽しかった。それを自分で壊したの。その頃には元々私がいたグループにも知らない人たちばっかり居て。帰るところがなかった。仕方なく家に戻って部屋に閉じこもって、学校も行かなくて。でもお母さんは優しかったから、私にずっと話しかけてくれた」

「…だから自分を隠して?」

「そのことがあったからじゃないけど…。それからいろんなバイトしたけどさ、私って喋らなかったら案外可愛がられるんだよね。元々可愛いし」

「う、うん…」

「なおかつ恥ずかしがってたりしたら男の人なんかさらに可愛がってくれちゃってさ。バカみたいな話しだけど私が見つけた周りの人とうまくやる方法。椿くんが言うとおり面倒くさいけどね。面倒だけど面倒がないんだよ」

 なんとなくだけどわからなくもないかな。自分を守るっていう意味でもあるだろうけど、けっこう周りにも気をつかってるんじゃないのか?自分のせいで人が嫌な気持ちになるのが嫌なんだろ?でも自分の口が出てしまうのがわかってるから。

「自分の本当の性格って直せないからさ」

「でも、きついだろ?」

「そんなことないよ。みんな笑ってるしね」

 やっぱり…。きっと…家族が笑ってなかったんだろうな。

「じゃあ…寂しいだろ?」

「なっ…!ななななに言ってるの!?そ、そんなことあるわけないじゃん!」

 本当は人といっぱい話したいはずなんだよな。さっきのめぐと話してたように。でもついつい悪口が出ちゃって。悪気はないんだろうけど。

「いいんじゃないか?別に自分を出しても」

「…私の気も知らないで勝手なこと言わないで。椿くんだって私のこと嫌なやつだって思ったでしょ?」

「そんなこと……。いや、最初はそう思ったかも…」

「なんだ、正直だね」

「なんとも思わないのか?」

「悪口言えばそれだけ返ってくるし」

 ある意味、強いのかな?

「ははっ、なんだそりゃ。返ってくるのわかってて言ってんのかよ」

「な、何が可笑しいのよ!」

「いや…。ならやっぱりいいんじゃないの?」

「え?」

「オレだって言われたら言い返すし」

「…なに?わけわかんない」

「お前、悪いやつじゃないしね」

「なっ…!な、なに…それ…。ホントわけわかんない」

 そう言って顔を伏せる神崎さんがいた。

 こんなこと言ったオレだけど、誰とでもそのままの神崎さんで大丈夫なんてことは思ってない。だけど、素が出せる人の前ではそのままでいいんじゃないかって思って。実際オレの前じゃそうしてるみたいにさ。もっと他にも、わかってくれる人なら。

「つ、椿くんも…一緒にあそ…ぶ?」

 照れくさそうに話す神崎さん。

「…は?」

「その…めぐちゃんと…三人で…。べっ、別に私が椿くんと遊びたいってわけじゃないからね!めぐちゃんと一緒がいいんじゃないかって思ったからだから!」

 お…おいおい、どういう話しの展開だ?

 こいつのこの言い方からするとオレと一緒に遊びたい…なんてことを言ってることに。

「いいよ。女二人の方が気兼ねなくていいだろ?それにまだめぐがいいかわかんないし」

「そ、そそそうだよね!」

「でも、たまにはいいかもなんて思ったりして」

「ほっ、本当!?」

「…ん?なんだ?オレが居たほうがいいの?」

「そっ、そんなわけないじゃん!ただ椿くんが寂しいだろうって誘っただけだからさぁ」

 くっ…くく…。

「ふーん、神崎さんって優しいんだな」

「えっ、い、いや…私は…ただ…あの…」

 神崎さんは恥ずかしそうに目を背けて言った。

 この変化がおもしろいんだよなぁ。オレって意地悪かな。

「ま、めぐに話してからな」

「う、うん…」

 でもま、ここ最近の懸念であった神崎さんと打ち解けるっていう目的?は果たせたのかもしれない。まさかこういうやつなんて思いもしなかったけど。

「まったく…かわいいのかかわいくないのか…」

「ん?なに?」

「なんでもないよ」

「ふーん、独り言が趣味なんだ」

 やっぱ全然かわいくない…。

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