第79話:リヴェンと眠り姫
最初はただ眠っているだけだと思った。
そうではないと理解したのは、すぐの事だ。
声をかけても揺すっても反応がない。呼吸は荒く、しきりにうわごとを繰り返す。
うなされているだけならば、俺も放っておいただろう。しかし、こいつは体を大きく動かし、毛布に縋る様にしがみつきながら、のけぞる姿まで見せた。
これを正常と言い切るのは不安が残る。
俺に魔法の心得はないし、医術の心得もない。
だから、こいつに何が起きているのかわからない。わからないならば、わかる人間を連れてくるしかないだろう。
杞憂ならば俺が笑われて済むことだ。
と、言う事でニールに伝え、人を呼ばせた。
どうすればいいかわかってそうな人物を。
「来てもらってすまない。貴方がこいつが朝に会話した受付嬢であっているか」
「……お久しぶりです、リヴェンさん」
お久しぶり? ふむ、会ったことがあるらしい。
いつだったか……。ああ、思い出した。一々気にしてはいなかったが、連盟でこいつが頻繁に会話している受付嬢だな。
俺が一瞬忘れていたことに気が付かれたか、軽いため息を吐かれた。仕方がない。
「緊急事態と聞いて、業務中なのに呼び出されて驚きましたよ」
「重ねてすまない。仲間の様子がおかしくてな。有識者の意見が欲しかったんだ」
来てもらったのは、今の状況のこいつを外に運んでいいのか判断ができなかったからだ。
何か病とかなのであれば、迂闊に動かさない方がいいこともあるだろう。
俺の知識の上では何もしない方が良さそうだと判断した。
わざわざ連盟の建物から受付嬢を呼び寄せたのも、その影響だ。動かせないのだから、来てもらうしかない。
「朝、こいつがどんな様子だったか教えてもらってもいいか?」
「とは申しましても、少し眠そうだったぐらいで普通な様子でしたよ。少しばかり談笑もしましたけれど、特にこれといって目立った様子は……」
ふむ。眠そうだった。それは俺も見た。
実際に眠っているし、違いはないのだろう。
問題は、睡眠時間を十分確保していてもなお起きれないほど熟睡しているという点だ。
控え目にいって、今の状況は異常だ。
十分な睡眠をとったというのなら、通常眠気が来てもその眠りは必然浅いものになる。
何をされても起きないほどの熟睡は考えづらい。
「ふむ、他に何かはないか。何でもいい」
「ううん。元気な様子でしたよ? 自分の足で歩いて連盟まで来ていた様子でしたし」
野良猫亭から連盟まで朝早くから歩いて行けるのなら、体調不良の線は薄いか。しかも、ここまで帰りに来ているわけだからな。
ならば感染病、にしてはタイミングが気になる。まるで見計らったかのようなタイミングで、都合が良すぎるように感じてしまう。
いや、感染病ならば一緒に寝ているらしい娘も同じ症状が出てなければおかしいんじゃないか。その線は抜きで考えて良さそうだ。
残された選択肢は、魔術や呪いの類、か。
「ああ、でも、『ずっと悪夢を見てる気がする』とは言ってましたね。これ秘密ですよ? 依頼内容にかかわる話なんで」
「悪夢を?」
「ええ。それも、同じ内容を見続けている気がするらしいんです。起きた時には内容を覚えてないらしいのですけれども」
まさしく、呪いにでもありそうな内容じゃないか。
だとすれば、次に当たるべきはあいつか。
「情報感謝する。おい、丁重にお送りしろ」
「あの!」
情報料を渡し、連盟へ戻る際に護衛を付けさせるように部屋の隅に待機しているニールに呼びかけた。が、遮るように声をあげられる。
最初の頃の好奇の視線を思い出し、やや嫌な気分になるが、眼を見るとそうではなさそうだった。
「この子、いや自業自得なところはあるんですけれど、結構男性関係には恵まれてなくて。だから、大変なら力になってあげてください!」
彼女の口から出てきたのは心配の言葉。
少し驚いた。表情を見ても、心配なのは間違いない。
なんだ、随分と気心の知れた奴もいるじゃないか。
「……ああ、わかった。協力、感謝する。こいつの仲間として、できる限りのことはしよう」
最後に一礼を残して、彼女は部屋を後にした。
軽く一息を入れる。
「どうです? 嘘言ってる雰囲気はありませんでしたが」
ニールが近づいてきて、茶を入れてくれた。
一気にあおり、一息入れる。
「だろうな。最初ベッドの上で横たわってるこいつを見て、俺の方を睨みつけてきた女だ。こいつの事を良く思っているのは間違いないだろう」
彼女が何かを仕込んだ、という線はないだろう。そういうことができる人物には見えなかった。
さて、次頼るべきは……。
「……ええい、俺も人の事を言えんな」
「と、言いますと?」
「緋色の鐘に連絡しろ。トリシェルを呼べ」
魔法の事に関しては、魔法使いだ。
特に、呪いに関しても詳しいだろう。その手の事は知っているはずだ。
◇ ◇ ◇
「やあ」
「俺はトリシェルを呼ばせに行ったつもりだったんだが?」
「彼女は最近よく留守にしててね、代わりということさ」
やってきたのは、なぜかトリシェルではなくレイナードだった。
ニールを睨みつける。
そっと視線を逸らしてみせた。
こいつ、上手いこと丸め込まれたな?
「まあまあ、それで? シャーロットの様子がおかしいんだって?」
「ああ。眠ったきり、何をしても起きん」
「ふうん、それはおかしいね。彼女は警戒心が強くて、拠点以外での眠りは非常に浅いのに」
「そうなのか?」
「うん。昔、緋色の剣の時に何度も泊まりの依頼とかをこなしてたんだけどね。誰よりも早く起きて、誰よりも遅く寝る子だったよ」
そうなのか。
確かに、ダンジョンに潜る上で数日泊まり込むこともあると聞いた。そういうこともあるだろう。
俺たちはその機会がなかったが。
興味深いな、その話は。もう少し深堀したいところではあるが、それは本筋ではない。
「安心できるところでも、寝起きは素直でね。こんな風に頬を引っ張られて眠りこけたままなんてことは考えられないかな」
「おい」
「ごめんごめん。でも、僕もおかしいと思う。これは明らかに不自然だ」
頬を軽く引っ張られても、シャーロットはまるで起きる気配はない。変わらずうなされているだけだ。
顔色は最初よりも悪くなっているか。
「うん、ちょっと色々試してみようか。入ってきて」
「誰か連れてきたのか?」
「こういうのは確かにトリシェルが詳しいんだけどね。でも、いない人は連れてこれないからさ」
入ってきたのは二人の女性。
服装からして、片方は魔法使い、片方は回復魔法使いか?
「紹介するよ。緋色の鐘所属の魔法使いのワムと、回復術師のティコ」
レイナードの紹介に合わせて、二人はそっと頭を下げた。
「話は聞いてたね? 二人はどう思う?」
「人を眠らせる魔法はありますけれど、それにしては……ってところは多いですね」
「じっくり見せてもらってもいいですか?」
「ああ、構わん」
二人はこちらに許可を求めてきたので、許可を出す。
俺が出すものでもないと思うが。いいや、今は俺がパーティメンバーだからそうか。
寝ているこいつの側に二人が寄り、手を取ったり顔を覗いたりと色々している最中、レイナードが再度話かけてくる。
「因みに、こうなった原因にリヴェンは心当たりはないんだよね?」
「ないな。飯を食ってないといったから、食わせたらこれだ」
「ダンジョンの後遺症とかは?」
「ここ数日はダンジョンには潜っていない。時間的にかみ合わん」
この辺りは確認も兼ねているのだろう。わざと向こうの二人に聞こえる声色で話している。
「『解眠』」
そんな話をしていると、何やら回復術師の方が魔法をかけ始めた。
聞く感じ、目覚ましの呪文か?
「眠りを覚ます呪文だね。ダンジョン内では睡眠の香を使ってくるモンスターもいるから」
「睡眠薬とかにも抗える類のものか。有用だな」
だが、残念ながら効果はなかったようだ。
表情を窺うに、自信があったんだろう。相当驚いているようだ。
「うそ……っ! 弾かれたわけじゃないのに、起きない!?」
「呼吸とか脈拍に乱れはない……。もう一度かけてみて」
「『解眠』!」
回復術師の再度の魔法行使も空しく、魔法使いの方は黙って首を横に振る。
「そもそも、そいつは自分で自分を調べてみて何もわからなかったといっていた。回復魔法使いの領分ではないんじゃないか?」
「確かに、言われてみればその方が自然だね」
自分で呼んでおきながら……。
変わらずマイペースな奴だ。見ろ、回復術師が話を聞いて少しむくれているぞ。
「別にこの子に腕負けてるとは思わないし……」
別のやっかみだったらしい。
「ワムの方はどうだい? 何かわかったことはある?」
「……わからないけれど、わかったことはあります」
「それはなんだい?」
「何らかの魔法の影響は、あると思います。ただ、それが何なのかまでは……」
「煮え切らないな。つまりどういうことだ」
魔法使いの女は、口に出すのを躊躇っている様子だ。
表情を読み取るに、確信は持てていない。というよりも、信じたくない様子か?
受け入れたくない、ように見える。
「私が知らない魔法です。眠らせる魔法でも、悪夢を見させる魔法でもない。でも、魔法の影響下にあることだけは、魔力の動きでわかります」
「……なるほど。ごめんよ、口に出させてしまって」
「いいえ。私の実力不足なのは、そうですから」
どうやら、己の実力不足を認めるのが嫌だったようだ。
しかし、認められる当たりこいつはまだ上に行けるだろう。そこはレイナードの仲間というところか。
「不明な魔法の影響、か」
「呪いとかではない分、厄介度は下がるのかな? それで、解除はできそう?」
「私では無理ですね。何をどうしたらこうなるのか、正直さっぱりわからないぐらい自然に結び付けられてます。この子で自分自身に魔法をかけたと言われても信じてしまうぐらい」
つまり、魔法をかけてきた相手は相当な使い手という事か?
少なくとも、この女よりかは格上であることは間違いないのだろう。
俺の知らない過去の恨み辛みか。それとも……。
「ううん。そうなると困るな。ワムも相当な使い手だ。彼女以上の魔法使いとなると、中々難しいものがある」
「連盟の方に出してる依頼はどうだ」
「それを踏まえても厳しいんじゃない? 一応僕たちはトップクランやらせてもらってるからね」
ふむ、そうか。
トップクランに負けず、魔法に熟達している人物を見つける必要がある。
……一人だけ、心当たりがある。ある、が。あまりにもだ。
「私から言えることは、これ、多分思ってる以上にやばい状況ですよ」
「何?」
「だって、こんな仕込み見たことないですもの。わからないってことは、それだけ高等かつ巧妙な魔法ってことです。何されてるかわからない、魔法の世界でこれ以上に大変な状況はありませんよ」
専門家が言うならば、そうなのだろう。
レイナードも目つきが変わった。この女の言うことに信頼を置いているのがわかる。
「……一人だけ、心当たりがある。捕まえられるかは、わからないが」
どうやら、手段を選んでいる場合ではなさそうだ。
腹を括るしかないだろう。
ベッドの上で、シャーロットまたうめき声をあげていた。




