1話 ハルゼルマの日常
背の高い樹々とレンボク草が生い茂る地を抜けた。
溶けた雪が冷たい滴として体に絡む、高祖吸血鬼とて、冷たいものは冷たい、衣服が濡れて体が重くなるが、構わず進む。岩の表面をなだらかに流れ落ちる滝を越え――人目につかない山奥の洞窟で、覇王のシックルと向き合う。
「父は『力は破壊のためではなく、守るためにあるべき』と言っていた。今の俺は、その言葉に応えられているだろうか……」
その矛盾に苦しむが母を支え続けてきた。
ハルゼルマ要塞を守るため、日々の修練を欠かさない。父の日記の記述を頭の中で繰り返す。
薄れた文字で記されたソレグレンの秘儀。金属と<血魔力>を結びつける記述……。
『形態を可変させ……』
『……形状記憶、液状化とプラズマの応用……』
日記の内容を意識し、意図した大剣への変化を促すように念じる。
<血道第一・開門>を意識、発動。
この<血道第一・開門>、略して第一開門を使うことで、体から血を放出できる。この真っ赤な鮮血、この血は、俺たち吸血鬼における大事な魔力で、<血魔力>だ。幼い時は体中の血管から流れる、血、その<血魔力>の流れの径路と魔力の流れの際や、魔点穴の仕組みに、驚いたが……。
今では当たり前だ――その<血魔力>を覇王のシックルへと流し込む。
と、金属の刃の表面に無数の血管のような筋が浮かび上がり、それらが<血魔力>を吸収しながらバチバチと音を立てて脈打ち、ブルブルと振動を続け、表面の血管のような筋がキラキラと煌めきながら、急に、ドッと、鈍い音と共にバチッと雷が弾けた――。
柄巻が持ち上がり、腕の骨の髄まで伝わる振動と共に、シックルの金属の刃が無定形の白焔の見た目で水のように揺らめき、形を失おうとした刹那――。その揺らめく刃がバチバチと音を立て、制御を失った白焔刃として根元から弾け飛んだ。
「くっ!」
覇王のシックルは一瞬で元の刃の形に戻るが、また失敗だ。
直剣や盾への変化ならスムーズにいくんだが……。
そして、覇王のシックルの刃だった細かな物は、周囲の岩を貫き、焦がし、樹を燃焼させていた。焦げた臭いが鼻孔を突くが、構わず、鼻から息を吸い、口から息を吐き、また息を飲む……こうした失敗は毎度だが、何十年と訓練を続けても、この調子。これはこれで武器になるが、しかし、地上や地下での命懸けの戦いの場では、意外に成功確率は高くなる……父はこの力をどう使った?
母上はどこまで理解していたんだ? この覇王のシックルの真髄には程遠いな。だが、自身の直感を頼りに少しずつ力の片鱗を掴むことはできているように感じた。
次の週の月明かりの下、洞窟の壁に意識を集中する。
体内に眠る<血魔力>を練り上げ、<血文王電>を発動――。
指先から紅い雷光の文字が放たれる。狙いは壁に刻まれた小さな傷跡。雷光は荒々しい奔流となり、岩の一部を吹き飛ばす。まだまだ無駄が多い。もっと、一点に集中させなければ。
日記の記述では、<血文王電>は、もっと精密で指先が武器になるほどだ。荒々しい力だけでなく、制御された刃でなければ意味がない。何度も、何度も、文字を放つ。
壁には無数の雷光の痕が刻まれていく。『ウタジ』と無作為に雷状の文字を描いて訓練を続けた。
父の遺した覇王のシックルと魔刀鬼丸を振るい続ける――。
自室で〝血魂の琵琶〟を膝に乗せ、夜の静寂の中で弦を弾いていた。
隣には、父の遺した覇王のシックルと、愛用の魔刀鬼丸が置かれている。
目を閉じ、意識をシックルへと集中させた。
<血魔力>を流し込み、父の日記に記されたソレグレンの秘儀を思い浮かべた。金属と<血魔力>を結びつける記述……。
『形態を可変させ……形状記憶、液状化とプラズマの応用……』。
頭の中でその言葉を反芻し、イメージを強くする。シックルは俺の<血魔力>に呼応するように蠢き、漆黒の金属が淡い白焔の雷光を纏い、水のように揺らめいた刹那、指にフィットする硬質な撥へと姿を変えた。
「よし……」
呟き、満足げに頷く。
この覇王のシックルから撥への変化だけはスムーズだ。
撥の感触は、通常の撥とは異なる。大本の覇王のシックルだからか、不明だが、手のひらに吸い付くような重みと、脈打つ<血魔力>の微細な振動が集中力を研ぎ澄ませてくれた。その特殊な撥で――『血』の弦を優しく爪弾く。
低く響く音が部屋の壁に反響し、内面に深く浸透していくのを感じた。
この『血』の弦は鋭い、指先を時折喰らうように切る、が、吸血鬼専用、俺専用の〝血魂の琵琶〟だ。その血濡れた弦にこそ妙がある……。
――次に『影』の弦を強く弾き、その振動を琵琶の胴全体に響かせた――。
亡き父が日記に記したハルゼルマ流の『血影奏』だ。琵琶の胴から血のような赤い光が漏れ出し、空間に揺らめく影を映し出す。
〝血魂の琵琶〟の音色と自身の<血魔力>を同調させる練習を繰り返す。
弦を弾くたび――。
指先から琵琶へと流れる<血魔力>の周波数を調整し、音色に込められた感情を増幅させる。琵琶から放たれる音波が体内の<血魔力>と共鳴し、全身に温かい波動が広がる。
「まだまだだ……」
時に〝血魂の琵琶〟の弦が<血魔力>に反発し、不協和音を奏でることもあった。
練習中に覇王のシックルの撥が、突然元の形状に戻ってしまったり、小さくしてしまったりと、あるいは制御を失い、白焔の雷状の細かな物を無数に撒き散らしてしまう。
だが決して諦めなかった。琵琶の音色と<血魔力>の波長を完璧に一致させることで、覇王のシックルを自在に変化させ、更に、その音色に自身の<血魔力>を最大限に宿らせる。それが俺の目指す境地だからだ……。
この〝血魂の琵琶〟の演奏は、単なる趣味じゃない。
これは俺の精神と<血魔力>を鍛え上げる修練であり、同時に、心に宿る矛盾や苦悩を鎮めるための、静かな祈りでもあった。
その修業の日々から木枯らしの秋が深まり、厳冬の雪解けから金牛の季節の春の数ヶ月が過ぎた頃、ハルゼルマ要塞の戦いの日々に戻る。
岩肌に手を当て、前方を見やる。
ここは俺の家に近い、ハルゼルマ要塞に近い通路。
――東マハハイム地方の地下深くにある。
今日もまた、地下の黒き環から……そして、あの独立都市ガドキープルからも地底神トロドとキールーの大軍勢が、ここへ押し寄せていた。
遠くの地鳴り……ざわめく咆哮。
奴らの氣配が、共通大通路の奥から迫ってくる。
地底神トロドの軍隊と、俺の母上、吸血神ルグナド側の大眷属ソーニャ・ラヴァレ・ハルゼルマ・ルグナドが率いる軍は、今も共通大通路を舞台に激闘を繰り返していた。
<従者>たちの部隊による陽動が上手く行けば、後は俺たち『決死隊』の部隊が躍動する時だ。
母上は吸血神ルグナド様が選んだ<筆頭従者長>の一人。
セラには母上を含めて十二人の<筆頭従者長>がいる。その重責を、いつも間近で見てきた。
吸血神ルグナド様は、この地を我々ハルゼルマ家に任された。
主に、黒き環と傷場から出現してくる連中と戦うために。
その黒き環は、巨大な転移装置の遺物。
しかし、なぜか、遙か昔から魔神帝国勢力の異世界の一つ獄界ゴドローンと繋がって固定化されていた。
そこから、現れてくる地底神の勢力と戦いのための戦力の一つが、俺たちのハルゼルマ家だ。
そして母上……ソーニャ様が、この場所を選ばれたことも大きいと聞く。だから、この要塞は常に狙われる。
だが、地底神の連中だけではない……地上には、傷場がある。
傷場は、この惑星セラと魔界セブドラの狭間の次元を越えられる通り道。
また、その傷場の所有は魔神と諸侯には多大な恩恵を齎す。
魔界セブドラ側で、傷場を巡る争いは常に起きていた。
当然に、俺たちがいる惑星セラの傷場をも争いの対象になる。
そこに、「「ゴァァァァ」」咆哮と鬨の声と共に、トロドの怪物兵が現れた。
素早く前に出て、右手に持つ覇王のシックルと左手に持つ魔刀鬼丸を、交互に前へと突き出し、怪物兵の頭部と胸を穿ち、倒し、次の怪物兵の肩口から胸を袈裟斬りに処置し、倒す。
左腕と右腕を振るいつつ血飛沫を吸収。
――俺たちは、その流れに呑み込まれないよう、ここに立っている。
そして、味方も多い――。
「若様に続け――」
「「「おう!」」」
俺の決死隊は、『進むを打ち、退を打つ――』を合い言葉に突撃と後退を繰り返す。
地底神トロドの軍勢をなんども押し返していた。
しかし、またもトロドの大軍勢がハルゼルマ要塞の南東、地下二十五番回廊から押し寄せてきていた。
スゥン率いる強襲前衛チームが回廊の偵察から戻り、
「――進行方向の地下二十五番回廊と、共通大通路に地底神トロドの眷属、五百体以上! 横の地下二十六番回廊にも数百名の地底神トロドの眷族兵が出現しました」
スゥンの冷静な報告に表情を引き締めた。
魔神帝国の連中はあちこちから現れる。
黒き環と独立都市ガドキープルがある以上は仕方がない。
地底神の数は膨大で、地下の【独立地下火山都市デビルズマウンテン】や【独立地下都市ファーザン・ドウム】などにも、喧嘩を売っていると言われる巨大な勢力、魔神帝国の連中だ。地下だけでなく地上のすべてを飲み込もうとしている連中だろう。
更に、黒き環を経由して現れてくる者は、俺の父、ソレグレン派を含めれば未知なことも多い、知的生命体は世に溢れている。
「またか!」
「獄界ゴドローンの連中!」
「あぁ、また倒すぞ!」
「「おう!」」
<従者>たちが氣合いを発して発言していく。
皆を見据え、
「……全員、準備はいいかァ!」
「「「「ハッ」」」」
<従者>たちが叫ぶ。<筆頭従者>メイラスが前に出る。
メイラスが前に出た。白髪の老人……だが、あの鋭い目と、長年の戦いで鍛え上げられた体を見れば、誰も彼を老人とは思わないだろう。
威厳に満ちたその姿から、父の面影を見ている。
同時に、戦友としての深い敬意を幼い時から感じ過ごしてきた。
そのメイラスたちを見て、
「魔神帝国の連中は魑魅魍魎ばかり、兵の質も魔界の連中とは一味異なる!」
「ハッ、若様、私が先陣を切らせていただきます。この老骨に最後の働きをさせてください」
「メイラス、そのような言い方はするな。我々は一体となって動く」
黒い双眸に<血魔力>が宿り、
「では、<従者>たちよ、背後は任せた。ミレイ、スゥン、共に前線へ」
「「はい!」」
前に出ると、トロドの軍勢にも動きが出た。
地下二十五番回廊を直進し、一人、二人の怪物兵を倒していく。
そこに地底神トロドの眷族と思われる、頭部が奇怪に割れていた四腕の眷族にミレイが押され、片足を斬られ、それをフォロー。
ミレイは、「ぐっ、きゃぁ――」と四腕の魔剣に彼女が愛用していた魔剣が破壊されてしまった。すぐに前に出て、魔刀鬼丸と覇王のシックルで、四つの手に握られていた魔剣の攻撃を防ぐが、続けざまの乱撃はすべて防げず、片腕を切断される。
「ウタジ!」
「大丈夫だ――」
切断された片腕の切り口から吹き荒れる血の<血魔力>を武器に変えるように四腕のトロドの眷族へとふりかけ、怯ませた。
更に、再生した片腕で宙を舞っていた魔刀鬼丸を掴むと同時に、覇王のシックルで、<血剣・枇杷薙ぎ>を繰り出す。
袈裟斬りが、四腕のトロドの眷族の頭部から胸元に決まり、その弱点の心臓のクリスタルを破壊すると、トロドの眷族は爆発して散った。
振り返り、片足を失って倒れ、<血魔力>の消費が激しいミレイに向け、己の<血魔力>を送りながら手を差し伸べる。
「大丈夫か?」
「……うん」
と、ミレイは俺の手を強く握った。
互いに<血魔力>を交換し、ミレイは失った綺麗な片足から俺の<血魔力>を吸収し、「あっん」とわずかに痛みを含んだ声を発していた。
その表情に一瞬、昔の記憶が蘇ったようだったが、微笑むミレイ、そのミレイを引っ張り上げ、
「まだまだ敵は多い。戦えるな?」
ミレイに予備の魔剣を渡した。
「――戦える、ウタジの背は私が守るから」
「おう!」
ミレイたちと洞窟を前進し、こちらに突撃を繰り返すトロドの怪物兵たちを斬り伏せながら前進を続ける。
窪んだ地下二十五番回廊の中盤を越え要所を押さえることに成功するが、先遣隊の偵察が遅れる。
「メイラスに、敵の大将格が出たと報告があったが、先遣隊はそいつと当たったか?」
「その可能性は高いですな」
「了解した。俺たちが直に相対しよう」
「はい」
前進すると、前方の地下ドラゴンの口のような形の坂道を駆け下りてくる怪物兵の先頭に、大柄の異形が現れた。頭部に四本の角から膨大な魔力を有している。
背後にいるメイラスが、
「あの大角の持ち主が、地底神トロドの大眷属ゴロートですぞ」
「了解した」
ゴロートの重々しい足取りが、地下通路の地面をずしりと揺らした。俺のブーツを通して感じた振動は地底の岩盤そのものが呻くようだった。地面から直接、奴の重みが伝わってくる。
「――血の一族ハルゼルマ! お前らの頭蓋骨をトロド様への供物としよう」
ゴロートの声は洞窟中に反響した。
先頭に出るか、自信過剰だが、嫌いではない。
「異形の将か。試してみるがいい」
と発言し、前に出る。
アイテムボックスの〝夜帯華紐〟から左手に〝魔刀鬼丸〟を右手に〝覇王のシックル〟を召喚した。
これらは父、吸血鬼集団のソレグレン派の日本人、東郷醍三朗が残した遺品。
この〝覇王のシックル〟と俺の体に込められ研究された<血文王電>の源流となる技術。
その大本はソレグレン星の超技術が凝縮された〝小さいカプセル〟だと聞いている。<血文王電>の強化、限定的な時間加速<影刻加速>、そして未来予知の量子センシングシステムのデータが収められているという。
母は未来予知が可能になるカプセルを吸血神ルグナド様に渡し、代わりに秘宝〝血妙魔・十二指血始祖剛臓〟を授かったと。
すると、前方にいるゴロートが上半身の筋肉を強張らせたように膨らませ、「ハッ――」と氣合いの声を発し、頭部の魔角を射出し、また生やす。
飛来した魔角目掛け、覇王のシックルを真横に振るい両断――。
ズッとした重さを刃から得ながら左に跳び、再び飛来していた魔角を避けた。
ゴロートは俺の動きに合わせ魔角を射出してくる。
その飛来した魔角へと左腕を突き出し、その手に握る魔刀鬼丸の切っ先が魔角の中心を貫いた。刃が食い込む手応えを得ながら、裂けた魔角は左右に分かれ散る。それを見ず、斜め前へと前進。
ゴロートは、連続的に魔角を射出して、また生やす。
その飛来した魔角を見るようにギリギリの距離で避け、右斜めに跳ぶ――続けざまに飛来してきた魔角を左に跳び、避けつつ――ゴロートにジグザグ機動のまま挙動と射角を読み、近付いた。
そのゴロートは「多少速いところでな!」と魔角の連射速度を強めてきた。
飛来してきた魔角に向けタイミングを合わせ、覇王のシックルと魔刀鬼丸を振るいぬく<血剣・二薙醒>を繰り出した。
空氣が斬り裂くような音が連続的に響くと同時に、二つの魔角を斬り裂く。
甲高い金属音が遅れて響き、火花が散る。その中を前進し、体勢を低めにゴロートとの間合いを詰めた。
ゴロートは血走った目で俺を見ながら「ウゴァ――」と咆哮を発し、己の太い魔角を突き出してきた。狙いは俺の胸――覇王のシックルの刃をやや上向かせ、その魔角に衝突させ、ゴロートの傾いた姿勢を仰け反らせる勢いで、魔角の下部を斬り上げ、同時に左手の魔刀鬼丸を逆袈裟に振るった。
ゴロートは巨大な斧を下に傾け、逆袈裟斬りを防ぐ。
覇王のシックルに<血魔力>を通し――形状を直剣に!
意志に応え形を変えながらプラズマの如き白い炎を纏った漆黒の魔剣へと変化を遂げた。闇夜を思わせる長剣。
まだまだ発動からの維持は短いが、この白焔が包む闇夜剣でゴロートの右腹を狙う――ゴロートは魔刀鬼丸の刃を押し込みながら巨大な斧を下げ、
「――なんだァ?」
と驚きつつ、巨大な斧の柄で、白焔が包む闇夜剣が弾く。
だが、勢いに押され後退し、
「――シックルが白い魔力の炎を纏った漆黒の魔剣に変化だと?」
「その通り、そして、我がハルゼルマ家は簡単には滅びぬ!」
号令と共に決死隊が動き出す。
ゴロートは俺を睨み、
「否! このゴロートがお前たちを潰す!」
ゴロートは叫ぶと、前進、跳躍し、俺を潰そうと巨大な斧を振り下げてきた。俄に<影刻加速>を発動させる。
刹那、世界の時間が蜂蜜のような粘り氣を帯びたように遅くなる。
己の意識だけが異次元の速さで駆け抜ける感覚を得た――。
鼓膜を圧迫する静寂――血管を流れる血液すら緩慢に感じながら、血の匂いも希薄になった空間を前進――。
世界が水中で見る景色のように引き延ばされる感覚のまま残像を伴い滑るように、ゴロートの両腕が持つ巨大な斧が、垂直に振り下ろされていくのを見ながら避け、懐へ潜り込み「<血文王電>――」を叫び発動。体内に宿る血が沸騰するような熱を帯び、皮膚の表面に燃え盛るような紅い雷光を纏った文字が浮かび上がる。その血の文字が瞬時に鋭利な「刃」へと変形し、全身を攻防一体の鎧のように覆い尽くした。
ゴロートは<血文王伝>の血雷を浴びた。
痛みで「げぇぁ」と悲鳴を発し、体が痺れ体毛が燃えていく。
覇王のシックルの白焔が包む闇夜剣を止められず、ゴロートの胸を貫いた。
更に、体を覆う<血文王伝>の血雷と、その細かな文字が血雷の刃として周囲に飛び散り、ゴロートの体を貫き、焼くように焦がしていく。
そのゴロートは「ぐぇぁ、がっ、我は――」と予想に反し地底神の大眷属としての回復力を示すと、地面を深く抉るような轟音と共に巨大な斧を振り下ろしてきた。
背後から「若様!」と緊迫した声が、轟音に負けじと鼓膜を叩いた。
その警告を耳に感じながら冷静に横に移動し――間一髪で巨大な斧を避け、後退。しかし斧から迸る風の刃が体に直撃した――。
衝撃で鎧が砕かれ、体に傷が発生し、血が舞ったが一瞬で回復する傷――。
ミレイが前に「援護します――」と巨大な斧を振り上げていたゴロートと優美な剣技が衝突し、斧を弾き、返す刃が、ゴロートの体を斬り裂いた。
「げぁ――」とゴロートは横っ腹から血飛沫を噴出させ後退。
ミレイはそのゴロートを追わず、トロドの怪物兵に飛びかかって一閃。一氣に数体の怪物兵を薙ぎ倒す。ミレイの魔剣から真紅の魔線の軌跡が残り、それに触れた怪物兵は血の結晶へと変わっていく。そのミレイは着地してすぐにに跳躍、宙空で身を捻り、退いていたゴロートへと宙空から近付いた刹那――。
「<血剣・十字乱舞>!」
ミレイの特技である連続剣技がゴロートの側面を切り裂いた。
「――ぐぉ、この吸血鬼女が!」
ミレイの攻撃を受け退いたゴロートだったが体幹の強さを出すようにミレイの魔剣を力の斧で押しのけた。ミレイは「きゃ」と怯み押される。
そのミレイの横から前に出て、ゴロートの片足に魔刀鬼丸の<血剣・一穿>を喰らわせることに成功。
ゴロートは、「ぐっ、このような一撃――」とミレイに向け、頭部の角先を振り回す、ミレイは、魔剣の剣身と柄を活かして、その一撃を防いでいた。
ミレイの剣技は、ハルゼルマ家の技法とは微妙に異なる独特のものだった。防御を重視した、身を守ることに特化した技術――それはまるで、逃げ場のない場所で身につけた技のようだった。
続けてミレイを守るように前に出て大量の<血魔力>を前方にぶちまけた。自らの血でゴロートの視覚を潰す。
ゴロートは「ぬおぁ――」とたまらず巨大な斧を振るう。皆がいる位置ではない、大きく空ぶる。そのゴロートの腹と首に血線が走った――。
ミレイとスゥンの斬撃だ。
ゴロートはまたも巨大な斧を闇雲に振るう。
その巨大な斧の斬撃を避け、ゴロートの胸に左回し蹴りを喰らわせ、更に、浮遊し連続蹴りの<血連蹴刀>を喰らわせた。
頭部が潰れたゴロートは「ぐぁぁ」と叫び吹き飛ぶように後退、後転し着地。そして、スゥンと味方に、
「スゥン、背後を!」
「ハッ――」
スゥンは<血道・結界三重>を展開。
赤い結界が後方からの敵兵を押しとどめる。
決死隊の<従者>たちが後退し、迅速に隊列を整えた。
「メイラス、今だ!」
俺の声にメイラスが応じる。
老魔術師は杖を高く掲げ、古代の言葉で詠唱を始めた。
「<血道第二・開門>、<血の栄華>!」
突如として、メイラスから放たれた無数の<血魔力>がハルゼルマの<従者>の戦士たちに降りかかると<血魔力>の幻影の戦士たちが出現し、それに呼応するように全員の動きが倍速になった。決死隊員たちは速度が上昇した。
反応速度も上昇し、剣技の切れ味が増す。
敵の動きが緩慢に見えるほどになる。
ゴロートは、「血の術式、ハルゼルマ家の秘技か!?」と驚きの声を上げる。
「ハッ、わしの<血の栄華>を秘技? 笑わせるな――」
メイラスは笑いながら杖で前方を指し示した。
そして、ドッと「「「あはは」」」仲間からの笑いも響く。ハルゼルマ家の者なら誰しもが知るメイラスの<血の栄華>の効果だからな。
「今です!」
「よくやった」
頷き、ミレイに目配せする。
「連携陣形、第四式!」
「スゥン、側面から包囲するぞ!」
<血の栄華>の効果を受けた決死隊の面々が呼応して動き、トロドの軍勢を翻弄していく。しかし敵は数において圧倒的だった。連鎖するように倒しても後続が押し寄せる。決死隊の兵士たちも次々と倒れていった。
「このままでは」
歯を食いしばった、その時、地下通路の上部に見知った姿が現れた。
「ウタジ、下がりなさい!」
母上、ソーニャの声だった。
<血道第五・開門>の術式を展開していた。
「よし、母上なら!」
「いつものように倒してくださるはず!」
ミレイの言葉に頷き、皆に、
「あぁ、スゥン、メイラス、後退! ミレイ、援護を!」
「「「おう!」」」
俺の命令に全員が従い、戦線から離れる。
「<血道・血花魔残>!」
母上の術式が地下通路全体を赤く染め上げる。
血の霧が立ちこめ、血の花弁が舞い散った。それに触れた敵兵は悲鳴を上げながら溶解し、切断されていく。ゴロートさえも、強大な姿を維持できず、骨だけを残し崩れ落ちる。
「これが<筆頭従者長>の力……」
ミレイが畏怖の念を込めて呟いた。
「母上、感謝します」
一礼をすると、母上は微笑み頷く。
母としての色が浮かんでいた。
「ふふ、いつものこと」
「はい、しかし、今日のは……研究の成果でしょうか」
「うふふ」
母上は、微笑んだ。血の霧がまだ空中に漂っている。
崩れ落ちたゴロートの骨を見つめ、
「母上、この力は……」
と言うと、母上の瞳に研究者の輝きが宿る。
「ただの血の術ではない。〝血妙魔・十二指血始祖剛臓〟の力よ」
と発言し、俺の顔をまじまじと見てきた。
表情が柔らかくなる。
「あなたの中の力と共鳴するの」
無意識に己の手を見た。
皮膚の下を流れる血が少し活性化したような……。
母上の指先に、朱の光が残る。母上は満足げに微笑んだ。
しかし、冷たい印象もあった。
研究者の冷静さと母……しかし、一瞬のうちに入れ替わる。
「ウタジ、その感覚は本物です。血妙魔を手に入れてから私もあなたと共に成長しているの、吸血神ルグナド様に感謝をしましょう」
「はい」
またも、己を両手と体を見る。
母上は、微笑みつつ、遠くを見た。
「……〝血妙魔・十二指血始祖剛臓〟の実験は、進んでいる……」
と、小さく呟いた。胸に走る痛みが、あの日の記憶を呼び覚ます――。
しかし、痛みは消えない、痛みが脳裏の深淵を抉るように、あの日の記憶を呼び覚ます、血の匂い、鉄の味、そして……母の声。
幼い頃、パイロン家との衝突で死の淵をさまよった俺の上で、母上が見せた二つの顔。
泣きながら『死なないで、私の子よ』と叫ぶ母。
そして、成功を確認し『成功したわ……完璧よ』と呟く研究者。
どちらが本当の母上だった?
その問いが、現在の激しい痛みと混じり合い、心を苛む。
俺と関係する実験、母上は何を……、その母は急に眉をひそめた。
「ウタジ、敵の指揮官は一人とは限らない。次の防衛線の構築を急ぎなさい」
「承知しました」
傷つきながらも、仲間たちは凝視。
決死隊のメンバーは互いを支え合っている、メイラス、ミレイ、スゥン、そして他の従者たち。彼らは俺の傍にいてくれる。彼らの忠誠は本物の俺に向けてのものか? それとも、ハルゼルマの力を持つ者としてか……そんな問いが、胸の奥でくすぶる。
その考えのまま、
「皆、再建を急ぐぞ!」
「「はいっ」」
防衛施設の再建に取り掛かったが、まだ残党がいる。
前に出て――怪物兵の一人の胴を魔刀鬼丸で抜いた。
背後で、倒れる音を聞きながら、二人目の怪物兵との間合いを潰し、その怪物兵の頭部を覇王のシックルの長剣で両断――。
狭い通路から押し寄せてくる頭部と胴体が融合した怪物兵を――確実に覇王のシックルと魔刀鬼丸――で、仕留めていった――。
一人――狭い通路に残る形で――直進し、壁を利用し、三角跳びを連続的に行い、立体剣術と仲間たちが呼んだが、その血剣術を駆使し、地底神トロドの眷族たちを屠り続ける――。
トロドの軍を退けた後、地下通路には血と硝煙の匂いが立ち込めていた。
皆の息は上がっているが、その目に驚きはない。慣れた光景だ。
メイラスに、
「損耗は?」
「数十名ほど負傷者のみ、皆、回復済み。死者は最小限に抑えられました、若様とソーニャ様のおかげです」
「また奴らは来るだろう。次は何処からか」
血のついた覇王のシックルを見下ろした。
終わりのない日常だった。