第73話:トリシェルと遊び
シャーロットちゃんで散々遊んだら、休憩と言って部屋を出て行ってしまった。
多分少し休んだら戻ってきてくれるだろうと思う。
「……で、良かったの本当に」
「何がだ?」
彼女がいないうちに、こいつとはある程度話をしなければならない。
シャーロットちゃんがいない間に二人で会う予定を立てるのも、なんか邪推されそうで嫌だから、こういう時ぐらいしか話せる場はない。
そして、この場で最優先で確認しないといけないことがある。
「見てるでしょ。シャーロットちゃんの本当の髪色」
そう、黒の一族が、白の一族の特徴である白い髪を見逃すはずがない。
セイラムもそうだったけど、あの場ではシャーロットちゃんも髪色が白く輝いていた。本当に神々しくてもし私に絵心があれば思い返して柄でも書くのに……って、妄想は後回しにしよう。
……ああ、そうだね。眼の色が変わった。
触れないようにしていたつもりだったんだ、そっちも。
「……見間違えの可能性を、考えていた。だが、その様子ではそれはなさそうだ」
「誤魔化すつもり? そんなミスをするような奴だとは思ってないよ」
「ならば、どうするつもりだ?」
どうするつもり?
そんなもの、決まっている。もちろん、返答次第だけれど。
「それを決めるために、質問している」
そっと袖からいつでも鉄輪を出せるように準備しておく。
この部屋はそこまで広くない。この距離で戦いになった場合、不利はこちら。
窓はこちらの背。逃げるように外に出ることはできるか。
でも、出方はあくまで向こうの返答次第。
さあ、何と答える?
「……どうにかするつもりは、ない」
「へぇ?」
本当かな? 黒の一族が、白の一族を見逃す?
そんなことが本当にあるのかな?
特に、宝を欲してやまないこいつが、目の前に落ちている手柄を見逃すと?
「わかっている。お前の視点では、到底信じられる言葉ではないだろう」
「そうだね。だから、理由も話してくれると嬉しいかな」
それも、きちんと納得できる理由を。
「……セイラムは死んだ、それは間違いないな?」
「え?」
「これから話すことに必要な確認事項だ。答えてくれ」
それを確認されるとは思わなかった。実際にセイラムの顛末は目の当たりにしたはずなのに。
ひょっとして、黒の一族ではあるけれど、深くまでは知らない?
白の一族の特性、そして、戦争の顛末を。詳しくまでは。
「おい、どうした」
「少しこっちも考える」
いや、でも。辻褄は合う?
本来なら、眼と耳を奪われた時点でセイラムが白の一族だと気づかれてもおかしくはなかったはず。生命を司るのが白の一族だ。その恩恵に誰よりも与った黒の一族が、その考えに至らないはずがない。
この町の歴史について詳しく知られてないのはまだ理解ができる。でも、そんな基礎すら知らないとは思っていなかった。
じゃあ、これは本気ってこと?
「……正確には、死んではいない」
「なに?」
「白の一族は、その核さえ残されれば特定条件化で蘇生ができる。だから、私があの宝石を確保したのはそういう理由」
もし本当にそうなら……利用できるかもしれない。
リヴェンは何かを考えるように、机を指で叩いている。
視線は僅かに空を見上げ――こちらへ向いた。
「二つの目の質問だ」
「どうぞ」
「肉袋だったか? あのダンジョンで出会ったあの肉スライム……あれは白の一族だな?」
「っ!?」
しまった。動揺が表に出た。
向こうの口が僅かに歪められる。
「想定外だったみたいだな。でも、おかげで確証が持てた」
さて、と話をする気になったらしい。
今の情報がどんな意味を持つのかわからない。
共有した時にも感じたけれど、こいつは地頭がやたらといい。迂闊な側面さえ無くせば本当に
「ダンジョンは白の一族が作り出した隠れ蓑、そうだろう?」
「……知らない振りしてたの? 悪趣味だなぁ」
「いいや。これは推測だ。情報を一つ一つ積み立てて行けば、誰であろうとたどり着ける」
できるかぁ!
一体どれだけの冒険者が何も知らないでずっとダンジョンに潜り続けてたと思うんだか。
なのに、こんな町に来てから半年もたたないような人物が、ダンジョンの意味に気が付くなんて、白の一族も想定してなかったでしょうよ。
「同時に、シャーロットは白の一族でも随分と重要な立ち位置にいるようだ」
「そこまでわかってるのなら、君からすれば狙うべき標的になるんじゃない?」
「それは逆だ」
逆? どういうこと?
「俺の目的は、国王選抜戦に相応しい宝を手にすることにある」
「黒の一族と対立している白の一族の首。それじゃあ足りないってこと?」
「足りないわけではない。それである必要性はないということだ」
うん? なるほど?
「今後あいつと繋がっておいた方が、利益が大きい。期限はあるが、今すぐ焦る必要があるほどではない」
「……ふーん?」
これさぁ、つまりさぁ。
ひょっとして、ひょっとする?
「で、シャーロットちゃんのどこを好きになったの?」
「っ!? がはっ! げほっ!」
あっ、やっぱり?
どのぐらい本気かはわからないけれど、少なくとも殺したくないって思うぐらいには情が移った感じかな?
いや、何となくわかってきた。
それっぽく理屈捲し立てるけれど、こいつ結構感情で動いちゃうタイプだ。
あとから動いた内容に合わせた理屈を用意して、さも正しいでしょ? みたいに振舞うタイプだ。
あー、ね。なるほどね。だから迂闊なんだ。先に感情が突き動かすから。
凄い納得した。
だって、どこをどう聞いても、シャーロットちゃんを討伐しない理由を必死に考えて並び建ててるようにしか聞こえなかったんだもん。
まあ? 外面を使えるって意味では王に必要な素質なのかもしれないね。
ちょっと面白くなってきたかも。
「……別にそういうものではない」
「照れてるの丸わかりだよ?」
「やかましい! とにかく、俺はあいつに今すぐ手を出すことはない! 理由も先ほど述べた通りだ、わかったな!」
うーわ。顔真っ赤。
これ、シャーロットちゃんが知ったらどう思うだろう。
気軽な仲だって思ってそうだし、多分あの様子だと恋愛対象としては皆目見てないよね。
むしろそういうの毛嫌いしている節もあるから。これまでの関わってきた男性との歴を見ていると、恋愛関係を持ち出そうとしていない相手とは仲が深くて、その臭いを漂わせた人とは距離を置いてるもんね。
「はいはい。友達ぐらいの関係ってこと?」
「友達。そうだな。それが適切だろう」
「で、どのタイミングで意識しだしたの。お姉さん聞かせてほしいなぁ~」
「ええい! そのニヤケ面をやめろ!」
ごめんごめん。だってつい楽しくなってきちゃったから。
いやね、だってさぁ想定外もいいところじゃん!
レイナードに知られれば怒られそうだけれど、今はいないし。
このチャンスを逃すわけにはいかない。
「いいじゃんいいじゃん。聞かせてよ」
「ふざけ――」
「シャーロットちゃんに告げ口するよ?」
「うぐっ」
あーあ、そうだよね。当然そっちも理解しているよね?
シャーロットちゃんがどういう感情で君に接しているのか。
わかってたらさぁ、これを聞かないわけにはいかないよねぇ!
「因みにだけどね、シャーロットちゃんに言い寄った男で今のところ彼女と関係維持できてる男は一人もいないね」
「何?」
「過去に何人にも言い寄られて――今でもそうだけれど――冒険者の多くに心の傷を負わせた魔性の女だよ」
意外みたいだなんて表情してるけれど。まさかシャーロットちゃんの過去を知らない?
いや、多分調べはしたんだろうけれど。もしかして細かい素行とかまではチェックしてない?
確か、町に来たときは大分焦ってたみたいだから……うーわ、敵かどうかだけチェックしてるとかありそー。
あー。うん。
普段女子の見た目とか気にしてなさそうだもんね。私は口にしないよ? 思うだけ。
「ほらほら、好意持ってるってバレたら……向こうから逃げちゃうよ?」
「ぐっ」
「シャーロットちゃんに避けられたら当初の目的からも遠ざかるんじゃないかなー?」
もうちょっと押せば何とかなりそうだと思ったので、ここで理屈を一つまみ。
ふふふ。理屈で正当化してあげれば、この手のタイプは乗ってくるはず。
ほらほら、腕組んで悩んでる。
実際には友達として思ってるって言えばむしろ喜ぶだろうけれど。
それは言わないのが華ってことで。
「……放っておけないんだよ。あの手の馬鹿を」
「ほほう」
「自分の事を顧みず、誰かのために本気で突っ走れる。見ておいてやらないと、ああいう奴らは際限なく己の身を削ってしまうからな」
「……ま、そういうことにしておいてあげましょう!」
「おい」
まあまあまあまあね?
本心ではあったみたいだし、ここは引き下がってあげましょう。
「しかし、過去に男を誑かしてたっていうのは本当か? 見えても聞こえてもいないとはいえ、男が寝ているベッドで平然と寝ようとする女だぞ? そんな計算高いようには思えんが」
「それは、まあ、距離感おかしいところあるし?」
あれだけ体を使ってるのに、実際に姦通は一切してないっていうんだから凄い潔癖だし。
私の奴にも本気で嫌がってたし。ボディタッチに結構な嫌悪感持ってるっぽいんだよね。
そこらへん加味すると、凄い心を許してるってことになるんだけれど。さてはてシャーロットちゃんの心境はどんな感じなんだろうね。
……っと。ここまでかな。
部屋の扉が再び開いた。
「あぁ~。酷い目に遭った……」
「お帰りシャーロットちゃん」
「なんで休憩すると出て行った奴が、より疲れて戻ってくる」
外でもみくちゃにされたのかな?
出ていく前よりも疲れているように見える。
「聞いてくださいよぉ~」
ふらふらになりながらも席に戻ってお茶を飲む。
リヴェンは心配そうに、少し面倒そうでもあるけれど、何があったと話を促した。
待ってましたといわんばかりに、彼女は外であったことを話し出す。
……ああ、本当に。
こんな時間が続いてくれればいいのに。




