8話 血屠人との死闘
「ヒヒッ、見つけたぜ……」
殺氣を含んだ声が、夜の静寂を斬り裂く。
<血道・隠身>を見破られた――。
背後、約十メートルの位置に立つ。
相手も気配を消しながら俺に近づいたということか。振り返ると、そこに立っていたのは一人の大柄な男。
白と深紅の鎧の一部を身につけ、歪んだ笑みを浮かべていた。
「血の匂いは隠せねぇんだよ、吸血鬼。ククク」
男の鼻孔が大きく開き、深く息を吸い込む。
まるで極上のワインの香りを楽しむかのように。
吸血鬼の血を嗅ぎ分けるか。
虎獣人や古代狼族のようなスキルを持つ者か? 吸血鬼ハンターにはありがちだが、俺の隠身を見破る存在は片手で数えるほどしかいない。
「隠れるのが得意なのは知っていたがな、お前の血の匂いは格別、高祖吸血鬼のはずだ……」
愉悦に満ちた声が、夜風に乗って響く。
男の瞳に宿る狂気の光が、月明かりの下でギラギラと輝いていた。
「俺の血かよ、吸血鬼の血を望むとは、光神ルロディスが、泣くぜ?」
皮肉を込めて言い放つと、白い防具に深紅の鎧を身に着けた男は、首を大きく後ろに反らして哄笑した。
「ハッハッハッ! 光神ルロディス様も、お前たちの血の浄化を望んでいる。だが、俺は俺だ。俺の鼻が、そしてこの血が、お前を呼んでいる……いや、『求めている』んだよ!」
男は自らの左腕に爪を立て、一筋の血を垂らした。鮮血が重力に従って流れ落ちる――いや、違う。血は男の意志に従うかのように、空中で螺旋を描きながら凝縮していく。
<血魔力>――吸血鬼の専売特許とも言える力を、人族が使うだと?
瞬間、男の左腕が脈動した。
筋肉が膨張し、骨格が軋む音が夜気に響く。そして、虚空から現れたかのように禍々しい大鎌が出現した。刃渡り二メートルはあろうかという巨大な武器が、まるで最初からそこにあったかのように男の手に収まる。
「……さぁ、狩りの時間だ、黒の貴公子さんよ。最高のショーを期待してるぜ……」
歩いてきた。一歩、また一歩。その足音は妙にリズミカルで、まるで死の舞踏を踊るかのようだ。
この男……異様な氣配。俺を獲物だと思い込んでやがる。
捕食者のソレか、追い詰めて、喜びとする獣のような……。
教皇庁八課の魔族殲滅機関の部隊章がないが、こいつも、あの白い連中と同じなら教皇庁の者のはず――と、思考が追いつく前に、男が動いた。
地面が爆発したかのような轟音と共に、獣のような勢いで俺へと飛びかかってきた。
手にした大鎌が月光を反射して禍々しく煌めく。
その刃の軌跡が、空氣を切り裂きながら首筋に迫る。
咄嗟に<影刻加速>を発動し、世界がスローモーションになったかのように見える中、大鎌の初撃を紙一重で避けた。
風を切る音が、耳元を掠めていった。
続けざま、振るわれた大鎌の刃が頬を掠め、数本の髪が宙を舞う。風圧だけで肌が切れ、一筋の血が頬を伝った。
その速度は、ケンダーヴァルの眷属たちの中でも、最速の部類に匹敵する。
――否、それ以上か。奴は速度と破壊力を重視した、一撃必殺の戦法を仕掛けてきた。
「――ほう、速いな。だが、その程度で俺から逃げられると思うなよ!」
男は着地と同時に身を低くし、獣のような四足の構えを取った。そして再び跳躍――今度は横薙ぎの一閃が迫る。
魔剣と大鎌の突きと薙ぎ払いが続けざまに繰り出されてくる。
――縦横無尽に振るわれ、俺の退路を塞ぐことが狙いか――。
魔剣と大鎌による連続攻撃が嵐のように繰り出される。魔刀鬼丸と白焔が包む闇夜剣で防ぐ――。
縦の斬撃、横の薙ぎ払い、突き、返しの刃――その全てが致命的な一撃となりうる攻撃だった。
と、退路は完全に塞がれていた。前後左右、上下――あらゆる方向からの攻撃が、俺という存在を削り取ろうとしてくる。
その一撃一撃には、血を吸うことで切れ味を増す特殊な魔力が込められているのが感じられた。
父の教えが、頭をよぎる。
『力は道具であって、目的ではない。血と命の尊厳を忘れてはならない』
――だが、こいつは、力を、命を、ただ破壊の道具としか見ていない。その狂氣じみた狩りのスタイルからは、『純粋な破壊欲』が溢れ出ている。
「チッ!」
覇王のシックルを構え、男の大鎌を受け止めた。
ギィィィン!
金属同士が激突し、火花が散る。衝撃が腕を通じて全身に伝わり、足元の石畳に亀裂が走った。
――男の膂力は想像以上だった。
腕が痺れ、骨が軋む。単純な力比べでは、分が悪い。
「どうした、黒の貴公子さんよ? その血、もっと見せてくれよ。俺の鎌が、お前の血を求めて疼いてやがるんだぜ?」
男は狂氣じみた笑みを浮かべ、更に力を込めて大鎌を押し込んできた。
鍔迫り合いの状態で、互いの顔が間近に迫る。男の瞳の奥で、赤黒い炎のようなものが揺らめいているのが見えた。
――こいつ、正氣じゃない。いや、これが奴にとっての『正氣』なのか。
力に押されて体勢を崩されかけたが、瞬時に判断し、あえて力を抜いて後方へと跳び退った。
男の大鎌が勢い余って地面を抉る。石畳が砕け、破片が飛び散った。
追撃は来ない、男は、自身の腕に大鎌の刃を滑らせ、自らを傷つけるだと……?
「ハッ、素晴らしい痛みッ! この血が、俺を最高に高揚させてくれる!」
男の腕から鮮血が噴水のように噴き出す。
常人なら悶絶するような傷だが、男は一切の苦痛を感じていないようだった。
痛みそのものが快楽であるように恍惚とした表情を浮かべている。
流れ出た血が、重力に逆らって男の体を覆い始める。血は生きているかのように脈動し、男の筋肉に浸透していく。
ビキビキと音を立てて、全身の筋肉が隆起した。
血管が浮き上がり、まるで体内を溶岩が流れているかのように赤く光る。
瞳の奥の赤黒い光が、さらに強さを増していく。
その血が奴の身体能力を一時的に向上させたか?
『狂化』の能力を発動させたのが見て取れる。
まさに、血に酔いしれた狂戦士。
俺が傷を受ければ血が活性化するように、こいつは自らの傷で、さらに高揚するのか。
「さあ、踊ろうぜ、黒の貴公子! 血と破壊の舞踏をな!」
男の速度が増した。
<影刻加速>に匹敵するほどの速さで、再び間合いを詰め、肉薄してきた。
右手に魔剣の突き、左手の大鎌の動きはフェイクか――。
と、大鎌の石突で足を突いては、魔剣の胴狙い――。
それを覇王のシックルの刃で防ぎ、左手の魔刀鬼丸の突きで反撃を試みるが、防がれ、ほぼ同時に、大鎌の薙ぎ払いが頭上に迫る、横に移動し、避けたが、ぐっ、魔剣の薙ぎ払いを腕に喰らった。
――その動きは予測不能、幻影のようだった。容易な相手ではない。
次の大鎌の刃を感覚で後退して避けた。
石畳が真っ二つに割れ、断面から火花が散る。
もし避けていなければ、俺も同じ運命を辿っていただろう。
だが、魔剣と大鎌の攻撃と血を媒体とした戦法には対処が可能――。
覇王のシックルで長剣を意識すると、白熱の光を放ち、白焔が包む闇夜剣と化す。
左手に魔刀鬼丸を召喚し、二刀流で構える。――これで対応できる、はずだった。
しかし、男の攻撃はそれだけではなかった。
大鎌の石突が、死角から俺の足を狙って突き出される。バランスを崩しかけたところに、魔剣が胴を狙って薙ぎ払われる。
それを覇王のシックルの刃で防ぎ、同時に魔刀鬼丸で反撃を試みる。
しかし、男は信じられない柔軟性で上体を反らし、刃をかわす。そして、そのまま後方に宙返りしながら、大鎌で追撃してきた。
薙ぎ払いが頭上に迫る。横に移動して避けようとした、その瞬間――
ズバッ!
魔剣の切っ先が、防御の隙間を縫って俺の左腕を切り裂いた。
「ぐっ……!」
鮮血が飛び散る。傷は深くないが、確実に俺の動きを鈍らせる一撃だった。
――読まれている。いや、違う。これは本能だ。
男の動きは予測不能。
複数の人格が同時に別々の攻撃を仕掛けてくるかのような、統一性のない連続攻撃。それ故に対処が困難だった。パターンがないことこそが、最大の脅威となる。
覇王のシックルに再度意志を込めるように膨大な<血魔力>を送る。
応えるように、刃が白熱の光を放ち始めた。
白い炎が刀身を包み込み、闇夜剣を強める。
左手の魔刀鬼丸が、呼応するかのように妖しい紫電を纏った。<血魔力>と雷属性を活かす。
「――俺の渾名を知りながら襲い掛かったことを、後悔させてやろう」
静かに、しかし確かな殺意を込めて告げる。
だが、男の狂氣じみた笑いが夜氣を震わせた。
「ヒヒッ、ヒャハハハハ! 後悔だと? とんでもねぇ、こりゃあ最高の『狩り』になりそうじゃねぇか!」
奴は自らの腕を大鎌の刃で切り裂く。
今度は躊躇いなく、深く、容赦なく。
鮮血が鎌に吸い込まれていくのが見えた。
血を吸った大鎌の刃が、不気味に赤黒く光り始めた。刃の表面に、血管のような文様が浮かび上がる。
――自分の血で武器を強化するのか。俺とは真逆の狂氣だな。
「さあ、本気で来い! 踊ろうぜぇ、黒の貴公子! 血と破壊の舞踏をな!!」
男の全身から、血の霧が立ち上り始めた。
その霧は男の動きに合わせて残像を作り出しながら、間合いを――魔剣を突き出してきた。
それを頭部を退いて避け、後退――。
男の分身が無数に存在するかのような錯覚を生み出す。速度が一氣に跳ね上がった。
大鎌が頭上を掠め、髪の毛が数本舞い散った。
振り返ると、男が血の霧のような残像を作りつつ立っている。
血で狂化した結果、瞬間移動に近い動きが可能になったのか。先程の<影刻加速>で避けた時とは比較にならない。血で狂化した今の奴は、別人だ。
また大鎌を振るってくる。風を切る音が耳元を掠めた。紙一重で首を引いて避ける。
――くっ、ケンダーヴァルの眷族でもここまでの速度変化は見せない。自傷による狂化か。
白焔が包む闇夜剣で、大鎌の刃を受け止めた――。
ガギィィィィン!
凄まじい衝撃が全身を襲った。
腕と体躯に走る衝撃で両足が地面に食い込みながら後退させられる。奴の膂力を思い知った。
血と特殊な魔術で強化された大鎌の重さは尋常ではない。
「――ハハッ、良いぞ、その目だ! もっと抵抗してみせろ、そうでなきゃ狩り甲斐がねぇ!」
男の歪んだ仮面の奥で、完全に正気を失った瞳が俺を見据えている。
もはや、そこに理性の欠片も残っていなかった。純粋な破壊衝動だけが、男を動かしている。
力に押され、体勢を崩しながら後方へと跳び退く。
だが、足音が聞こえない。男の姿が一瞬消えた――まずい!
背後から殺氣を感じ、咄嗟に身を屈める。
地面を蹴って横に移動し、大鎌をなんとか避けた。
再び猛攻が始まった。
大鎌と魔剣が、まるで生きているかのように自在に動き回る。
上段からの振り下ろし、下段からの斬り上げ、横薙ぎ、突き、石突での打撃――
白焔が包む闇夜剣を盾にし、猛攻を凌ぐ。
魔刀鬼丸を突き出し<血剣・一穿>で反撃をするが、大鎌の柄に防がれる刹那、頬を、肩を、脇腹を、太ももを――次々と刃が掠めていく。
傷が増える度に、男の興奮は高まっていった。
「そうだ! その血だ! もっとだ、もっと血を流せ!」
突然、男の動きが止まった。
男が血の霧を纏いながら立っている。
その姿は、もはや人というより、血に飢えた悪鬼の如し。
男は、俺を追わず血走った目で、左腕を前に大鎌を持つ右腕を振るい、腰を深く捻る。変なポーズで、
「――なぁ、アンセムは知ってるか? 『壊す』ことの本当の快感をよ。あいつは偽善者だ。俺は正直者さ、アハハ」
脈絡のない独り言。男の精神は、既に臨界点を超えているのかもしれない。
「あいつは偽善者だ。俺は正直者さ。壊すことが好きだ。血が好きだ。殺すことが――大好きなんだよ! アハハハハ!」
狂笑と共に、男は地面を這うような低い姿勢で突進してきた。
四足獣のような動きだが、その速度は尋常ではない。
足を狙った大鎌の横薙ぎ――跳躍で避けたが、奴の左手から血の鞭が伸びてきた――。
蛇のように迫る血の鞭を、魔刀鬼丸の角度を変え、切断していくが――。
血を武器として自在に操る能力か――。
空中の俺に向けて、男の左手から血の鞭が撃ち出された。
それも一本や二本ではない。十を超える血の触手が、まるで生きた蛇のように俺を追尾してくる。
高祖吸血鬼たちが使うような<血魔力>の技術だぞ、これは――。
教皇庁の連中がここまでの吸血鬼の異能を身につけているとは――血の鞭が俺の足首に絡みつく――引きずり倒そうとする男の力に抗い、白焔が包む闇夜剣で牽制しつつ、魔刀鬼丸でその鞭を断ち切った。
だが、切るたび、瞬時に再生し、複数の鞭となって襲いかかってくる。
――血液を自在に操る――これは厄介だ。
覇王のシックルを元の形に戻し、回転させ、血の鞭を絡め取るように切る。
その湾曲したシックル刃に<血魔力>を込めると、刃から白雷が弾けながら前方に伸び、血の鞭を焼き払う。しかし、男はすぐに新たな血を供給して攻撃を続けてくる。
「ハッ、変わった白雷、黄に赤の血雷を扱う武器だな……だが、この『血屠人』の名は、伊達じゃねぇんだよ!」
血屠人――血を屠る者。
なるほど、言い得て妙な異名だ。
「お前も、<聖痕>の糧に、そして、燃え滓となるだろう……ふへへ、その高祖吸血鬼の血肉で証明させてくれ――」
血の鞭を囮に、血屠人が加速して前進してきた。
大鎌の一閃を魔刀鬼丸で受け止めるが、凄まじい力に押されて後退を余儀なくされる。
鍔迫り合いの中、血屠人の顔が間近に迫った。
仮面の隙間から覗く瞳は、完全に血に染まっていた。
「血屠人……そんな異名を持つ奴が教皇庁にいたのか」
疑問を口にすると、血屠人は不気味に嗤う。
「あぁ、知らないのも無理はない。俺は表には出ない。影の処刑人、異端の狩人、そして――」
今度は更に深く、骨が見えるほどに。反対の腕も切り裂き、その表情は恍惚としたものに変わっていく。ビキビキと音を立てて、腕の形が変化していく。
剥き出しになった骨が、意志を持つかのように巨大な刃となって魔剣と大鎌を飲み込むように取り込んで一体化していく。
それは最早、人間の腕ではなかった。巨大な骨の刃と化した、異形の凶器。
更に、空中に浮かんだ血が複雑な文様を描き始めた。血肉が触手のように絡み合い、空中で形を変えた無数の針が生成された。
それらは宙に浮いたまま、俺に狙いを定めている。
血屠人が腕を振るうと、血の針が豪雨のように降り注いできた。
――咄嗟に<影刻加速>を発動し、血の針の雨を縫うように駆け抜ける。
頬と手足を掠めると、鋭利な刃物、否、熱に触れた感覚、焼けるような激痛が走る。
――これは、聖別された血か!?
吸血鬼にとって、聖なる力は天敵。その痛みは、通常の傷の比ではない。
「ハハハハッ、逃げているだけか――」
怪物は、血屠人の狂氣のまま俺を追う――。
強化され、骨の大鎌となった、それを振るう速度が上昇――。
一撃、二撃、覇王のシックルと魔刀鬼丸でなんとか弾くが、石突による打撃や柄の振り回しといった変則的な攻撃に翻弄され腕と足を斬られた。痛ッ――。
「――ククク、効いてる、効いてるぜ! その傷から流れ出る血の香りがたまらねぇ!」
血屠人の狂笑が響く中、骨の刃と化した腕での攻撃が再開された。
もはや、それは剣術とは呼べない代物だった。
獣の爪のように、本能のままに振るわれる凶刃。
速度も、先程とは段違いだった。
骨化によって軽量化され、なおかつ筋力は増大している。
防戦一方に追い込まれながら、十数合の打ち合いを繰り広げる。
覇王のシックルで骨の刃を受け止め、魔刀鬼丸で別方向からの攻撃を流す。
狂氣染みた血屠人の攻撃に押されるが、<影刻加速>を使用し、左に出ながら魔剣の突きを避け、白焔が包む闇夜剣の<血剣・枇杷薙ぎ>を喰らわせ、左下段蹴刀を喰らわせる。
ズンッ、ボキッと、足の骨が折れたはずだが、体勢を崩しながら「ハッ――」と嗤いつつ大鎌を振り抜いてきた。
その大鎌の一閃を覇王のシックルで防ぎ、石突の打撃を魔刀鬼丸で下から上に回しながら流す。
すると、血屠人は、後退し、足を止める。
男は己のふらついている片足を見つめると、その片足はギュルギュル音を立てて元に戻る。
吸血鬼のような再生力だ。
「――体術、格闘も上手い、だが――」
今度は己の胸部を鎌骨刃で、紅の鎧ごと浅く切るや否や、その血肉が拡がり骨が拡大し、体長が四メートル強の大柄の人型怪物に変化を遂げ、空中に広がった血が魔法陣のような文様を描き始めた。仮面も罅割れながら骨と同化し、大きくなりながら顔の皮膚に食い込み、頭髪が溶けながら罅割れ拡大した仮面と融合していた。
「――ああ、素晴らしい! この痛みが、俺に真の力をくれるぅ!」
――大柄の怪物血屠人は叫び、鎌骨刃を突き出す。
それを魔刀鬼丸と覇王のシックルをクロスさせ防ぎ、地面を蹴って後退した。
衝撃波だけで体が吹き飛ばされそうになる。
「さあ、第二幕と行こうか! お前の絶望が最高のスパイスだ!」
大柄の怪物血屠人の体から出た骨刃が地面を掘削しながら俺に迫る。
左に跳んで、それを避けた。
狂氣さは言わずもがな、筋肉と骨からして速度は跳ね上がっている。
血の魔法陣から赤黒いオーラが立ち上り、大柄の怪物血屠人の周囲に異様な圧迫感が生まれる。
「喰らえ、我が聖骨狂剣<バヒィメガナ>ッ!」
と叫び、前進しながら骨魔剣を突き出してきた。
教皇庁中央神聖教会の連中がいるからあまり使いたくなかったが――。
<血道第三・開門>
封印していた力の一端を解放する。
全身を巡る血液が沸騰するように熱くなり、心臓の鼓動が早鐘のように打ち始める。
<血液加速>――。
世界の時間軸から、俺だけが切り離される。
極限まで加速した意識の中で、怪物の動きがスローモーションのように見える。
前進し、骨魔剣を上へと弾くように<血剣・双回し>を繰り出した。
魔刀鬼丸と覇王のシックルが数度骨魔剣と衝突、弾きながら、大柄の怪物血屠人の懐に潜ろうとしたが、その懐から無数の血の針のような攻撃が飛び出てきた――。
それを魔刀鬼丸で斬るように防ぎながら、右斜め後ろに跳び、左に跳び、右に前に跳び、左後ろに跳び後退を続け、血の針の雨のような連続攻撃を避け、今度は左前に跳ぶ――。
その機動に合わせたように大柄の怪物血屠人は骨の大鎌を突き出してきたのを、覇王のシックルで受けたゼロコンマ数秒後、不規則な動きの<血剣・酔い回し>で豪快に円を描くように下へと回し、
「なにぃ――」
大柄の怪物血屠人が驚きながらも骨魔剣を突き出した。
その太い刃の切っ先を、魔刀鬼丸の刀身の右で受け止めて刀身の角度を下に変える。
力を込め、下へと流し身を低くした構え、ハルゼルマ流『隼の型』のまま前進、大柄の怪物血屠人との間合いを詰め、至近距離から<血剣・枇杷薙ぎ>を繰り出した。
白焔が包む闇夜剣の薙ぎ払いが、大柄の怪物血屠人の左半身に決まる。
胸から腹、左太股が縦に裂けた、大柄の怪物血屠人は仰け反り「ぐぇッ」と痛がる声を発しながら倒れず、「――グェアァッァ、舐めるな!」と叫ぶと、傷口から大量の血飛沫が迸って宙空で凝固し、無数の白い剣と黒い魔刃へと変化し、伸びて弾幕のように俺へと襲いかかる。
全身に白剣と魔刃を喰らうが構わず――覇王のシックルに、ありったけの<血魔力>を注ぎ込む。<血剣・白雷遷架>を繰り出した。
覇王のシックルの白焔が包む闇夜剣が白焔の雷と化して、白剣と魔刃を裂き、大柄の怪物血屠人の上半身ごと背骨を両断――。
右から左に振るう白焔が包む闇夜剣から白焔の<血魔力>が大柄の怪物血屠人の体ごと夜氣を貫く十字の奔流となって上下に迸った。
刹那、白き十字の奔流に抗うように血屠人の顔の半分が見え、
「ァァ……バヒィメガナ済まない。俺は……お前の下に……神ヨ、許シタマエ……」
と、穏やかな表情を浮かべながら語っていたが、それを<血剣・白雷遷架>の白焔の<血魔力>が溶かすように消し去った。
白き十字の奔流が収まると、熱気を帯びた夜風が吹き抜け、鼻腔を衝く焦げた肉と金属の臭いが、戦場の残骸として残った。
……血屠人と名乗った狂戦士は、最期に狂氣染みた笑みではなく、何かを思い出したかのような穏やかな表情を浮かべていた。
それは彼本来の記憶だったのか、あるいは過去の何かだったのか……もう確かめようもない。覇王のシックルの白い炎は、奴の存在そのものを跡形もなく焼き尽くしてしまった。
俺の体に突き刺さっている白剣は光属性か――。
魔刀鬼丸を仕舞い、白剣を引き、掌が焦げ付くが、構わず、引き抜いては捨てる。
一本一本、突き刺さった白剣を引き抜いていく。
激痛が走るが、構わず続けた。
血屠人は己の体を、血と魔術、魔法により、武器に……。
全身が悲鳴を上げている。<影刻加速>を乱用し、最後は<血液加速>と<血剣・白雷遷架>まで使ってしまった。
メイラスの警告が耳に響く――『その力は諸刃の剣』。
まさにその通りだ。覇王のシックルの白焔が包む闇夜剣を杖代わりに体を支えながら、荒い息を整えようとした、その時――。
新たな殺気を感じた。
まだ、終わっていない。