零れ出る本音
どうぞお楽しみくださいませ
俺は少し間をおいてその質問に自分なりに答える。声は荒げないように、落ち着いて。彼女はその答えを待つかのように椅子に座って微動だにしないでいる。
「分からない。俺にその恨む気持ちを理解するのは無理だ。事件を実際に経験したわけじゃないしな。まぁでもその恨む気持ちを否定する事はできない。けど、Eランク全員殺すってのはまた話が別だろ?俺はお前らが正しいとは思えない。」
「そういう大きな事件を起こしてるのが全部、Eランクの奴らなんだよね。それが消えれば多少事件の可能性は減ると思わない?」
「大きな事件を起こす可能性は全部のランクのやつらが秘めてるだろ。それとも何か?お前らはランクの誰かが犯罪を起こすたびにそのランク全員を殺していくのか?国民全員が処刑されるのにそう時間はかからなそうだ。」
「あのさぁ。そういうのを屁理屈っていうんだよ。というか君が制度に反対してるのは自分がEランクだからじゃないの?君はもし、自分がAランクやSランクだったとしても同じように反対出来ると自信を持って言えるのかな?」
「それは.....」
俺はその言葉に再び沈黙を返す。そう言われると否定は出来ない。実際俺が助かりたいっていうのが大部分ではあるからな。それでも感じている憤りは嘘じゃない。それは多分俺自身が、間引きという形でその生を終えたからだろう。理不尽な死を知っているからこそ、この制度に対して俺は賛成できない。何とか言い返そうとしたのだが、その前に鼻を鳴らしてアルマが口を開いた。
「すぐに答えられないんだ?薄っぺらい意見だね。結局自分が大事なだけじゃん。まぁいいか。どうせ殺すんだしさっさと話すね。黒髪の悪魔について。」
「黒髪の悪魔ねぇ。何したら一人間が悪魔と呼ばれるまでになるんだか。」
「それを今から話すんだよ。」
そう言うとアルマは一呼吸置いた後、話し始める。アルマの表情は先ほどよりも暗い。どれほど悲惨な話なのかと思わず身構えてしまうほどに。
「5年前、この国に病気が蔓延したんだ。症状は高熱、赤黒い斑点、腋の下や付け根の腫れ、吐血。それに罹ったら絶対に一週間以内に死ぬ。そんな病気。僕達はその病を赤斑病って呼んでた。
この国は防壁で囲まれた都市国家だけど、色んな地域があってさ。最初は国の外側の辺境の村の方で確認されたんだけど、商人たちを媒介したのか僕達のいる首都にまで感染が広がり始めたんだよ。もう首都は大騒ぎ。
結構エグイ速度で患者増えていってもう大変だったんだよね。対処法も治療法も分かんなくていっぱい人が死んだんだ。もちろん兵団は調査に乗り出したんだ。放っておける事態じゃないし。そしたらさ、原因は最初に患者の確認された村にあることが分かったんだ。もちろん僕らは乗り込むわけじゃん?」
アルマはそこまで話し終えると、休憩だというように少しの間を開ける。
高熱や腋付近の腫れ。それに斑点。あっちの世界のヨーロッパで昔そんな感じの病が流行っていたような気がする。ペストだったか?さすがに世界が違うしただの気のせいだとは思うが。そんな事を考えていると、アルマが再び話し出す。
「その地域の人間に話を聞いたらさ、ある男の子がいるって教えてくれたんだよね。何でも少し前に森で迷ったとかで、紆余曲折経て村で暮らしてたんだとか。」
十中八九その子が黒髪の悪魔なんだろう。凶悪な性格をしていたのか、何かこの世界で禁忌になるような事でもしてしまったのか。それは分からない。俺は何の言葉も吐き出すことが出来ないまま話を聞き続ける。
「その子のスキルは"無差別に人を病気にする"っていうもので、しかも自動的に発動するタイプだから自分で制御することも出来ないっていう厄介すぎる代物だったらしいんだ。
最初はその子に触った人間がちょっと熱出すくらいのレベルだったっぽいんだけど、だんだん触れてない人間まで病気になって、時間がたつほどスキルの範囲が広がるし症状もより凶悪になるしで散々だったっぽいんだよね。それでもう誰も手に負えなくなって、その子自ら水と食糧を一週間に一回持っていく以外の交流を完全に絶つ形で山の奥に閉じこもったそうでさ。」
どんなヤバイ奴かと思って身構えていたから正直言って予想外だ。話を聞く限りなら、その子は悪魔なんかじゃなく不運な子って感じだった。この世界のスキルは恐らく自分で選べない。その子だって望んでそんなスキルを得たわけじゃないだろう。なら責めるのは酷な気がする。それとは別に気になった事もあるので、アルマに質問を投げる。
「なるほどな。でも範囲が拡大するなら山に閉じ込めても一緒じゃないのか?時間の問題だろ。」
「そうそう。その判断のせいで結果的に首都に大打撃だからね。森の奥のあばら屋みたいな所にいたそいつは黒髪に茶色の目をしてた。まぁ実際そいつに会ったところで僕達の判断は一つなんだよね。それは...」
「殺す、だろ。その子のスキルによるものなら本人が死ねばその効果である病気も消滅するからか?」
「察しがいいのは結構だけど遮るのはやめようよ。まぁ理由もその通りなんだけどね。でもその時ちょっとめんどくさい事があってさ。村の奴らが乗り込んできてその子の命乞いをしてきたんだよね。その子の年も若かったから、やっぱり来るものはあるじゃん?」
「へぇ。意外だな。人の心とかあったんだなお前。」
「ほぼ初対面の人間にお前はないでしょお前は。せめて名前で呼ぶとか最低限の礼儀はあってよ。」
「いきなり剣で突いてきた人間に礼儀もクソもないだろ。あと名前は知らん。自己紹介されたわけじゃないしな。つーかこの顔の傷痛いんだが?何とかしろよこの野郎。」
「別に死ぬのに誤差でしょそんな傷。それに先輩が僕の名前呼んでたじゃんか......調子狂うなぁもう。僕はアルマ・リディリス。適当に呼んでいいよ。」
「了解。俺はアルマって呼ぶわ。俺は無止。適当に呼んでくれ。んで?命乞いされてどうしたんだ?まぁ問答無用で殺したんだろうが。」
「アユムっていうんだ。ごめん。ちょっと話逸れるけど家名は?」
家名って確か苗字的なアレだよな?というか何で苗字なんか聞いてきたんだ?少し不審に思いながらも俺は素直に答える。
「縫間だ。何か気になることでもあるのか?」
「ふーん。ヌイマね。この国の家名って基本的に名前より長いからさ。その子は家名より名前のほうが長かったんだ。君みたいに同じっていうのも珍しいけどその子も珍しくて覚えてた。確かキリシマ・トウヤって名乗ってたよ。」
桐島透弥?俺の中で勝手に名前が漢字に変換される。これ、日本人の名前っぽくないか?まぁ偶然かもしれないけども。でも、もし同じ日本人なら少し悲しいというか思うところがあるな。というかもし同じ転生者ならあのガチャでE引いたってことだよな?やっぱりあのガチャはクソだ。間違いない。
「話逸らしてごめん。僕達だって情に流されちゃいけない時だってあるから殺そうとしたんだけどね。でもその村の人間が僕達の前に立ち塞がって殺すの邪魔をしてきたんだよね。理由を聞いたら何て答えたと思う?」
「知るかよそんなもん。......大事だったんじゃねぇのか。」
「"その子に罪はないから、まだ未来があるから"ある老人はそう言った。"同じ村で暮らす仲間だから"ある男はこう言った。自分たちだって赤斑病に罹ってるのに。そうやって村一丸で庇い出したんだ。.....馬鹿だよホント。」
アルマは泣きそうな顔でそう語る。結構アルマは優しいやつなんじゃないか?こんな顔するって事は、まぁその子は泣く泣く殺したんだろうな。
「んで、結局どうしたんだ?」
「その子は勿論その場で殺した。でもその後、村を.....全部焼いたの。家も人も、何もかも。後には何も残らなかった。今はもうその村は地図からも消えた。それに関する書類とかも全部消した。」
「......は?」
驚きに声が出なかった。意味が分からなかった。殺す対象はその子だけだったはずだ。村を焼く意味が全く理解できない。俺はもうめちゃくちゃになった感情の中必死に言葉を出す。もう今、自分がどんな顔してるかも分からない。
「何で....村を焼いたんだ?その子を殺すだけで済んだんじゃないのか?」
「だって反乱が起きるじゃん。不満が溜まるじゃん。それの対応をするぐらいなら悪魔を匿った村として一緒に焼いてしまえばいい。トウヤだったっけ?その子は死ぬ前に村には手を出さないでほしいって言ってたよ。そんな約束守るわけないのに。マヌケだよ。あーちなみに.....火をつけたのは僕だよ。」
何故、関係者でも当事者でもないのに、こんなにも怒りが湧いてくるのだろう。分かってる。アルマだけが悪いんじゃないことも、仕方のなかった事なのも。
でも、村を焼いたのは明らかに仕方のないことじゃない。今すぐにでもこの感情のままに怒鳴りたい。でも、アルマに激するのは筋違いだ。だから、俺は感情を抑えて静かにアルマに対して問う。
「アルマ。お前は本当に自分達が間違ってないと思うのか?規則だからとか、そんな事を聞いてんじゃねぇ。アルマ自身が、どう思ってるのか聞きたいんだよ。」
「......だろ。」
「あ?」
「正しくないと思ってるに決まってるだろ!誰が!誰が罪のない人間を進んで殺したいんだよ!」
いきなりアルマは声を荒げた。その目にはうっすら涙が浮かんでいる。その時俺は確信した。あぁアルマも人間なんだって。ちゃんと心の中で葛藤しているんだって。
だからこそ、俺はアルマに言葉をぶつける。今ならちゃんと分かってくれると思って。
「じゃあ何で、Eランクを処刑してるんだよ。その言葉が本心で出るならいくらでもやりようはあっただろ。」
「兵団のトップがそれを肯定してるんだよ。それが組織の方針なんだよ。その方針に大して位も高くない一兵士がどう逆らえって言うのさ!組織に所属しているんだ。綺麗事や個人の意思でまかり通らないことのほうが多い!どんなに嫌でも歯を食いしばって、血を吐いてでもやらなきゃいけないんだよ!」
そこにははっきりと苦悩が見て取れた。嫌なんだろう、やりたくなどないんだろう。でも組織の方針だから。その板挟みの辛さは俺にまで伝わるようだった。村に火をつけた時の胸の痛みなど想像もつかない。
俺は自分で聞いておいて二の句を継げずにいると、アルマが先程よりも落ち着いた口調で話し始める。
「僕はこの制度はいいとは思ってない。全員処刑は理不尽だなって思う。けど、それと同じくらいEランクの社会的地位とか嫌われて嫌な顔されるのは仕方のない事だと思う。」
「それについては....まぁ同感だ。そういう事件もあったし、実力主義だから仕方のない部分はあるんだろうな。何か...その...声荒げて悪かったな。アルマにだって事情あるのに。無神経だった。」
「何か、意外と素直なんだね。そんなの関係ない!お前が悪だ!って殴りかかってくるのかと思ってたよ。まさか謝られるとは思ってなくてちょっと混乱してるよ。」
何?俺そんなヤツだと思われてたの?別方面でキレそうなんですけど?悪いと思ったら謝るっていう最低限の常識はあるつもりなんだけどな。おかしいな?
「いやいや。普通に謝罪する知能くらいあるわ!というか剣持ってる相手に殴りかかる勇気はない。あと筋肉痛で動けない。」
「アハハ。筋肉痛だったの?それでよくあんな啖呵切れたね。」
アルマは何が面白いのか笑っている。それは嘲笑じゃなくて純粋な笑顔だった。何だろう不思議とこっちまで笑ってしまう。まぁでもすぐに煩わしい思考が俺を現実に引き戻してくる。俺、コイツに殺されるんだよなぁ。何とかして死を回避できないかと周囲を見回していると、不意にドアがものすごい勢いで押し開けられ、大剣を担いで息も絶え絶えなレグルスが入ってきた。必死の形相のレグルスは開口一番こう言った。
「アユム!!大丈夫か!!」
笑ってはいけない場面なのは分かるのだが....ダメだ。我慢できないレベルのやつだ。いや本人は至って真剣に俺を助けに来てくれたんだろうが、タイミングと表情のシュールさに思わず笑いそうになってしまう。取り敢えず俺は笑いを必死にこらえて突っ込みを入れる。
「「どんなタイミングで入ってきてんだよ!!!」」
その突っ込みは綺麗にアルマと被ったのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
クリスマスとかそんな日に更新できればよかったのですが見事に間に合いませんでしたね。
寒くなってまいりましたので皆様も体調にはお気をつけくださいませ。
誤字脱字などあれば報告よろしくお願いします。