第8話:シャーロットと冒険者連盟
人ごみの中を歩きながら、俺たちは会話を続ける。
時折すれ違う顔見知りに笑顔を振りまいて、それでも口は止めない。
「基本的に誰でも入ること自体はできるんですよ。ダンジョンは」
「なら、冒険者とやらになる利点はなんだ」
「一つは、ダンジョンで手に入れた品の買取とかを一括でやってくれることですかね。流通とかを牛耳っているから権力も持ってますし。逆らうとまずいって側面の方が強いでしょうか」
そう、連盟は金を持っている。権利も持っている。その権利とやらは周辺諸国から保証されたものだから、流石に裏の連中も手出しができない。
せいぜい裏市を作って不正品を流通させることぐらいだ。
それもかなり危険を冒している。裏の売人が取り締まられた話は何度も耳にした。
「他にもいろいろありますが、リヴェンさんには関係なさそうなので割愛します。一番重要なのは、一部のダンジョンに入るには連盟の許可が必要なことです」
「……なに? 先ほどの話と違うじゃないか」
「基本的にって言ったじゃないですか。要は、重要そうなダンジョンに入りたかったら連盟からの許可が必要なんですよ。それこそ、ダンジョンの秘宝が隠されていると噂の“混沌”とかには」
混沌というのは、この町で一番高い難度のダンジョンの通称だ。
一階層ごとどころか、区域ごとで無尽蔵に環境が変わるという最難関ダンジョン。モンスターの質以前に、環境が人を生かして帰さない。
少しずつ有望な冒険者を使って探索を進めているとされているが……さてはて。情報は市政には全く流れてこない。帰ってきた冒険者たちも、あのダンジョンについては語りたがらない。
酒盛りの場で流れる噂程度の存在だ。
「なるほどな。つまり、俺の目的を果たしたければ冒険者になり、連盟とやらの許可をもらう必要があるという事か」
「そういうことです。あっ、力尽くで何とかしようとは思わないでくださいね。国家が出てくるので」
それをやろうとして潰されてしまった裏組織が一つあった。国の影響だけでなく、他の裏組織から横やりを入れられたせいもあったみたいだが。
おかげで裏組織が三つ巴まで減ってしまった。消えた組織の縄張りを巡っての抗争なんかは、実に大変だったと記憶に新しい。
幸いなことに、野良猫亭は抗争の影響をさほど受けなかった。町はかなり騒々しくなってしまっていたが。
「覚えておこう。流石に、国を相手にするつもりはない」
「それだと助かります」
血の気は多い様に見えて、冷静なところもあるのな。
いや、血の気が多かったらそもそも俺殴られてるか。なら、怒った顔が怖いだけで案外普通? なのかもしれない。
「そもそも、ダンジョンとは何だ。この町の特徴のようだが」
「ああ、それはですね――」
もっともな疑問だ。
ダンジョン。それは無限の富を生み、無数の命を飲み込む魔窟、と一般的には言われている。
ある日突然現れたと言われており、誰かが何らかの目的で作り出したのか、それとも自然生成物なのかすら謎に包まれている。
わかっているのは、際限なく湧き出てくる資源が有用だという事だ。ダンジョン産の資源でしか作れないようなものすらある。
当然資源を取ってくる者たちがいるわけだけど、そういう連中のことを冒険者と呼ぶ。俺もそうだ。
命の危険と引き換えに、巨万の富を得られるその職業は、若者にとっては一獲千金の夢であり、老人にとっては最後に残された職業だ。
だから、この町の下町に住んでいる人間の大半は冒険者だ。他は、その冒険者相手に仕事している商人や職人。
まあ、何が言いたいのかというと、それらを牛耳っている連盟はやばいってことだ。
「もうすぐ建物が見えてきますよ」
連盟本部と呼ばれるその建物は、太古に作り出された城をそのまま流用しているらしい。
城塞と呼ぶにふさわしい建物だが、どうにも作りが奇妙なことで有名だ。何せ、外壁には何も繋ぎのような跡が残っていないのだ。レンガを積み上げたわけでもなく、まるで外壁そのものの形をした石材をその場に作り出したかのように。
太古には凄い技術があったんだろうなぁと、時折酒のつまみとして話題にされている。
「不思議な建物だな」
「今でもどうやって作られたかはわからないそうですよ」
リヴェンは興味深そうに建物を眺めている。
ただでさえ人の目を引くのだから、あんまり足を止めないで欲しい。
私もそうだが、目立つのだ。顔が良すぎる。彼が黒髪というのも珍しさを加速させている。
ここらでは見ない髪色の二人組が歩いていたら、そら目立つだろう。
人目を感じつつも建物内に入り、受付へ向かう。
「おや、シャーロットさん。本日は――そちらの方とパーティを?」
「こんにちは。そうではなく、この人の冒険者登録をしに来ました。付き添いですね」
顔見知りの受付嬢と軽いやり取りをして、彼を近くに呼び寄せる。
今のところ素直に従ってくれているのが非常にありがたい。
何がきっかけで怒り出すかわからないからなこの人。
睨みつけられた。思考が少し顔に出ていたらしい。
「……紹介に与った。リヴェンというものだ」
「はい、こちら冒険者連盟の受付です。本日はご登録だけでよろしいでしょうか?」
「ひとまずそれで頼む。今後ダンジョン入る上で必要だと熱弁されたものでな」
リヴェンの口調に棘がある。あれ、ひょっとして少し不興買ってる?
ちょっとだけ冷汗が垂れる。親し気にしすぎた? 距離感間違えた? 許してもらえるだろうという目論見浅すぎた?
「ということは、ダンジョンに入った経験がおありで?」
「ああ。昨日動く骨やらが出てくるところに入った」
「初心者で、となるとカタコンベダンジョンですか。もしかして、昨日シャーロットさんと一緒に探索されていましたか?」
「途中で出会った形だが、そうだな。それがどうかしたのか?」
受付嬢は裏に声をかけて、俺達には少しだけ待つように告げる。
ちょっと時間が経つと、昨日俺が売り払ったスケルトンジェネラルの旗を係の人が持ってきた。
「こちらに見覚えは?」
「あるな。エリアボスだったか、そいつが落とした」
「倒したときの状況は?」
「動く骨が大量に出ていた。武装していた奴もいたな。騎士のような恰好をした骨もいた」
何の確認なのかと思ったが、昨日俺が報告した情報と照らし合わせているのだと気が付いた。
俺への確認ではないのは、口裏合わせへの対策だろうか。する意味はあるのかわからないが、やっているのだからなんかあるんだろう。
「……やはり、これまで報告になかった事例ですね」
「そうなのか?」
「ええ。ですが、確認が取れたので結構です。この件ではまた詳しくお話を聞かせてもらいたいのですが、よろしいでしょうか?」
「構わない。が、先に冒険者登録させてもらっていいか?」
「それはもちろん。はい、口頭での情報登録に致しますか? 筆記で行いますか?」
「筆記で頼む」
トントン拍子で話が進んでいく。いや、何かがあっても困るんだけれど。
事務手続きを終えていく様を、俺はのんびり真横から眺める。
しつこいぐらいに言うが、見た目が良すぎるなこいつ。なんか腹が立ってきた。
本当に俺もこいつぐらい強くてイケメンに生まれたかった。
美少女ではあるが、なんか違う。平和な世界じゃないと女ってだけで不利なんだ。
「おい、本当にこの程度の情報で登録ができるのか?」
「はい。基本的に冒険者になる人物に規制はかけられてないので」
……? リヴェンの顔色が不機嫌になった気がする。
誰でも冒険者になれることが気に入らなかったのか? なんでだ?
「……はい、確認いたしました。それでは、これで冒険者登録は完了です」
「これだけか? 他にやるべきことは」
「後日冒険者証を取りに来てもらう必要はありますが、この場での手続きはこれまでです」
「そうか」
リヴェンは受付から離れて、こちらを手招きする。
俺が近くによると、今度は腕を組んで不満そうな態度を見せつけてきた。
なんでそんな威圧してくるんだよ。少しは和やかにしてくれよ。
「終わったぞ。で、ここから何をすればいい」
「次は――」
「あのっ!?」
次の案内をしようと思ったところ、受付嬢が大きな声を出して俺たちの会話を遮った。
思わず二人してそちらを見る。リヴェンは何かが気に障ったのか舌打ちをしていた。
仕方がなく再び受付へ向かう。
「呼び止めてしまい申し訳ありません。リヴェンさん、少々よろしいでしょうか」
「……なんだ」
「連絡先をその、教えていただけませんか?」
受付嬢の頬が薄く朱に染まっている。
……これは、逆ナンというものでよろしいか?
確かにこいつの顔はいいけど、顔はいいけど!
リヴェンは嫌そうな顔をしている。
彼女からも見えているはず、というか正面から見ているはずなのに、引こうとしない。凄い逆ナンへの情熱を感じる。
「断る」
一刀両断された。
「そんなっ!」
「そういうのは求めていない」
彼女はショックを受けた様子を示した後、俺が視界に入ったのかこちらを睨みつけてくる。
なんで! 俺悪くないのに!
「おい、どうした。行くぞ」
「なんで教えてあげないんですか? 連絡先ぐらい教えてあげればいいのに」
心の底から嫌そうな顔をされる。おそらくは、飲食店で出てきたゴキブリでもここまでの顔をされないだろう。
受付嬢さんがこいつの顔を見られる角度じゃなくて良かった。こんな顔されたらショックで寝込んでしまうかもしれない。
「……経験則だ」
「はい?」
「とにかく、女に対して必要以上に付き合っても碌な目に遭わん。さっさと次に案内しろ」
……なんか嫌なことでもあったんだろうか。
なら、どうして俺は女なのに放置してくれないんだ? 不思議な奴だ。
小首を傾げながらも、連盟内を案内しようとした時だ。
俺たちに、正確には俺に声がかけられた。
「ああ、シャーロットさん。ちょうどよかった」
声がした方を見ると、小太りの小役人という見た目の男性がこちらへやってきていた。
リヴェンが視線で知り合いかと尋ねてくる。当然、知り合いだ。
「お久しぶりですねピートさん。どうかしましたか?」
「ええ、ちょっと――そちらの方は?」
彼はピートさん。強いパーティに寄生しているとき、何度か顔を合わせたことがある。
ダンジョン関連で調査の依頼が出ているとき、基本的にこの人が窓口だ。
「リヴェンさんです。昨日のカタコンベダンジョンの――」
「ああ、耳にしております。そうですか、彼が」
ピートさんはリヴェンを品定めするように見回す。
嫌そうな顔をしているが、抵抗はしない。こういうところ大人しいんだよなこいつ。
「うん、一緒に来てもらいますか。ちょっとお二人とも奥に来てもらっていいですか?」
俺たちは顔を見合わせる。
これは何だという目で見られるが、俺は首を横に振って、心当たりがないことを示す。
ピートさんが相手をするのは俺のような木っ端でなく、もっと上の冒険者連中だ。
わざわざ俺に声をかける理由? わかるわけがない。
断ることも印象が悪い。何より、目が真剣そのもの。辞退を許してくれる雰囲気でない。
俺は頷いて、ピートさんの後ろをついて行く。リヴェンもしぶしぶとその後をついてくるのだった。