14話 四つ巴の乱戦
腹の底を揺さぶる爆発音が数度、連続的に響く。
――熱を帯びた衝撃波に押され、思わず数歩後退した。
視界に映るのは、穏やかな木漏れ日が落ちる木々と草花ばかり。
しかし、肌をピリピリと刺す魔素の残滓と、鼻につく硝煙の匂いが戦闘の激しさを物語っている。
掌握察と魔察眼は維持したまま激戦の気配を探る、索敵を続けた。
数分後、今度は左右と前方、そして真上の宙空までもが同時に爆ぜた。時間差で襲い来る轟音と衝撃が嵐のように無数の枝葉を叩きつけてくる。
覇王のシックルと魔刀鬼丸を振るい、飛来してきた枝葉を斬り捨て、魔素の反応が集まっては消えていく方角に足を向け歩き続けた。
木の実と落ち葉と柔らかい土を踏みしめながら、前方の巨大な樹の根へと身を寄せた。植物と樹の匂いは、地下のソレとは異なる。と、体がかすかに前後した。根の振動か――根から離れ見上げると、振動しているのは根だけではなかった。太い幹と万朶の枝葉もブルブルと揺れていた。枯れ葉と新しい葉がフワフワと落下してくる。そこに重低音が轟いた。右斜め前方と左奥の樹々が連続して倒れたようだ。
あちこちで樹々が揺らめき、ざわめきのまま鳥とモンスターが飛び立っていく。
巨大な樹から離れて、サルジンかスゥンの反応を探そうと樹海を進む。足下は繁った葉と泥濘んだ地形の影響で見えにくく、枝葉が足に絡みつき歩きにくかった。
だが、獣道やモンスターたちが行き交う道に到達すると途端に凹凸が減る。
歩き易くなった。宙空と森のあちこちから爆発音が響く。
今度は前方と右後方の樹が倒れた。爆発と音のたび、魔素の反応が消えていく。
無数の魔素のオンパレードで、その魔素、魔力の形は様々だが、比較的、人の形をした魔素が多い。人族と魔族の戦いの他、モンスターの戦いが繰り広げられているようだ。
それらの魔力とは、別に強大な魔素の塊を察知した。人型に近付く。
この氣配……ただ事ではない。この森、樹海では何が起こっている?
警戒のまま<血道・隠身>を維持し、慎重に、その場所へと近づいた。
木々の先は開けた場所、あの先の宙空と地面では、人の形をした複数の魔素はかなり高速に動いている、強者だろう。その周囲にあったモンスターの魔素は連続して消えていた。
木々を抜け開けた地に出た、強者の一人は黒髪の女か。
月光を浴びて黒髪が艶めく。深い紫の双眸はこちらを凝視。
<血道・隠身>で、隠れているが、見つかったか?
魂を見透かすような印象を抱く。視線がズレた。氣のせいか。
しかし、この黒髪の女の体から出ている魔力の一部は、真っ赤で鮮血だが、輝かしい<血魔力>だ。一見は、吸血鬼と同じだが、俺たちの吸血鬼のソレとは異なる。近くにも、黒髪の女と銀髪の女もいた。皆、<血魔力>を扱う。
吸血鬼のようだが、光属性と闇属性を有していた。
空の黒髪の男も同じ系統の<血魔力>を扱い、魔斧槍か魔槍杖を振るい、魔族とモンスターを薙ぎ払っている時折、魔槍を肩に担ぎ、周囲を見回していた。
あの魔槍杖、魔斧槍も尋常ではない武器か。
覇王のシックルが、かすかに震えた。
低い唸りのような振動が柄を通し、掌に伝わってくる。あの槍使いの得物か、あるいは奴の力に、この武器が本能で呼応しているのだろうか。同質の力か? いや、引き寄せられるような、あるいは反発するような複雑な共鳴だ。
なぜだ。あの槍使いもソレグレン派の生き残り? いや、父上の日記に、これほどの使い手の記述がないはずがない。
その肩に飛翔していた黒猫が乗った。槍使いと、黒猫……。
左手に時々出現している槍は聖槍か神槍だろう。あれはヤヴェ……。
そして、体から放っている>魔闘術>系統の魔力の質は高い。
闇属性と光属性の<血魔力>は確定……
そして森で戦っている黒髪と銀髪の女たちの<血魔力>の質も高い。
もしや、ファーミリア・ラヴァレ・ヴァルマスク・ルグナドに連なる者たちか?
母やバムアのようなルグナド様の眷属、<筆頭従者長>クラスなのか。
そして、あの女たちを従えている存在が黒髪の槍使いか。
光と闇、二つの属性を内包した<血魔力>。常理を覆すその存在に、理解を超えた現象に対峙したとき特有の、わずかな畏怖と、それを遥かに上回る知的な渇望が湧き上がる。
わからねぇ、分からなすぎる……。だからこそ、面白い。息を殺し、全身を一つの巨大な眼と化して観察を続けた。
彼らは周囲を警戒しつつ何事か話し合っているようだった。
そして、その傍らには、銀色の棺桶のような不氣味な箱が置かれている。
あの箱は何だ? 強い魔力を感じるが、同時に何かを封じているような。
もしかしたらケンダーヴァルやらと関連するかもだ。
彼らが銀色の箱に関心を示している隙を窺い、この場をやり過ごそうと考えた。
しかし、わずかに動いた瞬間、黒髪の女が、鋭い視線をこちらに向けた。
魔眼? 否、<血魔力>系の何かか?
氣づかれた! <血道・隠身>の隠密は破られた。
即座に覇王のシックルを抜き放ち、臨戦態勢を取る。
「ん、何者?」
黒髪の女が静かに問いかけてきた。
全身が総毛立った。声は穏やかだが、その奥に潜む<魔闘術>系統の魔力の練度は高い、周囲には五つの金属球が出現し、警戒を示すように浮遊する。
名乗るわけにはいかない、低い声で、
「通りすがりだ。黒髪のお嬢ちゃん、名は? そして、その銀箱は何だ。ここで何をしている?」
「……ん、わたしはエヴァ」
黒髪の女性はエヴァと名乗り、鉄球が動きを速めた。
会話は、もう終わりらしい。
五つの鉄球が複雑な軌道を描きながら、襲い掛かってきた。
即座に<影刻加速>を解放。
加速した世界の中で、飛来してくる鉄球の軌道を読む。
二つの鉄球とタイミングを合わせ魔刀鬼丸と覇王のシックルで弾き、あるいは紙一重で回避した――。
エヴァの鉄球が描く軌道は、単なる直線ではなかった。
一つ目は右上から螺旋を描きながら俺の頭部を狙い、
二つ目は地面すれすれを這うように足を封じ、
三つ目は――消えた。いや、俺の死角、真後ろから!
が、またも飛来――速い! 打ち返すが、重い!
弾いたシックルに伝わる衝撃は凄まじい。
回避と同時に距離を詰め、シックルの湾曲した刃を叩き込もうとする。だが、エヴァの背後に控えていた半透明の武者が、槍を突き出してそれを阻む。
更に、五つの鉄球の内、地面に二つ消える。
三つの鉄球の軌道を読む――屈んで避け、地面が破裂、片足と衝突したが、打撃を受けた程度――加速した世界の中で、飛来してくる鉄球の軌道を読むが――速い! 打ち返すが、これまた重い!
シックルに<血魔力>を込め、白雷刃で、鉄球を弾き、エヴァに近づくが、背後に控えていた半透明の武者が、槍を振るってきた、後退した。
――音がない。
槍の穂先が空を裂いたはずなのに、風切り音すら聞こえなかった。
この違和感。通常の幻影や召喚獣とは、明らかに異なる。
半透明の姿は蜃気楼のように揺らめき、群島諸国の甲冑姿。顔は面頬で隠れ、表情は窺えない。
手にした十字穂先の槍が、月光を受けてかすかに光る。
なんだァ? 実体がある幻影だと!?
エヴァの<血魔力>とは別の、もっと古い、重厚な魔力を纏っている。
「ん、驚いた?」
エヴァは多くを語らない。
だが、彼女の視線が一瞬、樹の陰に向けられたのを見逃さなかった。
誰かいる。この武者を制御している者が。
しかし、今はそれどころではない。
――音もなく振るわれる槍が、恐ろしい精度で急所を狙ってくる。
――疾風迅雷。
何故かその言葉が脳裏に浮かんだ。
音なき槍撃は、まさに風のように素早く、雷のように鋭い。
覇王のシックルで受け止めようとするが、槍の軌道が読めない。
音がないということは、空気抵抗すら感じさせないということ。
通常の戦闘勘が通用しない。
「くっ――」
槍の穂先が肩を掠める。
避けたつもりだったが、音なき一撃は俺の認識を超えていた。
エヴァの鉄球とトンファーの連撃に加え、この音なき槍使い。
二人――いや、隠れている者を含めれば三人以上の連携か。
半透明の武者が再び槍を構える。
今度は突きではなく、薙ぎ払いの構え。
だが――やはり音がない。
構えから振り終わりまで、世界から音が消失した。
否、音が存在しないのではない。
この武者の槍が通る場所では、音という概念そのものが死んでいるのだ。
<血文王電>で牽制しようとするが、武者は実体と幻体を巧みに使い分ける。
雷撃が通り抜けたと思えば、次の瞬間には実体の槍が襲いかかる。
「この武者……ただ者じゃない」
思わず呟いた。
これは単なる召喚術や幻術の類ではない。
もっと高位の、歴史に刻まれた何かだ。
――エヴァは相変わらず多くを語らない。
ただ、鉄球とトンファーで的確に俺の退路を塞ぎ続ける。
隠れている術者も、姿を現す気配はない。
だが、確実にそこにいる。
この音なき武者を操り、戦況を見守っている。
歯噛みした。正体不明の敵ほど、厄介なものはない。
特に、これほどの使い手を操れる術者となれば――
驚きつつも<血文王電>――を発動。
体内に宿る血が沸騰するような熱を帯び、皮膚の表面に燃え盛るような紅い雷光を纏った文字が浮かび上がる。
その血の文字が瞬時に鋭利な「刃」へと変形し、全身を攻防一体の鎧のように覆い尽くす、魔刀鬼丸と白焔が包む闇夜剣で、複数の鉄球と二つのトンファーを引っ掛けるように弾き、前に出る動作と左腕を振りつつ右手の指先から伸びた雷刃を後退して避けたエヴァ、黒髪をわずかに切っただけか。
「ん、やる」
黒髪の女のエヴァは、感心の表情を見せる。
彼女は両手を前に突き出し、紫色の魔力を放出させると、周囲の瓦礫や木の枝が浮き上がった。両腕を左右に広げると、浮いていた瓦礫と木の枝に金属の刃が鋭利な礫となって、襲い掛かってきた。
シックルから液状金属の盾を展開し、その礫の嵐を防ぐ。
鉄球といい、紫の魔力であらゆる物を遠隔操作している――。
<導魔術>系統のスキル能力者――。
――多彩な能力! 長期戦は不利か。
短期決戦を決意し、盾を維持したまま<影刻加速>で再びエヴァに肉薄する。
狙うは一撃離脱。シックルの刃がエヴァの喉元に迫る。
しかし、エヴァは冷静にトンファーと鉄球の一つを盾のように展開し、シックルの刃を受け止めてきやがった。
キィン! と甲高い金属音が響く。
エヴァの背後の半透明な武者が振るった一閃を魔刀鬼丸で受け流す。エヴァは前に出て右腕の手が持つ金属のトンファーで、俺を突いてきた。それを覇王のシックルの刃で叩くように防ぐ。鉄球が飛来、それを魔刀鬼丸の刃で防ぎ、エヴァの左手のトンファーの矛刃を、覇王のシックルの柄で弾こうとしたが、掠っただけ、トンファーの先端が胸にめり込む。ゴッ、と鎖骨が砕ける鈍い感触が全身に響き、数百年は忘れていた灼けつくような激痛が奔った。次のトンファーの一撃は覇王のシックルの刃でなんとか防ぐが、威力に押され視界が赤く染まっては暗転し、鍛え上げたはずの体幹が崩れた。
傷口にまとわりつくのは、闇と光の相克する魔力、<血魔力>による治癒が阻害され、鈍い痛みが神経を苛むが、覇王のシックルを返し回し、トンファーを退かせた、魔刀鬼丸の<血剣・一穿>の反撃を繰り出すが、エヴァの金属足の下段蹴りが足を――。
「ぐっ!?」
鈍い衝撃と共に、数百年は味わったことのない激痛が脚を貫いた。
骨が軋み、砕ける嫌な感触。視界がぐらりと揺れ、カウンターの威力もあり、鍛え上げたはずの体幹が赤子のように崩れ去る。
エヴァの闇の性質に加え光の力も持つ魔力により回復も遅れた――。
これほどの使い手が、まだこの世にいたとは。驚愕と、そしてそれ以上に濃い屈辱が、痛みと共に思考を焼いた。
<血文王電>が途切れる、エヴァはその隙を見逃さない。
残りの鉄球が飛来――それを魔刀鬼丸で、それを斬るように弾いたが、反対側からも鉄球が飛来――それは避けたが、紫の力、否、金属の刃が群れを成し、俺を取り囲む――。 これほどの数の刃を同時に放つ氣か? 光の性質も帯びている、まずい!
咄嗟に、再び<血文王電>を解放した。
全身に纏った血が沸騰し、皮膚に紅い雷光を帯びた文字が浮かび上がる。
その文字が瞬時に「刃」と化し、全身を攻防一体の鎧として展開する。
そこにエヴァの操作する金属の刃が飛来した。
左腕を最小限に動かし、懐に迫る刃を、魔刀鬼丸の切っ先と刀身で弾く。
頭上を狙ってきた金属の刃を、覇王のシックルの湾曲した刃で絡め取るように逸らす。 だが、全方位から殺到する刃の数は多い、捌ききれない数条が全身を覆う<血文王電>の雷光に触れ、甲高い音を立てて弾け飛んだ――。
そのまま地面を蹴り、大きく後方へと跳躍した。
背筋に冷たさを感じつつ、<血文王電>を終了させて、
「なかなかやるな、貴様」
と発言、息を整えながら、エヴァを睨みつける。
数百年という時の中で出会った中でも、間違いなく最高クラスの実力者だ。消耗している今の状況で、これ以上戦うのは無駄に<血魔力>を失うだけ。
目的は情報収集と仲間の捜索、そしてケンダーヴァルへの復讐……こんな所で足止めを食うわけにはいかない
エヴァとやらは、俺の実力を認めたか?
警戒を強めてきた。
彼女の背後の半透明な武者も、槍を構え直し、隙を見せない。
この女、そしてあの槍使いの一団……光と闇の属性持ち……一体何者なんだ?
あの銀箱が目当てか? それにしても黒髪の槍使い、まだ動いていないが、その氣配は底が知れない。先ほどの光槍といい、あれは危険すぎる。
脳裏に疑問と戦略的な判断が渦巻く。
ここで本氣でやり合えば、たとえ勝てたとしても消耗は免れない。
その隙を他の勢力に突かれる可能性もある。今は退くのが賢明だ。
内心の警戒を隠し、わざと、
「上が激しい間に、その銀箱をかっさらおうと思ったが、甘かったか」
と、軽薄な口調で言った。
「ん、何者?」
「んな、ことはどうでもいい――」
再び会話で注意を引きつけようと試みるが、投げ槍が――。
その<投擲>された聖槍か光槍の攻撃を覇王のシックルで防ぐが、やはり光属性!
聖槍を<投擲>してきた、黒髪の槍使いも何者だ。
それでいて容赦のない力……!
直感があの槍使いからは全力で逃げろと告げている。
「こりゃ、光属性の槍かよ? こえぇぇ、槍使いと正直戦いたくない。だから邪魔したな? もう現れることはないから安心しろ――」
本心からの警戒を冗談めかした口調に隠し――。
牽制に小規模な<血文王電>を放ちつつ<影刻加速>と氣配遮断を最大に発動。
背後の樹木の影へと飛び込み、そのまま影に溶け込むようにしてその場から完全に氣配を消した。
エヴァ、光属性の槍をも扱う槍使いに銀色の棺か。
そして、槍使いには、あんな風に言ったが、まだここを出るわけにはいかない。
再び樹海の闇へと紛れ、警戒を強めながら移動を再開した。
エヴァたちとの遭遇から数十分後――。
樹海の地で力の回復に努めていた。
……あの黒髪のエヴァは強かった。
その槍使いも相当な手練れのはずだ。
<投擲>された聖槍か神槍の威力は、今も俺の腕に痺れを……直接手合わせはしなかったが、力もかなりの物だ、底知れない武の氣配も侮れない。
……思考を巡らせながら樹海を移動した、血の匂いが漂ってきた。
先程の戦いの場から近い、獲物というわけではないが、濃厚な血から強者の氣配が漂う、自然とそこに足を向けていた。
樹が疎らに点在した開けた地、前方には魔界騎士らしき大柄の男がいた。
「濃厚な血の匂いだから見にきたが……」
と発言。
魔界騎士は俺を観察し、「何者だ」と聞いてきた。
「今は主にこの樹海で活動している血を好む者だ」
無難に言う。
「……ヴァルマスク家か? 空で戦っていたルグナドの尖兵ではないようだが……」
ハッ、ヴァルマスク家か。無理もない。この一帯で<血魔力>を語れば、誰もがあの一族を思い浮かべるだろう。
その頂点に立つ女帝、ファーミリア・ラヴァレ・ヴァルマスク・ルグナド。何度か、母や<従者長>ケシィナと吸血神信仰隊のメンバーから絶世の美女だと、金髪は宝石のようだとも聞いていた。更に、この南マハハイム地方十二樹海の影響は、故郷と旅路の間に、何度か聞いている。
ここ十二樹海の地下に吸血神ルグナド様の傷場があった。ヴァルマスク家もその傷場の防衛、管理する側の一族だった。
しかし、今は闇神リヴォグラフの勢力に奪われたまま維持されている……。
地上では死蝶人、古代狼族、無数のモンスター、冒険者、人族の国の軍隊、樹怪王、旧神ゴ・ラード、オーク大帝国、それらの影響で、ヴァルマスク家の吸血鬼たちの活動は散発的な活動に限定されており、今では、樹海での南に越えた先、オセべリア王国の王都グロムハイム方面の海岸線に構えた【大墳墓の血法院】を本拠に、そこを中心に活動していると聞いていた。
我らハルゼルマの血からすれば、彼女らのやり方は少しばかり陰にこもりすぎている印象だ。と、くだらん感傷だな、思考を振り払い、腕を一つ振った。
先程の<投擲>された槍を防いだ影響はもう消えている。
そして、
「……ちげぇ。こそこそと隠れるのが得意な一族と一緒にするな」
「外れ吸血鬼……しかも、その魔力操作の扱いは高祖級か」
俺を<筆頭従者>と見抜いたか。
魔界騎士の見る目は確かだな。
「そうだよ。元ハルゼルマ家といえば納得か?」
「始祖の十二支族のパイロン家や古代狼族との争いで滅び去ったと聞いたが、生き残りがいたのか」
「まぁな? 放浪を重ねて、この憩いの樹海で活動中なのさ、餌が豊富だからな?」
「そうか。なら、俺も餌ということか。ん?」
大柄の魔界騎士は俺から樹海の奥へと視線を向ける。
そこから風を纏ったような速度で登場したのは古代狼族の大柄な男だった。
地面の葉が舞う。古代狼族は爪鎧を身に着けている。
その背後から、古代狼族の小隊メンバーたちが現れ始めた。
「おぃおぃ、狼かよ。豹獣人と似ているんだよな」
そう言いながら、愛用の覇王のシックルを外套から取り出したように出現させる。
<血魔力>を意識、<血道第三・開門>の<血文王電>を発動しようか迷う。
<血道第三・開門>の<血液加速>もあるが……。
<血文王電>の使用には実は痛みを味わう。
槍使いに使おうと考えていたが、あのような聖槍を持っているとは知らなかった。あんなのを喰らったら、血をどれだけ消費するってんだよ。
<血文王電>を用いた回避には自信があるが……危ない橋は渡らない。
が、今は使う、<血文王電>を発動。
体からも雷属性の<血魔力>を放たれた。
文字が刃と化しつつ全身を覆う。
攻防一体を成す吸血鬼専用、俺専用と呼べる秘技。
魔界騎士らしき男が、古代狼族を見て、
「古代狼族か。俺も不運だな、ムグがいない今となっては……」
そんなことを語る。
すると、古代狼族の者たちが、
「我らの縄張りに吸血鬼と魔界の眷属が紛れ込むとは」
「ドルセル様。こいつらが魔神アラヌスの復活を目論む親玉ですか?」
「魔犬は連れていないが、確かに、あの不氣味な屋敷からは近い……」
古代狼族の一部、狼将は、俺たちでいう最高幹部、<筆頭従者長>や<筆頭従者>クラスだ。
こいつの部族は、ハルゼルマ家を襲った勢力なのか?
古代狼族も狼将と言う名の役職があり、部族ごとに分かれて行動していると聞く。そして、不氣味な屋敷か。
たしかに、ベンラック村から少し離れた樹海に、それは存在した。
そこに、上から魔素が、げっ――。
空を見上げると、流線形の銀色の金属で構成された人型が降下してきていた。体が金属の人型、あいつは神界戦士か。
氣配がまるで違う。金属質で、冷たそうな印象だ。
それでいて圧倒的なプレッシャー。
顔のない鋼兜のような頭部の中心に、赤い単眼だけが不氣味に明滅している。背には光で編まれたような翼。間違いない、神界の尖兵――。
……神界戦士か。
最悪のタイミングで、厄介なのが増えたな。
内心で舌打ちする間にも、先にいた二者も新たな闖入者に氣づいたようだ。
大柄な魔界騎士――先程俺をヴァルマスク家かと勘違いしていた奴――が、明らかに不快そうな氣配を放ち、魔槍の柄に手をかける。
一方、古代狼族の将――そのドルセルも敵意を隠さず、その全身を覆う爪鎧を軋ませて神界戦士を睨みつけている。
神界戦士は、
「この領域に不浄なる魔力と、世界の理を乱す可能性のある因子を確認。これより排除を開始する」
感情の欠片も感じさせない無機質で肉厚的な声を発した。
しかし、不浄なる魔力だと? 俺やか、あるいはあの魔界騎士のことか。理を乱す因子とは?
思考する間もなく、神界戦士の鋼の刃のような眼が、魔力の質が濃い魔界騎士に向けられた。
音もなく急降下し、その手に出現させた光の槍を突き出す。
「ちぃっ! 神界の番犬が!」
魔界騎士は悪態をつきながら魔槍を抜き放ち、光槍を受け止める。
轟音と共に衝撃波が走り、大氣が震えた。二人の魔力が衝突し、周囲の樹木が衝撃でなぎ倒されていく。
奴らの戦いは派手だな、と、好機と見たのは、古代狼族の方だった。
狼将が咆哮を上げる。
「好機! 神界の邪魔が入る前に、まずはハルゼルマの残党を討つぞ! 奴の血は我ら古狼族の復讐の贄となれ!」
獣のような俊敏さで、狼将自らが一直線に俺に迫る!
鋭い爪鎧が月光を反射してギラリと光った。配下の狼たちも統率された動きで左右から回り込み、俺を包囲しようとする。完全に俺が狙いだ。
配下の狼たちも統率された動きで左右から回り込んでくる。
「――数は多いだけではないな、将の動きも違う!」
即座に覇王のシックルと魔刀鬼丸を構え、狼将の初撃を迎え撃つ。
シックルからわずかに出た白焔の刃と爪鎧が衝突し、激しい火花が散った。金属が悲鳴を上げた。火花が頬を焼き、鉄の焦げた匂いが鼻腔を突く。衝撃で巻き上がった土埃が、月光の中で金色に輝いた。
速さ、重さ、技量、どれを取ってもそこらの兵士とは段違いだ。
こいつが狼将ドルセルか、厄介だ!
<影刻加速>――加速した世界の中で、ドルセルの獣じみた動きの軌道を読む。
魔刀鬼丸で爪撃を受け流し、シックルで反撃を叩き込む。
ドルセルの爪撃は単調に見えて、実は巧妙だった。
ドルセルは野生の勘か、あるいは長年の戦闘経験か、右、右、右――そして俺が左に回避すると読んだ瞬間の、左からの横薙ぎ。
経験豊富な戦士の罠。だが、俺も伊達に数百年生きてはいない。
あえて罠に飛び込み、懐で勝負を決める――
だが、爪剣が上下に分け動き、二連の上下の突きを的確に防ぎ、右腕がブレ、それはフェイク、左腕の爪剣を突き出してくる。その爪剣を見切り、最小限の動きで回避しながら魔刀鬼丸を振るうが、爪鎧が蠢き新たな装甲が出現し、魔刀鬼丸の刃を強く弾いては、即座に反撃してくる。
「――狼将の名は伊達ではないということか!」
距離を取り、<血文王電>を発動させ、体から雷属性の<血魔力>を放った。
文字が刃と化しつつ全身を覆う。
攻防一体を成す雷の刃に触れた狼将の爪が弾き跳ぶ。
同時に、覇王のシックルの形状を白焔が包む闇夜剣に変化させた。
「小賢しい血魔術を!」
ドルセルは吹き飛んだ左手の爪を引きつつ横回転――。
身を畳ませる機動の雷光を風のような速度で、俺の魔刀鬼丸の刃を掻い潜りながら右手の爪を突き出してきたが、血文王電の鎧の雷刃が、その爪を弾くと同時に白焔が包む闇夜剣を突き出し、カウンター氣味にドルセルの胸を貫けず、横を突き抜けた。
「ぐっ」
ドルセルは退いた。
一方、もう一つの戦いも激しさを増していた。
「神界の狗めが! 我は魔界騎士デルハウト! 容易く討てると思うな!」
魔界騎士が、光槍を弾き返し距離を取りながら自らの名を叫んだ。
デルハウト、奴の名か。やはり魔界騎士だった。魔界の神々か諸侯と契約している何かの任務で、この南マハハイム地方十二樹海にやってきたってことか。だとしたら面倒な相手だ。
神界戦士はデルハウトの名を聞いても何の反応も見せず、ただ淡々と光槍による追撃を続ける。
その無感情さが逆に不氣味だ。光の翼が羽ばたくたびに、浄化の力が周囲に満ち、俺やデルハウトのような存在には圧迫感を与える。
視界の端で神界戦士の光槍が閃き、デルハウトの魔槍が闇色の軌跡を描いてそれを打ち払う――。
金属の咆哮と魔力の衝突音が鼓膜を揺らす。
背後からはドルセルの獣じみた呼吸と殺氣。
奴らの戦いの余波で巻き上げられた土と葉が、血の匂いと混じり合って鼻をついた。
ここは地獄か。神の使い、魔の騎士、古の獣、そして吸血鬼。本来、相容れぬはずの者たちが、互いの正義と復讐を掲げて牙を剥き合う。滑稽であり、そしてどこか美しい光景だ。
だが、この混沌の舞台で踊り続ける趣味はない。消耗戦は必至。どの勢力も満身創痍になりかねず、特に狼族の執拗な猛攻は厄介極まりない。退くなら今だ。
神界戦士はデルハウトに集中しつつも、その無機質な単眼は時折こちらを捉え、牽制の光弾を放ってくる。デルハウトも神界の犬を捌きながら、俺と狼族の戦いに油断なく意識を割いているのが氣配で分かった。
そして狼族は、他の二者の戦いを半ば無視するように、俺の抹殺に集中している。
狼将ドルセルと配下の狼族を捌きながら――。
デルハウトと神界戦士の戦いの余波にも注意を払う。
彼らの攻撃の衝突から生まれる衝撃波や流れ弾が、容赦なくこちらにも飛んできた。
――あの神界戦士、名は名乗らんのか?
否――そもそも個体名があるのか?
神界戦士は俺と狼将に、衝撃波を――。
後退したところに、デルハウトの紫の魔槍の穂先が目の前に、覇王のシックルの湾曲した刃で、それを引っ掛け、魔刀鬼丸で突きを返すが、デルハウトは後退し、古代狼族のドルセルが近づいてきた。爪剣の薙ぎ払いを身を横にズラして、紙一重に避けた。
このままでは消耗戦は必至。どの勢力も満身創痍になりかねず、特に狼族の執拗な猛攻は厄介極まりない。退くなら今だ。
決断と同時に、覇王のシックルがバチバチと音を立てて液状金属の盾へと変形する。直後、ドルセルの爪撃を正面から受け止め、凄まじい衝撃を腕に感じた。
その反動を利用して大きく後方へ跳躍――。
「退かせてもらうぞ!」
牽制のため、覇王のシックルの刃から大規模な<血文王電・霹靂斬>を――。
戦場の中心、神界戦士、デルハウト、ドルセルが入り乱れる地点に向けて放った――。
白と黒の魔力の奔流に、赤黒い雷光が炸裂し、爆音と閃光が戦場を包む。
威力に三者の動きが一瞬止まった。そこを狼将が神界戦士の不意を突く。
狼将の左腕の爪剣が神界戦士の胴体に突き刺さり、右腕の爪剣の斬撃が、神界戦士の右肩に入ると神界戦士は吹き飛んだ。そのまま狼将は全身から魔力を放出させる。
鎧の形を変化させながら「ウゴォァ」と咆哮を発しつつ前進、更に加速し右腕の爪剣を前方に突き出し、魔界騎士デルハウトの魔槍を爪剣が弾くと、そのままデルハウトの太股を貫いていた。
「――ぐあぁ」
出るなら今だ――。
「さらばだ!」
<影刻加速>と氣配遮断を発動!
全速力で樹海の闇へと駆け出した。
背後で、神界戦士が反撃に出たような音、デルハウトが奮起しているような叫び声、そしてドルセルが「待て、ハルゼルマ!」と叫びながら俺を追ってくる氣配を感じたが――。
今は振り返らない。
ドルセルめ、追ってくるか!
まずはこの場を離れる――。
しかし、神界戦士は正義の神シャファや戦神ヴァイスに連なる者が多いはず、古代狼族は大月の神ウラニリと小月の神ウリオウ、双月神を信奉している。
神界側も一枚岩ではないことは知っていたが、あのように争い合うのは初めてみる。
樹海を駆けた、幸い、ここは高低差が激しい、隠れ場所は山ほどある。
そして、出来れば、サルジンとスゥンに……。
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