表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
孤島の檻で魔術師に拾われました。記憶喪失の僕に注がれる愛が重すぎる件〜記憶喪失のオメガと、呪われた最強魔術師の甘やかな監禁生活〜  作者: 水凪しおん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/12

第1話「最果てのゆりかご」

登場人物紹介


あきら

突然、異世界の孤島で目覚めた青年。自分が何者だったのか、日本での記憶が曖昧になっている。この世界では希少かつ脆弱な存在である「オメガ」として覚醒する。色素の薄い髪と瞳を持ち、どこか儚げな雰囲気を漂わせているが、芯は強い。逃げ場のない島で、リエンの庇護を受け入れることに葛藤している。


◆リエン

孤島に聳える屋敷の主であり、圧倒的な支配力を持つ「アルファ」。彫刻のように美しい容姿と、人を平伏させる強烈なフェロモンを持つ。彰を「私の愛し子」と呼び、異常なまでの執着と過保護な愛で包み込む。彰を島から出すつもりはなく、永遠に手元に置いておこうとする謎多き男。


◆セバス

屋敷に仕える老齢の執事。リエンに絶対の忠誠を誓う「ベータ」。彰に対して常に恭しく接するが、リエンの命令には決して逆らわない。島の秘密を何か知っている様子。

 波の音が聞こえる。


 規則正しく、優しく、そしてどこか恐ろしい響きを持って、絶え間なく繰り返される水の音。


 重たいまぶたを持ち上げると、そこは知らない天井だった。いや、天井と呼ぶにはあまりにも高く、そして美しい。幾重にも重ねられた白い天蓋が、開け放たれた窓から吹き込む風に揺れている。


 ぼんやりとした頭で体を起こそうとしたが、思うように力が入らない。指先ひとつ動かすのにも、まるで深い水底からもがくような倦怠感がまとわりついていた。


『ここは……どこだ』


 声に出そうとした言葉は、掠れた息となって唇からこぼれ落ちる。喉が渇いていた。


 視線を巡らせる。そこは、映画やドラマでしか見たことのないような豪華な寝室だった。壁には精緻な刺繍が施されたタペストリーが飾られ、床にはふかふかとした毛足の長い絨毯が敷き詰められている。調度品の一つ一つが、歴史を感じさせる重厚な輝きを放っていた。


 ここは病院ではない。自分の部屋でもない。


 そもそも、自分は今まで何をしていたのだろう。


 記憶の糸を手繰り寄せようとするが、霧がかかったように掴めない。ただ、漠然とした不安だけが胸の奥で渦を巻く。


 その時、重厚な扉が音もなく開いた。


 入ってきたのは、一人の男だった。


 逆光で表情は見えないが、その長身と堂々とした佇まいだけで、空気が一変したのがわかった。彼が一歩足を踏み出すたびに、部屋全体の圧力が変わるような、そんな錯覚を覚える。


「目が覚めたか」


 低く、よく響く声だった。チェロの音色のように深く、鼓膜だけでなく、腹の底まで振動させるような声。


 男がベッドのそばまで歩み寄ってくる。


 窓からの光が彼の顔を照らし出した瞬間、息を呑んだ。


 この世のものとは思えない美貌だった。夜空を切り取ったような漆黒の髪に、凍てつく湖のような氷青色の瞳。整いすぎた顔立ちは、冷たさすら感じさせるが、その瞳が自分を捉えた瞬間、とろけるような甘い熱を帯びた。


「……あなたは」


 ようやく絞り出した声は、ひどく弱々しかった。


 男はベッドの縁に腰を下ろすと、大きな手で私の頬を包み込んだ。その手は温かく、同時に絶対的な安心感を与えてくる。けれど、本能のどこかが警鐘を鳴らしていた。この男は危険だ、と。


「リエンだ。君の守護者だよ、アキラ」


 リエン、と名乗った男は、愛おしそうに親指で私の唇をなぞった。


「守護者……? 僕は……」


「何も心配しなくていい。君はここで、ただ私に愛されていればいいんだ」


 その言葉には、拒絶を許さない響きが含まれていた。


 リエンから漂ってくる香りが、鼻腔をくすぐる。それは香水のような人工的なものではなく、もっと原始的で、脳髄を直接刺激するような匂いだった。


 雨上がりの森のような、あるいは上質なスパイスのような、清涼感と重厚感が入り混じった香り。その匂いを吸い込んだ瞬間、体の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。心臓の鼓動が早まり、本能が彼にひれ伏したがっている。


『なんだ、これ』


 自分の体の反応に戸惑う。こんな感覚は初めてだった。


 リエンは私の反応を見て、満足げに目を細めた。


「いい子だ。君の体も、本能も、すでに私を理解しているようだね」


「なにを……言って」


 逃げようとして身じろぎするが、リエンの手が優しく、しかし強引に肩を押さえつける。その力は決して痛くはないが、岩のように動かない。


「君はオメガだ。そして私はアルファ。この世界で、これほど惹かれ合う組み合わせはない」


 アルファ? オメガ?


 聞き慣れない言葉だが、なぜかその響きには抗いがたい説得力があった。まるで遺伝子に刻まれた真理を告げられたような、不思議な納得感。


 リエンはサイドテーブルにあった水差しを手に取ると、銀の杯に水を注いだ。


「さあ、お飲み。喉が渇いているだろう」


 杯を口元に運ばれる。断ろうと思ったが、水の誘惑には勝てなかった。冷たい液体が喉を潤すと、ようやく少しだけ思考がクリアになった。


「ここは、どこですか」


 改めて問いかけると、リエンは杯を置き、慈しむような目で私を見つめた。


「ここは《揺りかごの庭》。外の世界の汚れから切り離された、君のためだけの楽園だ」


 楽園。甘美な響きだが、それは同時に、逃げ場のない檻を意味しているようにも聞こえた。


 窓の外に目を向ける。そこには、どこまでも続く青い海が広がっていた。水平線の彼方まで、陸地らしきものは何一つ見当たらない。


 絶海の孤島。


 その事実に気づいたとき、背筋に冷たいものが走った。


「帰して……僕は、帰らなきゃ」


 どこへ? 帰る場所の記憶さえないのに、焦燥感だけが募る。


 リエンの表情から笑みが消えた。氷青色の瞳が、すっと細められる。室内の温度が一気に下がったような気がした。


「帰る? どこへ帰るというんだ」


「それは……」


「君に帰る場所などない。君の居場所はここだ。私の腕の中だけだ」


 リエンが顔を近づけてくる。彼の香りが濃くなり、思考が甘い霧に包まれていく。怖いのに、離れられない。彼のそばにいることが、この上ない幸福だと体が錯覚し始めている。


「忘れたのか? 君は外の世界で傷つき、ボロボロになってここに流れ着いたんだ。私が拾い、手当てをし、守っている。君は私のものだ」


 耳元で囁かれる言葉は、呪文のように心に染み込んでいく。


 ああ、そうなのかもしれない。私は守られている。この強大で美しい生き物に。


 リエンの手が、私の首筋に触れた。そこに、ひやりとした金属の感触があることに、今さらながら気がついた。


 指先で探ると、細い首輪のようなものが巻かれている。継ぎ目のない、滑らかな金属の輪。


「これは……」


「愛の証だよ」


 リエンは私の問いを遮るように、首筋に唇を落とした。


「君を二度と失わないための、大切な絆だ」


 そのキスは熱く、所有欲に満ちていた。


 抵抗する気力は、波に洗われる砂の城のように崩れていく。


 リエンの腕の中に閉じ込められながら、私は窓の外に広がる空を見た。


 青く澄み渡る空は、あまりにも遠かった。


 ここは楽園なのか、それとも地獄なのか。


 リエンの放つ圧倒的な存在感オーラに飲み込まれながら、私は再び深い眠りの中へと落ちていった。


 ***


 次に目を覚ましたとき、部屋の中は夕暮れの朱色に染まっていた。


 リエンの姿はない。


 静寂の中で、波の音だけが響いている。


 ベッドから這い出し、ふらつく足取りで窓辺に向かった。足の裏に触れる絨毯の感触が、現実味を帯びている。


 窓から下を見下ろすと、そこには手入れの行き届いた美しい庭園が広がっていた。色とりどりの花が咲き乱れ、白い石造りの噴水が涼しげな水音を立てている。


 その向こうには、断崖絶壁と、荒々しく打ち寄せる海。


 本当に、海しかない。


 360度、見渡す限りの水平線。船影ひとつ見えない。


「本当に、閉じ込められているんだ……」


 つぶやいた声は、風にさらわれて消えた。


 首元の冷たい金属が、現実を突きつけてくる。


 リエン。あの美しい男。アルファ。


 彼の顔を思い出すだけで、体の奥がうずくような感覚。


 それが、この世界で「オメガ」と呼ばれる存在の性なのだろうか。


 私は窓枠を強く握りしめた。


 記憶がなくとも、本能が告げている。


 このまま飼い殺されるわけにはいかない。たとえここが楽園だとしても、私は自由を求めていた。


 しかし、今の私にはあまりにも力がなかった。


 まずは状況を把握しなければ。


 背後でドアが開く音がした。


 振り返ると、リエンではなく、銀髪の老人が立っていた。黒い燕尾服を隙なく着こなした執事だ。手には銀のトレイを持っている。


「お目覚めですね、彰様」


 老執事は穏やかな笑みを浮かべ、深く一礼した。


「リエン様より、お食事をお持ちするようにと仰せつかりました」


 トレイの上からは、食欲をそそる温かいスープの香りが漂ってくる。空腹を自覚した胃が、小さく鳴った。


 この島での生活が、静かに始まろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ