第93話:シャーロットと彼女について
あの日、俺たちが戻ると、その時には既に宿の前にいた青色の髪の集団はいなくなっていた。
レイナード曰く、俺たちがいないことを悟るとすぐに去って行ったという。ひと悶着がなくてなによりだ。
ただ、もしも俺たちが正面から出ていた場合は何があったかわからない雰囲気ではあったとのこと。念のための択を取っておいてよかったな。
今日、俺たちはトリシェルに呼ばれて緋色の鐘のクランハウスにお邪魔することになっている。
その道中、俺は今回の事件の後遺症に悩まされていた。
「……ひっ!」
「おい、大丈夫か」
「え、ええ。大丈夫です」
「視線があうのもダメなのか。いや、失言だった、許してくれ」
「大丈夫です。実際、そうですから」
道を行く人と、偶然視線が合っただけで心臓が助けてと叫びだす。
あの夢の町、悪夢の人々。その影響で、被害妄想が頻発するようになってしまったのだ。
これは、リヴェンと帰り道を歩いている最中に気が付いたことだった。
横を通り抜けられただけなのに、思わず体が強張ってしまう。幻聴が聞こえる。等々。
リヴェンが側にいてくれなければ、また精神が不安定になってしまっていたかもしれない。
ちょっと治るまでは一人で外出歩けないな。元々あんまり一人では出歩きたくはなかったけれど。
「無理せず向こうを呼び出すこともできたんだぞ?」
「でも、秘密の話にしたいからって話でした。多分、白の民とかそういう話なんだと思います」
「だが……」
「もう、見て見ぬ振りはできませんから」
セイラムの時は、何がなんだかわからなかった。
何を言ってるのか、理解しようとすらしなかった。
その時の一回だけで終わるのならそれでよかったけれども、今回二回目が起きてしまった。
どちらも、俺が白の民の姫だから起きたことなんじゃないか。
俺が視線を逸らし続けてたら、また何かが起きるに違いない。
俺を中心に、周りを巻き込んで。最初はリヴェンが、今度はトリシェルが。親しい人たちが、どんどんと酷い目に遭っている。
次は誰が? そう考えるのが一番恐ろしい。
終わらせないといけない。何が起きているのか突き止めることで。
白の民だとか、何だとか、そんなものは正直どうでもいい。大事なのは、俺の周りの人たちに被害を出させないことだ。
その原因を潰す。そのために、俺はトリシェルから詳しい話を聞かないといけない。
「……ついたぞ」
「ありがとうございます」
ああ、本当にリヴェンがいてくれてよかった。こいつが側にいてくれると安心できるんだよな。
クランハウスの扉を開ける。すると、見知った顔が出迎えてくれた。
「いらっしゃい、二人とも」
「レイナード」
曇ることのない金髪の髪を携えた好青年。レイナードだ。
ラフな格好をしている。彼もまた、今日の話に参加する一人だ。
「どうぞ、入って」
「はい、お邪魔します」
閉められる扉の向こうから視線を感じて振り返る。
けれども、それもきっと錯覚だったのだろう。誰とも目が合うことはなかった。
「おう! うちのトリシェルが迷惑かけたな!」
「レイナードもしっかり叱ってやってくれよ!」
「あのぐうたらは、珍しく動いたと思ったらろくなことをしない……」
トリシェルの部屋に向かう途中、クランの人々に話しかけられる。
愛想笑いで躱すが、一つの事に気が付いた。誰一人として、本気で怒っている人はいない。
……やっぱり、このクランは温かいな。
「トリシェル、入るよ」
「はーい」
ノックを挟んで、返事があったので部屋に入る。
そこにはすっかり顔色が良くなったトリシェルが、人数分の椅子を用意して待っていた。
俺たち全員が部屋に入り、扉を閉めると、ぱちりとトリシェルが指を鳴らした。その音をきっかけに、部屋の奥から一本の杖――セイラムの時に使われたあの杖がトリシェルの手元へ向かって飛んできた。
「みんな椅子に座って?」
促され、みんな椅子に座る。丸いテーブルを囲うように、トリシェルと俺が向かい合い、俺の左にリヴェン、右にレイナードが座っている。
「うん、ちゃんと座ったね」
トリシェルは満足そうに頷き、その表情を真剣なものに変えた。
「それじゃ、始めようか。――この町の、真実の話を」
仰々しく始まった話の内容は、決してコケ脅しなんかではなくて。前振りに相応しいだけの内容を秘めていた。
最初に手を挙げたのは、リヴェンだ。
「話を始める前に、質問をしていいか」
「うん、構わないよ。それで?」
「お前の立場はどちら側だ?」
ピリリと空気がひりついたのを感じる。
この回答次第では、リヴェンはトリシェルに襲い掛かるつもりだ。
「その答え、いる?」
「なんだと?」
「ちょ、ちょっと落ち着いて」
ひりついた空気の割には、トリシェルの表情は飄々としている。
挙句の果てに、ひょいと両手を放り投げて見せた。
リヴェンが思わず席を立ったのを見て、咄嗟になだめる。
「飼い主がいなくなった捨て犬に、今のお前の飼い主は誰かなんて聞くの、大分厳しいことを聞くんだなって思っただけだよ」
「……すまなかったな」
「ううん。君は気にするべきことだからね、怒りはしないよ」
リヴェンはそっと再び席に着く。
少ししんみりした空気を紛らわせようと、トリシェルは一層明るい口調で語りだした。
「さて、それじゃあ何から話そうかな? 白の民について? それとも、この町の生まれた理由? それとも、ダンジョンの真実についてかな?」
そのどれにも答えられる、と。
いいや、きっと全部聞かなければならないのだろう。
でも、一つ疑問がある。
「レイナードに聞かせても大丈夫なんですか? それらの話は」
レイナードはどちらかと言うと部外者よりだ。当事者である俺とリヴェンはともかく、彼は深く事態に関わっていない。
なのに、こんな話を聞かせてしまってもいいのだろうか。
「大丈夫、というか。聞かせないといけなくなったんだ」
「というのも、彼女がクランを抜けると言い出してね。それを認めなかったら、自分をクランに置き続けるリスクを知っておくべきだってことで、今回聞かされることになったんだ」
「なるほど」
レイナードらしい。一度身内に入れてしまえば、ちょっとしたことでは離すことはしない。
疫病神扱いされてた頃の俺を受け入れた男だ、度合が違うさ。
「まずは……白の一族。私について聞かせてくれますか?」
そう言って、俺は髪の毛にかかっている魔法を解除させる。その瞬間、ふわりと色素が抜けて、純白の髪が露になる。
ダンジョン産の染髪材はこの取り回しの良さが良くて、高値だけど購入しているんだ。髪の毛も傷まないし。帰りは以前持ってきた染髪材が残ってるからそれで染め直す。
レイナードは目を見開いて驚いていた。なんだかんだこいつは見るのが初めてか。
「この白い髪を持っている一族。その中でも、私は一体何なんですか?」
トリシェルは目をつぶって少し考えてから、俺の目を見つめて語り始める。
「白の一族。それはね、生命に関与する能力を持った存在の通称だよ」
「生命に……関与?」
「人間よりもより純粋な魂に近い存在だと言われてる。それぞれの生物、その在り方を自由自在に変える能力を持っているんだ」
生物の在り方を、変える?
それは、一体どういうことだ?
「例えば、犬に翼を生やし空を飛べるようにだってできる。人に超常的な力を与えることだってできる。そして――失われた部分を、繋ぎ合わせて本来あるべき姿に修正することもできる」
「それじゃあ」
「そう。シャーロットちゃんの回復魔法だと思っているのは、白の一族の力。それが不完全に発現してたのを勘違いしただけなんだ」
俺が使ってたのは回復魔法じゃない?
それじゃあ、いや、だからこそなのか。セイラムがリヴェンの目を奪った時、俺は治せなかった。でも、なんか力が沸き上がってからは、治せた。
あの時に、明確に変わった、のか?
「そのうえで、シャーロットちゃんはただの白の一族じゃない」
「セイラムも、あなたも、私のことを姫と呼んでいましたね」
「うん、そうだね」
「姫とは、何ですか。何が違うんですか」
そう、大事なのはこれだ。
セイラムは姫に異常なほど執着していた。同じ白の一族で同じ立場ではなく、明確に俺の事を上に見ていた。
更に、失わないようにとも言っていた。まるで、かつて失ったことがあるかのように。
じゃあ、俺は一体なんだ。姫とは、どういう存在なんだ?
「白の一族における姫と呼ばれる個体。つまり、シャーロットちゃんは……白の一族における種族全体の心臓だと思ってもらって構わない」
「……え?」
「端的に言うと、長い間姫がいないと、白の一族は滅ぶ」
「…………え?」
その事実は、とてもじゃないけれどすぐに飲み込めるものではなくて。
俺だけではなく、リヴェンも目を見開いて驚愕している。レイナードだけは、眼を閉じて何かを考えているようだった。
「ちょ、ちょっと待ってください。順番がおかしくないですか? だって、私が生まれたのは十数年前の事で、白の一族はもっと昔からいるって話じゃないですか」
「姫はね、失われて時間が経つと、再び生まれるんだよ。どこで、誰から産まれるかはわからない。どういう理由で生まれるのかはわからない。でも、確かに生まれるんだ」
どういうことだ?
思いついたのは、蜂の群れにおける女王蜂。女王蜂がいなくなると、働き蜂は女王蜂を作るんだ。でも、女王蜂を作るために必要なのは環境で、白の一族の姫は環境によって生まれるかどうかが左右されないという。
本当に、どういうことなんだ?
「……残念だけど、細かいことは私は知らないんだ。知ってるのは、白の一族は姫の事を何よりも大切に思っていて、姫のためなら喜んで自らの命を投げ捨てるっていう事」
「投げ捨て――そんなにですか」
「セイラムの事を思い出して。彼女は、かつての姫を失ったからこそ、あそこまで狂ったんだ」
確かに、あいつは異常だった。
黒の一族、リヴェンたちに対しての異常なまでの憎悪、執念におかしくなっていた。
あんな風になってしまうほど、姫ってのは大事な存在なのか?
じゃあ、俺は一体、何なんだ?
「シャーロットちゃん。貴方は、今代における白の一族の姫。最も強く白の一族の力を振るい、白の一族を統べる権利を持った存在なんだ」
とてもじゃないが、そう簡単には受け入れられない事実が投げかけられた。




