第59話:シャーロットと引きこもり
「いやー。生きてる生きてる」
ベッドの上にトリシェルを寝かせ、椅子にリヴェンを座らせた。
こいつ、やっぱり死にかけで動いてやがった。慌てて治療したけれど、本当に治しきれたのか不安になる。
首だけを動かし、こちらを見てきた。
「何々、シャーロットちゃん。もしかして心配してくれてるー?」
「心配、してますよ。そりゃあ」
今回も、オークションでも助けてくれたし。直近はセクハラもしてこないし。
照れくさいけどさ。感謝はしてるんだよ。
いくらトリシェル相手だからって。そこまで薄情じゃあない。
「うっ!」
「どうかしました!? 傷が悪化しま……」
そんな、少し後ろめたさ込みで感謝を伝えると、突然トリシェルが胸を抑えて苦しみ始めた。
慌ててリヴェンの側から離れ、トリシェルの元へ向かう。
すると……。
「尊さにより天は砕け草木は平伏し――」
「なにを馬鹿なことを言ってるんですか。まったく」
ふざけた奴だ。心配して損した。
伸ばしてきた手をぺしりとはたき落として、リヴェンの元へ戻る。
『大丈夫ですか』
「……ああ」
リヴェンの方もリヴェンの方で、どうにも目と耳を俺の力では治すことができなかった。
これは俺の力が足りないわけではない。緋色の鐘のヒーラーの人にも試してもらったが、効果はなかった。
『ごめんなさい』
「いや、気にするな。これは……一人で先走った俺の落ち度だ」
見えも聞こえもしないということで、手のひらに文字を書くことで会話を行っている。
最初はどうしようか迷い、あれこれ模索した結果たどり着いた。
「まだ嗅覚と触覚が生きているからな。直感も込みで、ある程度は動ける」
『でも』
「ああ。戦うのは厳しいだろうな」
ぎゅっと口を固く結ぶ。
苦しいだろうに、それをおくびにも感じさせない。
それが、少しだけ辛い。
この状態のリヴェンを帰すことも憚られる。
セイラムは表にも影響力を持っているらしい。もし、あの爆発でも生き残っているのなら――今迂闊に外に出ることは危険だ。
どうするべきか。一番セイラムに詳しいのはトリシェルだ。だから今後の相談をするために声をかけようとそちらを見た。すると……。
「そして神は言った。『尊みあれ』。そして世界に尊さが満ち――」
……こいつ、ぶつぶつ言ってると思ったらまだやってたのか。
「ふざけてないで! トリシェル!」
「はいはーい。あなたのトリシェルちゃんです。どうかした、シャーロットちゃん」
もう動いても大丈夫なのか、ベッドから上半身を起こし、こちらへ体を向けてくる。
あれだけの重体だったのに、もう動けるのか。良かった。しぶとい奴め。
「今後の話をしたいんですけれど」
「ああ。そうだね、帰さない方がいいと思う」
「……」
「思考を読んでるわけじゃないよ? シャーロットちゃんがわかりやすいだけ」
先読みされるんだけど。
話が早くてよいと喜ぶべきか。気味が悪いと怖がるべきか。
ううん。今はありがたいと思おう。
少なくとも、今は味方なんだから。
「なんで帰すべきではないと?」
「セイラムが手を回したとき、今のこいつだけだとどうしようもないよ」
「それ、は……」
「あいつはこの町の権力層に働きかけられる。少しの間は、表だって動かない方がいいね」
やっぱり、そうなのか。
「シャーロットちゃんもだよ」
「私もですか?」
「むしろ、一番危ない。明確に敵対した今、なりふり構わず捕らえに来る可能性がある」
スッ、と血の気が引く。
そこまでの危機感は持っていなかった。
平気であんなことをする人間が、狙ってくる?
なんと恐ろしいことか。想像するだけでおぞましい感情に支配される。
「二人とも、クランハウスに泊まっていきな。というかこの部屋から出ない方がいい」
「でも、トリシェルと一緒にいることは向こうもわかってるんですよね?」
「流石に向こうも緋色の鐘に喧嘩は売れないよ。下手すれば町ぐるみの戦争になるからね」
……そうか、レイナードの影響力はオークションの時にわかった。
クランとして最大手。所属しているのも大半が相当な実力者。
仮に緋色の鐘が冒険者業をストップさせたりでもすれば、町の経済は大きな打撃を受けるだろう。
仕事に対する信頼度が違うのだ。
商人や職人たちはそこを凄く気にする。一定以上の地位があれば、絶対にポッと出の冒険者に依頼を出したりはしない。
「セイラムは権力層に影響を出せるっていいましたが……」
「そう。職人層には手が回せてない。流石に町の運営を滞らせるわけにはいかないしね」
職人連中は気難しい連中が多い。上から単純に圧力をかけられれば、大人しく従うのは本当に一部だけだろう。
ここにいれば、俺たちの身の安全が確保されるのはわかった。
でも、それだけじゃダメだ。
「でも、私がここにいたら野良猫亭のみんなは」
「そっちは私が何とかする。信じて欲しい」
トリシェルは自分の胸に手を当てて、じっとこちらを見つめる。
真っすぐ。一切の曇りなく。
「信じて、欲しい」
「……わかりました」
リヴェンの方はどうだろう。
手のひらを開かせ、伝える。クランハウスに泊まることについて。
書き終わると、僅かに間をおいて口を開く。
「あいつらは自分の安全ぐらいは確保できる。伊達に俺の部下はしていないさ」
『なら』
「ああ、悪いが世話になる」
リヴェンは残ることを了承した。
「じゃあ、決まりだね。私はみんなに事情を説明してくるよ」
そう言って、ベッドから飛び降りる。
ぽんぽんとベッドの上を叩き、こっちに移っていいことを教えてくれる。
……いいのかな。でも、椅子も二脚しかないし、机も大きなものではない。
リヴェンの事を考えると、椅子に座らせたままより横にならせた方がいいかもしれない。
トリシェルのベッドにリヴェンを寝かせることは……本人がいいって言ってるんだから良しとしよう。
リヴェンの手を引いて、俺たちは椅子からベッドの上に移る。
そこまで見守って、トリシェルは部屋から出て行こうと扉に手をかけた。
「そうだ、トリシェル」
「うん? どうかした?」
「リヴェンは元に戻るんですか?」
これは大事なことだ。
ずっと目が見えないまま耳が聞こえないままでは、こいつの夢はどうなる?
あんなに強く語っていたんだ。こんなことで台無しになるのは、あまりにも可哀そうが過ぎる。
「……確実なのは、セイラムに治させることだけど」
「治してくれるはずがない、ですか」
「そう、だね。ごめん」
ごめん。何の謝罪なのかは、薄々わかる。
こいつは俺たちの味方をしてくれている。でも、同時にセイラム側に縛られている。
これができる精一杯に違いない。
――本当に、それしか方法がないのかもしれない。とも、思えてしまう。
「ありがとうございます」
部屋を出ていく背中に感謝の言葉を伝えるも、軽く手を振るだけでそのまま出て行ってしまった。
部屋に取り残された俺たち二人。
こうなると、どうすればいいだろう。
沈黙に耐えかねて口を開くが、言葉が通じないのだと気が付いて閉じる。
……やばい、沈黙が辛い。
何をすればいいだろう。
「……そこに、いるか」
「はい!」
声を発したのはリヴェンが先だった。
「あっ! ち、ちが」
声にしても意味はない。
俺は急いでリヴェンの手を取り、手のひらに綴る。
『はい』
「……トリシェルはいなくなったな」
『はい』
俺がそう答えると、リヴェンは大きく息を吐いた。
手元に意識が移る。僅かに震えていた。
顔を見上げる。真っすぐ前を向いていた。向いていた、が。
「すまない」
言葉から悔しさがにじみ出ている。
怒りも混じっているのかもしれない。
「すまない」
誰に対してだろうか。きっと、俺に向けられた言葉ではないのだろう。
「すまない……っ!」
――ああ、理解できた。
リヴェンは、治るとは思っていないのだ。
本能的になのか、どうしてなのか。悟ってしまったに違いない。
これは、どうにもできないものなのだと。
トリシェルの様子を見ていれば、何となくわかる。この症状は、人の手に余るものだ。
でも、リヴェンにはわからないはずだった。聞こえていないのだから。
俺には、こいつが何を感じているのかなんてわからない。
「諦めるな!」
強く、強く手を両の手で握り締める。
リヴェンの顔がこちらを向いた。
「まだ、まだ負けてない!」
聞こえてないのはわかる。でも、言わずにはいられない。
この熱は、この感覚は、直接じゃないと伝えられない。伝えられるはずがない。
「私たちは、俺たちは負けてない!」
オークションの時を思い出す。
あの時もこいつは落ち込んでいた。絶望していた。どうしようもない現実に打ちひしがれていた。
今回もそうだ。いいや、今回の方が酷い。なぜならば、既に起こってしまっているからだ。
持ち前の観察眼も、馬鹿みたいな地獄耳も、奪われてしまっているからだ。
「だから、だから……」
諦めるな。
その言葉を出すことができなくて。
俺の頭にもどうしようという言葉ばかりが浮かんできて。
だから、ただ抱き着くことしかできなかった。
俺のこの熱を、諦めたくないという思いを伝えたくて。
少しでも、触れていることで感じられるのなら。
僅かばかりの言葉よりも、多くを伝えられると信じて。
最初は体を強張らせたリヴェンも、俺を引きはがそうとはしなかった。
そこに俺がいることを確かめるように、僅かに俺の腕に触れるだけで……。




