エピローグ「新しい朝」
カーテンの隙間から差し込む光が、まぶたを優しく叩いた。
ゆっくりと目を開けると、見慣れた天蓋付きの天井が視界に入る。
だが、以前とは決定的に違うことがあった。
隣に、確かな体温がある。
リエンが私の腰に腕を回し、安らかな寝息を立てていた。その顔には、以前のような張り詰めた緊張感はなく、無防備な少年のようなあどけなささえ感じる。
私はそっと身を起こし、彼の顔を覗き込んだ。長い睫毛、整った鼻梁、そして薄い唇。
この美しい人が、私の番だ。
昨晩の出来事が、まるで夢のように思い出される。けれど、体の中に満ちている力と、彼との魂の繋がりが、それが現実であることを教えてくれていた。
指先で彼の頬をつつく。
「ん……」
リエンが低く唸り、目を開けた。氷青色の瞳が、とろりと甘く私を映す。
「おはよう、アキラ」
「おはようございます、リエン」
交わす挨拶が、こんなにも幸せだなんて知らなかった。
リエンは私の腕を引き寄せ、朝のキスを落とす。深くて、長くて、とろけるような口づけ。
「気分はどうだ? 体は痛くないか?」
「平気です。むしろ、力がみなぎっているくらい」
「そうか。さすがは私の聖女様だ」
彼が茶化すように言うので、私は少し膨れてみせた。
「その呼び方、やめてください。僕はただのアキラです」
「ああ、そうだね。ただのアキラ。私の愛するアキラ」
リエンは何度も私の名前を呼び、そのたびに抱きしめた。
私たちは着替えを済ませ、テラスへと出た。
そこには、セバスが用意してくれた朝食が並んでいた。焼きたてのパンの香ばしい匂いと、新鮮なフルーツの香り。
「おはようございます、お二人とも」
セバスが満面の笑みで迎えてくれる。その笑顔には、もう何の隠し事もないように見えた。
「いい朝ですね」
「ええ、本当に」
私たちは席につき、海を眺めながら食事を始めた。
空はどこまでも青く澄み渡り、水平線の彼方まで見渡せる。
昨日まで、あの水平線は私を閉じ込める壁だった。けれど今は、世界へと続く扉に見える。
「ねえ、リエン」
私はコーヒーカップを置き、彼に話しかけた。
「これからは、どうするの?」
リエンはパンにバターを塗りながら、穏やかに答えた。
「どうもしないさ。ここで暮らす。君と、セバスと、静かにね。もちろん、君が外の世界を見たいと言うなら、いつでも連れて行くけれど」
「ううん、いいの」
私は首を横に振った。
「ここがいい。ここが僕たちの家だから」
外の世界には、まだ争いや欲望が渦巻いているかもしれない。けれど、私たち二人なら、どんな嵐も乗り越えられる。
風が吹き抜け、庭の花々が揺れた。
かつて聞こえた石碑の歌声はもう聞こえない。その代わりに、波の音が「おめでとう」と囁いているように聞こえた。
私はリエンの手を取り、自分の頬に寄せた。
彼の指にある指輪と、私の首にある見えない絆。
それは拘束具ではなく、永遠の愛の誓いだ。
籠の鳥は、自ら籠の中に留まることを選んだ。なぜなら、その籠の中には、世界中のどこよりも広くて温かい空があることを知ったから。
「愛しています、リエン」
「私もだ、アキラ。魂が尽きるその時まで」
私たちは微笑み合い、新しい一日へと歩き出した。
絶海の孤島に、今日も優しい光が降り注いでいる。
それは、二人だけの楽園の、永遠の始まりだった。




