特典1「今なんでもいいって言ったよね?」
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俺は日本に生まれ育ち、平々凡々な人生を歩んできた。
趣味は転生物のアニメを観たり、ラノベを読んだりすること。
まあ言葉を選ばなければ陰キャだった。
その弊害か、大学でもその後の職場でも嫌なことがあると
「異世界に転生してえ」
とよく漏らしていたものだ。
平凡な大学を出て
平凡な会社に勤め
土日で趣味である異世界ファンタジー世界に没頭した
そんなとある月曜日。
会社に向かうことを拒む足を引きずりながらも渋々駅に向かっていたところ。
目の前を歩いていた小学生の帽子が風に飛ばされ車道に落ちた。
今行ったら爆音鳴らしながら突っ込んでくるトラックが来るから、あれが通り過ぎたら取りにいってやるか。
そんな俺の思案もむなしく、左右も見ずに取りに走る小学生。
「ちょっ・・・あぶねえ!!」
自分でもこんなに正義感が強かったかと疑問に思う。
もしくは土日で観たファンタジー物の主人公の正義感たっぷりな行動に感化されたのかもしれない。
俺は無意識に飛び出し、その小学生を突き飛ばしていた。
いやあ、まさか死んでしまうとは情けない。
だがあの小学生が無事だったのが唯一の救いだな。
腕に擦り傷だけ受けてしまったようだが、トラックにはねられるよりはマシだろう。
とはいえ何もなかった人生の最期に善行ができた。
もし異世界転生とやらが本当にあるのなら、こういうことをして死んでしまった直後に不思議な光に包まれて神様やら女神様やらに呼び出されるんだよな。
そんな思案の直後、視界が急に光に包まれ始めた。
はい、きたー!!
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「はあ・・・アンタさあ、イレギュラーで勝手に死ぬのやめてくれない?」
「・・・は?」
確かに生きていた頃に散々観てきた状況にはなった。
そして女神様と思しき美しく神々しい女性の前に実体もなく召喚された。
このあとの展開に胸を躍らせていた・・・実体はないから胸はないのだが・・・
俺に向けて女神様が放った最初の一言がそれである。
「あの子は奇跡的にランドセルがクッションになって生き残って、『奇跡の生存者』として有名になることが決まってたの!
それをアンタがぶち壊した挙げ句、無駄に死んで・・・ああもう!」
なんてこったい。
まあでもそんなことは神様か女神様かが勝手に決めたことで、現世に生きていた俺には知りようもないことだ。
なってしまったことはもう仕方がない。
「まあいいわ、今更変えられないし。」
良いなら最初から怒らないでほしいものだ。
「んじゃアンタはそのへんの犬にでも転生させるけど良いわよね。」
「いいわけねえだろ!!」
思わず叫んでしまった。
いや口はないから思念なんだろうけど。
「わがままねアンタ。犬が嫌なら何がいいの?ミジンコ?」
「悪化してんじゃねえか!!
他の世界への転生とかはできないのか?」
「まあ出来なくはないけど、普通はこの世に未練があるとかで同じ世界に新たな命として蘇るけど。」
この世に未練なんてあるはずがない。
むしろ待ち望んだこの状況だ。
異世界ファンタジーの世界へ行きたいのだ。
それを熱弁すると呆れた表情をしながらも渋々了承してくれた。
「はあ・・・分かったわよ。
それじゃあそっちの世界の女神に引き継ぐわね。」
女神様がパチンと指を鳴らすと、目の前が急に暗転した。
暗闇の中を進む感覚の後、遠くに光が見える。
その光がどんどん大きくなっていき、視界がその光に包まれた。
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「先輩、いつも急なんだから・・・。」
女神界隈にも色々あるらしい。
後輩に無理難題を押し付ける先輩というのは人間も女神も変わらないということか。
「ようこそ、マルクルスの世界へ。
わたしはこの世界を司る女神、ティティーと申します。」
「これはご丁寧にどうも。」
挨拶ののち、俺の履歴書のようなものに目を通すティティー様。
徐々に表情が曇ってきたことに不安を覚えながら次の言葉を待つ。
「残念ながら、この経歴ですと没落貴族が関の山ですねぇ・・・。」
「えっ、なにその人生ハードモード。」
「勇者ですとか特別な扱いをされるには生前の行いが不十分だ、ということです・・・。」
「まともに生きてきた自覚はないけど、そんなハッキリ言わなくてもいいんじゃないですか?」
泣くぞ。
実体ないけど。
「まあでも最期に子どもを助けてますし・・・。
さすがに申し訳ないので、転生の特典としてなにかわたしにできることでしたら授けますよ。」
そんな憐れまれましても。
んーでもそうか、転生特典か。
何がいいだろうか。
「まず転生する世界観を教えてくれますか?」
「良いでしょう。
マルクルスは日本で言うところの中世ヨーロッパに近いですかね。
とはいえ基本的には平和です。
戦争もないことはないですが、いずれも家督争いだとかそのあたりですね。
あとは魔法もあり、基本的には12歳になった時に洗礼式で女神からの加護を受けて能力を授かりますね。
加護にはそれぞれ1〜5までのレベルが存在し、高ければ高いほど受けられる恩恵も増えます。
商業神、魔法神、武神、技能神、創造神、そして最高神である女神。
どの神からどのレベルの加護を受けられるかはその人それぞれです。」
なるほど、だいたい俺が知ってる異世界ファンタジー物だな。
ついに夢にまでみたその異世界に転生できるのか。
「転生特典って、なんでもいいんですか?」
「はい、わたしにできることでしたらなんでも授けますよ。
1つだけですけどね。」
今なんでもいいって言ったよね?
つまりはクソチートスタートも夢ではないということだ。
「ちなみに転生するのは洗礼式よりも前ですか?」
「洗礼式当日にしておきましょうか。
文字や言葉に関しては自動で理解できるようにしておきますね。」
この女神様、めちゃくちゃ良い人なのではないだろうか。
先ほどアンタ呼ばわりしてきた先輩女神様に爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいだ。
「それでしたら、洗礼式での結果がこの世界の上限を突破して授けられるようなスキルをください。」
「そっ、それはいくらなんでも・・・。」
「てことは出来なくはないってことですよね!
先ほどなんでもとおっしゃいましたが、女神様ともあろう方がまさか二言があるだなんて・・・。
何より没落貴族だなんて人生ハードモードなんですし、それくらいはしてほしいなあなんて。」
「くう・・・。」
あ、ちょっと泣きそう。
ごめんて。
「はあ・・・わかりました。
それでしたら他の神が納得するよう、『女神の寵愛』レベル10を授けます。
他の誰にもバレないようにしてくださいよ?
本当はこんなことしちゃいけないんですから。」
「ありがとうございます、ティティー様!!」
「調子が良いんだから、もう。
それでは行きなさい。
あなたに神々の祝福があらんことを。」
徐々に光が薄くなっていき、辺りが暗闇に飲み込まれてゆく。
少し意地悪なことも言ってしまったが、なんだかんだで形にしてくれたティティー様には感謝だな。
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「ほら起きろ、タクミ!!
洗礼式に遅れるぞ。」
目を覚ますと見覚えのない部屋。
そして俺の布団を引っ剥がして起こす青年。
タクミというのは、この世界の俺の名前らしい。
寝ぼけながらに状況を確認。
鏡で見る限り、どうやら12歳の美少年に転生したらしい。
こんなことまでフォローしてくれるなんて、ティティー様バンザイ。
さて、どうやら俺が転生したのはイスタル家の四男。
タクミ・イスタル。
没落予定の貴族なのだろう。
朝食として出てきたスープがまるで味がしないほぼお湯。
そして噛むのにも苦労する、かっっっっったいパン。
どんだけお金ないんだよ。
とまあそれはあらかじめ分かっていたことだ。
人生ハードモードスタートなのだから。
とまあそんな自虐はおいといて。
やはり田舎貴族のようだ。
洗礼式を受けるための街に出るために早朝に起き、馬車もないので歩いて向かう。
到着した頃には昼を大きくすぎていた。
もうすでにへとへとだ。
ハハッ、ハードモード。
思ってたよりすげえや。
ところで朝起こしてくれた兄貴と一緒に歩きながら来たのだが。
道すがら色々と情報を得ることができた。
一目観て美形だと思ったこの容姿だが、この世界ではブサイクと認識されるらしい。
なぜだ。
そして当然ながら四男なので家督を継ぐことができず、手に職をつけて実家に金を入れろとのこと。
上には兄が3人、姉が1人。
下に弟と妹が1人ずつ。
計7人兄弟の5番目。
貧乏なのに頑張りすぎじゃないだろうか。
まあその分、職について還元しろということなのだろうが。
そんなことを考えていたら目的の教会へとたどり着いた。
さあ、お待ちかねの約束されたチートタイムだ。
司祭様が俺の頭に手をかざす。
「それではこれより、洗礼を開始する。
タクミ・イスタルよ。
マルクルス教が讃える五柱の神が、そなたの洗礼を祝う。
今後も神々を讃えよ。」
「はい。」
返事を聞いた司祭様は五柱の神々の像に向き、両手を広げた。
「我々を見守り、導く神々よ。
ここに居るタクミ・イスタルに進むべき道を照らし給え!!」
途端、光り始める神々の像。
「なんだ、この光は!?」
司祭も驚きの様子だ。
だがこれも予想通り。
『女神の寵愛』レベル10だからな。
まずはこの目で見たいということだろう。
光に包まれ、次の瞬間には別の空間に居た。
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「よく来た、タクミ・イスタルよ。」
「はじめまして、神様がた。」
目の前に立つ五柱の神々。
左から商業神、魔法神、創造神、武神、技能神なのだろう。
見た目でなんとなくわかる。
俺が返事をするとローブを被った美人なお姉さん、もとい魔法神様が驚いた表情をした。
「この光景を前にして驚かないのねえ。」
「ふははっ!女神から寵愛を受けるだけのことはあるな!!」
今度はマッチョな大男。
こちらは武神だろう。
「ところで、お主の考えていることはすべて我々にも聞こえているぞ。」
おおマジか、さすが神様。
え、まって。
俺さっき美人なお姉さんとかマッチョとか言っちゃったんだけど。
「まあ女神からの寵愛もあることだし、美人なお姉さんだなんて言われちゃったら加護をあげないわけにもいかないかなあ。」
「ふははっ!マッチョとは見る目があるな坊主!!
俺からも加護をやろう!」
おお、なんかいきなり嬉しい展開に。
一瞬で魔法と武技の加護をいただいてしまった。
「お主は商業には興味はあるか?」
こちらは商業神様か。
なんというかドワーフのような見た目であまり大きくはない。
しかし見た目で判断しては失礼だ。
数々の偉業があるからこその神様なのだろう。
「正直に言うとわかりません。
やってみたい気持ちと、やるにしても失敗したときのリスクなどをきちんと理解してからですかね。」
「正直でよろしい。
わしからも他とはレベルが落ちるかもしれんが、加護を授けておこう。」
「わたくしからも加護を授けておきますわね。
物を造る時に補正がかかるようにしておきますわ。」
『女神の寵愛』ぱねえええ!
なんか五柱様全員から加護もらっちゃったんだけど!?
これは人生ハードモードから、一気にチートスタートを切れるのでは?!
「まあできるじゃろうなあ。
とはいえ成人までの3年間、大きな苦労をすることになるじゃろう。
それまでにどれだけの準備ができるかでその後の人生も変わる。
『女神の寵愛』を受けたお主がどのような生き方をするのか、楽しみに見ておるぞ。」
あ、そんな気はしたけどやっぱり神様に見られるのね。
まあでもこれだけの加護があればなんでもできそうだ。
「ステータス・オープンと唱えればどこでも確認できるようにしておいたぞい。
まあまた会うときまでにどれだけの成長をしているか、楽しみにしておくとしよう。」
えっ、また会うときがあるんですか。
そんな俺の問いも虚しく、現実へと引き戻されていった。
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「タクミ、終わったか?」
「はい、終わりました。・・・が、帰る前にお手洗いに行ってもよろしいでしょうか。」
「6時間は行けないからな。今のうちに済ませておけ。」
兄様に見られるわけにはいかないからな。
個室にこもり、初対面といこうじゃないか。
「ステータス・オープン。」
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タクミ・イスタル 12歳 レベル1
職業:なし
称号:女神の寵愛を受けし者、大賢者、五柱の使徒
HP 32 MP 393240
スキル:
女神の寵愛 10
魔法神の加護 10
武神の加護 7
創造神の加護 7
商業神の加護 5
技能神の加護 5
武術 7
体術 7
魔法適性 10
火属性魔法 10
水属性魔法 10
風属性魔法 10
地属性魔法 10
スキル創造 7
言語理解
文字習得
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おぉう・・・どこからどう見ても化け物。
ティティー様の説明では、この世界の最大レベルは5だったはずだ。
だいたいのレベルがそれを超えている。
いきなり人間やめてんじゃねえか。
魔力は軽く人外。
とはいえ体力は人並みか。
それは鍛えていけばどうにでもなりそうなものだが、当面の間は被弾には気をつけないといけないな。
これはこの先も楽しみになってきた・・・!
読んでくださった方々が少しでも楽しんでいただけますように。
これから応援よろしくお願い致します!