第65話:セイラムとどん詰まり
「どいつもこいつも、つっかえないなぁ!」
腹立たしさから、私は連絡石を蹴り飛ばす。
ダンジョンの中にいても外の様子がわかるのは、この連絡石のおかげだ。私たちの一族だけが使える、特別な石。これによって、番の石を持っている相手と自由自在にコンタクトが取れる。
これの優秀なところは、私たち以外の手に渡ってもただの石なところだ。つまり、情報の信用性を問う必要性がない。
逆に言えば、この石を通じて教えられる情報は全て真実なわけで……。
「職人風情が、私たちの悲願の邪魔をして! 誰が作った町に住んでると思ってる、誰が犠牲になったもので生計を立てていると思っている!」
我らが姫。今はシャーロットと名乗っている彼女の行方を掴むために、手勢を町中で動かそうとしていた。流石に上層からの手配だと言えば、皆が皆引き下がると思っていたのに。
まさか、普段仕事以外何もしない職人組が反感を示すだなんて。
「何が引き抜きだの、侵害だの、御託を述べやがって。所詮ダンジョンがなければ何も手にも付けられない寄生虫の分際で……っ」
苛立ちが止められない。
何年待ったと思っている。何年待たされたと思っている!
あの方が、我らが姫が! 再び戻られるまでどれ程の時を待たされたと思っている!
百や二百で済むものか。体感だけでいいなら千はゆうに超えている。
「邪魔をするな。邪魔をするなよ何も知らない連中が……っ。私たちの苦悩を、悲痛を。いいや、私達のなんてもはやどうでもいい。あの方がどれだけ悲しんだか、どれだけ苦しんだか。黒の畜生どもが知るときが来たというのに――っ!」
未だにありありと思い返せる。
信じていた人に裏切られたあの方の涙を。
皆が心配する中、「これが失恋というものなのですね」と嘆いたあの方の涙を。
散々利用するだけ利用して、用が済んだら使い捨てる。献身も、深慮も、全て土足で踏みにじる外道どもが。
黒の畜生どもを、根絶やしにしてやれるというのに。
「半身をその身に戻して、記憶を取り戻していただければ納得していただけるはずなのに」
忌々しいかの男の残滓がない上に、姫のお気に入りだから情けをかけてやると思えば。本当にあの男は余計なことをしてくれた。
姫を私達の町に連れて行けさえすれば、記憶を取り戻した姫の号令で、いまや一国の王を僭称する恩知らずどもを根絶やしにするだけだというのに。
かつての戦いも、姫がやる気ならば勝てていた。私たちが逃げ惑う羽目になったのは、奴らが卑劣にも姫の御力を振るったからに他ならない。
「取り戻していただければ終わる話だったんだ。融和で対応しようと思ったのが間違ってた。最初から強硬で進めるべきだったんだ」
トリシェルもさっさと取り込みにかかるべきだった。
あいつの主人も、私と方向は違えど向かう方向は同じ。なら、手を回して外堀を埋めるべきだった。
白の眷属である青に邪魔されるだなんて……。本当に信じられない。
「パラダムもきちんと手綱握っておけよっ。ほんっとうにさ、あの放任主義め。あの方が覚醒なさるまで、完全に日和見を決めるつもりでいやがって」
ダンジョン管理の一環である宝杖も、あっさりと使い捨てるような使い方をして。
本当にやりたい放題が過ぎる。
「あれ一本作るのにどれだけ労力かかってると思うんだよ。ただじゃないんだぞ全くもう~。あぁ~、なんか全部に腹立ってくる」
そこまで考えて、少しばかり頭から血が下りてくる。
「……いったん落ち着こう。大丈夫、まだ取り返しがつかないことにはなっていない」
そうだ、目的を見失うな。
私の目標は、姫に我らが町まで来てもらう事。そして、半身を取り戻していただくことだ。
そのための障害は排除するべきだけど、逆に言えば目的さえ達成できれば他はどうでもいい。
この苛立ちも、全ては些事にできる。
「私がここにいる以上、姫たちは必ず戻ってくる。あの黒の目と耳を放置しておく判断は、姫にはできない」
あのお方はそういう方だった。半身を無くした今も、本質は変わっていないように思える。
まさか孤児を拾うとは思わなかった。子供には昔から優しい方だったけれど、ただただ受け入れる姿勢は本当に昔を思い出す。
そんな方が、お気に入りを見捨てられるとは思わない。
必ずや目と耳を取り戻しにやってくる。
私に治させるか、姫が覚醒するか。他の連中は今回の件については様子見を決めているようだから、考えられるのはその二択だ。実質的には一択でもある。
トリシェルはあまり姫に情報を与えたがらないみたいだから、姫が覚醒して治すということは考えづらい。私に治させに動くはずだ。
「なら、どうやって私に治させるかを考えるはず」
どうする? 単純なのは脅すことだけれど、向こうは私のことを全く知らないはず。
ならば、交渉に切り替えるか。いいや、交渉しようにも姫を町へ連れて行くこと以外の報酬を向こうは用意できない。
思わず口元が緩む。
「なんだ、そこまで深く考える必要ないじゃないか」
あいつらは戻ってこざるを得ない。私はここで待ち、あの黒を治す代わりに姫を町へ連れて行く。
姫を町へ連れて行けさえすれば、後は半身を取り戻していただいて話は終わりだ。
その後は黒の畜生を殲滅するために、姫を旗印に再び戦いを起こす。私たちの悲願はそれで果たされる。
この状況になった以上、どう転んでも私の思う通りに物事は動く。
「思い通りにならない連中は気に入らないけれど、まあ見逃してあげようじゃないか」
目的を達成できるならば、他の事は許してもいい。
あの姫のお気に入りも、殺そうと思ったけど許してやってもいい。
もし、ペットの域から脱しようとしたら即座に殺すけど。
「私がやるべきことは、ここで待つだけ。シンプルで良きかな良きかな」
そうと決まれば、さっそく連絡石に追加連絡を入れよう。
……と、連絡石の一つに何か報告が来てる。先にこちらに目を通しておこうか。
「何々? ……はぁ!? どういうことかなそれは!」
一旦引っ込んだ怒りが再燃する。
それもそうだ。こんなこと言われたら誰だって怒らずにはいられない。
馬鹿にされている。本気で馬鹿にしている。
「どうしてダンジョンの入り口に、あの二人組が来てるのかなぁ!」




