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TS異世界転生姫プレイ  作者: farm太郎
第四章 悪夢の町

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第86話:シャーロットと恨み言

 緋色の鐘のクランハウス内は特には誰もいなかった。外から感じていた通り、人っ子一人いない。

 少し不思議な感じがする。ここはいつでも活気にあふれていて、どこを見ても人がいるイメージがあった。

 リヴェンの方を見ると、何かを納得した様に頷いていた。


「何かわかったんですか?」

「仮説だけどな。それよりも、トリシェルを探すぞ」


 リヴェンは人のいないクランハウス内には一切目もくれず、一直線にトリシェルの部屋へ向かって歩き始めた。

 普段なら早歩きになりそうなところ、今回はこちらの様子を見て歩いてくれている。

 これもまた少し胸が温かくなる。


 仮説ってのは何だろうか。話してくれないあたり、聞かせるには値しないとかなのかな? それとも、俺が聞くと不都合があるとか? ううん、今の状況を考えると後者な気がする。

 じゃないと、不安にさせるようなことはしないだろう。


 無言で進み、トリシェルの部屋まで迷う事なくやってくる。

 夢の中だからと言って、現実と何か違うということは一切なかった。それが余計に人がどこにもいないという異常さを際立たせている。

 こうもなればもはや疑う余地もない、と思う。


「開けるぞ」


 部屋の前までたどり着くと、リヴェンはためらいなく扉をあけ放った。

 しかし、ここにも誰もいない。当ては外れた形となった。


「いませんね」

「……ああ。そこまで安直な奴じゃなかったようだな」


 凄い言いよう。

 そういえば、トリシェルを探すって話だったけど、なんで探してるかは聞いてなかったな。


「トリシェルが夢の中にいるって話でしたけれど、一体探してどうするんですか?」

「……ああ」


 ああ。いや、なにがああ、だよ。

 表情が渋い。答えづらい内容なのか?


 少し考えてみるとしよう。ここが夢の中だとするなら、トリシェルはどうやって入ってきたんだ? リヴェンは怪物姉の力を借りたと言っていた。そのリヴェンが探してるということは、あいつはリヴェンより前からいたってことになるよな。

 リヴェンの前に、トリシェルが夢の中に入ってきていた? おかしくないか?


「リヴェンさん」

「なんだ」

「トリシェルはリヴェンさんと一緒に入ってきたわけじゃないですよね」

「…………ああ」


 長い間を開けて、肯定された。

 いつから夢なのかということを考えると、違和感があったのはリヴェンの部屋からだ。急に部屋がきれいになって、リヴェンの姿が消えた辺りが怪しい。

 ならば、俺が眠ったのを最初に確認したのはリヴェンのはずだ。トリシェルが先に気が付くことはあり得ない。


 その状況で、リヴェンよりも先にトリシェルが来るというのなら、いつからいたことになる?

 ――ここまで考えれば、俺にだってわかる。


「ねぇ、リヴェンさん」

「なんだ」

「この夢を作ったのは、トリシェルですか?」

「………………」


 肯定の言葉は返ってこない。少し遅れて舌打ちが聞こえた。

 沈黙が肯定の代わりになったことは、リヴェンもわかっているんだろう。


 え? つまり、この夢を作り出したのはトリシェル?

 それなら、最初から夢の中にいたってのは納得できる。だとして、なんで?

 思い返すのは、能天気なあいつの顔。楽しそうに笑ってて、俺を恨んでいたなんてちっとも知らなかった。


 オークションの時や、セイラムの時に助けてくれたのはなんで?

 元々こうする予定で、俺を内心ではあざ笑っていたのか?


 体温が下がる感覚がする。すーっと、血の気が引いていくような。指先が震える。

 先ほどこの夢の中でリヴェンに会った時と同じ感覚。信じていたものに裏切られる恐怖。

 冷え切った指先を温めてくれるかのように、リヴェンが俺の手を取った。


「まだ決まったわけじゃない。気をしっかり持て」

「で、でも……」

「聞くまでは確定じゃない。そうだろう?」


 言い聞かせるような言葉に、思わず頷く。

 でも、ほぼ確定だろうこんなもの。


「なら、さっさと探して本当のところを聞くぞ」

「……もしも、本当だったら?」

「その時は、しばき倒してなんでこんなことをしたか聞きだせばいい」


 物騒な物言い。

 冷淡に聞こえるのは、リヴェン自身がそうさせようとしているからだろうか。

 わからない。

 ただ、少し迷った表情を浮かべた後、不器用に笑ってみせた。


「あー、喧嘩ってのは仲直りできるものらしいじゃないか。だろう? もし望むのなら、そうすればいい」


 呆気にとられた。これを、喧嘩? こんなにも酷い行為を、喧嘩呼ばわり?


「……ぷはっ! あはは、なんですかそれ」


 あまりにも酷すぎて、思わず笑ってしまった。

 怒りとか、呆然とするだとか、もはやそういうのを通り越して笑いが込み上げてくる。

 いやいや、それはないだろう。何をどう考えたらその言葉が出てくるんだ。


 リヴェンとしては、必死に元気づけようとした結果みたいで、俺が笑い出して少し良かったみたいな表情してる。よくないよ! ちっともよくないよ!


 ……ああ、でも、言われて気が付いた。俺はそんな怒ってないんだ。

 そりゃあ、こんなことされて凄い辛かったし、苦しい思いをした。でも、やられたことに怒ってはいない。

 ただ、悲しいんだ。これまでの楽しかった時間は嘘だったんじゃないかって。それだけだ。


「こんなに酷い目に遭わされて、仲直りしろだなんて……リヴェンさんは大物ですね」

「む。そうか」


 ああ、こいつは俺がどんな目に遭ったのか知らないんだっけ。状況だけ見て把握してくれてる感じだもんな。

 なら、語ってやるか。


「この夢、本当に酷いんですよ! 罪悪感を覚えていることを、その相手が責め立ててくるんです! 喧嘩どころじゃないですよ、こんな夢見せられて。死にたいと思うほどでしたからね!」

「そ、そうか」

「そうかじゃないですよ! あそこでリヴェンさんに励ましてもらわなければ、本気で死んでたかもしれませんよ私!」


 言葉の内容に反して、言葉は弾むように口から出てきた。

 アンマッチさにリヴェンもたじたじな様子だ。

 だから、笑いかけてあげる。今度は俺の方から、こいつを安心させてあげるために。


「珍しく失言でしたね」

「ぐ、すまない」


 本当に珍しい気の利かない言葉だった。

 ちょっと前までの凄いいいこと言ってくれてたこいつはどこへ行ってしまったんだろうか。

 ……ああ、そういえばこいつ友人いないんだっけ。本気で交友関係狭そうだもんな。

 そっかそっか、こういう時どういうこといえばいいのかはわからないのか。ちょっと可愛いな。

 信念とか、そういう話になると饒舌だしいいこと言うのに。ギャップってやつなのかなこれは。


「でも、ありがとうございます」


 感謝の言葉は嘘じゃない。心の底から出てきた言葉だ。

 本当にふざけたことを言われた自覚はあるが、おかげで気持ちは大分軽くなった。


「人を恨むって大変なんですねぇ。こんな目に遭わされても、セイラムの気持ちはさっぱりわかりません」

「必要ないならしなくてもいい」

「ええ。したくないですね。」


 思えば、ニックだっけ、あいつらの事もそんな恨んでるわけじゃないしな。

 裏切られて殺されかけたけれど、今となっては忘れかけてたほどだ。

 俺はどうやら、そういうのに向いていないらしい。やられたときはカッとなるんだけどな。そういうものか。

 まあ、許すかどうかで言われれば、許さないけどさ。恨むとかとは、少し違う気がする。


「とりあえず一発しばく! そのために探しますよ!」


 よくもこんな目に遭わせてくれやがってトリシェルのこんちくしょうめ!

 言い分聞く前に、絶対に一度ひっぱたいてやる!

 その後、理由を聞いて、下らないことをほざいたらまた叩く!


「ほら、手掛かり探しますよ! あのアホの面をさっさと拝んでやりましょう!」

「ああ、そうだな」


 結果的に元気が出たから良しとか思ってそうだなこいつ。

 いつか不用意な一言で刺されるんじゃなかろうか。喧嘩発言とか、人によってはそのまま癇癪起こして胸倉掴まれてもおかしくないんだからな。自覚なさそうだけどさ。

 でもまあ、ちょくちょく迂闊なところがあるのは前からか。


 部屋の捜索に入る。そこまで広くない部屋だ。二人で手分けして探せば、すぐに目ぼしい場所はなくなる。

 そこで当然分かれて家探しするわけなのだが、ついまた口元を歪めてしまう。

 ああ、楽しいな。一人じゃないってのは。


「……本当に、ありがとうございます」


 小声で呟いた。何に対しての感謝なのか、と聞かれれば答えづらい。

 ただ言いたくなったから言っただけの言葉だ。

 地獄耳のリヴェンも、部屋の捜索中には聞き取っていない様子だった。

 少しばかり胸を撫でおろす。気分は結構すっきりしていた。


 部屋の捜索が終わり、何も収穫は得られなかったことを確認し合う。

 トリシェルがいるとすればここというイメージがあったので――というか他の寄り付く先を知らないので――こうなると行き詰まりだ。


「何もありませんでしたねぇ」

「ああ。こうなると次はどうしたものか」


 もしかして町中を探し回ることになるのか? それはやだなぁ。

 っと、せめて何かないか周囲を見回すと、一つ目につくものがった。


「これ、セイラムの時に壊れたはずの杖」


 部屋の一角に置いてある、古びた杖。

 何だろう。あの時は何も思わなかったけれど、今見ると少し懐かしさを感じるような。気のせいかな?


「その杖がどうかしたのか?」

「いえ、別に――」


 ただ何となく触れてみる気になっただけだった。

 指先が杖に軽く触れた瞬間――誰かの視線を強く感じた。


「っ!?」


 すぐさま杖から手を離す。

 今の感覚は何? 誰かに見られてた?

 リヴェンの視線じゃない。もっと冷たい……直視しがたいもの。


「大丈夫か?」

「え、ええ。だいじょう……ぶ……?」


 不思議なことに、いつの間にか杖に触れた方の手に紙きれを握っていた。

 あれ、いつこんなものを?


 リヴェンに視線で問われるも、首を振ってこたえる。

 ただの紙切れ、にしては不自然だ。折りたたまれているので、開いて中を見てみる。


「リヴェンさん。これって……」

「向こうからのメッセージ、かもな」


 そこに書かれていたのは、初めて会った場所で待っているという、トリシェルからと思われるメッセージだった。

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