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黒の貴公子  作者: 健康
3/15

3話 血ノ旭影

「ウタジ――」

 

 ミレイが、俺の唇を奪う。

 その背を片腕で支えながら、横回転を行って着地すると、互いに正面のモンスター兵に向けて得物を突き出し、その心臓部を貫き倒した。

 その後、右にいるモンスター兵へとステップを踏むように間合いを詰めて、覇王のシックルと魔刀鬼丸を振い抜き、魔剣を打ち払い、腕と腹を斬り裂いた――。

 続けて<血液加速(ブラッディアクセル)>を発動し、正面にいたモンスター兵に近づき、身を捻り体勢を低くしながら腰を捻った右足蹴刀を、そのモンスター兵の足に喰らわせ、左足で地面を蹴り、斜め横へと上昇、横回転を加えた跳躍機動から<血剣・双回し>を繰り出し、二つの得物で、モンスター兵の体を細切れに処してから着地した。

 

 ミレイと俺の精鋭部隊の<従者>たちは、他の地底神キールーのモンスター兵を次々と蹂躙していく。


 しかし、その地上付近の地下大洞穴では、破壊の王ラシーンズ・レビオダの眷族兵と狂氣の王シャキダオスの眷族兵たちが争っていた。


 俺たち精鋭部隊は、その三つ巴の争いに巻き込まれるように戦うことになった。


 連続して戦うこと数十分。今も俺たちは眷族と兵士たちとの衝突を繰り返し、対峙した敵の脇腹を白焔が包む闇夜剣で裂き、斜め前に出る――。

 そこにいた獣人のような破壊の王ラシーンズ・レビオダの兵士が魔剣を突き出してきた。

 その軌道に合わせ、縦に構えた魔刀鬼丸で斜め下に弾き、横に跳び着地、即座の反撃を狙ったが、俺に魔剣を突き出した兵士は「ぎゃっ」と断末魔を残し、肩口から袈裟掛けをミレイに喰らい、斬り裂かれた傷口から血を噴出させながら倒れていく。


吸血鬼(ヴァンパイア)たちめが――」

「あいつらを先に倒せ――」

「「おう」」


 破壊の王と狂気の王の部隊は俺たちを標的に定めたかのように地下道を直進してくる。

 地下道の右に覇王のシックルの切っ先を向け、


「ミレイと皆、俺が右の三十盤地下通路に誘い込む。皆は左右の溝に待機だ。誘い込んだら、左右から一斉に掛かって、一網打尽に仕留めるぞ――」

「うん!」

「「了解!」」


 決死隊の同胞たちは、<血道・隠身>を使用し、右の三十盤地下通路に突入していく。

 溝に隠れていくのを視界の端に捉えながら、俺は獣人のような兵士に


「おい、破壊と狂気の雑魚共、地下で暴れるには、経験が浅すぎるようだなァ――」


 と叫びつつ、その獣人の兵士の胸を白焔が包む闇夜剣で突き刺し倒す。

「あの吸血鬼(ヴァンパイア)!」

「たった一人で! 調子に乗るんじゃねぇ!」


 わらわらと集まってくるのを見ながら、槍衾のような攻撃を左斜め後方に跳び避ける。

 着地際を狙った魔矢や短剣の攻撃も魔刀鬼丸と白焔が包む闇夜剣で払って防ぎ、敵を引き寄せてから、右の三十盤地下通路を移動した。

 

「――逃げたぞ!」

「「「追え!」」」


 俺を追跡してきた破壊の王ラシーンズ・レビオダと狂気の王シャキオダスの眷族と兵士たち、その側面から、一斉に分泌吸の匂手(フェロモンズタッチ)が発生した。

 血の匂い、吸血鬼(ヴァンパイア)の縄張り争いの意味もあるが、これは違う。

 戦場での信号となる――。

 一斉に、三十盤地下通路の左右の溝に隠れていた皆が、破壊の王と狂気の王の兵士たちに襲撃を開始した。<筆頭従者>メイラスとミレイたちが、次々に、敵を薙ぎ倒していく。


 俺を追跡してきた四腕の虎獣人(ラゼール)と似た破壊の王ラシーンズ・レビオダの眷族の兵士に近づくと、敵は「チッ」と舌打ちし、魔剣を突き出してきた。

 その魔剣を、覇王のシックルの形状に戻した刃で受け流しながら、横に回転し、左腕の手に持つ魔刀鬼丸を左右に揺らすように動かし、破壊の王の眷族の左下腕を斬り捨てた。


 更に、右腕から<血魔力>を放出させる――。


「ぐお!?」


 その破壊の王の眷族の視界を封じ、素早く左から回るように<血剣・双回し>を繰り出した。魔刀鬼丸が脇腹を斬り、白焔が包む闇夜剣が、胸を裂く。

 ――視界を封じた破壊の王の眷族は、無言のまま、斬り裂かれた傷口から十字のような血飛沫を噴き出し倒れていく。

 ――回復力は低いと思うが追撃に覇王のシックルに<血魔力>を送る。

 一瞬で白焔が包む闇夜剣に変化させ、バチバチと音が響くそれを突き出す。<血剣・白雷遷架>を繰り出した。

 白焔が包む闇夜剣の刃を覆う白焔の<血魔力>が夜氣を貫く十字の奔流となって上下に迸り、その力で破壊の王ラシーンズ・レビオダの眷族の血飛沫ごと体を蒸発させるように倒した。

 

 味方も、左右からの挟み撃ちで敵たちを難なく倒していった。


 ――残敵もまた、ハルゼルマ流『撞木の型』からの<血剣・一穿>の突き技で狂氣の王シャキダオスの眷族の心臓ごと脊髄を穿ち抜く。そのまま白焔が包む闇夜剣を横に動かし眷族の体を両断し、回し蹴りを浴びせて撃破した――。

 地上に差し掛かる硝煙と血の匂いが立ち込める地下通路で、俺たちは立ち止まった。


 精鋭部隊の面々は冷たい岩に腰掛け、休憩を取った。

 互いの無事を確認し、頷き合った。地下通路の静寂に、安堵の息遣いが響く。まだ血と硝煙の匂いがわずかに残るが、その中で互いの顔を見合わせ、再び頷き合った。


「見事だった、ミレイ」

「あなたこそ。また腕を上げたわね」


 短い言葉の中に戦友と信頼と、それ以上の感情が交錯する。高揚と疲労感を得たところでアイテムボックスから古びた木製の琵琶を取り出した。


 これはハルゼルマ家に古くから伝わる〝血魂の琵琶〟。

 群島諸国(サザナミ)などの東方伝来の楽器に似ているが、その重みと、そこから放たれる異質な雰囲氣を、いつも感じていた。


 胴にはハルゼルマの紋章が螺鈿細工で施され、弦は特殊なフィラメントだ。

 その元は俺の<血魔力>と覇王のシックルから生成されており、俺の意思で自由に取り替えられる。弦の強度は普通の撥では傷一つつけられないほど硬質で、まさに覇王のシックルを撥として使うに相応しい強度を持つ。

 だが、細く研ぎ澄まされた弦は時として鋭利な刃となり、俺の指先を切り裂く。

 弦を弾くたび指先が切れるが、吸血鬼である俺の血はすぐに回復する。そして、この琵琶は同時に武器にもなり、ハルゼルマ流の武術『血影奏』も有する。


 この琵琶は俺の血を求めている。血でしか奏でられない音色があった。

 痛みも音楽の一部なのかもしれない。琵琶はただの楽器ではなく、俺の血そのものと繋がる、力の代償でもあった。この四本の弦は、通常の楽器とは違い、『血』、『影』、『月』、『魂』という四相に調律され、<血魔力>の周波と共鳴するよう設計された、ハルゼルマの古の調弦法だ。父もこの音色を奏でたのだろうか……。


「少し、奏でても良いだろうか。戦いの鎮魂と、我らがハルゼルマの歴史を」


 ミレイはこくりと頷く。

 近くの岩に腰を下ろした。


 琵琶を膝に乗せ、右手の爪で『血』の弦を優しく爪弾く――。

 低く唸るような音が洞窟に反響した。

 続いて『影』の弦、そして『月』と『魂』の弦を順に響かせる。四つの音が織りなす和音は、不思議と耳に心地よく、同時に魂を揺さぶるような力を持っていた。


 月明かりが見えている洞穴の外に向け、琵琶を構え――。

 静かに旋律を紡ぎ始めた。

 

 指先から<血魔力>をわずかに弦に流し込むと、音色に深みが増した。

 そして、古より伝わる調べに合わせ、声を澄ませて歌い始める。


 ――血の月影

 ――流れる時を超え 我が祖先の誇りを継ぎ行く

 ――ハルゼルマの名を高く掲げ

 ――闇に抗い 命燃やす


 「影」の弦を強く爪弾き、その振動を『血』の弦に伝える奏法。

 武術用ではなく普通のハルゼルマ流の『血影奏』と呼ばれる技法。

 すると、琵琶の胴から血のような赤い光が漏れ出し、洞窟の壁に揺らめく影を映し出す。


 ――幾千年の 争いの果てに

 ――血の魔力が我らを導く

 ――魔界セブドラ 惑星セラの間で

 ――運命の絆永遠に結ぶ


 次に『月』の弦を連続で爪弾き、『魂』の弦を左手で押さえながら緩やかに揺らす。『月魂の調べ』と呼ばれるこの奏法は、聴く者の魂に直接語りかけるような効果を持つ。ミレイの瞳が潤み、旋律に心を委ねているのが分かると、俺は嬉しくなった。


 ――壊れた月の光に誓おう

 ――覇王のシックル魔刀鬼丸よ

 ――血の旭影共に戦わん

 ――明日の夜明け信じて進む


 最後の節を歌い終える。四本の弦を同時に強く爪弾く。

 音色は低く厳かで、時に激しく、時に悲哀を帯びて洞窟内に響き渡った。

 ハルゼルマ家の栄華、他種族との熾烈な争いは幾度となく繰り返された。

 その戦いで失われた同胞への哀悼、そして血の宿命に抗い未来を切り開こうとする不屈の魂。それらすべてが指から紡ぎ出される音の奔流となって、弾いている俺に、ミレイの心にも流れ込んでいくのを感じる。


 ミレイは目を閉じ、その音色に聞き入った。

 まるでハルゼルマの魂そのものが語りかけてくるかのよう……。


「……ウタジの、奏でる旋律は戦いの記憶を浄化してくれる……」


 そう言ってミレイは涙を流した。


 一曲奏で終えると、しばしの静寂が俺たちを包んだ。

 <血魔力>を宿した弦の余韻が、かすかに洞窟内に残り続ける。


「素晴らしい音色……私たちの魂が共鳴したように感じた」

「そう言ってくれると弾いたかいがあった」

「うん」


 ミレイは静かに呟いた。

 自然と微笑む、琵琶をアイテムボックスに仕舞う。


「少し、外の空氣を吸いに行くか? 今宵は月が美しいはずだ」


 ミレイはこくりと頷き、二人は月明かりが見えている洞穴の外に出て地上へと向かった。


 ハルゼルマ要塞の真上には、バビロン山を抱く古都市バビロンがある。

 グルドン帝国の一部であり、人族の皇帝一族が長く支配する都市だと知っている。

 人族が大半を占めるこの社会では、獣人やエルフは差別され排除されるか、あるいは戦闘奴隷として扱われているのが、今も見て取れる。

 浮浪者に乞食もいるが、裕福な者も多い。

 この近辺に住む者の多くは、この地を【バビロンの地】と呼んでいる。

 東マハハイム地方の地上には二つの傷場があり、破壊の王ラシーンズ・レビオダ、狂氣の王シャキダオス、そして魔界王子ハードソロウの眷族たちがそれを巡って争い合っている。奴らの部隊は地上を直接蹂躙せず、人族社会の上層部と結託したり、陰から利用したりして、この地域の権益を巡って争っていることがほとんどだ。

 これは、俺以外も知る周知の事実。ここで活動している<従者長>ケシィナたちから様々に情報を得ているからな。

 しかし、たまに軍や大眷属が暴走したように戦争を繰り返すことがあった。

 その戦争の影響で、俺たちが棲まうハルゼルマ要塞と、その周囲の地下道を巡って戦いが起きる。


 そして、夜の帳が下りたとはいえ、古都市バビロンは眠らない。

 石畳の通りには、様々な種族が行き交い、露店からは香辛料や得体の知れない食べ物の匂いが立ち込める。酒場の喧騒、鍛冶場の槌音、怪しげな魔道具を売り込む声、そして路地裏から聞こえる争いの音。活氣と危険が隣り合わせになった独特の空気が街全体を覆っていた。衛兵の姿も見えるが、彼らの視線は鋭く、力のない者や異種族には容赦がなかった。それは、この街の常だった。建物の影や屋根の上に路地の陰にいる魔素は、明らかに人族ではない魔力を持つ。それらの者からの監視の目が光っているのを肌で感じていた。


 ミレイは俺の手を強く握る。

 ミレイも感じているんだろう、様々な者たちが潜むことを。吸血鬼(ヴァンパイア)ハンターに追われる可能性を考えれば、ミレイの怯えは当然と言えた。

 

 街の中心には様々な存在がいる。広場に近い布告場では、人だかりができていた。頭巾付きのローブを着た者が、松明の明かりに照らされながら、熱弁をふるっている。


「――バビロンの血筋は永遠が約束される。<血の月>が空を覆う時、子精霊(デボンチッチ)が吹き荒れるであろう。魔界セブドラの古の王子ハードソロウが現れし時、偽りの予言の言葉がすべてを破壊する。だから動くのだマイグ・マイグよ。御心を忘れずにバビロンの教えを貫けば、魔界王子ハードソロウの魂箱の欠片を体に宿し、禍々しい魔力で民を欺く扇動者の〝偽りの預言者〟の言葉に打ち勝てるだろう。そして、夢魔の杖を扱う<神聖なる乙女>の言葉に耳を傾けよ……さすれば道は開かれん!」


 その扇動的な言葉に、熱狂する者、冷ややかに見つめる者、様々な反応が渦巻いていた。これもまた、バビロンの日常なのだろう。


 そうした街の喧騒から少し離れた場所に、〝血月エルデンの宿〟があった。ここは、吸血神ルグナド様が、魔界の戦力からハルゼルマ家、そして母上を守るために組み込んだ情報網だ。<従者長>ケシィナが女将を務め、ルグナド様の多くの従者たちが賄い方として偽装し、地上の情報収集に当たっている。時には<従者長>モモルや魔界騎士ヘルキオス、吸血神信仰隊の部隊とも連携していることも、俺は知っている。


 その〝血月エルデンの宿〟を利用した二人と精鋭部隊。


 宿の窓から、ざわめく街の灯を見下ろしながら、俺は自らの血に宿る力を感じていた。


 父の遺産、母の研究……この混じり合った力が、俺を『超越者』たらしめているのだろうか。

 メイラスは俺の血を『特別』だと言う。

 だが、これは本当に俺自身の力なのか、それとも与えられた、借り物なのか?


 宿でしばしの休息と情報交換を行った。

 その後、バビロン山から下に広がる街と、村のわずかな光が蛍火のように輝く夜景を臨む、白いイベリスが繁る場所へと移動した。

 ここは街の喧騒が遠くに聞こえる、静かな場所、俺のお氣に入りだ。


 夜空には、月の残骸と、それに寄り添うように輝く小さい月が浮かんでいた。――双月神ウラニリと双月神ウリオウ。別名、大月の神ウラニリと小月の神ウリオウ。吸血神ルグナド様の勝利の証である月の残骸は、小さい月の輝きによって凄まじいほどの光に満ちている。ここは、俺とミレイだけの秘密の場所だ。


 ミレイと共にある血と硝煙の匂いが残る夜風が、俺たちの髪を優しく撫でる。


 近くに咲く花々が風に揺れていた。


 ミレイは愛剣の滑らかな黒檀の柄を指でなぞっていた。

 その柄には、ハルゼルマ家の家紋でもある『愛華』の繊細な彫刻が施されている。

 

 月光を浴びて鈍く光る刀身には、先ほどの戦いで付いたであろう新しい傷がかすかに見えた。


 あの魔剣の素材の大本は〝破月残血鋼〟という名。

 ――双月神ウラニリを象徴する月の残骸と、吸血神ルグナドの<血魔力>が加わって数億年を経た結晶。

 それは伝説に謳われるミスリルやアダマンタイトのような強度を持つという。

 俺は、ミレイのためにペドガラから事前に情報を得て調べ、血のミッションの仕事がてら、地上や地下を散策し探しあて採取に成功した。その贈り物を元に、血の鍛冶屋<従者長>ペドガラが仕上げたはずだったが……。


 ミレイは何かを考えるように少しぼうっとしている。


「……どうした、ミレイ。また魔剣に見惚れているのか?」


 隣で微笑みながら尋ねる。

 ミレイは顔を上げ、黒い瞳で見つめ返した。

 

 ミレイは黒檀の柄に指を滑らせながら、ふと俺を見つめ、その翠玉の瞳に決意が宿る。


「実は……この魔剣のことで、告白しなければならない、ことがあるの」


 彼女の声に、いつもとは違う震えを感じた。

 ミレイの指先が剣の柄を強く握る。


「この『破月残血鋼』は、ウタジがくれたけど、ただの素材じゃない。わたしは……」


 言葉を選ぶように一瞬間を置き、ミレイは深呼吸を一つした。


「わたしは<従者長>ペドガラに頼んだの。魔剣を鍛える際に、わたしの血だけでなく……あなたの血も触媒として使ってほしい、と」


 驚きで息が止まる。俺の血?


「ペドガラさんは快く了承してくれて……あなたが眠っている間に、少しだけもらったの。許して」


 ミレイの頬が紅く染まり、彼女の<血魔力>が空氣中で揺らめいた。それは恥じらいと誇りが混じった波動を放っていた。


「わたしとあなたの<血魔力>が、この一振りの中で永遠に共鳴するように。たとえ離れていても、この魔剣を通じて、いつもあなたと繋がっていたかったの……」


 その告白に、胸の奥が熱くなった。何千年も生きていながら、こんな感覚は初めてだ。ミレイの細い指が剣の刀身を滑るように撫でると、その動きに合わせてわずかな血の輝きが刃を駆け上がる。


「でも、名前は付けなかった。この魔剣は……あなたとわたしの成長を待っているの。二人が真に一つになった時、本当の名を授かるべきだと思ったから」


 ミレイの告白を聞きながら、初めて氣付く。

 この魔剣に込められた想いの深さを。ハルゼルマの血を引く者同士、永遠に近い命を生きる俺たちの絆を形にした証しが、この剣だったのだ。


「そのおかげもあり……この魔剣には何度も命を救われたわ」


 と、永く使用していた剣身に指をそっと当て、


「私の腕の続き、魂の一部のような氣がするの。でも……この子にはまだ本当の名がない」


 その言葉には、剣への深い愛着と、わずかな寂しさが滲んでいた。

 頷き、ミレイの肩をそっと引き寄せた。


「そうだな。お前と共に数多の死線を潜り抜けてきた魔剣だ。ただの魔剣、ではあまりに味氣ない。俺たちの絆の証しとして、名を付けてはどうだ?」


 ミレイは少し驚いたように目を見開いたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。


「名を……私たちが?」

「ああ。お前と俺の魔剣だ。お前の剣技は、時に嵐のように激しく、時に捉えどころのない陽炎となる。そして、<血剣術>系統の剣舞の一つ、あの<血剣・愛華ノ舞>は……血飛沫さえも美しく赤い花弁のように散らせる……」


 ミレイの手を取り、彼女の愛剣の柄に自らの手を重ねた。柄に彫られた〝愛華〟の紋様に指が触れる。互いの瞳を見つめ合う。頷き合った後、唇を重ね、愛を確かめ合った。同時に、それぞれの持つ特有の<血魔力>を指先から剣身へと静かに注ぎ込む。剣の中では、俺の持つソレグレンとハルゼルマの混淆した力、そしてミレイのハルゼルマの血の力が混ざり合い、新たな力の根源となるような血の共鳴が起き、温かい波動を生み出した。唇を離したミレイは笑みを見せ、


「……陽炎は、そうね、戦っていると、何もかもが置き去りになっていくような感覚があるわ。ただ、剣の軌跡だけが後に残る……」


 ミレイは、魔剣から<血魔力>を感じながら呟く。


 東の空がかすかに白み始め、夜明けの氣配が漂い始めていた。

 太陽神ルメルカンドと光神ルロディスの力が満ちる陽光が、高位の吸血鬼である俺たちの肌を撫でる。ごくかすかな蒸氣が肌から立ち昇り、淡い燐光となって輪郭を縁取るのが見える。それは苦痛ではない。むしろ、神聖な力と拮抗している……。

 俺たちの存在の証しのように思えた。

 ミレイの瞳を真っ直ぐに見つめ、


「ならば、名は――〝血ノ旭影ちのきょくえい〟というのはどうだ?」

 

 ミレイの瞳が輝いた。俺たちの血と魂が込められた剣の名を氣に入ってくれただろうか。

 

「お前の剣閃は流星のようで、幻影のようでもある。だが、ただ消えゆく影じゃない――俺たちの絆の証しだ」


 と告げ、ミレイの揺れる瞳と綺麗な唇を見つめた後、再度、ミレイを見て、


「この魔剣には、俺とミレイの血と魂が入っている。更に、夜明けの旭日(きょくじつ)のように未来を照らす希望の光も……その輝きと、決して消えることのない絆の影を宿す魔剣だ。この魔剣がお前を守り、俺たちの未来を切り開く、その誓いの証しとして……」

「うん、血ノ旭影……」


 ミレイはその名を唇でなぞる。

 魔剣を通じて、俺の<血魔力>を感じたように指先を震わせ、


「……素敵な名、氣に入ったわ。私たちの血と誓いの魔剣。この魔剣の名は、今日から〝血ノ旭影〟」


 二人の<血魔力>が完全に同調し、魔剣へと注がれる。

 

 と、〝血ノ旭影〟の刀身に刻まれた微細な文様が、夜明けの空を思わせるような鮮烈な紅と金の光を放った。

 そして、刀身そのものが強く揺らめくと、無数の幻影めいた残像を周囲に生み出した。

 

 柄に彫られた〝愛華〟の紋様もまた、淡い光を放ち、まるで幻の花が咲き誇るかのように剣の周りに真紅の光の花弁が舞った。

 

 その複雑な〝血ノ旭影〟と舞い散る光の花弁は俺とミレイの過去の戦いの記憶だけでなく、未来への希望の光をも映し出すかのように見えた。

 

 それは、あたかも魔剣が、俺とミレイの絆と愛によってのみ覚醒し、自らの名を得て、その秘めたる力の一端を示したかのようだった……。

 ミレイと神秘的な光と幻影の中で見つめ合う。言葉なく微笑み合った。


 〝血ノ旭影〟の剣身に俺たちの笑顔が映り込む。

 その瞬間、俺の全身に波動が駆け抜けた。まるで魔剣が意志を得たかのように、刃から放たれる温かな鼓動が掌から血管を伝い、心臓へと広がる。


「っ……」


 思わず漏れた息と共に、異質な感覚が全身を満たしていく。

 だが、それは苦痛ではない。ミレイの持つ<血ノ旭影>から伝わる波動が、血の奥底で眠っていた何かを呼び覚ます。ミレイは瞬きを繰り返し、まず〝血ノ旭影〟を見てから、次いで俺を見て、


「え、ウタジも?」

「あぁ」


 ミレイも何かを俺と感じたようだ。

 これまで幾度となく経験した<血魔力>の共鳴とは質が違う。より深く、より原初的な響きを持っている。ミレイの<血魔力>と俺の力が魔剣の中で交わり、これまでにない感覚を生み出しているのか?


「嬉しい、ウタジと繋がれた……」

「俺もだ」


 そのままミレイと唇を重ねてから、背に両手を回し互いに抱きしめ合う。

 ……魔剣とミレイが、俺との分身となり、無数の戦場で交わした約束の記憶を映し出しているように感じた。互いに手を握りながら体を離す。

 ミレイは、魔剣を握りしめた。不思議と俺の心が握られているような……覇王のシックルが少し振動し、そこにミレイを感じた。


「……ふふ、ウタジ……ここに……あ、消えた……不思議……」

「あぁ」


 俺たちの血が刻んできた軌跡が甦る。

 二人で駆け抜けた千の戦場、互いを守り合った万の瞬間……。

 それらの記憶が<血ノ旭影>と覇王のシックルの内部でも感知しているように煌めき合っていた。

 言葉にできない何かを感じながら、魔剣の刃面に映る旭日を見つめる。


「はは、ペドガラも粋なことをしたか」

「ふふ……そうかも? ペドガラは色々な素材を使っていたようだし、神々の残骸って噂に聞く素材も入っているおかげかも?」

「へぇ、俺たちには敵だが、双月神ウラニリや双月神ウリオウの力も関わっていたら?」

「……それは言っちゃだめ」


 ミレイの微笑みが可愛い。

 

 ◇◆◇◆数百年後――◇◆◇◆


 ミレイは別任務で離れていた。<筆頭従者>として、彼女だからこそできる仕事も多い。そして今、俺は決死隊を率いて地下二十番通路で、人族の冒険者集団と吸血鬼(ヴァンパイア)ハンターの集団と戦っている。


「きゃ――」

「コトハッ」


 俺はコトハの前に出て、覇王のシックルと魔刀鬼丸を盾に彼女を守る。覇王のシックルの角度を下げ、人族の魔剣師が繰り出した光属性の加護が掛かった切っ先を剣身で引っ掛け、そのまま力で下へと押し込んだ。その刹那――。


 <影刻加速>を発動。

 加速し、ハルゼルマ流『撞木の型』から<血剣・斜鳴突>を繰り出す。左腕ごと刀と化したように魔刀鬼丸を突き出す。魔刀鬼丸の切っ先は、人族の冒険者の鎧ごと心臓を貫いた。


「大丈夫か、コトハ」

「はい……」


 駆け寄り、彼女の肩に触れた。

 震える彼女の温もりを感じ、安堵する。守るべき存在。

 

 俺は、守るために戦う。

 父の日記にあった言葉が頭をよぎる。


『力は、守るためにこそある』

 俺の力は、今、その言葉に応えられているだろうか。


 そうした戦いの後、またも歳月が流れ、数年後。


 研究室に近づくにつれ、胸の奥がざわついた。

 

 幼い頃、パイロン家との衝突で死に瀕した俺を母が禁断の術で蘇生させた記憶。

 その時の母の純粋な愛と直後の冷徹な研究者の顔……。

 二つの母の顔は、彼の心を苛み続けていた。

『死なないで、私の子よ……この子こそ、私のすべて』という母の声と、『成功したわ……完璧よ。あなたの力は確実に進化している』という冷静な研究者の言葉。


 どちらが母上の本心だったのだろうか。母の研究室の片隅に佇んでいた。

 俺は、母の研究の『最高傑作』であり、父と母の異なる思想、そして自らの存在意義について常に葛藤を抱えていた。ミレイとは戦友であり恋人でもある。

 <従者長>コトハとも、かつては恋人だった。

 永い時の中で三人の関係は様々に変化しているが、ミレイとの絆、双月の下で交わした誓いは、二人の血の中にしっかりと刻まれている。

 

 父、東郷の日記を読み解くことが、数少ない安らぎだった。父の言葉は、母の研究と矛盾することもあったのだ。


『文字にもなる<血魔力>を用いた力は、文字通り道具であって、目的ではない。血と命の尊厳を忘れてはならない』

『黒き環の向こうに故郷があれど、我が家族こそ真の故郷なり』


 父は力を持ちながらも、それを制御し、慎重に扱うことの重要性を説いていた。


更新は、金、土、日、月を予定。

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