第9話:シャーロットと調査依頼
「それで、話って何でしょうか」
ピートさんに案内されたのは一つの小部屋。三人掛けの長椅子が机を挟んで対面するように置かれているので、ピートさんの向かい側に俺たちは座る。
「近頃ダンジョンで異常行動が確認されていることはご存じですか?」
「それは、私たちがカタコンベダンジョンで出くわしたような?」
ピートさんは頷く。どうやら、昨日のようなことが他の場所でも起きていたらしい。
それは一大事だ。
「実は二週間ほど前から、そのようなことが起こっていたのですよ。シャーロットさんの件で、ちょうど六件目ですね」
「そんなに!?」
二週間の間でイレギュラーが六回も発生するなんて、かなりの異常事態だ。
イレギュラーと言うのは、滅多に起こらないからそう呼ばれるのであって、頻発するのは話が違う。
「情報を握り潰していたのか?」
「……偽りの情報を流して人々を混乱させるわけにはいきませんでした。精査が必要だったのです」
確かに。ダンジョンで異常が発生したとなると、冒険者たちは混乱するだろう。
ダンジョンに潜ることをやめる冒険者も出れば、情報を売れると思って無策で潜る冒険者も出るだろう。英雄気取りの自殺志願者まで出かねない。
容易に想像ができる。
「では、どうして私たちにその話を?」
「シャーロットさんまで出くわしたしたのならば、集団での悪戯ではないのだろうと我々は判断しました」
なんでそうなる? 俺、そんなに信頼されるような実績もないぞ。
「不思議そうにされてますね。ですが、連盟の中では結構な有名人なのですよ、シャーロットさんは」
「ほう、そうなのか」
なぜお前が食いつく。当たりを引いたなみたいな顔をするんじゃない。人を何だと思ってるんだ。
いや、でも、何が有名なんだ?
「固定を組まないと言いながら、有名パーティの間を行ったり来たり。その顔の広さはこの町の冒険者の中でトップだとも言われています」
「いや、そんなことないですよ」
「実際、シャーロットさんがいるかどうか聞いてくるパーティの人は多いんですよ? 調査の依頼とかも、シャーロットさんの有無で受けてもらえるかどうか決まる場合もあるぐらいです」
えぇ……初めて知った。
というか、気が付かないうちに調査の依頼とかにも駆り出されてたのか、俺。
あいつら、細かいこと説明しないからな。てかなんでだよ、大して役に立たないぞ。
毎回毎回寄生プレイしていることに何か言われないか、こっちは内心怯えながら参加してるんだぞ。
断らないのかって? 断れるか!
格上のパーティが誘ってきて、一度断った程度では諦めないほど食らいつかれたら断り切れないって。
「彼らは貴女の事を“幸運の女神”だと――」
「わーっ、わーっ!」
やめろその呼び方! 常連に言われる分には笑い半分で流せるが、真面目な関係値の人に言われると耐えられない!
……おい、なんか隣の男が肩を震えさせてるんだが? 笑ってるのか? この男が?
「いやはや、俺はいい拾い物をしたようだ。そんな大層な人物だったとはな」
「何も言いませんよ。言いませんからね?」
「わかったわかった。それじゃあ、本筋に戻れ。雑談をするために呼び出したんじゃないだろう」
それもそうだ。真面目な話をしていれば俺も辱められない。
辱められないよな?
「んんっ。失礼しました」
一度咳ばらいが行われ、話を本筋に戻してくれる。
「我々は調査を進め、最初に異常が発生したダンジョンにイレギュラー発生の原因があると推定しました。――シャーロットさん。貴方には人を集めて頂き、異常の調査を依頼したいのです」
「……はい?」
「我々は結論を出しました。シャーロットさんの有無で調査依頼を受けてもらえるかの確率が変わるのなら、最初からシャーロットさん自身に依頼を出せばよいのだと」
……なるほど。なるほど?
「と、言うわけで。受けていただけますか?」
「『と、言うわけで』、ではなくてですね。どうしてその流れで私が受けると思ったんですか?」
「受けて頂けないんですか?」
「私から彼らに声を掛けられるわけないじゃないですか!」
何度か仕事を一緒にした仲でしかないのだ。
向こうから声をかけてくることはあったとしても、逆はない。どんな目で見られるかわかりきっている。
そういう事をしていたのは昔の話だ。
今はクリーンに、身の程を弁えて働いているのだから勘弁してほしい。
「そうですか? きっと喜んで引き受けて頂けると思いますが……」
「そんなわけないじゃないですか! 足手まといをどうして喜んで連れて行くっていうんです」
「幸運の女神だから――」
「その呼び方はやめてください!」
幸運の女神ってあだ名、最初に言いだした奴本当に許さないからな!
その後も話は平行線だ。
俺に依頼を受けさせたいピートさんと、身の丈に合わない依頼は受けられない俺。
そこに切り込んできたのは、リヴェンだった。
「ならば、俺が受けよう」
「……はい?」
「俺がその依頼を受けよう、と言った」
何を言い出すんだこの男は。
驚きのあまりリヴェンの方へ振り向くと、こいつは嫌味に笑っていた。
口を開いたと思えば、いつも驚かされる。
連盟からの信頼もない、今日登録を終えただけの冒険者が、本当に何を言い出すんだ?
「あなたが、ですか?」
「ああ。俺が、だ」
ピートさんも困惑しているように見える。
それはそうだ。俺だってそうなる。
「何、別に悪い話じゃない。俺が受ければ、自動的にこいつもついてくることになる」
そう言いながら、この男は俺の肩に手を置いた。
え? なんで?
「『なんでもする』んだろう?」
「なっ、なっ……」
「いやはや、本当にいい拾い物をした。確かに、幸運の女神かもしれないな」
俺が言葉を無くしていると、リヴェンは身を軽く乗り出して、ピートさんへ語り掛ける。
「どうだ、あんたはこいつに依頼を受けてもらいたいんだろう。俺が依頼を受ければ、自動的にこいつも依頼を受ける事になる。この調子のこいつに受けさせるよりも、楽な話だとは思わないか?」
「……あなたが得られる利益は?」
「実績が手に入る。入れるダンジョンを増やすためには、連盟の許可がいるらしいじゃないか。なら、こういったところで実力と信頼を手に入れられるのは利益、だろう?」
俺を置き去りにして話は進んでいく。
ピートさんは口に手を当て、考える素振りを見せた。
切った空手形がどんどん高騰している事実に、俺は頭を抱えたくなった。
こいつ、なんでこんなところで口達者なんだ。
もっとこう、人と話すのも面倒くさいみたいな雰囲気だしてたじゃんか!
「わかりました。貴方に依頼をすることにしましょう」
ピートさんはリヴェンへ握手を求める。彼は微かに笑い、それに応じた。
強く交わされる握手を、俺はただ見ていることしかできない。
「ただし、一つ条件があります」
「なんだ?」
「あなた方二人だけでは不安なので、追加の人員をこちらで指定させてください」
「ほう」
リヴェンが好戦的に笑って見せる。
どんな人物が出てくるのか、どういう人物が連盟の目にかなうのか、見極めるつもりだろう。
自分との実力差についても、だ。
「いいだろう、どいつだ?」
「部屋の前で待っていてもらっています。――どうぞ、入ってきてください」
ピートさんが部屋の入口へと声をかけると、すぐさま扉が開かれる。
ていうか待たせてたって、俺が受ける前提じゃないか! どっちみち逃がす気なかったなこの野郎!
人員云々は揺さぶるための言葉だったのかよ!
「失礼します」
「げっ」
「久しぶりだね、シャーロット」
思わず口から言葉が漏れる。会いたくない人物とよく出会う日だなぁ今日は!
金髪の短髪を輝かせ、鎧を緋色に染めたこの男の事はよく知っている。
この町の現トップクランを率いる男、レイナード。
俺の元寄生相手の一人だ。崩壊してしまった中規模パーティ――【緋色の剣】のリーダーでもあった。
「正式なパーティとして組むのは、【緋色の剣】以来かな?」
「ははは……ソウデスネ」
「どうした、旧知の仲じゃないか。そんなに緊張してくれないでもいいだろう?」
緊張するなってのが無理ある話だろうが! お前、今の立場を考えろ!
いやまあ、同じパーティの時にも格差はあったんだが。
レイナードは女関係にはとことん疎いことで有名だった。だからこそ、パーティ崩壊の際にも一番困惑していた。
持ち直して最大手のクランを率いることになったと聞いた時は、本当によかったと心の底から安堵した。
彼自身に非はないし、何よりも聖人クラスに良い人だったからだ。
ゆえに、崩壊の原因である俺は顔を合わせづらかった。
「……もう一人の方は?」
「少し用事があって遅れると――ああ、来ましたね」
レイナードの言葉に少し遅れてリヴェンが反応する。
なんだ? と思って首を傾げていると、更に遅れて俺にも理解ができた。
部屋の外を何者かが走る音が聞こえた。段々と、音が近づいてくる。
「シャーロットちゃあああああん! 会いたかったよぉおおおお!」
この町で最も会いたくない人物が、入り口から飛び出してきた。
迫りくる鮮明な青色の髪が、嫌な記憶を強制的に思い出させる。
この女は過去最速で野良猫亭を出禁になった人物。未だに顔を見るだけで全身に鳥肌が立ってしまう。
初めて出会った時のことは今でも鮮明に思い出せる。
見覚えのない美人が店に入ってきたものだから、何事かと思って注意深く見ていた。
俺を見つけると、真っすぐ向かってきて、正面に立ってくる。今度は一体何の恨みで叩かれるのかと身を固くしていると……この女に胸を揉まれた。堂々と衆目の前で。舌なめずりまでされた。店のど真ん中での出来事だ。
女性相手に貞操の危機を覚えたのは、今のところこいつ相手だけだ。
「いやあああああああ! 助けて、助けてください。契約ですよね!」
「ああ、今日も可愛い! 今日の髪色は鮮やかなピンクね! それも可愛らしいシャーロットちゃんによく似合ってるぅ! 髪色にちなんで食べちゃいたいぐらい!」
「それ以上近づかないで! この依頼私は受けません、絶対に受けませんからね!」
俺は椅子から飛びあがり、入り口と真逆の壁に背をつけて入ってきた人物と向き合う。
一瞬でも背中を見せたらヤられる……っ。本能からの行動だった。
「こら、怖がらせてるじゃないか。そういう事をするなら、君はクランハウスに帰ってもらうよ」
「ああぁ、そんなぁ……。わかった、わかったから、強制送還はやめて」
レイナードに軽く頭を叩かれて、彼女も少し落ち着いたようだ。
危ないところだった。この人と同じパーティに入れられるなんてまっぴらごめんだ。
「……で、お前たちは誰だ」
呆れ顔のリヴェン。冷静な問いかけに、レイナードは礼儀正しく答えた。
「僕はレイナード。クラン【緋色の鐘】のリーダーでこっちは……」
「シャーロットちゃん大好きクラブ会員番号32番、トリシェルでーす。よろしくね」
元寄生先パーティリーダーと、重度のストーカーのコンビとかいう、地獄の追加要員だった。