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ガンコ  作者: 夢見歩人


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2/17

No.2「ガンコ」



 ガンコ――宮島頑奈みやじまかなが僕のクラスに引っ越してきたのは、小学五年生の春の始業式だった。

 あの頃のガンコは当然ながら今よりも背が低く、髪は同じショートだが色は黒かった。

 最初は中々クラスに馴染めず、ずっと一人だった。しかしいつからだったろう。気付けば僕らは友達となり、互いの家や近くの公園に遊びに行くようになっていた。

 ガンコというあだ名は、僕がつけたものだった。頑奈という名前から「頑張る女の子」というイメージが浮かび「ガンコ」と呼ぶようになった。

今思えば、嫌がられたり、イジメとして訴えられたりしても文句を言えないあだ名だとは思う。しかし彼女がこのあだ名を嫌うことはなく、むしろ気に入っている様子だった。少なくとも、僕からはそう見えた。

 だが次の年の二月に、ガンコはまた転校してしまった。引っ越すという話もなく、突然に。担任の先生によると、ひっそり転校することは彼女自身が望んだことだったそうだ。お別れ会などをやると余計に寂しさが増すから、という理由で。

 子供心にショックだった。裏切られたような気分さえした。友達なのだから、せめて自分には言ってほしかったと。だからと言って彼女を恨むこともできず、しばらくは心にポッカリと穴が空いたような喪失感を抱えて日々を過ごした。

 そのガンコが、今目の前にいる。共に遊んだI市に、しかも店を持って。

「やっと思い出してくれた!」

 ガンコは目を大きく見開き、白い歯を見せて笑った。その子供のような喜びようは、確かに昔と変わらない、宮島頑奈のものだ。

「まさか、こんなところで会うなんて――」

「ビックリしたでしょ? 十六、七年振りになるのかな」

 僕が現在二十八歳なので、当時は小学五年生――十一歳の時だった。期間としてはそれぐらいになるだろう。

 昔のガンコは常にと言っていいほど明るい笑顔を浮かべていたが、今の彼女がはにかむ表情は当時の面影を感じさせる。可愛らしいとは思うが、口に出すのはあまりにも照れ臭いので言わないことにした。

 ただ、恨み言だけは少し口にしたい。

「何も言わずに転校するんだもん。ビックリしたよ」

 ガンコが転校する少し前にも、二人で近くの河川敷で遊んだことがある。

 その時は大阪では珍しく、雪が積もった日だった。二人して雪玉を作り、雪合戦をした。

 積もったと言っても、ほんの数ミリ程度だ。雪玉一つ作れば地面が露わになった。ただ旅行やテレビ以外で雪が積もっている景色を見たことがない僕からすれば、感動以外の何物でもなかった。ガンコが投げてくる雪玉は当たると簡単に砕けた。しかしその冷たさは僕の皮膚にダメージを与え、思いの外痛かったのを今でも覚えている。

 一しきり遊び、夕方になったので、僕らは帰ることにした。確かあの時、僕は「またね」と言って手を振った。その後、ガンコが一瞬暗い表情を浮かべたが、すぐに取り繕うような笑みを見せ「またね」と振り返したはずだ。あの刹那の顔が後から知った僕の記憶の改ざんによるものなのか、それとも引っ越すことを話さなかった彼女の罪悪感故のものなのかは、今となってはわからない。

 いずれにせよ、それが彼女を見た最後であったことには変わりがない。

「あの時はごめん。先生からも聞いたと思うけどさ、なんかあの頃は居心地が良かったからこそ、言っちゃうと寂しさが倍増しそうな気がして、どうしても言い出せなかったんだよね」

 ガンコが顔の前で両手を合わせて謝る。そう言われてしまうと、僕としてもそれ以上責めることはできない。

「それは、まぁそうかもしれないし、今なら理解できるけど」

「でも、こうして再会できたのは本当に嬉しいよ」

「僕もだよ。転校してから、東京に行ったんだよね?」

 当時の担任の先生が言ったことを思い出しながら、僕は言った。ガンコは大きく頷いて「そう」と答える。

「でもさっきも言ったけど、向こうで父さんが仕事を変えてね。転勤族からは見事に足抜け。それから大学までは、ずっと東京だったの」

「大学卒業後は? やっぱりコーヒー関係?」

 段々と記憶が蘇ってきた。そう言えばガンコは小学校の頃からコーヒーが好きだった。しかも砂糖やミルクを入れない、純然たるブラックを。

今でこそ僕もコーヒーが好きになったが、子供の頃はそうではない。当時の僕からすれば、苦さしか感じられないコーヒーを飲めていたのだから、ガンコはすごいと、一種の尊敬を感じずにはいられなかった。

 コーヒーショップを始めたのも、もしかしたらそのコーヒー好き故かもしれない。だから新卒の会社もコーヒー関連かと思ったのだが、ガンコは首を横に振った。

「大手の通販会社。今年の七月までアメリカにいたの」

 何気ない口調でガンコは答える。しかしその予想外の答えに、僕は目を大きく見開くばかりだった。

「アメリカって、マジで?」

「そう。でもやっぱりコーヒーに携わる仕事をしたいなぁって思って。で、日本に戻って来たってわけ――それより、達希くんは今何をしているの? 仕事帰り?」

 ガンコが前のめりになって訊いてくる。しかし僕は返答に窮してしまう。

 アメリカ帰りで、今は店の経営者。そんな輝かしい彼女に、今の僕の現状はすごく話しにくい。

「どうかしたの?」

 ガンコが下から心配そうにのぞき込んでくる。自分でも無意識の内に下を向いていたらしい。

「いや、その――」

 自分の中で答えが決まらず、しどろもどろな口調となってしまう。息が詰まるような思いだ。

 こんな恥ずかしい自分を、どうか見ないでくれ。そう思ってしまうも、同時にこうも思った。

 久し振りに会った友達に、自分のことを誤魔化す、隠すなど、果たして誠実と言えるのだろうかと。

 そう思った瞬間、自然と僕の口は動き出していた。

「今は、仕事をしていない。転職活動中。おまけに、うつ病持ちなんだよね」


(続)


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