第77話:シャーロットは眠り姫
リヴェンの宿前まで来た。
時間が経って、道を行きかう人々も増えてきた。
改めてフードを深めに引っ張ってから、宿の扉を開ける。
「おや、シャーロットさん。どうかしました?」
「ニールさん」
一介の食事処スペースに、何人かの男が座っている。きっと、全員リヴェンの部下なのだろう。そのうちの一人が、机の上にカードをバラまきながらこちらを向いた。ニールだ。
この人、いっつもここにいるな。偶然だろうか。
「ちょっとリヴェンと話したいことがあって……いつもの部屋にいますか?」
「ええ、いますよ。仕事の話ですか?」
「そんなところです」
体調が悪くて休ませてほしいって話だから、仕事の話で問題ないはずだ。
ちょっとした世間話とかはこれまで避けられてきた。だからかな? 仕事の話かって確認されたのは。
ニールさんは少しばかり考える素振りを見せて、何度か頷くと、どうぞと許可を出してくれる。
階段を上がり、目的の部屋の扉を開ける。
「入りますね」
「おい、ノックを……お前か」
「はい、私です」
部屋に入ってきた俺を一瞥して、すぐに視線を逸らす。うーん、そっけない。ちょっと寂しい。
リヴェンの部屋は、地面にまで紙が散乱していて酷い様子だった。
前に来た時にはきちんと整頓されていたのにも関わらず、凄いありさまだ。
「調べものですか?」
「ああ。あまり中身を見るなよ、機密情報だ」
「見るとどうなります?」
「最悪命を狙われる」
ひえっ。なんでそんなものを借り宿で広げてるんだよ。
もしかして、最近そっけなかったのってこの調べものしてたからか?
話をするにしても、あまりにも足の踏み場がないな。うっかり踏むのも嫌だし……ベッドの上ぐらいか、空いているのは。
なるべく内容を目にしないようにしつつ、俺は慎重に部屋のベッドまで移動し、腰かける。
ふう、これで少し落ち着ける。
……っと、リヴェンがなんかこっちを見ているな。何だろうか?
「なんですか? 何か顔についてます?」
「……いや、なんでもない」
そう言って、また紙面とのにらめっこに戻ってしまった。何だこいつ。
とはいっても、どうしようか。
なんかこっちから切り出しづらい雰囲気。少しばかり世間話をするか。
ベッドの縁で、ぷらぷらと足をばたつかせる。
「何について調べてるんですかー?」
「セイラムが言っていたことについて少しな」
ふむ。勤勉な事だ。でも、何か言っていたっけかな?
「『ライディアスによろしく』と言っていただろう?」
「ああ、そういえば」
死に際の一言で言っていたな。
何だろうとは思ってたけど、そのまま心当たりもないから忘れ去ってしまっていた。
「ライディアスというのは、俺たちの国の建国王の名だ」
「はえ? まだご健在なんですか?」
「いや、もう故人だ。霊廟もある」
じゃあ、死人によろしく言ってくれって言ってたのか?
よくわからんな、どんな遺言だよ。
墓にでも何か言葉を投げかけておいてくれとか、そういう感じ?
「国王が名前を継ぐとかの文化は……」
「ないな。だから、こうやって建国王由来のものについて色々と情報を調べ直しているところだ」
ははぁ。なるほど。真面目だねぇ。
俺だったら、変な事言ってらガハハで終わらせるのに。
いや、気になりはするかもしれないけれど、後回しにするかな。んで、時間が経って忘れる。
「なにかそれっぽいものは見つかりましたか?」
「まだだな。一通り情報は洗い出してみたんだが……何のことだかはさっぱりわからん」
「適当言ってただけなんじゃないですかぁ?」
「……もしそうなら、いいんだけどな」
死に際の言葉として選ぶには、相応しくない、か。それはそうだ。
まあ、リヴェンの国の事なら俺が考えても仕方がないな。
大人しくするしかないか。
と、ここで再びあくびが出てしまう。ちょっと真面目に眠たくなってきたかも。
「寝不足か?」
「ん、ちょっと最近夢見が悪くてですね」
「ふむ、体に異常はないんだな?」
「それは当然。私が自分で調べられる限りは調べて、健康そのものでしたよ」
「そうか。なら、いいんだが」
そう言いながら、作業の手は止めていない。
うーん。何だろうな。流れでこのまま話してしまうか。
「それで、一応連盟の方に依頼は出したんですよ。体調が悪いので、専門家に見せたいですって」
「そうか、結果は?」
「今朝出したばかりなので、まだですね。一応、結果が出るまでは少し仕事を休み気味にしようと思ってまして……ふぁ~あ」
またあくびが出た。ちょっとくらくらするかも? 寝不足ではないはずなんだけどなぁ。
「なるほど。夜はきちんと眠れてないんだな」
「いや、睡眠時間は十分なはずなんですよ。それはアリスちゃんも確認してくれてます」
「あの子か。十分眠れているはずなのに、眠気が凄いという事か?」
「はい、そうです」
リヴェンは作業の手を一旦止めて、床に散らばっている紙類を集め始めた。
なんだなんだと目を丸くしてその様子を見ていると、瞬く間に散らかっていたはずの部屋が整頓されてしまう。
こいつ、まさかどこに何があったのか全部覚えてたのか? 適当にまとめてたようには見えなかったし、順番通りに整理してた様子もあったけど。
そんな俺の驚愕は誰も知らぬものとして、リヴェンは俺の側まで来て顔を覗き込んでくる。
「顔色は……若干悪いな。食事はどうだ」
「え? いや、食べてはいますけど……」
「今日は何か食べたか」
「今日、はまだですね」
リヴェンは俺の言葉に頷くと、机の上に置いてあったバッグを広げ、中からパンを取り出した。サンドイッチかな? 切れ込みから野菜やら具がはみ出ているのが見える。
それを素手で半分にちぎると、片割れを俺の方に差し出してくる。
「食え。とりあえず食わないことには始まらん。それとも、食えないほど体調が悪いのか?」
「いえ、はい、いただきます……」
渡されたので、貰って食べることにする。
うっ。めっちゃ見られてる。食べるまで見続けられる感じかこれ。
ううん。そんなお腹が空いてるわけでもないんだけれど。
ええい、食べれるときに食べるべきってのはそう!
思い切ってかぶりつくことにした。
「……あっ、美味しい」
意外なことに、しっかりとした味がした。味が濃いという意味ではなく、朝食に食べるサンドイッチらしいさっぱりとした味わいだ。
野良猫亭を始めとした一部の飲食店ではその限りではないんだけど、基本的に味が濃いんだよな、この世界。冒険者って言う肉体労働してる連中を相手に商売してるんだから仕方がないんだけど、何もない時に食べると結構うっとなる。
でも、このサンドイッチはとても後味がすっきりしている。
肉類に無駄な香辛料とかも振りかけられてないし、塩っ辛くもない。野菜類もみずみずしい。高いのに。
「これ、誰が作ったんですか? 珍しい味付けですけれど」
久しぶりにこの手の料理を食べた気がする。ちょっと感動した。
この宿で料理を出すなら、今度食べに来てもいい。野良猫亭のマスターや料理長には申し訳ないけれど。
「俺だ」
「え?」
「俺だ」
口の端からポロリとパンくずがこぼれてしまう。
その様子を見て、即座にリヴェンが床に落ちたパンくずを拾いあげ、ゴミ箱へ捨てた。
「なんだ、この程度のものなら誰でも作れるだろう」
「いや、でも、え? 王子様なんですよね?」
わざわざ自分で? 正直全然想像ができない。
こだわりが強そうだから、口うるさそうなのは想像ができるけれど、だからと言って自分で作るのか?
……作るか作らないかでいえば、ギリ作りそう、かもしれない。でもギリ、ギリだ。
「そんなに意外か」
「いや、えと、まあ、はい」
「正直だな。口が回っていないあたりが特に」
そう言いながら笑う表情は、とても自然なものだった。
「何、ただ単に自分で作らなければならない時期があっただけだ。それで最低限は覚えた、それだけだ」
王子様なのに?
いや、王位継承戦とか色々あるって言ってたもんな。きっと、俺が想像できない何かがあるんだろう。
ただまあ、意外と言えば意外ではある。
こいつのお姉ちゃんの方は料理できても驚かないんだけどな。何でもできそうだしあの人。
「因みに、ロザリンドは料理が下手だ」
「えっ」
「レシピ通りに料理したはずなのに失敗する謎の才能の持ち主でな、おかげでいつも俺が調理役だった」
え、えー。そうなんだ。
どんな完璧超人にもダメなところが一つはあるってことなのか。そっか。
ちょっと元気でるな。
その後は特に何か言うわけでもなく、リヴェンも手元のものを食べ始めた。俺も一緒に食べる。
向こうの食べる速度が速すぎて、こっちが食べているところをじっくり見られているのが少し気になったけれども、美味しかったので全部食べられた。
ふう、腹が膨れた。
「それで? 飯食って少しは元気が出たか?」
「美味しかったです。ご馳走様です」
「そうか、ならよかった」
まさか、ご飯をご馳走になるとは思わなかった。
美味しかったなぁ。また食べたいかも。
「それで、用事はしばらく活動を控えるという内容でいいのか?」
「あっ、はい。すみません、しばらくご迷惑をおかけしまして……」
「気にするな。この前ので、多少の余裕はあるんだろう?」
俺を落ち着かせるためか、穏やかに笑ってみせるリヴェン。
こいつ、こんなに自然に笑えるようになったんだな。最近笑顔が増えた気がする。
でも、そっか。そうか。甘えてもいいんだな。
そう思えると、凄い気が楽になる。
ここに来るまでも、いろんな人に心配してもらって。
ああ、そうか、俺はもう一人じゃないんだなって気持ちになれる。
それがすごい心地が良い。
「ありがとうございみゃ……ひゅう………」
あれ? 安心したからか、凄い眠気が。
駄目だこれ。全く抗えない。
「おい! 急にどうした! おい!」
ベッドの上に急に倒れた俺を見て、リヴェンが声を荒げている。
ああ、何か返してやらないとと頭で思っていても、体は動いてくれない。
そのまま、俺の意識は深い夢の中へと沈んでいった。




