第58話:シャーロットと悪魔の力
激しい攻防が繰り広げられる。
いいや、実のところ一方的なものだ。トリシェルは守るだけでも精一杯、どころか見る見るうちに傷が増えていく。
致命傷を避けているのは流石一流と言うべきだろうか。
……しかし、着実にリヴェンがトリシェルを追い詰めていっている。
「リヴェンさん! リヴェンさん! 私達ですよ! シャーロットとトリシェルです!」
必死に呼びかけるも、変化はない。
やっぱり声が届いてないんだ。見えてもないのかもしれない。セイラムに感覚を奪われてるに違いない。
「トリシェル!」
「やろうとはしてる! でも、その余裕が欲しいかなぁ!」
俺の時と同じように、トリシェルに戻してもらうしかない。
てか、あの何もわからない状況下でこの動きってどうなってるんだよ! 何もわからないはずなのに、そうとは思えない動きしてるぞ!
十分化け物だよお前も!
あの戦いの中に、俺は割って入れない。一瞬でミンチになる自信がある。
見ていることしかできないのか。
いや、他にできることはある。
俺はすぐに周囲へ意識を散らす。
リヴェンがこうなってるってことは、近くにセイラムがいる可能性がある。
このタイミングで出てこられるのが一番困る。あの二人の邪魔をさせてたまるものか。
「正面戦闘はさぁ! 私の戦い方じゃないんだって!」
トリシェルの悲鳴じみた叫びと、激しい衝突の音が響き渡る。
いつの間にかに、二人との距離はかなり近いものになってしまっていた。
邪魔にならないように下がるべきか……?
こつり。半歩引いた足に何かが触れる。
小石? なんでこんなところに。
これならもしかして……。
いいや、それはすごく危険なことだ。
殺される可能性は高い。
でも、このままだとおそらくトリシェルが殺される。
出血している箇所が明らかに増えていて、動きも悪くなっているように見える。
ええい! こうなったら迷っている余裕もない!
小石を拾い、振りかぶる。
生み出すべきは一瞬の隙! 間違ってもトリシェルに当てないように狙って……投げる!
俺が投げた小石は弧を描き――。
二人の横を通り過ぎ――。
「……っ!」
リヴェンが、後ろへと飛びのいた。
……もしかして、こいつ直感的に気配を探ってる? 周りの状況がわからないから、動いた気配で近づく全てに攻撃してるんじゃ……。
「トリシェル!」
「わかった!」
トリシェルは杖を勢いよく地面に突き立て、何かうまく聞き取れない言語を口にする。
杖を伝い、地面に冷気が流れていくのが見えた。
瞬間、冷気が通った場所が凍り付く。氷の道はリヴェンの足元まで続き、地面に釘付けにすることに成功した。
その隙を突いての出来事だ。
光輝く弧が宙を泳ぎ、陣を作り出す。それが何なのかはわかる。解放のための陣だ。
リヴェンは拘束から逃れようと、その場で呼吸を整えている。
その隙に、陣がリヴェンの頭の上から足元まで通り抜けていった。
「……よし! これでダンジョンの制約からは逃れたはず!」
「それじゃあ――っ!」
やりきった。そう確信した瞬間のことだった。
辺り一面に、深紅の飛沫が飛び散った。
「……え?」
何が起きたのか、脳が理解を拒んだ。
ゆらりと倒れるトリシェル。そのすぐ前には、リヴェンの姿がある。
砕かれた氷の欠片が地面に散らばっている。
怪しく光る銀の刃から、赤の雫が滴り落ちている。
トリシェルの身を守っていた杖が、いつの間にかに二つに分かれている。
光景は目に入る。でも、それを正しく認識できない。
「トリシェル? リヴェン?」
二人に向けたつもりが、どこへとも定まらなかった呼びかけに当然返事はない。
白刃が煌めき、高く掲げられる。
トリシェルが殺される。なんで。
感覚を取り戻したはずなんじゃ。なんで。
トリシェルが死ぬ。なんで。
どうすればいい。何すればいい。
なんでなんでなんで。
思考が埋め尽くされる。いずれも正しいものではなく、意味のない文字の羅列に過ぎなかった。
だから、なんで俺もこういう行動をとったのかわからない。体が勝手に動いていた。
凶刃が、止まった。
「お願いします。お願い、お願いだから……っ」
震える声で、必死に懇願する。
リヴェンの体に回した両腕へ必死に力を込める。こちらも震えが止まらない。
状況的には、俺はリヴェンに抱き着いて胸元に頭を埋めている。
他に何も思いつかなかった。必死に止めようと思って、直接妨害することしか頭になかった。でも、俺の身長だとこいつの腕を止められるはずがないから、勢いよく抱き着いただけになってしまった。
けれども、止まってくれた。止めて、くれた。
「……まさか、シャーロットか?」
「リヴェンさん!」
こちらに顔が向いた。眼が合った……はずなのに、合っていない。
するりと、通り抜けていく。
「リヴェンさん?」
「ならば、いや、レイナードではないな。……氷か、そうか。トリシェルだったんだな」
「答えてください! ちょっと!」
リヴェンはそっと腕を下ろした。
俺も、抱き着いている力がするりと抜ける。
「……嗅覚、触覚。血の味もする、味覚もだな」
「まさか」
「どうやら、視覚と聴覚がやられている。何も見えてないし、何も聞こえない」
「っ!?」
嘘だろ……?
トリシェルはあの感覚を奪うダンジョンの影響からは抜け出させたって。
どうして目と耳が戻ってきていないんだ? 途中で失敗した? 不完全だったのか?
「シャーロット。もしお前なら、急いでトリシェルの治療をした方がいい。手加減をしていない」
「そうだ! トリシェル!」
俺はリヴェンから手を放し、地面に倒れ伏しているトリシェルに触れて治癒を開始する。
あまりに傷が深い。間に合うか?
いいや、間に合わせてみせる。何のための力だ! 全力で捻り出せ!
ごぼりとトリシェルの口から血が噴き出る。
まずい、まずいまずいまずい。急げ急げ急げ。
全力で治せ。集中しろ。死なせるな。
「セイラムはどこへ……来たか」
俺たちが来た方向とは正反対の漆黒に、リヴェンは刀を向けた。
姿は見えない。でも、何がいるのかはわかる。
「うっそでしょ。ちょっとは消耗してくれてると思ったのに」
「セイラム……っ!」
「こんばんは。我らが姫君」
今となってはその声を聴くことすら腹立たしい。
何なんだこいつは、何がしたいんだ。
怒りが雑念として入りかける。収めろ、トリシェルの方が優先だ。
「まったく、黒の一族の生き汚さには驚いたよ。気配や直感だけであれだけの大立ち回りをするんだもの」
「リヴェンに、何をしたんですか」
「ん? ただ目と耳を殺した。それだけだよ姫」
歯を食いしばってしまう。
何だこいつは。人を何だと思っているんだ。
何も見えない、何も聞こえない。それがどれ程の恐怖だと思っている。
どれだけ……怖いものか、知らないくせに!
「ダンジョンのギミックだけでは心配だったから、きちんと体の方も殺したんだけれど……正解だったみたいだね」
「あなたは――」
「相も変わらず悪趣味だね、セイラム」
治療の途中だというのに、俺の手を振り払いトリシェルが立ち上がった。
まだ血は止まりきっていない。大事なところは治したから、すぐに死なないとは思うけど……。
「トリシェル。怠慢な君に言われたくないなぁ」
「ははは、そんな寝るのが大好きな私なのに、そっちのせいでこんなところまでくる羽目になったよ」
「たまには働くのもいいだろう?」
「そうだね」
支えようと伸ばした俺の手を払い、リヴェンに両断された杖の片割れを確認する。
まだふら付いている。大丈夫なわけがないのに。どうして今。
「それじゃあ、一緒にその黒の――」
「死にさらせ」
投げた。切られて壊れた杖を、投げた。
同時に、リヴェンがこちら側へ逃げるように動く。
闇の向こうへ杖の片割れが飛んでいき――通路の奥を炎で埋め尽くした。
「おい! 何が起きている!」
「ちょちょ、ちょっとぉ!」
「シャーロットちゃん! でくの坊! 逃げるよ!」
「あっ! 待ってください!」
爆炎はただそこにあるだけでなく、こちらに迫ってきている。
周りの状況が殆どわからないリヴェンを置いていくわけにはいかない。近くに来たリヴェンの手を掴み、全力で炎から逃げる。
「あははははは! ざまぁみろ!」
「ちょちょちょ、なんですかこれ!」
「ダンジョンのエネルギーを吸い取って貯める杖なんだけどね! 爆発させた!」
ダンジョンの力を吸い取る? じゃあ俺たちの五感を取り戻したのもあの杖のおかげなのか?
いや、なんで爆発させたんだ――。
「こっちには姫君の意向っていう無敵バリアがあるもんね! 調子に乗ってんじゃねぇぞばかやろー!」
「その姫君ってのもなんなんですかー!」
「おい! 状況を教えろ! 何が起きている!」
「後で説明しま……何とかして教えますから!」
今は信じてくれと、ぎゅっと強く手を握る。
俺の気持ちが伝わってくれたのか、リヴェンは僅かに口を開き、閉じた。
爆炎はすさまじく、第六階層に逃げ延びる直前まで、俺たちの背中を焦がす勢いだった。
セイラムはどうなったんだろうか。
「この程度じゃあいつは死なないよ」
「じゃ、じゃあ!」
「でもまあ、すぐに追ってもこれないでしょ。私の部屋に行こう、あそこなら向こうも手出しできないから」
その言葉に従い、俺たちはダンジョンを脱出し――緋色の鐘のクランハウスへと戻った。
クランハウスに到着した瞬間、死にかけのトリシェルが倒れて、俺は急いで治す羽目になったのだった。




