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黒の貴公子  作者: 健康
2/22

2話 決死隊の絆

 戦いは終わった。

 ハルゼルマ家の面々が俺を見る視線に、わずかな驚きと、期待が宿っているのを感じた。俺の戦闘力についての評価が上がったんだろう。

 だが、そんなことはどうでもいい。母のあの力は、吸血神ルグナド様から<筆頭従者長(選ばれし眷属)>になる際に授けられたという秘宝、〝血妙魔(ハイマジック)十二指血始祖剛臓エピズマ・オリジナルズ〟が活かされているはずの力だ。〟父の遺したソレグレン星の技術と引き換えだったと聞く。


 母は、我らハルゼルマ家、否、ご自身の研究のために神の領域にさえ踏み込もうとしている。その危うさを感じながらも、母を信じるしかない。


 傷場を所有すれば、神々が惑星セラから魔素と魂を得ることができる。


 また、神々が、この地で直接的な力を行使できないのは、狭間(ヴェイル)という次元障壁を越える代償があまりに大きいからだとも、魔界セブドラでも領域を巡る激しい争いがあり、神格を落とし、魂を削ってまで渡る者は少ないようだ。

 だからこそ、眷属の俺たちが吸血神ルグナド様の命運を懸けて戦っている。

 そこで、皆と休憩を取った。

 高祖吸血鬼(ヴァンパイア)といえど、心の平穏は大事。

 戦闘から少し間を置くと……東の方角、防壁から音が聞こえた。

 そういえば……過去にも、破壊の王ラシーンズ・レビオダの勢力との衝突があった。

 あれは数百年前の冬だったか、東側防壁の争い。


 破壊の王の眷属、壊滅の祖ディストラクターズが率いる軍団が地上から地下へと攻め込んできたんだ。


 東マハハイム地方の地上には二つの傷場がある。

 奴らは、そこを巡る争いもあるはずなのだが、時に手を結び、吸血神ルグナド様の勢力に牙を向けることもあった。


 その規模は、地上のグルドン帝国の都市の一部をも蹂躙するほどだったと記憶している。


 その破壊の王の眷族と部隊を、俺が率いる『決死隊』と呼ばれた特殊部隊が怪物兵の部隊を何度も打ち破り続けた。


 俺たちの合言葉は『進むを打ち、退を打つ――』。その言葉が、俺たちの戦いを支えている。


 しかし、地下共通路の戦い敗れ、ハルゼルマ要塞の東側防壁が突破され掛かった。俺たち決死隊は、岩棚の背後を迂回し、破壊の王ラシーンズ・レビオダの眷族ラミラルアの部隊の背後から急襲し、多数の眷族と怪物兵を討ち取ることに成功、敵に損害を与えた。


 そして、共通大通路の一角に陣取り、破壊の王ラシーンズ・レビオダの勢力と戦い続けた。

 すると、敵の大将格が前に出る。お供の将校も数人連れていた。


「あの先頭に立つ者が、破壊の王ラシーンズ・レビオダの大眷属が一人か」


 と発言。

 同格の<筆頭従者>メイラスが、


「はい、名はディストラクターズ。鎖を操りまする。形状変化が可能な<破壊鎖>というスキルを基軸に、様々に衝撃波も繰り出しまする。既に警邏隊と大通路防衛部隊を併せた<従者>兵が約三千から五千は壊滅状態……結界も破壊神、破壊の王ラシーンズ・レビオダの恩寵効果か、その類いの魔道具により、破壊されたようです。他にも大眷属ボストィリチという指揮官もおりまするが、後続に回ったようですな」


 その報告に頷いた。

 ディストラクターズは触れる物を壊す能力を持ち、特にハルゼルマ家の血の結界に対して強い破壊力を持つことで知られていた。


「地上も被害は出ていると聞いていた、だが、場所を限定し、一度の火力なら、部隊の足止めは可能、その眷族ともじかに戦えば、俺たちならいけるだろう。戦えずとも、ここで奴らを消耗させる」


 俺の<血魔力>とソレグレン派の武器なら、どのような相手でも対処は可能。


「はい、ルグナド様への連絡は既に伝達されておりまする」

「あぁ、俺たちは敵の前衛を突破し攪乱してから撤収すればいい。後は、他の女帝に魔界騎士ヘルキオス様か<従者長>モモルなど、吸血神信仰隊の軍が合同で敵の排除に動くだろう」

「はい、若様、あ、敵の前衛部隊が前に出ましたな」


 メイラスは同格だが、昔から、俺を若様と呼ぶ。

 母が俺を産んだ時から<筆頭従者>として昔から色々と指導してくれていた。

 そこにミレイが、


「ウタジ、私も前に出るから」

「あぁ」


 <筆頭従者>ミレイは幼い頃から一緒に育った恋人。

 今も愛し続けている女性だ。そして、その背後にいる<従者長>コトハは、かつて愛し合った女性。今は恋人ではないが、家族以上の深い絆で結ばれている。数千年の時を経て、愛の形は変化したが、二人とも失いたくない大切な存在であることに変わりはない。幾星霜にわたり危険な任務に就く俺たちにとって、愛する者を失う恐怖は常につきまとう。

 

 だからこそ、互いの絆を確かめ合いながら生きている。


「……俺とミレイで、あの前衛部隊と大将の足止めを行う、メイラスは皆を指揮し、周囲の前衛と中衛、後続の怪物兵を倒し続けろ、特に右翼を。スゥンは後方援護だ」


 メイラスとスゥンに、配下の<従者長>と<従者>たちが頷いた。

 <血文王電>を発動、体から雷属性の<血魔力>を放つ。

 文字が刃と化しつつ全身を覆う。攻防一体を成す、俺専用の血の<魔闘術>と呼べるスキルを発動させる。

 更に、己の速度が上昇するスキル<影刻加速>を意識し、


「では、ミレイ、前に、<影刻加速>!」

「はい」


 加速し、速度を上昇させ、ミレイと共に駆け出す。

 ディストラクターズは俺たちの加速と速度上昇に合わせて、前に出ると、接近に合わせ、両腕に絡み付いた鎖を動かし、その巨大な破壊鎖を振り回してくる。先端には鉄球が付いていた。

 そのディストラクターズが、「ハッ、多少の速度が加速したところで、破壊、破壊!!!」


 叫ぶような咆哮と共に鎖を振り下ろす。


「――<破滅執行>!」


 鎖の先が地面を打ち、衝撃波が広がった。その波が通過した地面は砕け崩れていく。


「ミレイ、陽動を――」

「任せて!」


 俺が右に跳び、ミレイが左斜めに跳ぶ。

 <血剣・十字疾風>を繰り出し、ディストラクターズの注意を引きつける。

 彼女の魔剣は時に実体を持つ血の紐と花となり、敵の動きを縛り翻弄し、幻覚を見せた。

 その隙に跳躍し、ディストラクターズの横を取る。

 

「<血道・血縛結界>!」


 ミレイの<血道>系統の血の捕縛スキルがディストラクターズに降りかかる。


「ヌゴォ!」


 ミレイの<血道>系統の血の捕縛スキルにより、ディストラクターズは混乱し鎖を振り回す。

 そのディストラクターズの横から、<血剣・枇杷薙ぎ>の薙ぎ払いのスキルを繰り出す――。

 覇王のシックルの刃がディストラクターズの腹に向かった。

 しかし、ディストラクターズは両腕から伸びている無数の鎖を一瞬で纏め、盾のように変形させ、


「噂の血雷に、これが覇王の名を持つ武器か――」


 と、薙ぎ払いを受け止め、衝突、破壊鎖の盾から衝撃波が発生し、


「「ぐあぁ」」


 と、その衝撃波で周囲の味方と敵が吹き飛んだ。

 背筋が寒くなるほどの静寂の後、地面に亀裂が走った。

 百メートル先の古木が轟音と共に崩れ落ちた。

 ディストラクターズは鎖の盾を押す力を強め、押された、凄まじい圧力だ。

 これが、破壊の王ラシーンズ・レビオダの眷族の力――。

 すると、


「ハッ、我の力と互角とはな、ハルゼルマの<筆頭従者>とはいかなる者か――」


 とディストラクターズは太い角に魔力を集中させた。太い角は呼吸をするように伸縮し、


「力なら力、押し潰してくれよう――」


 体格の膂力を活かすように踏み込んで、覇王のシックルごと押し込んできた。ディストラクターズの鎖の一部の鉄球から刃が伸びた――それが頭と胸に直進してきやがった。咄嗟に魔刀鬼丸を掲げ――俺の頭部と胸に迫る刃の攻撃を防いだ――。

 覇王のシックルを回し、湾曲した切っ先と刃で、ディストラクターズの盾状の鎖ごと横に往なしていくが、鎖は太く、体格からくる押し込む圧力が凄まじい――。

 そのままつばぜり合い氣味に近接戦闘を続けながらディストラクターズ連れて左に移動した。


 空氣は歪み、魔力の色を帯びた風が奇妙な旋律を奏でる――。


「若様――」

「ウタジ――」


 二人の声を感じながら、ディストラクターズの押し込みに対抗を続けた。

 二人の心配は当然だが、こいつの足止めは俺の仕事だ――。

 

「俺の<影刻加速>の速度に合わせるとは、なかなかやる……」


 <影刻加速>を解除し、力のベクトルを変化させる。

 ディストラクターズは巨大な眼球を煌めかせ、


「お前こそ、噂以上だ、我の部隊を尽く薙ぎ払っただけの力がある」


 そう言いながら力を強めてきた。

 胸と腕の筋肉が膨れ分厚くなった。

 他の<魔闘術>系統、独自の<魔闘氣>のようなモノを発動したな。


 両腕の鎖の生成もわずかに変化、ディストラクターズは片足に体重が掛かり、その己の体重のせいで傾く。そこで覇王のシックルに<血魔力>を送り、バチバチと音を響かせつつ直剣状の白焔が包む闇夜剣に変化させた。


 左手の魔刀鬼丸の刃越しに、白焔が包む闇夜剣と共に、


「力を強めたところでな……」

 

 と、告げる。白焔が剣身を覆うその得物に触れていた破壊鎖が溶けていく。


「なっ! 溶ける!?」


 ディストラクターズが驚愕する。


「これは、『覇王のシックル』の真髄だ――」


 その覇王のシックルこと白焔が包む闇夜剣を振るい、白き剣閃が破壊鎖を切り裂き、ディストラクターズの片腕を切断するが、胸の表面は浅いか――。

 

 ディストラクターズは後退。


「真髄が白焔を放つ闇夜の魔剣……しかし、我の破壊鎖が溶かすとは……レビオダ様の恩寵を……その武器はいったい何なのだ!」

「吸血神ルグナド様と、我が父、東郷の遺した力、そして母ソーニャの研究の賜物だ」


 そこで<血魔力>を再度、覇王のシックルへと通し、力を解放――。

 前傾姿勢を取り、<血道第三・開門>と<血液加速(ブラッディアクセル)>に<影刻加速>をもう一度、連続発動する。


 二段階の急加速――。

 突然の間合いの変化にディストラクターズは反応もできず、その白焔の剣の切っ先が、ディストラクターズが己を守ろうとした両腕の前腕ごと、その胸を貫く。


「げぇぇ」


 悲鳴を発し、後退した。

 しかし、破壊の王の眷属の再生力は高さを示すように回復が始まる。

 否、させない――。

 前に出ながら右腕ごと剣になったように覇王のシックルの白焔が包む闇夜剣を突き出し、前進。

 覇王のシックルから放たれた膨大な量の雷状の白い魔力が、ディストラクターズの体に浸透し、急所に達し、その源を破壊――。

 ディストラクターズの大柄の体の一部が爆発し、崩れて、自らの回復力が消えたことに驚愕したディストラクターズは、


「ぐぇあ……こんなはずでは……」


 と言いながら、その体が急速に崩壊し、塵となった。

 良し! 倒した――。


「――敵の大将、大眷属を、<筆頭従者>ウタジ、決死隊隊長が討ち取った!!」

「「「おお!!」」」

「進むを打ち! 退を打つ!!」

「「「――進むを打ち! 退を打つ!!」」」


 皆の掛け声が通りに響く。

 消費の大きい<血文王電>を解除。

 そして、<魔闘術>系統の<影刻加速>を解除。


 大将が消えたことで、周囲の破壊の王の軍勢の足並みが乱れた。

 そして、決死隊の面々の動きが良くなる。


 右斜め前方に魔刀鬼丸を突き刺し、体を浮かせ、足下に飛来した石礫と魔矢を避ける。

 と、怪物兵が、


「――ディストラクターズ様を!!」


 と叫ぶ、背に大きい翼を有した怪物兵が魔槍を突き出してきた。

 その穂先を見るように横に避け、右手の覇王のシックルの白焔が包む闇夜剣を、その怪物兵の頭部に振り下げる――。

 <血剣・酔崩し>を繰り出した。

 白焔が包む闇夜剣が、容赦なくその怪物兵の頭部から胸を両断し倒した。


「――ウゴアァァ」

「構うな、敵も指揮官、あいつを倒せば吸血神ルグナドの眷族衆は動揺する!」

「囲め!」


 他の怪物兵たちが叫ぶ。

 それはお前たちこそに言えることだ、と心の中で思ったが、口には出さなかった。

 ――その他の怪物兵の動きを把握。

 怪物兵の飛び道具の攻撃を左右に跳び、避けた。

 その飛び道具を寄越した怪物兵たちを凝視し、前に出た。

 両腕から魔刃を今も飛ばしている怪物兵との間合いを潰す――魔刀鬼丸を左から右上へと、振るい上げ、その怪物兵の下腹部ごと胸元を斜めに両断――。その死体を見ず、地面を蹴り右前に跳ぶように移動した。


 右にいる怪物兵たちへ宙空から近づいた。

 怪物兵は、移動中の俺に両腕から魔刃を繰り出すが、その魔刃は当たらない。手前にいた怪物兵に宙空から近づき、<血剣・双回し>を発動――。

 左手の魔刀鬼丸と右手の白焔の剣を振るい、乙の字を宙空に描くように、破壊の王の怪物兵の頭部から、その上半身を細断するように倒して、着地し、


「メイラス、今だ!」

「ハッ」


 メイラスが<血道第二・開門>を発動。

 <血の栄華>の効果が、俺と味方に降りかかる。

 皆の速度が跳ね上がった。決死隊の面々はそれぞれに加速し、対峙していた怪物兵たちを次から次に薙ぎ倒し始めたが、新手の破壊の王ラシーンズ・レビオダの大眷属ボストィリチと、その眷族兵が現れる。


 大眷属ボストィリチは、頭部のない大柄の体に無数の複眼を擁した大怪物。

 眷族兵には頭部はあるが足が異常に太く短い。

 その大眷属ボストィリチは、


「邪魔なハルゼルマ要塞を我らが潰すのだ――」


 と背に、破壊の王ラシーンズ・レビオダの大眷属の証明の毛が豊富の翼を拡げながら前方に無数の魔線を放つ。


「皆、散開――」

「「はい」」

「「「おう」」」

「げぇぁ――」


 しかし、魔線に触れた<従者>の体が両断される。

 大眷属ボストィリチが率いる新手の怪物兵たちは、ディストラクターズの押されていた怪物兵と合流したようだ。

 俺たちの決死隊は押され始める。

 

 ――右に跳び、<血文王電・指雷刃>を発動――。

 雷状の魔力が右手の指先に集結し、雷の刀刃と化す。

 その突進技で複数の眷族兵を貫いて倒した。


 ボストィリチの破壊の光線が、スゥンの血の結界を嘲るように打ち砕いた。


 これまでの敵とは格が違う。

 慣れた迎撃では保たない、このままでは皆が、ボストィリチの圧倒的な力を前に、初めて感じる敗北の予感。慣れた迎撃では保たない。 仲間たちの顔が脳裏をよぎる。ミレイ、メイラス、スゥン、サルジン――失うわけにはいかない。


「血の結界が支えきれません!」


 スゥンの警告が響く。彼が維持していた<血道・結界四重>が、敵の攻撃で徐々に砕けていた。


「ならば逃げ道を作るのみ!」


 逃げるための道を切り拓く――それが今の俺にできる最良の選択だ。

 父の教えが蘇る。『力は破壊のためではなく、守るためにある』。 今こそその言葉を実践する時。覇王のシックルの形状を長剣に変化させ、仲間たちを守るための一撃にすべてを賭ける。

 続けて、第三関門こと<血道第三・開門>――。

 <血液加速(ブラッディアクセル)>を発動。

 同時に<血文王電>を意識、発動――。

 <血魔力>を最大限に引き出す。そして、前方へと跳び、


「<血文王電・霹靂斬>!」


 体から無数の血雷が発生し、宙空の大氣に干渉するように周囲が揺らめく。体内を駆け巡る血が沸騰するように熱くなり、覇王のシックルと体から噴出した白と黒に赤黒い雷光が、現実の織り目を裂くように宙空を直進した。

 己も雷と一体化したかのように加速し、分身が展開した。

 体内の血が沸騰し、覇王のシックルを通じて全身から迸る稲妻が俺の意志そのものとなって破壊軍団を貫いていく。バチバチと鼓膜を震わせる音が、敵の絶望の声と混じり合う。


 光条の群れのような雷状の魔力が背に収縮する。

 やや遅れて轟音が連鎖し、敵陣に幾つも亀裂が生まれていく。


「全員撤退!」

「撤退!」

「撤退せよ!」


 俺の指示をメイラスとミレイが連呼すると、ハルゼルマ家の戦士たちは秩序だって後退を始める。

 スゥンの血の結界が崩れる直前、全員が安全に後方の防衛線へと退いた。


「もう少し粘りたかったが……」

「若様、あれ以上は無理でした」


 メイラスが息を切らせながら報告する。


「奴らは次々と湧いてくる」

「はい、まるで底なしの軍勢です」

「あぁ、奴らは地上での影響力拡大だけでは飽き足らないようだな」

「ここは地下深くの要塞ですが、地上には、二カ所の傷場がありまする故、この戦いも仕方なしかと」


 メイラスの言葉に皆が頷いた。

 ミレイが、


「うん、古都市バビロンのグルドン帝国の軍隊と、冒険者たちも、時に、魔界側の連中と長く戦ってくれているから、私たちには楽になる時があるんだけどね……」

 

 たしかに、ミレイの言葉に決死隊の数人が頷いた。

 だが、その人数は少ない、人族の連中は吸血鬼(ヴァンパイア)ハンターも多いからな、氣に食わない同胞は多いか。


 また、俺とミレイは、時折、真上の人族たちが多く暮らすバビロン山近くの古都市バビロンを利用している。

 そこの人族たちには、意外に良い奴らが多い、こんなことを血を糧にしている高祖吸血鬼の俺が考えているとは、同胞たちも考えてはいないだろうな。

 メイラスは、


「……傷場の向こう側、魔界セブドラの傷場の所有権は、破壊の王ラシーンズ・レビオダ、魔界王子ハードソロウ、狂氣の王シャキダオスが争っておるようですからな、それに伴い、惑星セラ側の傷場も三者の勢力が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)するのは当然です。しかし、魔界側で、吸血神ルグナド様や、その大眷属衆の皆様の戦いが有利に運び、三者を打ち破り続け、その領域を奪取した場合、傷場をも得ることになりまする。そうなれば、ここは重要な戦略拠点となり、ハルゼルマ家は地上の傷場の周囲を固めるために、地上にて、新しい要塞造りを始める流れになりましょう」


 と語った。そのための布石は母と吸血神ルグナド様は行っている。

 古都市バビロンに潜入させている吸血神ルグナド様の眷族は多い。


 しかし、そうそう甘い展開は期待できないだろう。

 魔界セブドラ側も戦国時代、仮に魔界側がすべて上手くいったとして、今度は東マハハイム地方の地上の人族たちのグルドン帝国、獣人たちの国々が相手となるのだからな……。


「……うん、それに地下には、獄界ゴドローンに固定化されている黒き環(ザララープ)もある……」

「あぁ……」

「「はい」」

「わたしたちの要塞は防波堤であり橋頭堡と同じ」

「はい、同時に人族、オーク、ダークエルフ、ドワーフ、魔界、神界、獄界、そのすべてが敵であり、共闘者になりえる」

「あぁ、そうだな、そして、ハルゼルマ要塞は、ルグナド様の布石の一つということか」

「はい、今は防波堤という言葉が似合う状況ですな」


 メイラスの言葉に頷いた。

 そして、皆を見て、


「では、そろそろか。我々は時間を稼いだ。母上がルグナド様に緊急連絡を送る時間を確保できたのだからな!」

「「「はい!」」」

「はい、ミレイの<血刃十字流>の腕前も、かつてないほどに冴えていました」


 スゥンが付け加える。ミレイはただ静かに頷き、


「それでも、ディストラクターズがあれほどの力を持つとは。私たちの血の結界を容易く打ち砕くなんて」


 と発言。実際、数日後に吸血神ルグナドの惑星セラ側の<筆頭従者長>バムアと吸血神信仰隊長老の一人バリアトウが率いる軍勢が到着し、破壊軍団を撃退したのだった。


 ここまでが、遠い記憶の中の戦いだった。

 再び、現在のこの場所で、覇王のシックルに触れた。


 父の遺したシックルは、母の研究によって、更にその力を増している。父の遺したソレグレン星の超技術とハルゼルマの血魔術の融合……。

 そして吸血神ルグナド様から授かった秘宝。それらが複雑に絡み合い、俺という存在を形作っている。

 

 だが、父は『力は破壊のためではなく、守るためにあるべき』と言っていた。今の俺は、その言葉に応えられているだろうか……。


 戦場で敵を斬り、血を流させる度に、父の優しい眼差しが胸を刺す。 母の研究への疑念、仲間への愛情、そして自分自身への問い――それらすべてが渦巻く中で、俺はただ、目の前の現実と向き合い続けるしかない。


 その矛盾に苦しむが、母を支え続けてきた。

 

 ハルゼルマ要塞を守るため、日々の修練を欠かさず、父の遺した覇王のシックルと魔刀鬼丸を振るい続ける。


 ――俺の記憶力は良い。

 父の日記や母の教え、剣技、血魔術、敵の動向、母の研究に費やす日々、母のガラスのような視線、そのすべてを忘れることはなかった。


 傍らには、常に仲間たちがいた。

 ハルゼルマ家の恋人であり<筆頭従者>のミレイ。


 俺を励まし支えてくれる<従者長>コトハ。

 抜け目のないスゥン。

 数百年前に加入した赤髪獣人サルジンは「命を燃やせ、血を沸かせ!」と吼えながら敵陣に飛び込む猛者。

 

 知略に長けた禿頭のスゥンは、


「確率は我が味方」


 と冷静な判断を下す参謀。メイラスがいない時の補佐になることは多い。

 皆、俺に対して忠誠を誓ってくれていた。

 幾度もの危機を共に乗り越えていく。

 

 数日後、地下と地上への冒険を終えて、ミレイの次の新しい魔剣の素材も無事に集まり、ミレイに贈り物をする。


 その陽夏から木枯らしの秋になった数ヶ月後――。

 ハルゼルマ要塞にミレイと共に少数の精鋭を率い、ハルゼルマ要塞の前方の幾重にも分岐している地下通路にて、地底神キールー眷族マビヘトが率いる部隊と衝突していた――。

 

 <血液加速(ブラッディアクセル)>などを解除し、味方の数を把握しつつ、前方にいた大柄の魔剣を宙空に生み出している存在を凝視し、ミレイに、


「見えた、あいつが、キールーの眷族で間違いないな」

「うん、<従者>たちが、今も倒されている。二眼二腕の人型だけど周囲にいる魔剣師たちも魔剣を飛翔させて<導魔術>も巧み……でも、地底神セレデルの連中とは、見掛けは大違いね、人族たちの姿と似ている」

「獄界ゴドローンも様々か」

「うん、あ、攻撃――」


 速い、ミレイは飛来した魔剣を〝血ノ旭影〟を上下に動かし弾いて左に跳ぶ。その挙動は美しい。そのミレイをフォローするように<血文王電>を使用し、大柄の魔剣師が率いていた魔剣師の兵に近づき、その胴を抜くように倒した。


 ――そこに複数の魔剣が横から迫る。


「ウタジ――」


 ミレイが後方に跳び、体を開くように、俺の前に出て〝血ノ旭影〟の魔剣が左から右に振るってから、上下に動く。

 複数の魔剣が、飛来してくるが、その攻撃を、その剣身で弾いてくれた。

 そのミレイの綺麗な金髪が宙空に靡く。


「ミレイ、ありがとう――」


 礼を言いながら、己の背を、ミレイの背に合わせた。

 ミレイの背後に迫っていた魔剣を魔刀鬼丸を掲げ防ぐ。

 同時に、白焔が包む闇夜剣を斜め上に伸ばし、俺たちに飛来が続いてきた魔剣を連続的に弾き、足下に複数の魔剣が突き刺さっていく。


 ミレイは、「ふふ、ウタジこそ、ありがとう――」


 と、ミレイの<血魔力>を背から体に感じた。

 そのまま俺も<血魔力>を放出、ミレイと<血魔力>を交換共有していく。ミレイの体がかすかに震え、「ぁ」と感じた声が聞こえた。

 嬉しさを覚えながら、背にいるミレイに、


「――ミレイ、いけるな? このまま魔剣使いたちを倒そう」

「……大丈夫、任せて――」


 ミレイは<血魔力>は体から放出しながら背から離れた。

 そのミレイのほうに向かう魔剣を扱う敵兵を見ながら体を開き、ミレイの横を守るように前に出た。

 ミレイは〝血ノ旭影〟を振るい、片手を前方に伸ばし、<血道・魔花衝>を繰り出し、複数の魔剣を左右に弾き飛ばした。

 そのミレイに攻撃している魔剣師の敵兵へと、今だ! と、<影刻加速>を用いて、急襲し、魔刀鬼丸と白焔が包む闇夜剣を連続的に突き出す<血剣・叢雨>を繰り出し、魔剣師の魔剣を弾き、頭部と上半身を穿ち抜く。


 魔剣の群れを生み出していた敵の大物は、己に他の魔剣を引き寄せつつ「チッ」と舌打ち、そして、俺とミレイを見るように旋回起動を取る。


「ミレイ、あの――」

「うん!」


 左前に出て、ミレイに迫った複数の魔剣を覇王のシックルと魔刀鬼丸を振るい回し、弾き落とす。

 覇王のシックルに<血魔力>を混ぜると、シュッと音と共に雷状の白焔を帯び、その刃の形状が直剣状に変化した。

 漆黒の剣身を白焔が覆い、その白焔が包む闇夜剣で宙空に円を描くように振るい――複数の飛来してきた魔剣を弾き、ミレイを守った。

 ミレイは後退、俺の背に合わせた。

 互いに、得物を振るい、迫り来る魔剣の群れを弾きまくる。

 大柄の魔剣師は、俺たちを見て、


「俺の<魔剣・ヴェガガ>を、尽く、弾くだと――」


 ミレイの<血魔力>が俺の心に響く。

 言葉は要らない。幼い頃から共に過ごした時間が今この瞬間に永遠の意味を持つ――。

 彼女の想いが、血を通じて直接伝わってくる。『一緒に』『守りたい』『信じてる』――

 数千年の絆が、完璧な連携となって敵を圧倒していく。

 彼女と躍るように地底神キールーの眷族に向かう時、俺たちは完全に一つになっていた。


 すると、その大柄の魔剣師を守るように、周囲から人型の魔剣師たちが集まり、


「あの男女の高祖吸血鬼は他と違う――」

「マビヘト様に近づけさせるな!」

「「おう」」

 

 ミレイと呼吸を合わせ、魔刀鬼丸の突きから覇王のシックルを振るい、左手に持つ魔刀鬼丸で<血剣・酔崩し>を繰り出し、複数の魔剣師を倒す。


「来るな――」


 マビヘトと呼ばれたキールーの眷族が叫ぶ。

 

 ミレイと<血魔力>を合わせ、左右同時に跳ぶ。

 宙空で<血鴉>を放った。

 ミレイと俺の体から無数の鴉たちが生まれ、マビヘトへと襲い掛かる、有視界を奪い、無数の魔剣を弾いていく。


 ミレイと離れながらも一心同体のように動く。

 マビヘトとの間合いを潰した。

 ミレイは左足の踏み込みから<血剣・魔花穿>を繰り出す。俺は、マビヘトの右からハルゼルマ流『隼の型』から<血剣・白雷遷架>を繰り出した。


 ミレイの〝血ノ旭影〟の魔剣から綺麗な血の花模様が放出される。

 マビヘトの魔力による防御魔法を突き抜け腹が貫いた。


 一方、完璧な一撃、ミレイとの呼吸、タイミングが揃った――。

 白焔が包む闇夜剣も、マビヘトの頭部を突き抜け、剣身から迸った<血魔力>が夜氣を貫く十字の奔流となって上下に迸り、マビヘトの頭部と体のすべてを溶かすように、そのマビヘトを消し去っていた。

 

 勝利を確信――十字の方角に出ていた雷の魔力を有した白焔の<血魔力>は覇王のシックルの刃へと収斂され、形状は元のシックル刃に戻る。

 そして、ミレイを片手に抱き寄せて、着地した。


更新は、金、土、日、月を予定。

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