第90話:シャーロットと待ち受ける人々
「わぁ!」
飛び起きるように目覚めた。
ここはどこだ? 机の上に積み重なっている紙の状況を見て、リヴェンの部屋だとは理解した。周囲を見渡すと、何人も部屋の中にいるのがわかる。
レイナードに、冒険者っぽい女性が二人。この二人は緋色の鐘のクランハウスで見たことがあるかも、仲間なのかな。何かもめてるっぽいけれど。
あとは、知らない女性……? いや、見たことある気がする。どこだっけ……ああ! オークションで司会やってた女の人だ! 怪物姉と入れ替わって姿を消した人!
「あら、起きたのね」
「はえ?」
なんか印象が違う? オフの時は凄い落ち着いてる感じの人なのかな?
「……ああ、おかげさまでな」
「それは何より」
あっ、リヴェンも起きた。
知り合いなのかな、ちょっと気さくに話かけてる感じがする。
「ロザリンド、お前はわかっていたのか?」
えっ! この人怪物姉、じゃなくてロザリンドさんなの!
「あら、何のことかしら。私にはわからないわ」
「とぼけるな。お前のやることだから今更だが、よほど大規模だったんじゃないか」
「ふふふ。気が付いたのかしら、感謝してくれてもいいのよ?」
二人は一体何の話をしているのかわからない。
それよりも、あっちはなんかすごいことになってるけど大丈夫なのかな。
そう思いながらレイナード達の方を見る。そこには、一人の女性がもう片方の女性に抑え込まれている図が広がっていた。
「弟子! 私を弟子にしてください!」
「さっき断られたでしょ! 二人とも起きたばかりなんだから騒がないの!」
「……そうだね。僕もおすすめはできないかな」
「ほら、クランマスターもこう言ってるって!」
「諦められないって! 魔法についてここまで造詣が深い方他にいないから!」
……見なかったことにしよう。
きっと俺たちが寝てた間に何かがあったに違いない。
「えーと、あのー」
「あら、おはよう、シャーロットちゃん」
「はい、おはようございます? えと、ロザリンドさん、なんですよね?」
「ええ。少しばかりこの子の体を借りてるの」
えぇ……。本当になんでもありだなこの人。
もしかして、オークション会場で魔法使われてなかったのってものすごく手加減されてたんじゃ。いやそんなまさか。三人がかりな上にあれだけ奇襲しかけてようやく勝てたのに。
……考えないようにしよう。今は敵じゃないみたいだし。
「それで、無事にお姫様を救出できたみたいね」
「釈然とはしていないがな」
「ということは、行くのね?」
「ああ」
行く。そうか、行かなきゃだ。
トリシェルがどうなったのか、実際の目で確かめないと。
立ち上がろうとベッドに手を付いて力を入れようとして――その場にぱたりと倒れ込んでしまう。
あれ? なんか体に力が入らないぞ?
「あら、もっとゆっくり動かないと駄目よ? 魂の繋がりを使って、力を使ったでしょう? 今、あなたは消耗している状態なの」
「えと。私が何をしてたのかわかるんですか?」
「ふふふっ」
笑ってごまかされた。
多分、これ以上聞いても教えてくれないんだろうな。意地悪とかそういうのではなくて、話さない方が良いって判断なんだろうけれども。
なんでそう思うのかって? それは、前に別れた時に応援してるって言ってくれたから。あの言葉は嘘には聞こえなかった。
わからない人だけれど、悪い人ではないと思う。多分。
「ロザリンド。夢の主の場所はわかるか」
「ええ、わかるわ」
「教えてくれ。今すぐ、行かなければならない。あの阿呆には問い詰めないといけないことが残っているからな」
トリシェルの居場所? クランハウスの中じゃないのか?
ちょうどレイナードがいるし、聞いてみるか。
「緋色の鐘にはいないんですか?」
「……うん。少し前から顔を見せてないね」
そうなのか。だから、夢の中でもあそこの部屋にいなかったのかな。
うーん、多分関係なさそう。
じゃあどこにいるんだって言われたら、夢の中でもそうだった通り、心当たりなんてないけれど。
それをロザリンドさんが調べてくれたらしい。凄いなこの人。
「でも、残念ながら、お出迎えが来ているみたいよ?」
「え?」
お出迎え?
何のことかわからないが、この場の空気がピリリと張りつめた。
リヴェンとレイナードは顔つきが明らかに変わっているし、なんか外では慌ててる足音が聞こえる。
扉が勢いよく開かれた。入ってきたのは、ニールさんだ。
「ちょっとちょっと、さっきから建物の周りを青髪の連中が囲ってるんですが! なんすかこれ!」
青髪? トリシェルかと思ったけど、連中ってことは違いそうだ。あいつはいつも一人で行動していた。
じゃあ、トリシェルの仲間とか家族が来てるみたいな?
「青の一族の話は知ってるかしら?」
「どうやら、ただじゃ会わせてもらえなさそうだな」
「そうね。それで、場所は聞いておくかしら?」
「頼む」
えっ、何でそんな臨戦態勢なの? なんかこう、話してトリシェルの場所まで連れて行ってもらおうとか俺は思ってたんだけど。
まずいの、敵なの、戦わないといけないの?
そういえば、何でトリシェルがあんなことしたのかもわからないままなんだった。もしかしたら、取り囲んでいる連中があいつに強要した奴らなのかもしれない。
俺は考えが回るのが遅かったけれど、リヴェンやロザリンドさんはそのことに気が付いていたんだな。なるほど。
「でも、じゃあどうするんですか?」
「無理やりにでも突破するしかないだろう」
「町中ですよ!? そんなことしたら大変なことになりますって!」
「ならばどうする。会いに行くのを諦めるか?」
その返しはずるいだろう。何も言えなくなる。
黙り込んだ俺を見て、満足そうに頷くリヴェン。何だよ。わかったよ、渋々だけど。
「……わかりました。でも、どうするんですか」
「僕たちが足止めするよ」
「レイナードが?」
「乗りかかった船だしね。それに、トリシェルは僕たちの仲間なんだ。彼女に何かあったのなら、助けないわけにはいかないからね」
ねっ、と傍らの二人に声をかけるレイナード。
すると、二人とも仕方がなさそうに頷いた。本当に嫌そうってか、やりたくなさそうだけれど。
「あの働かずやに貸しを作るのは、少しだけ面白そうですね」
「まーあ? 秘蔵の魔法の一つや二つ吐き出させる機会だと思えばちょうどいいかな?」
「あはは……」
酷い言われようだ。やっぱあいつが普段働かないのは共通認識なんだな。
「ロザリンドさんは?」
「手助けしてあげたい気持ちはあるわ。でも、黒の一族である私が、白の眷属である青の民と争うのは少し問題があるの」
「黒の一族……? リヴェンはいいんですか?」
「当事者だもの。向こうもそれは織り込み済みのはずよ」
なんか良くわからん問題があるらしい。
黒の一族、白の眷属。そこらへんも、トリシェルに吐いてもらうか。
実際に会って、説教して、隠してること全部ぶちまけさせる。よし、腹は決まった。その後の事なんて考えるのはやめよう。
「ロザリンド」
「なあに?」
「夢の主は生きていると思うか」
ロザリンドさんは僅かに口元を歪めて笑う。その眼は、しようがない子を見る慈しみをたたえていた。
「ええ、生きているわ。安心していってらっしゃい」
「なら、話は決まりだな。行くぞ」
「そうだね。行こうか」
さっさと装備を整えて、臨戦態勢が整えられる。
俺は何も持ってないんだけど? ついていくだけでいいかな。
途中、レイナードの近くの女性の片方に睨まれたけれど、何なんだろう。またどこかで恨み買ってたのかな。
「ニール、お前たちはレイナードの手助けをしろ」
「はい。どのぐらいの消耗を許容しますか?」
「死人は出すな。敵味方共にな」
「オーダー承りましたよボス」
指示を受けたニールさんは一足先に部屋から出て行った。
その後追って、レイナード達も部屋から出て行った。
残されたのは、俺たち三人だけ。狭く見えた部屋が、途端に広く感じる。
「俺たちも行くぞ」
「わかりました」
「無理はするなよ」
「わかってます。っと、ちょっと手を貸してください」
立ち上がるのにリヴェンの手を借りて、ふらつきながらも立ち上がる。
何だろう、貧血に少し症状は似てるかな。立つときや動こうとした出だしにふらつく感じがする。
それさえわかってしまえば、別に不都合はない。
多分、動くことはできると思う。
少し心配そうにこちらを見ているリヴェンに、眼を見て頷くことで返答する。向こうも頷き返して、それで俺たちの準備は完了した。
「……シャーロットちゃん」
「はい?」
俺たちもいざ行くぞと意気込んだところで、部屋に一人取り残されることになるロザリンドさんから呼び止められる。
何だろうと振り返ってみれば、真剣な趣でこちらを見つめていた。
「これからあなたが辿るであろう道は、かつてあの方が辿った道。間違えないことを、祈っているわ」
間違えるとかなんとか、よくわからない。あの方ってのも、誰なのか知らない。
でも、きっと俺は正しいと思う。思っている。
友達を見捨てたり、よくわからん理屈で人が死ぬなんて間違ってる。
「良くわかりませんけれど、わかりました」
「ふふっ、それでいいわ。どうか、ご武運を」
俺たちは見送られて、部屋から出た。
いざ、目指すはトリシェルのいるところまで。




