第1話 普通って何?!
朝のホームルーム。
黒板に「瀬野りりか」って書かれた瞬間、教室がざわついた。
銀髪の転校生なんて、目立つに決まってる。
私は窓際の席に座りながら、スマホを握りしめた。
画面には、パパからの通知。
『悪魔が出たら即連絡! 位置情報オン! GPS精度100%!』
……うざい。
「過保護すぎ」って、わざと声に出して舌打ちしてやった。
クラスメイトの視線が刺さる。
――また「変な子」って思われてる。
転勤族の呪い。
どこに行っても、すぐにバレる。
普通の友達ができない。
パパのせい。
ママのせい。
私の血のせい。
全部、嫌い。
昼休み。
屋上に上がると、風がスカートを翻す。
お弁当箱を開ける。
ママの作った卵焼き、今日もちょっと焦げてる。
昨夜も魔界定例会だったんだろうな。
ママはいつも「転勤の準備で忙しいの」って笑うけど、私にはわかる。
黒燐城で議長代行やってる顔、想像できる。
悪魔貴族たちに弁当配って、笑顔で「人間の味です」って言ってる。
――私も、あの場に連れてかれる日が近い。
血統測定。
封印具。
人間界滞在許可。
全部、私の未来を縛る鎖。
焦げた卵焼きを口に運ぶ。
苦い。
でも、捨てられない。
ママが作ってくれたものだから。
そのとき、空気が歪んだ。
黒い影が、屋上のフェンス越しに降り立つ。
「魔王の血を引く娘……今度こそ」
悪魔の声。
心臓が跳ねる。
反射的に立ち上がる。
衝撃波が炸裂して、フェンスがぐにゃりと曲がった。
――やっちゃった。
また、バレる。
また、転校。
また、友達ゼロ。
スマホが震える。
『りりか! 位置情報確認! 今すぐ!』
「来んなって言ってるでしょ!」
叫びながら、通話切った。
自分でやれるって、何度も言ってるのに。
――パパなんか、頼らない。
――パパなんか、いらない。
でも、肩に爪が走る。
制服が裂けて、血が滲む。
痛い。
熱い。
足が震える。
――怖い。
――一人じゃ、無理かも。
――助けて。
心の中で、叫んでる。
でも、口には出せない。
反抗期だから。
意地っ張りだから。
パパを嫌いになりたいから。
次の瞬間、空間が割れた。
パパが降り立つ。
スーツじゃなくて、光の鎧。
手には星天剣・極。
一閃。
悪魔は霧になって消えた。
「怪我は?」
パパが膝をつく。
その瞳が、私をまっすぐ見る。
――いつもと同じ。
――いつも、守ってくれる。
私は髪をかきむしった。
「だから来るなって! 自分でやれるって言ってるじゃん!」
声が裏返る。
「パパの過保護、ほんとムカつく! 会社はどうするの!? 胃腸炎って何回目!? バレたらクビでしょ!?」
言えば言うほど、胸が締めつけられる。
――本当は、怖かった。
――本当は、来てくれて、安心した。
――本当は、パパ大好き。
でも、言えない。
言ったら、負けだから。
言ったら、また甘えちゃうから。
屋上の隅で、タケルが柵にしがみついてた。
目が点になって、尻もちついてる。
「何だよ……こいつら……」
――バレた。
――秘密、守れるかな。
私はタケルに歩み寄った。
「見てたでしょ。黙ってて」
声は低く、震えてた。
タケルはこくこく頷く。
震える手でスマホ握ってる。
――この子なら、守ってくれるかも。
――普通の友達、できるかも。
パパが立ち上がる。
「転校先も、安全だな」
私は背を向けた。
「安全とか知らん! もうパパの顔見たくない!」
でも、風に揺れる銀髪の奥で――
「……嘘。ちょっとだけ、かっこよかった」
声は、風に消えた。
――パパ、ありがとう。
――でも、まだ言えない。
――反抗期、終わらない。
チャイムが鳴る。
昼休みが終わる。
私はお弁当箱を閉じて、屋上を降りた。
誰もが、日常に戻っていく。
誰もが、知らないふりをしている。
――私も、その一人になる。
少なくとも、今日は。
でも、心の中では――
パパの剣の光が、焼きついて離れない。




