第64話:トリシェルと軍才
それは、異様な光景だった。
「理解した。三人を連れて直ちに向かうように指示を出せ。以後、状況が終わるまで連絡は不要だ」
「待機だ。絶対に下層に下りてくる人物を見逃すな。その中にセイラムの手先はいる」
「引き続き監視を続けろ。もし動き出した際には、殺すことは許可できんが多少手傷を負わせて確保することは許可する。」
リヴェンの指示はいずれも正確に部下に伝わり、町の各地に隠れ潜んでいる彼らにも伝わるだろう。
地図も見ないで、町の構造を把握しきっている指示の出し方。判断の速度。
でも、私が一番驚いたのは、情報伝達の方法だ。
部下がリヴェンの腕を指で叩く。それだけで、彼は何を伝えられているのか把握していた。
曰く、彼らの部隊はどのような状況でも戦闘を想定している。よって、狼煙や伝令が使えない場合、光源の明滅を用いての信号をも習得しているのだという事。
明滅の時間を体を叩くテンポに置き変えて、視覚や聴覚に頼らない情報伝達を行っていた。
同時処理人数、おおよそ三人。送られてくる信号を混線させることなく、この男は処理して即座に判断、部下に指示を出している。
……現場や本人が絡むと面倒になるだけで、本来はこういう参謀役が向いているんじゃないかなぁ。最初からこの冷静さと処理能力を発揮していれば、セイラムのところに乗り込むだなんて思わなかったかも。いや、流石に情報が足りないから仕方がないかな。
私はひそかに地図を取り出し、彼らの動きを想像で追うことにした。
リヴェンが下した方針は、シャーロットちゃんを一旦無視するというものだった。
冷酷のように思えるかもしれないけれど、理にはかなっている。なぜならば、私たちの最終目的は共にセイラムにあるからだ。つまり、状況さえ整えてしまえば必ず合流することができる。
何より、セイラムを抑えておけば、シャーロットちゃんが向こうに攫われる可能性も低くなる。
合理的。情で動いておきながら、情に左右されない差配を見せている。
似たようなことをやっていたと聞かされるのと、目の前でやられるのとは、やっぱり全然違う。
私はリヴェンの手のひらを開かせ、言葉を伝えるために文字を描く。
「ん? トリシェルか。どうした」
『どうしてこれを最初からやらないの』
「……ロザリンドにも言われたことがある。お前はそのすぐ感情的になるところを直せと。一度直情的になった後でないと、冷静に盤面を見続けられない癖を何とかしろとな」
「あはは……」
思わず笑ってしまう。
オークションの時にも思ったけど、ちょっとばかし素直すぎる面があるのだろう。きっと、それは育ち方によるものだ。
そのあたり、シャーロットちゃんとは正反対なんだよねぇ。
あの子は育ちがひねくれてるのに、根っこが素直だから。
「まあまあ、そのぐらいの方が支えがいがあるってもんですよ」
「ええと……」
「ニールです。以後お見知りおきを」
思わず笑っていると、にやけ面の人物が話しかけてきた。
ニール。この男が、こいつの腹心か。呼びつけに行くときも、この男を探せと言われたぐらいだし。
じっくりと観察する。隙だらけに見えるけれど、その実そうでもない。戦う気がないから、逃げることに特化している。おそらく、実戦闘よりも諜報で活躍するタイプの人材だ。
なるほど。当人が戦える分、耳をなる人物を重用するのか。理にかなっている。
「そんなにじっくり見られると照れますねぇ」
「はは、ごめんなさい?」
「まあ、悪い気はしないですよ。どうですか? 本場の隠密畑の人間から見て私は」
「……悪くはない、とは言っておこうかな」
「それは大層なお褒めの言葉ですね。ありがたく頂戴しましょう」
お互いに腹の探り合い。どの程度踏み込めるのか、信頼できるのか。
この男、この手のやり取りには慣れてるな。ふざけた様子も、相手が油断してくれたら上等ぐらいなつもりなのだと思う。
幾つか修羅場は潜り抜けてきている臭いがする。死地を潜り抜けたのも、二度や三度ではなさそう。
……懐かしいなぁ。ちょっと私も鍛え直そうかなって思っちゃう。こういうの見せられると。
なんて思っていると、ニールは私を手招きし、開いていた地図の方を指さす。
どうやら、リヴェンが指示を出している内容を共有してくれるらしい。
それはありがたく聞かせてもらおうっと。
「とりあえず、今は町全体の中でも下層、中層への中継地を中心に布陣してます」
「その理由は?」
「下層は現時点で私らが全部押さえてるからですね」
少しだけ驚いた。セイラムの手勢を既に追い出してるとは。
もちろん、それが確実だと言えるわけではないだろうけれど、そう言い切れるぐらいには状況を動かせているわけで。
もし、本当に下層を潰せているのなら、聞きたいことがある。
「シャーロットちゃんの痕跡は見つけられた?」
ニールは首を横に振る。まあ、わかっていた。
「おそらく……裏町に潜まれてますね。流石に、我々でも気軽に踏み込むと後が怖いので」
「裏か……」
おおよそ予想通り。シャーロットちゃんが一人で何とかすると決めたのなら、正面からは選ばないと思った。
裏で何を引き換えに何をするつもりなのかは私にはわからないけれど、きっとろくでもないことをする。先回りできるのなら、先回りしてそちらも潰したい。
私も裏に伝手はあるけれど、今この状況で裏でいざこざを起こすのはかなり状況が難しくなる。
ただでさえセイラムたちの手勢ともやり合っているのに、そこに裏の連中、リヴェンの手勢となると混乱を極める。状況を難しくし過ぎるのは、よほど負けてるわけでないなら避けたい。
紛れがあると困る。
「ねぇ、私が単独で裏に入るのはどう思う?」
「私の意見でいいですか? ボスのではなく」
「うん」
「そうですねぇ……わかりました」
顎に手を当て、考える素振りを見せる。
全ての判断を任せるのではなく、自分である程度の判断もできる。そして、それを許されてもいる。結構な信頼を置かれているらしい。
ちらりとリヴェンの方を見る。向こうはまだ指示を出している途中のようだ。慌ただしく窓から人が出入りしてるのは、見ていて少し面白い。
「やめておいた方がいいでしょうね」
「やっぱり?」
「おっ、同じ意見でしたか。これは自信がつきますね」
そのニヤケ面の裏で、一瞬見せた真剣な顔を私は見逃さなかった。
私が無理を通してシャーロットちゃんを追うことを懸念してたんだろうな。
もしも、私が裏へ向かうと強硬しようとした際に止める方法も同時に考えてたように見える。
「幾つか理由はありますが、一つは単純に、駒が浮くからです。正直、我々の中で貴方ほど単独行動に長けた人材はいません。必要な時に備えて取っておきたい」
「だね。私もそう思う」
過信もしない。なるほど厄介だ。あのロザリンドと何回も衝突したことが、彼らから過剰な自信を削ぎ取ったのかな?
だとすれば、私が想像するよりも心強く、厄介な存在になってくれそうだ。
「他は単純に、確実性が薄すぎるからですね」
「追えば逃げる。当然かな」
「それに……私の予想が正しければ、あの人はかなり危うい」
「危うい?」
シャーロットちゃんを見て、危ういという感想が出てくるとは思わなかった。
一体なにをどう感じたのだろうか。
「なんていえばいいんですかね。凄い、死が近い臭いがするんですよ」
「それはどういう意味かな」
「ああ! 勘違いなさらないでください。決して、死にそうとか言う意味ではないですって」
私の雰囲気が変わったのを察して、すぐに訂正しようとする。
では、どういう意味で死が近いと。
「……そう、普通の人は、実際死にかけるまで、死ぬ実感ってないんですよ」
おずおずと、ぼんやりとしたものを何とか形にしようという語り口だった。
「彼女は死を知っている雰囲気があるんですよね。他人事ではなく、実体験として」
「それは……放浪生活で危ない橋を渡ってきたからじゃなくて?」
「だといいんですけどね。私の直感なので」
この男は恐縮するように頭を掻いて見せた。
その様子が、本気で言ったことを何とか誤魔化そうとしているように見えて、私はすこぶる嫌だった。
彼女は自分の事を大切にしている。私はそれを知っている。
「何にしても、彼女は死を知覚したことがある。そのうえで、危ない橋を平然と渡れる人物です。下手に刺激しない方がいい、そういう相手ですよ彼女は」
「……買い被りじゃない?」
「ま、何にしても今は彼女を追うのは得策ではないということを、共有できていればいいです」
うん。シャーロットちゃんは、そんな危険なことはしないはず。
今はセイラムの手の届かない安全なところにいる。それだけでいいや。
「そういえば、セイラムさんは裏には関与してないんです?」
「ん? ああ、裏はちょっとね。後から出来た部分だから……」
セイラムはあくまで町の構築に関与しただけで、町の構造面に強く関わったわけではない。
特に裏なんかは町ができてからしばらく経ったとに生まれた部分だ。関わってると聞いたことはない。
もし関わってるとすればセイラムじゃなくて……まあ、あっちは今はどうでもいいか。
こいつらに話すことでもないし。
「おい、トリシェル! いるか!」
「おっと、ボスがお呼びみたいですね。私からは以上です。どうぞ」
気が付けば、リヴェンの周りにいた部下は一通りいなくなっており、椅子に堂々と座っているこいつだけが残っていた。
『なに』
「方針が固まった」
方針が固まった?
さっきまで指示だしてたんだから、方針は元から固まってただろうに。
わざわざ私を呼び出して、何の用なんだろう。
「お前に任せたい仕事がある」
『何をやらせる気』
「穴倉暮らしを、穴倉に閉じ込める」
好戦的な笑みを浮かべるこいつは、本当にどこまで見通しているのだろうか。
さてはて、私にはわからなかった。




