一人
「大丈夫?ホントに出来る?」
「大丈夫!任せとけって!」
「心配だなぁ。ゴミはちゃんと分けてね?ゴミ出し日は月曜と木曜だから」
「わかってるって。安心して行っておいで」
「うぅ~…じゃ、じゃあ行って来るね?お風呂掃除もするんだよ?」
「はーいはい。了解」
「もうっ…メールするからね」
今日からめぐが公演のために家を離れる。その期間約三週間。その間、家のことは全てオレがやるわけだ。めぐはそれをすごく心配していた。
メシはどうにかするとして、掃除と洗濯くらいはやれるだろうと思っている。
まぁ、料理の手伝いは出来なかったとはいえ、片付けや掃除はちょこちょこやっていた。そうしようと前に約束していたからな。
ともあれ、今日の夜からは生まれて初めての一人の生活だった。
なぁに、うまくやれるさ。
……と、思っていた。
・・・・・・
あぁ~…心配だなぁ。
料理は私しか出来なかったとして、掃除も洗濯も誠二くんのやり方って中途半端だったからなぁ。帰ったらゴミの山なんて…うぅ~…想像しただけでもイヤだなぁ。
今日からやっと私のお仕事が始まる。
公演の場所はここからバスで駅に向かって電車を乗り継いで着くところ。移動時間は五、六時間くらい。楽団の理事の人からは近くに住む場所を用意するからと言われたけど、もちろん丁重にお断りした。だって私は誠二くんのそばに居るために帰って来たんだから。
ジャンから連絡があって、「初めは慣れないだろうけど、メグミの言葉を信じるよ」と言われた。それはきっと私が誠二くんのそばならなんでも頑張れると言ったことなんだろうな。そのつもりだし、その事に関しては絶対の自信があるから。帰ったら誠二くんがいるって考えただけでも力になる。
楽団に関して不安がないわけじゃない。理事の人からも「君のような若さで入ることは異例だから」と言われた。その言葉には異様なプレッシャーがかかっていたんだ。期待なんてされてるとは思ってない。私なんか邪魔者って思われるかもしれない。でも頑張るんだ。私だって、立派な大人になってみせる。
「えー…以前から話していたように、本日よりこの相田恵さんが加わることになりました。まだ若いのでみんなの協力を必要とするかもしれません。ぜひとも力を貸してあげて欲しい」
理事の人が練習前に私を紹介してくれた。乾いた拍手で歓迎される。
みんなの前に立つだけでプレッシャーがかかってきていた。特に私のことには触れることはなく練習は開始された。以前もらっていた楽譜を広げ、同じフルートの人に軽く挨拶を交わした。
さぁ、これから始まるんだ。
・・・・・・
「椿くん、遅刻ギリギリだぞ?最近どうした?慣れてきたからってたるんでるんじゃないのか?」
「す、すみません。すぐに準備します」
一人の生活で意気込んでいたんだが、家のことをちゃんとやろうとすると大変だった。
朝起きて朝食を済ませ、着替えて家を出る。朝食はパンを焼いて食べていた。それくらいはわかるから。
最初の二、三日は普通に過ごせていたんだ。けど、洗濯物がたまってきたから洗濯をして、風呂掃除もこまめにやれと言われたからやって、夕飯を食べて…なんてやってたら思ってた以上に時間がなかった。それでいて仕事で疲れている体だ。きつかった。することをしたら早々にベッドへ。倒れ込むように寝た。
翌朝、いつもはすぐ起きるのに目覚まし時計のスヌーズに助けられ、慌てて仕事に向かった。一本バスを逃せば遅刻ギリギリの時間だ。
めぐが家を離れて一週間過ぎる頃には、そのギリギリの時間が当たり前になっていた。
よって、花澤店長に叱られたわけだ。
家事なんてたいしたことないのかもしれないけれど、今までめぐに頼りっきりになっていたんだということを痛感した。
そのめぐはうまくやれているみたいだ。フランスとは違いメールが出来る。電話もかかってくる。初めてのオーケストラで緊張していたらしい。めぐでもやっぱり初めてのところは緊張するんだな。めぐについては何も心配していない。仕事のことも、男女関係のことも。
それに比べるとオレには心配事だらけだ。
覚えることがたくさんあった。楽器の種類、特徴、メンテナンスの方法、営業の仕方、商品の仕入れなどなど。営業時間内はお客さんがいようといるまいとフル稼働だ。
家でも少しは勉強しないといけない。そして家事。もちろん遊ぶ暇なんてないし、そんな相手もいなかった。
・・・・・・
「お疲れさまでしたー」
ふぅ…今日も終わった…。
さすがに気を遣うから疲れるな…。
もう一週間経った…。誠二くん…電話では大丈夫みたいなこと言ってたけど…。
「相田さん、よかったら夕食一緒にいかが?」
「あ…えーと…はい」
今私を誘ってくれたのは同じフルートの金子由香里さん。このオケの中では歳が一番近い二十三歳。何かと気を遣ってくれる優しい先輩だった。私は”由香里さん”って呼んでる。美人で気品があるんだ。
この近くに住んでいるらしくて、この付近のことをいろいろと教えてくれたりもした。私はこの公演の間はウィークリーマンションを借りてそこに寝泊まりしてる。誠二くんもだけど、私も久しぶりの一人暮らしなんだ。
「近くの居酒屋でいいかしら?」
「い、居酒屋?は、はい…」
以外だな…。由香里さんはお嬢様っぽいから居酒屋なんて行かないと思ってた。私も行ったことないんだけど…。
それから連れられて店に入ると、居酒屋は居酒屋でも洋風居酒屋だった。個室でオシャレなテーブルとイスが並べられていて、そこに向かい合わせで座る。
「飲み物は?お酒飲む?」
「い、いいえ!ウ、ウーロン茶で」
「うふふ…お酒飲んだことないのかな?まだまだ子供だもんね」
「こ、子供じゃないですよ!」
「あははっ…ごめんなさい。私はジントニックにするわ」
それからいくつかの料理と飲み物を注文した。暗い店内で見る由香里さんは大人の雰囲気で、お酒を一口飲むと頬を赤らめて満足そうなため息を吐いていた。
「どう?今のオケは?」
「やっと慣れてきたくらいです。でも、みなさん良い人なのでこれからうまくやっていけそうです」
「よかった。そうね、悪い人はいないかもね。それにしてもその歳ですごいよね、相田さん」
「い、いえ。たまたま良い出会いがあって紹介状を書いてくれたので…。実力なんて思ってません。みなさんのことを見ると私なんてまだまだなんだって思います」
由香里さんは軽く微笑んでまたお酒を一口飲んだ。
「ご両親だって立派じゃないの」
「はぁ…。まぁ…そうですね」
誰と話してもお父さんとお母さんの話しは出て来るんだよね。毎度のことだけど、受け答えするのが面倒になる時がある。
「どうして日本に戻って来たの?ご両親の近くでならもっと活躍出来たでしょう?」
「えっ?そ、それは…」
こう聞いてくる人は珍しかった。大体は両親の話しで終わるから。私自身のことについて話すことはほとんどなかったんだ。
「日本が恋しかったの?」
「そ、そうなんです!向こうは慣れなくて…」
なんとなく、誠二くんがいるからこっちに戻って来たって言うのが恥ずかしくて。
「気持ちはわからなくもないけど、甘いわよ?」
「えっ…」
「私たちはプロなんだから」
「あ……は…はい…」
そうなんだ。自分がこの世界に居て、私がしてきたことは甘いことなんだってわかってる。同じ世界に生きる人たちから見て、私が甘えてることなんて。
「確かに相田さんは私から見てもすごい逸材だと思うわ。だけど、どうかしらね。私はあなたがこの世界で埋もれていくのか上り詰めていくのかが見えないの」
「…………」
「ごめんなさい。気を悪くさせちゃったかな。でもせっかく同じオケにいるんだから、気が付いたことは話しておきたくて」
「は、はい。ありがとうございます」
「さ、食べましょ」
私自身がまだこの音楽の世界に入りきれてない。そうなんだろうな。練習が終わると頭の中は誠二くんのことばっかりだから。
やっぱり…こんなんじゃダメなのかな。立派な大人になるって言ってこっちに帰って来たけど、まだ気持ちが成長してないんだ。
「そういえば、次の公演はテレビでも放送されるみたいよ」
「えっ!?テ、テレビ!?」
「ふふっ、初めてかな?そんなに驚かなくても、公演の模様を撮るだけだから心配しないの」
そ、そんなこと言っても…恥ずかしいよ。テレビなんて…。
「まぁ、相田さんのことは紹介されるみたいだけどね」
「なっ…!?わ、私何も聞いてませんよ!?」
「公演の模様の最中に紹介だけよ。インタビューとかじゃないから」
な、なんで~?私なんかほっといてくれていいのに~。
「ご両親のこともあるからね。お化粧バッチリしとかないとね」
「あ、あぅ~…」
誠二くんに…。ううん、恥ずかしいから黙っておこう。何も言わないならそんな番組見ないはずだし。
・・・・・・
「最近は愛妻弁当はなしかい?ケンカかい?」
「違います!今はオーケストラの公演で出掛けてるところです」
「おー!さすが相田夫妻の娘!やるねぇ!」
「その言い方…。めぐはめぐです!」
「そ、そんなに怒らなくてもいいじゃん。ゴメンさぁ」
なんだか気がたっていた。普段ならそんなこと気にしないのに。
「い、いえ。すいません」
あの歓迎会の翌日、オレ以外の四人は平然と仕事に出てきていた。オレの倍以上は軽く飲んでたんだけど。これもまた慣れ、なのかな?
「じゃあ今は一人暮らしかい?」
「そうですね、大変っすよ」
「あー、わかるわかる!家に帰ってもゆっくり出来ないもんねー」
「園田先輩も一人暮らしですか?」
「うんにゃ、実家だよ。いやー、ははっ、前に一人暮らしに憧れてやってたんだけどね……私にゃー無理だったわ」
「ははっ、先輩家事しなさそうだから」
「にゃにお!こう見えてもけっこう料理得意なんだぜー?だけど面倒くさいしさ、なんか自分だけのご飯作るのって寂しいじゃん?」
「へー、寂しいって言葉が出るなんて思いませんでしたよ」
「椿くんは私をなんだって思ってるのさ!れっきとした乙女なのだよ?」
「ははっ、そうでしたね。忘れてました」
「む……。キミには先輩に対しての礼儀というものを教えてあげないといけないみたいだねぇ」
お…ちょい言い過ぎたかな。キラリと目を光らせて何かを狙っている。
「そこだぁ!」
「椿ー!お客さんだぞー!」
「ちっ!」
オレに客?誰だ?それにしても何をしようとしてたんだこの人は。
もう昼飯食ったからいいけど……まさか……。
オレは何か言いようのない直感的な危機を感じた。園田先輩をあしらい表に出てみると…。
「誠二さん。来ちゃいましたぁ」
そうか……今日は日曜日。
「何をしに来た、亜美。冷やかしならお断りだ」
そこには亜美が立っていた。相変わらず嬉しそうにオレの前で尻尾をふっている。
「お客さんに対してその物の言い方はなんですか!今日はドラムスティック買いに来たんですぅ!」
「おぉ、そうか。それならあっちにある。じゃあな」
かまってたら面倒なことになりそうだ。
「ちょい待ち!誠二さん!」
誠二さん?
「……何だ?その呼び方は」
「だってもう卒業しちゃって先輩じゃないですから。誠二さんが妥当じゃないですか」
「気持ち悪い」
「誠二さんが気持ち悪くても亜美はそう呼びます!誠二さんって!誠二さん…この響き…ムフフ…」
「はぁ…。好きにしろ。じゃあな、忙しいんだ」
「そうは見えませんけど?」
うん、確かに他にお客さんはいない。
「何だ、用件があるなら早くしてくれ」
「案内して下さい。お客として。亜美はお客ですから」
「ぐっ……こ、こちらです」
「にゃはっ!」
くそっ!嬉しそうにしやがって。まぁ、悪い気はしないかな。
だけど…。
「コソコソ……あの娘、椿くんの何かな?」
「コソコソ……仲良さそうですけど…」
聞こえてる、聞こえてるぞ!
「亜美のこと、恋人に見えるんでしょうか?」
亜美がにんまりと笑って聞いてくる。
「残念ながらめぐのことはすでに話している」
「ちぇっ、あっ、そういえばめぐさんテレビに出てましたね」
「めぐのこともめぐさんかよ……ってはぁ!?テレビ!?」
「あれ?知らないんですか?まぁ、コンサート風景が映ってその中に居ただけですけど」
テレビに映るなんて…有名なとこに入ったんだな…。楽団の名前だけしか聞かなかったし、気にもとめてなかったけど。すごいな…。でも、電話でもメールでもそんなこと一言も言ってなかったぞ。
「名前は紹介されてましたよ。ご両親のことも。めぐさん、期待されてるみたいですよ」
「あ、あぁ、そうか…」
なんだ…すでにちょっとした有名人じゃん。クラシックとか興味ない人にはなんでもないだろうけど。
「すごいですね、めぐさん。そこでは負けを認めます」
「……あぁ」
「誠二さん?」
なんだ、この感じ…。
なんかこう、すごく不安っていうか…。
めぐ?めぐはめぐだよな?
「誠二さん!」
「あ、ああ、すまん。スティックだったな。そこにあるぞ」
「どうしたんですか?ぼーっとして。もうっ…。ねー、どれがいいと思います?」
いくつかのドラムスティックを眺めながら聞いてくる。
「自分が好きなやつにしろ。もしくは全部買ってくれ」
「それはお願いですか?亜美にお願いですか?」
あーっ、うぜぇ。
ただ、亜美と話している間にもめぐのことが頭から離れなかった。テレビに出たことじゃない。それもこのモヤモヤの原因の一つかもしれないけど…めぐが遠くに行った気がした。フランスと日本とかいう距離の問題じゃない。今度は、どんなに手を伸ばしても届かないような…。
世界が違う。
それが一瞬頭をよぎった。住む世界が違うんじゃないかって。そう思わなくていいことを、その時に思ってしまったんだ。
「これにします」
「ん?そんなに買うのか?」
亜美はドラムスティックを五セット持っていた。
「遥ちゃんと真琴ちゃんにも。あと、誠二さんの知らない新入生の分も。部室のやつはもうボロボロですから」
「おっ、ちゃんと先輩らしいことやってるな」
それから部活のことについてしばらく話しこんでしまった。ついつい懐かしくなって。そして、お客さんがちらほらと増えてきたところで亜美は帰って行った。
「椿くん、あの娘誰なのさ?まさか…」
「先輩が期待してるようなことは何もありません。ただの部活の後輩ですよ」
「なーんだ。じゃあ私の後輩でもあるわけか」
一応そうなるな。
ん、そうだ…。
「園田先輩、彼女のめぐが入ってる楽団のコンサートがテレビで放送されたらしいんですけど、めぐって有名人になるんですか?名前とか紹介されてたみたいですけど…」
「ほーっ!そりゃすごいね!期待の新人って感じかな。なんだね?彼女の自慢かね?」
「そんなんじゃないっすよ。どうなのかなって」
「んー、業界では注目されるんじゃない?そんな一般的な芸能人とは違うからね、騒がれる程じゃないでしょ」
「そっか…」
オレは、ほっと胸を撫で下ろした。
また、モヤモヤするな。めぐが活躍するのって良い事じゃないか。自慢出来ることじゃないのか?
だけど安心した。
「ほら、ぼーっとしてないで動く!あそこで留美ちゃんがあたふたしてるよ」
そう言って園田先輩が指差した先には神崎さんがお客さんの質問責めにあっていた。
「オレじゃまだ役に立たないですよ」
「よーく見てみなー…」
そう言われて見ると、どうやら楽器の質問じゃなく神崎さん自身への質問責めのようだった。若い男だ。
「で、どうしろと?」
「留美ちゃん困ってるじゃん?こういう時に動くのは男でしょ?オレの留美に手を出すな!って」
「よく意味がわからないですけど楽器のことじゃないなら行ってきます」
「アディオス!」
まぁ、ホントに困ってるみたいだからな。ここはオレが。
そして様子をうかがいつつオレは二人に近付いて行った。
「ねーねー、メルアド教えてよー」
「えっ、いや、あの…」
ふーん、神崎さんが好みなんだ、この人。なんて呑気なこと考えてる場合じゃないか。
「お客様」
「あ?何?呼んでないけど」
オレをギロッと睨んで男は言った。
ま、負けるなオレ!
「すみません、そちらの者はまだ不慣れでして。お困りでしたら私が代わりに承ります。神崎さん、店長が呼んでます」
「え?は、はい」
そうやって神崎さんを逃がした。
「ちっ」
軽く舌打ちをしてその男は帰って行った。
「ふぅっ」
オレもよくもまぁいけしゃあしゃあとあんな嘘が飛び出したもんだ。
こういうこともあるんだな。接客業だし、お客さんと恋愛なんてこともなきにしもあらずってか。
「椿くん」
「あっ、神崎さん。大丈夫だった?」
「店長、私のこと呼んでなかったよ?」
あれ、園田先輩見てたんじゃないのか?オレを行かせるだけ行かせて…。
「い、いや、困ってたみたいだったからさ。ウソついたんだよ」
「あ、そうなんだ…あ、ありがとう。お、男の人って怖いよね」
歓迎会であの神崎さんの乱れっぷりを見たオレは、この言葉が本心なのかどうかが気になるところだった。
「今の神崎さんって、素?」
「え?素って、何が?」
「いや、酒入った時の神崎さん別人みたいだったからさ」
「あっ!そ、そうなんだよね。よく言われるんだけど、い、いつも覚えてなくて…。な、何かした?」
「いや、な、ならいいんだ」
自覚はないんだな。変わり過ぎだもんな。
「ストレス溜まるんだよね…これ…」
「え?なに?」
「う、ううん。なんでもない」
よく聞こえなかった。神崎さんの声は大きい方じゃないけど…。ストレス?
「ほ、ほら、仕事しよ」
「う、うん」
ストレスか。まぁ、人それぞれいろいろあるからなぁ。
仕事を終えて家に帰る。
途中でコンビニに寄り、弁当を買って帰る。この生活が続いていた。帰り道でもめぐのことが気になっていた。電話してみようと思う。テレビのこと黙ってた…ってことなんだよな。知ってたら録画とかも出来たのに。
家に着いて、まず洗濯機を回す。その間に夕食を済ませて干してある洗濯物をたたむ。もう慣れた作業だ。そしてシャワーを浴びて洗濯物を干す。
落ち着いたら携帯を手に取り、コーヒー牛乳片手にめぐに電話をかける。
プルルル……。
『もしもし、誠二くん?』
「めぐ、お疲れ様」
『うん、今落ち着いたの?』
「そ、洗濯物干したとこだよ」
『ちゃんとしわ伸ばした?』
「バッチリさ」
『ふふっ……何か変わったことはあった?」
いつもの会話だ。めぐは何かとオレのこと…じゃなく家のことを気にかけていた。
「亜美のやつが職場に来たよ」
『えっ?………それで?』
おっと、声色が変わった。ブラックめぐの登場だ。
「ただドラムスティック買いに来ただけだよ。先輩らしくみんなの分まで」
『ふーん…それだけならいいけど…』
亜美には厳しいからな、めぐは。
「なぁ、亜美が言ってたんだけど、めぐテレビに出てたらしいじゃん」
『あっ……あはは…ばれちゃったか。出てたっていうよりちょっと映っただけだよ。恥ずかしいから黙ってたんだ』
オレはその言葉に何故か安心出来た。
「知ってたらビデオにでも録っておいたのに」
『イヤだよぉ。緊張してガッチガチだったし』
「ははっ!だから見たいんじゃん!」
『もうっ、意地悪』
いつも通りに話してた。何も変わらない。
「いつ、帰って来る?」
『なぁに?誠二くん寂しいのー?』
めぐがまるで仕返しのように意地悪に聞いてくる。
「ああ、寂しい」
『…へ?お、終わったらすぐに帰ってくるから!」
ふっ、かわいいなぁ、めぐは。
「うん。待ってるから。残りの公演、頑張れよ」
『うん!うん!頑張って早く終わらせる!』
いや、頑張って早く終わるもんじゃないだろ。相変わらずだな、めぐ。
その一週間後の午前二時。そんな夜中にめぐは帰って来た。
もう一泊の予定を繰り上げて帰って来たそうだ。