第61話:シャーロットと寝不足
……ん。眼が覚めた。
あはは、クソ狭かった。いくら俺が小柄とはいえ、リヴェンはそうでもない。きちんとした青年らしい体格だ。
そんな二人が、背中合わせでシングルベッドで眠るもんだから、途中何回か落ちかけてしまった。寝相は悪い方じゃないんだけれど……。
「やっぱり、アリスちゃんと眠るみたいにはいかないか……」
「起きたか」
俺が上体を起こすと、リヴェンも起きたらしい。
起こしちゃったかな?
そっとリヴェンの手を取り、手のひらに文字をささっと記す。
『おはようございます』
「……ああ」
リヴェンも起き上がる。ただ、少しばかりその動作は緩慢だ。
見えても聞こえてもないからか?
顔色も、若干悪く見える。
『体調が悪いんですか』
「少しばかり……いや、気にするな」
気にするな、と言われましても。体調が悪いのを放っておけるわけがないだろ!
もしかしたら、セイラムが他にも何か仕組んでたのかもしれない!
これはしっかりと確かめる必要がある。
『脱がせますね』
「は?」
俺は何をするかだけ告げると、即座に行動に移る。
真っ当に拒否されたら実力行使なんてできるはずがない! わかってないうちに、上を脱がす!
別に意味もなく脱がせるわけではない。
俺の治癒魔法は基本的に癒す相手と触れる必要がある。その触れる面積や、密着具合によって、効果は更に変わる。
つまり、地肌に抱き着くのが一番効率がいい! 恥ずかしくないかって? んなもん大事に比べたら無視するべきことよ!
死にかけぐらいの傷ならそこまでする必要はないんだけれど、体の状態も探りやすくなるから危険な時には密着するに越したことはない。
むしろ、目に見えて重体の時よりも、重体かもしれない相手に密着することが多い。
目や耳は治せなくとも、他の副次的作用ぐらいなら何とかなるかもしれない。病原は早いうちに叩く、だ。
「お、おい!」
「抵抗するな! 大人しく身ぐるみ剥がされろ!」
「何のつもりだ!」
くそう、半分はだけさせたぐらいから先が無理だ。
抵抗が激しすぎる! 肉体差がどうしようもない!
「シャーロットちゃん、おはよ……」
「あっ」
「あっ」
そうして格闘しているところ、部屋の中にトリシェルが入ってきた。
眠そうに擦っていた目が、一瞬でカッと見開かれた。
「……」
「……」
「シャーロットちゃんがぁ、汚されたぁ!」
「あっ! 待って、勘違いだから! 勘違いだからそれ!」
泣きながら逃げ出してしまったトリシェルを慌てて追いかける。
これからお世話になるっていうのに、クランハウス中に変な噂が流れたら堪ったものじゃない。
「……何だってんだ、クソ」
部屋から出ていく直前、悪態をつくリヴェンの声を聞いた。
◇ ◇ ◇
結局、泣きながら逃げるトリシェルを捕まえるのに大分手間をかけさせられた。
他に起きてきていた緋色の鐘のクラン面子が手伝ってくれて、ようやくだ。
普段の行いって大事なんだなと思わされたよ。
みんなどうせトリシェルが悪いっていう体で捕獲に手伝ってくれたよ……。
なんか、ごめん。
ちょっとだけ申し訳なくなった。
部屋に戻ってくる頃には、リヴェンは椅子に自分で移動していた。
服装も正されている。見えてもないのに、良く直せたな。
こういうところ見ると本当に器用だよなって思う。
「……で、何をしようとしてたの?」
トリシェルはまだ不機嫌だ。ジト目で責めるように見てくる。
「リヴェンさんの顔色が悪かったので、治癒で様子を見ようと思ったんですよ」
「治癒……? ああ、そっか。そうだもんね」
「わかってくれましたか?」
「うーん。うーーん……」
理由を聞いてもトリシェルは釈然としない様子で唸る。
何だ? 何がそんなに気になるんだ?
言うべきかどうかものすごく悩んだ後、観念したようにトリシェルは嫌そうに話し始めた。
「あのさ、シャーロットちゃん。私がこんなこと言うのもなんだけどさ」
「はい」
「そのつもりがないのなら、無駄な接触は控えた方がいいと思うよ?」
「はい?」
……? 何か問題でもあるのか?
治療に差しさわりが出る方が困るだろう、そんなの。
「……シャーロットちゃんさ、昔はわざと触れ合って異性の気を引いてたりしてたよね?」
「……はい」
あっ。
「同じことしてるって、気が付けてない?」
「…………はい」
…………。
そっか、そう見えるか。うん、確かに。
いや、待ってほしい。リヴェンだぞ、リヴェンだぞ? 俺の見た目に惑わされなかった男だ。
今更じゃないか? これだけ散々一緒にして、今更そんなこと気にし始めるわけがないだろう。俺たちは友達ぐらいの距離感だって! リヴェンも昔の友達に似てるって言ってくれたし!
全然、全然トリシェルの考えすぎだって!
「考えすぎならいいんだけどね……」
話題の中心にいる人物は、椅子に座ったまま微動だにしない。
不謹慎ながら、聞こえてなくてよかったと思ってしまった。罪悪感で胸が少し苦しくなる。
ため息を一つ。
脱がすのは抵抗されるし、こうなったら、シンプルに聞こう。隠される可能性はあるけれど、嘘は言わないと信じよう。
『今いいですか?』
「む? ああ。急に脱がそうとしなければな」
根に持たれてる。
まあ、確かに。焦ってたとは言えいきなり身ぐるみ剥ごうとしたのはやりすぎか。
何も見えてないのにされたら怖いよな。俺の配慮が足りなかった。
『体調が悪いんですか』
「なんだと?」
『朝、顔色が悪かったので』
体調が悪いのなら、包み隠さずに言ってほしい。
心配しているんだという思いを込めつつ伝える。
言葉で伝えられないのがもどかしい。
「……あー、そうだな」
『隠さないでください』
「いや、隠すつもりは、いや、確かにそうなんだが……」
……んんん?
なんか、後ろめたそうなんだけれども。
トリシェルのジト目がより鋭くなっている。
なんだ、何なんだこの空気は。
頼むからなんでもないと言ってくれ……っ!
「…………」
『言わないと、脱がして診察しますよ』
「そこまですることではない! ただの寝不足だ!」
「ねぶそく」
ねぶそく。ねぶそく? 寝不足らしい。
「なんて、人騒がせな……」
思わず呆れてしまう。トリシェルは凄い何かを言いたそうで言えない顔だ。
本当に何だよその顔。変顔選手権に出れるぞ。
呆れながらも手を取って、意思を伝える。
『無事ならよかったです』
「……あのなぁ」
「?」
リヴェンも何か言いたげだ。でも、こちらも言いづらそうにしている様子。
「トリシェル、こいつは昔からこうなのか?」
ちょちょいと俺の手からリヴェンの手を奪い取って、トリシェルが言葉を伝え始める。
この方式不便だな。他の人がやってると、何を話しているかがわからない。
『――――』
「ぐっ、だがな」
『――――』
「他の選択肢はないのか」
『――――』
「……クソっ!」
トリシェルが悪態でもついているのかな。リヴェンがかなり感情的になってる。
元気なのはいいことだけれど、感情の揺れが大きすぎても良くないぞー。
やがて、リヴェンの方が観念したように肩をがっくりと落とした。
「……理解した」
なんか、凄い疲れてない?
「トリシェル、何を話していたんですか?」
「んー、内緒!」
腕でバツマークを作りながら拒否された。
うーん、これは押しても駄目そうな雰囲気。
リヴェンに聞くか? いや、向こうはもっと無理だろう。
「覚えておけよ、セイラム……っ」
ほら、なんかふつふつと恨みを募らせてるし。
元気の原動力になってくれるなら嬉しいけれど。健康を悪くしない程度にしてくれよな。
「とりあえず、シャーロット」
「はい」
返事をしたいから、リヴェンの手を取る。
手を取った瞬間、僅かにひっこめられかけた。慌てて掴み直したからいいものの、そういう事するの止めて欲しい。
「っと、すまん」
『はい』
「それでだな、寝るときの話だ」
『ベッド狭いですものね』
ああー。もしかして寝不足だったのはあの狭さのせいか。
確かに、寝苦しいもんな。二人でピッタリくっついてやっと眠れるぐらいの広さしかないし。
『今度はもうちょっと真ん中に詰めましょう』
「違う、そうじゃない」
なんだ?
何が違うって言うんだ?
「俺は床で寝る。だから、お前がベッドでだな」
『駄目です』
「おい」
『駄目です』
お前! 今の自分の状況わかってるのか!
精神を病まないためにも、少しでもいい環境にいなきゃいけないんだぞ!
セイラムの仕掛け以外にも併発してみろ、それこそその時は終わりだ。
一応一人である程度動けるからこそ、俺もある程度安心して見てられるのだ。
何なら、部屋の移動中ずっと手を引いて誘導してやってもいいぐらいなのに。
仲のいい友達の為ならそのぐらいするって!
「……一緒のベッドで寝ると、その、触感が、だな」
触感。ふむ。
ああ! なるほど!
『わかりました』
「っ! わかってくれたか」
『今日からはちゃんと装備外しきってから寝ましょう』
昨日はダンジョンのあれこれが終わった後、ほぼほぼその装備のまま眠っちゃったからな!
装備つけた奴が二人もベッドで横になってたらそらぶつかり合って居心地悪いよ。いやあ、気が利かなくて悪かった。
そう思うと、本当に良く眠れたな。本当に疲れてたのもあるんだろう。
今日からはしっかり気を付け……なんかリヴェン項垂れてないか?
おい、トリシェル。その眼は何だその眼は。
「どうせシャーロットちゃんの事だから頓珍漢な事言ってるんだろうなって」
「言わなくてもいいから!」
仕方がないとばかりに呆れかえった様子で、トリシェルは俺からリヴェンの手を奪い、何かを伝えていく。
すると、みるみるうちにリヴェンは疲れ切った様子になってしまった。
「な、何を伝えたんですか?」
「『諦めな、自業自得だって』って伝えたの」
「これはセイラムが悪くて、リヴェンさんは悪くは――」
「んー、わからなくていーの」
自然な流れで頭を撫でてくる。
誤魔化そうとしてるの丸わかりだぞ、こいつ。
思いっきり髪の毛を散らすように、ぐしゃぐしゃと撫でまわされる。
うわっ! 何だこいついきなり!
そして、ここまでされてようやく気が付いた。眼に入ってくる髪色が、全て白なことに。
……あっ。これまずいかも。すっかり忘れてた。
俺が使っている髪染めはダンジョン産で、瞬く間に髪の色を変えられるが、デメリットが一つある。
一回の使用につき、一日しか効果が持たない。だから、毎日染め直す必要があるし、毎日髪の色が変わっていたのだ。
これ、この髪の色、いや、ずっと、何ならトリシェル追っかけてる時にクランの人たちにも……。
「と、ととと、トリシェル」
動揺で声が震える。
「ああ、大丈夫だよ。私以外には魔法で幻覚見せてるから」
「え?」
「最初の時から。だから、皆には別の色に見えていたはずだよ」
……大きく安堵の息を吐く。
トリシェルが嬉しそうに笑う。リヴェンは先ほどから項垂れたままだ。こいつは少しおいておいてあげよう。
それよりも、こっちの方をやらないと。
「あれ? てか、え? トリシェルって私の髪色知ってたんですか?」
「あー。あーー。そう、だねぇ。うん、知ってた、よ?」
「なんでそんな自信なさげな」
「いや、怒られるかなと思って」
「怒りませんよ」
そりゃあ、家族の遺言だからなるべく守りたいけどさ。
知られてたからって、相手の事を責めるのは理不尽だろう。トリシェル相手と言えども。
それに、これで結構気が楽になったしな。
「ま、これで少し気が楽になりました」
「どうして?」
「他の人に知られたら何が起こるんだろうってぐらい言われてたもので。案外、知られても何も起きないものなんですね」
指先で髪の毛の先っちょをくるくると回す。
毛先は整い、枝毛もない。綺麗な髪の毛だ。
手入れは気にしてるってのもあるけれど、丈夫な髪だよなぁ。
「あー、あーー」
「なんですか? 凄い言いづらそうにして」
「いや、まあ、なんと言うか、一応これまで通り普段はバレないようにしておいた方がいいんじゃないかなぁって。ほら、お母様の遺言だし? 私も協力するからさ、ね?」
何だこいつ。
まあ、元々破るつもりないから、いいけどさ。
そう伝えると、露骨に安堵した様子を見せて。
「それじゃ! 私髪染め取ってきてあげるね! 私が帰ってくるまで部屋から出ないでね!」
そそくさと部屋から出て行った。
残されたのは、何が何だかわからず首を傾げる俺と、頭を抱えているリヴェンの姿だった。




