第94話:シャーロットと向かうべき先
「……は? え?」
「混乱してる? しょうがないか、いきなりだもんね」
「いやいやいや。だって、私、そんな大それた人物じゃないですよ」
いきなりそんなことを言われても、そうですかと飲み込めるわけがない。
そりゃ、確かに。なんで俺がそんな目に遭うのかって説明にはなるだろうさ。
でも、なんだそりゃ。わからない。何がそんなに特別なんだ?
「生まれながらにして女王というわけか」
「そういう事」
「純粋な血統によるものではなく、突然生まれる、というのが珍しいな。いや、だからこそ白の一族たりえるのか」
リヴェンは納得している様子だ。レイナードは? 何かを考えている。
というか、ちょっと待って。さっき、白の一族は人間とは違うみたいな話をしてなかったっけ。
「そんな、まるで、私が人間じゃないみたいな……」
少し茶化すように口を挟むと……二人はそのまま口を閉ざした。
「……え?」
「お前も見ての通り、白の一族は死ぬと己の核を残して消え去る。それを、人間と呼ぶのは難しいと俺は思っている」
「何をもって人間とするかだけどね。人と子供を残した記録もあるから、決して交われない存在ではないんだけれど」
「待って、待て、待って!」
え? 今俺はどんな顔をすればいい?
いきなり、お前は実は人間ではありませんだなんて言われて、はいそうですと受け入れられるほど俺はできた人間じゃない。いや人間じゃないのか。
もう何が何だかわからない。頭の中がぐちゃぐちゃだ。
「そんなに難しく考えなくていいよ」
「――レイナード」
「君は君だよ、シャーロット。ねぇ、そうだろう?」
レイナードはあっけらかんと、いつもの調子で言葉を投げかける。
俺の混乱なんて些事だと。考えすぎだと一笑するように。
「そうだな。それに違いはない」
「じゃなきゃ、私はもうここにはいないしねー」
「リヴェン、トリシェル……」
「ほら。勘違いしないで。僕たちは、君の味方なんだ。人間の味方ではなく、シャーロットの味方なんだよ」
そうだと頷く三人を見て、心の底がすうっと覚めた感じがする。
そうか、そっか。俺が例え人間じゃなくても、俺そのものが変わるわけじゃないんだ。
いつも通りで、いいのか。そうか。
「難しく考えすぎだ」
「そうそう。何なら、白の一族を絶滅させることを是としてる黒の一族がここにいるしね」
「おいお前! 今それを言うか!」
「えっ、えっ、えっ」
待った待った。そうなの? リヴェンの一族って、俺の敵なのか?
ああ、そういえばセイラムはやたらとリヴェンを敵視してたけど……そういうこと? トリシェルも最初の内は凄いリヴェンに対して当たりが強かったよな。
え、じゃあ俺殺されるじゃん。
「怯えるな! 殺すならとっくの昔に殺している!」
「あっ確かに」
「トリシェル、お前……当てつけにしては悪意が過ぎるぞ」
「あはは、ごめんごめーん」
え? ちょっと待って。じゃあリヴェンはもっと前から俺の事を知ってたってこと?
じゃあ何。知らなかったのは俺だけ? あとレイナードもか。
うん、知らなかったっぽい。視線が合ったけれども、そんな感じだった。
「まあ、ともかく。大事なのは二点。シャーロットちゃんは白の一族に欠かせない存在で、決して替えが効かない存在だってこと」
指を二本立てながら話すトリシェルは、何ごともなかったかのように話しているが……これを聞いただけで俺は既に帰りたい気分だ。
あまりにも情報の密度が高い。重すぎる。胃もたれするって。
「それで? 白の一族とダンジョンの関係性は何だ」
話題を変えてくれようとしたのはリヴェンだ。
俺が少しお腹を押さえているのを横目で見てたから、気を使ってくれたのかもしれない。
「リヴェンなら何となく察しはついてるんじゃない?」
「状況証拠から、そうだろうという推測はできている。それと、実際の関係者から話を聞くのとは別だ」
「それもそっか」
なんだなんだ。わかってる同士でそれっぽい会話しないでくれ。
話の中心から、いきなり完全な外に置かれると温度差で風邪ひいてしまうよ。
「レイナードは覚悟できてる? ダンジョンの秘密にかかわる話になるけれど……」
「それを知らないと、仲間を手放す必要があるんだろう? なら、僕の答えは一択だよ」
呆れかえるようにして、レイナードは答える。ぶれないなぁ、こいつは。
トリシェルも思わず苦笑いだ。
「……簡単に説明すると、黒の一族に追われた白の一族が作り出した終の棲家。それが、ダンジョンだよ」
「ダンジョンを完全踏破した報告がないのはそういう事か?」
「連盟が白の一族とグルってだけだね。調整されてるんだよ」
……もしかして、これすっごい黒い話を聞いてる?
えっ、いや、ちょっと思い当たる節はあるけれど。えぇ、マジか。
「連盟ってのも、元々白の一族を黒の一族から守るために組まれた名称をそのまま使ってるだけだからね」
「ふむ。この町で俺は歓迎されないわけだ」
「ロザリンドさんは知ってそうだったけど、リヴェンは知らなかったわけ?」
「俺は権能すら持たない末端だからな。次期王候補として一目置かれているあいつと比べられると、正直困る」
何気なく話しているが、これってかなり重要な情報なんじゃないだろうか。
思わずレイナードの方を見る。こっちも苦笑いだ。心なしか、額に汗が見える。
聞いた俺たち消されたりしないよな。流石にしないか?
「ならば、町の成り立ちも必然だな。白の一族を守るために産まれた町、それを表では覆い隠すためのものか」
「ご名答。何も知らない人々がいれば、黒の一族と言えど名目がなければ攻め込むわけにはいかないからね」
つまり、何もかもが黒の一族と白の一族の対立に繋がるってわけか?
白の一族がダンジョンを作ったのも黒の一族のせいだし、この町がつくられたのも黒の一族から身を守るためだし……。黒の一族が悪い奴じゃん!
リヴェンは何かを考えているようだ。何を考えているんだろう。自分たちの一族がしてきたことに関して、何か思うところがあるのだろうか。
「……俺ですら、白の一族を殺すべきだということは知っている。つまり、何らかのきっかけは必ずあったに違いない」
「残念ながら、私もそれは知らない。ただ、二つの一族が対立して、今の構造になったってぐらいかな」
きっかけは不明。残されたのは対立だけ。
なんか、戦争でよくある奴みたいだな。最初の一つは些細な事でも、いつの間にかに大規模なことになってたみたいな。
もしも、これもそんな感じであれば――。
「……これだけでは今後どうするべきかわからんな。この町にいる以上、こいつは狙われるんだろう?」
リヴェンの視線は俺の方を向いている。
トリシェルは、困ったように笑ってみせたが、作り物だというのはすぐに見破れる。
「狙われる、言い方次第ではそうだね。彼女は放っておかれない。この町は白の一族のためにあり、白の一族はシャーロットちゃんのためにある」
「ちょ、ちょっと待ってください。じゃあ、私がこの町にいる以上今後も同じことが起こるってことですか!?」
セイラムたちのようなことを無くすためには、町から出ないといけない……?
もし、そうだとすれば、色々と困る。
俺の訴えに、トリシェルは腕を組んで考えを巡らせている。
何かないのか。何か。
「申し訳ないけれど、私にはあまりいい考えはないかな」
「でも――」
「でも、答えを知れる方法なら提示できるかもしれない」
答えを知れる方法? それは、これ以上同じようなことが起きないようにする方法の事か?
視線が合う。頷かれる。俺の考えは肯定された。
じゃあ、教えてくれ。その方法とは何なのか。
「ただ、この方法は非常にリスクがある。何が起こるかわからない」
「だとしても――他に方法はないんだろう? 大人しく町を出たとして、そこまでの存在を放っておくとは俺には思えん」
「私もそれは否定しないかな」
町を出ることすら足りないっていうのか!?
じゃあ、トリシェルが言う方法ってのは一体何なんだろう。
町を出る以上に確実な方法なんて、俺には思い浮かばない。
「もう一度言うけれど、覚悟はある? 一応、これ以上向こうからの干渉はない可能性はある。ある可能性もある。可能性を潰すためには、私が考えるにこの一つしかない」
「くどいな」
リヴェンが切り捨てるように言葉を吐く。
苛立ちとも何とも言えない。むしろ温かい気持ちがこもっていた。
「結局、やるしかないんだろう。ならば、心の準備をさせるためだけの溜めは必要ない。教えろ、俺たちは何をするべきなのかを」
トリシェルは静かに頷く。
俺も頷いた。覚悟を決めろ。二度とこんなことを起こさないために、できることは何でもやってやる。
それが、俺のやるべきことだから。
「町に行くしかない。ダンジョンの深淵、白の一族が住まう町に」




