第50話:シャーロットと直接指名依頼
町中を急いで進む。
少しでも早く伝えたい一心で走っている。
そうして、目的地に着いた。
「リヴェンさん!」
「なんだ。ノックぐらいはしろ」
「あっ、すみません」
気がはやるあまりノックすら忘れてしまっていた。失敗失敗。
でも、それを深く言ってくる気はなさそうだ。
それなら、本題にさっさと入ってしまおう。
「お金! お金になる依頼が入ってきましたよ!」
「……はぁ。そうか」
「溜息吐かないでもらっていいですか! 今の私達にはお金が必要なんですから!」
そう、あのオークションで俺たちは金を使い果たしてしまった。
最初に交わした契約を見直して、ある程度リヴェン側に金が入るように契約し直したぐらいにはお互いに金に困っている。
しかし、なんとこの男、危機感が足りない。
お前、王族だから金に無頓着なのか? 金を馬鹿にするなよ、最終的に頼れるものは金なんだからな。金は裏切らない。人は裏切る。金だけだ確かなものは。
金の亡者みたいになったけれど、切実に金が欲しいのは確か。
人は生きているだけで金を使う。金を軽視していいのは死にゆく人だけだ。
「わかった、わかった。そうだな、それで、どんな内容なんだ」
俺の内なる熱意が伝わったのか、リヴェンは無事に聞く体制を整えてくれた。
良かった。こいつがいないとダンジョンに潜れないからな。
あのオークションの一件以来、俺たちの組み合わせが印象に残ったのか、全く関係のないパーティから誘われることが激減した。おかげで、リヴェンやレイナード以外でダンジョンに誘える人物が減ってしまったのだ。
今こいつに見捨てられたら非常にまずい。そのことは表に出すつもりはないが、最悪泣き落とす。
今更見捨てないよな? な?
「えーと、ダンジョン探索の依頼ですね」
「ほう、普通だな」
「そうですね。ただ、内容が問題でして……」
「問題だと? 何が問題なんだ」
えーと、と口ごもる俺を見かねて、リヴェンが近づいてきた。
手に持っていた依頼の紙をそっと奪われる。
「どれどれ。……ふむ、『人物の捜索』と来たか」
「ですです。しかも、詳細が書かれてないんですよ」
これが遭難した冒険者の相談なら詳細な見た目や装備などが記載されているはずだ。
それが書かれていない。つまり、依頼主は捜索対象の見た目を認知していない、もしくは俺たちに見た目を教えてたくないということだ。
訳ありな人物なのだろうか。いや、シンプルに困るんだけれど。
依頼表から目を離して、リヴェンがこちらを見てくる。
その眼はどこか疑わしいものを見る眼をしている。
「お前、これを受けるつもりなのか?」
「で、でも報酬を見てください! 今の私達には必要なものですよ!」
大きなため息を吐かれた。
俺だって不安だとか怪しいだとかは思ってるさ!
でも、全く貯蓄がない現在あんまり小粒な依頼や小金稼ぎに精を出してる場合でもないはずだ。
ここは一つ、まとまった稼ぎがいる。
「それはわかるが……だからと言って仕事は選ぶべきだ」
「お金に困窮したことがないからそんなことが言えるんですよ!」
先立つべきは金! 金に余裕がないうちは選んでる余裕なんてないんだって!
その後もやり取りを重ねて、リヴェンを説得する。
最終的に折れたのは……向こうだった。
「わかったわかった。それで、そんなに言うのなら何か理由があるんだろうな」
「それはまあ……ちょっと」
あるんだけれど、言いづらい。
うっ。でも凄い目で見られてる。この状況で言わないで済む方法……ないっすね。
観念したと両手を軽く上げて、白状する。
「髪染めとか、色々と消耗品にお金がかかるんですよ」
「髪染め、と言うとお前のその毎日変わる髪色か」
「はい。これ、ダンジョン産の髪染めでお金がかかるんですよ」
そう、髪染めに凄い金がかかるのだ。
一般的な髪染めに変えてもいいのだけれど、そうすると今度は支度に時間がかかるようになる。それは避けたい。
毎日髪色が変わるから、元の髪色を気にされなくなるのだ。固定の髪色だと、髪染めがはがれた時の印象が違いすぎる。
別にバレたって何もないとは思うけれど、お母さんの言葉はなるべく守りたかった。それぐらいしか、お母さんとの繋がりを残すものがないのだから。
そんな詳細までは、まだ話す気にはならないけれど。
「……そんな理由で危険を冒すのか」
「いやいや、それが違うんですって。信頼できる筋の依頼ですよ」
「ふむ、そうなのか?」
「はい! 何と、オークションで手伝ってくれた人うちの一人からの依頼です!」
上層からの直接依頼! なんで魅惑的な響きなんだろうか!
金持ち連中がわざわざ大枚叩いてくれているのだ。
「信頼、できるのかそれは」
疑わしい眼。
ちょい? お前の方が関係性深いはずなんだけれど、その反応は何?
薄情者かお前ひょっとして。
「ちょっと? お世話になったんですから、報いないと」
目を細めて責めるように見つめてみるが、大して効果はなさそうだ。
「結果的にあまり役には立たなかっただろう」
「そういうところ! そういうところがよくないんですからね! 人付き合いは維持コストが一番大変なんですから!」
せっかく繋いだ縁を活用しないでどうする!
俺が今回の依頼がどれだけ縁繋ぎに役立つか力説してやろうかと構えると、察したのか両手を上げて降参の意を示してきた。
「わかったわかった。受けるんだな。もう何も言わん」
「……ありがとうございます」
「何に対してのお礼だそれは」
「折れてくれたことに対するですかね? 最悪、レイナードに借りを増やすことも考えていましたから――」
「それはやめろ」
目をぱちくりさせる。
あまりにも早い否定だった。そんなにレイナードに借りを増やすのが嫌なのか?
リヴェンの顔をまじまじと見つめると、そっとそっぽを向かれた。
「……わざわざ契約までしているんだ。他の奴に頼むのは、迷惑だろう」
「まあ、それは何となくわかりますけれど」
「わかるなら、今後も俺にまず話を持ってこい。わかったな」
「え? あっ、はい」
なんだ? なんか、ちょっと不自然さを感じる。
具体的に言葉にすることはできないけれど。ううむ、ちょっとギクシャク?
それは、なんか、やだな。
その後、依頼の詳細を確認したり、決行日を確認したりして、一度解散となった。
帰り道。いつもの外出用のボロをまとって、俺は道を歩いている。
道中で考えるのは依頼の事ではなく、先ほどのリヴェンの様子についてだ。
「様子がおかしかったよなぁ。ううん」
あの時はいつものリヴェンらしくなかった。
いつものあいつは、もっと何も大したことがないように振舞っていて、目的に一直線という印象だ。
他の事は大して気にしない。必要なことは必要だと、必要ないことは必要ないと言い切るタイプ。だと、思っていたんだけれど……。
「思ってたんだけどなぁ」
人って難しい。人付き合いって難しい。
思えば、今世でここまで密接に一人と関わったことはなかったな。
前世でも……友達は広く浅く作る方だった。
オークションの時のリヴェンみたいに、無理に入り組んだ状況に介入しようだなんて、俺も変わったのかな。
なら、リヴェンが変わってもおかしくはないか。
怪物姉との和解? が何か変化をもたらしたんだろう。
こうなると、いっそのこと連盟にパーティの申請とかした方がいいのかもな。俺とリヴェンの二人だけになってしまうが。
申請しなかった理由は、この契約がどこまで有効か、いつまで有効か計りかねていたからだ。道中の日銭稼ぎにもリヴェンが付き合ってくれる今なら、別のパーティメンバーを探す意味もない。
色々とやらないといけないことがあるな。
っと、その色々を考えているうちに、野良猫亭まで戻ってきてしまっていた。
考えすぎて、危うく通り過ぎてしまうところだった。危ない危ない。
「マスター、アリスちゃん、ただいま戻りました」
「あっ! お姉さん! おかえりなさい!」
「ちょっと、アリスちゃん、ボロに抱き着くのは汚いですよ」
扉を潜って、すぐにアリスちゃんが抱き着いてきてくれた。
嬉しいけれど、従業員用の服でこのぼろに抱き着くのは不衛生だからやめてほしいなぁ! そこまで衛生観念が強くない今世だけれど、俺が口酸っぱく言ってるからこの店は大分マシになっているのに!
「おっ、シャーロットちゃんじゃないか。今日は看板娘やってくれないのかい?」
「今日はこの後から出ますから、ちょっと待っててくださいねー。アリスちゃん、着替えてきたいので放してくれますか?」
「はい!」
元気がいいのはいいことだ。
放してくれたアリスちゃんの頭をそっと撫で、俺は二階の自室へと向かう。
それじゃあ、ささっと着替えて店の方に出るか、と思って依頼表を机の上に放った時に、その文面が見えた。
「ん?」
それは、まるで見つけてほしくないかのようにさらっと目立たないように書かれていた。
なぜそんなことはわかっているのか。なぜその記載がされているのか。まるでわからない。
「捜索対象の名前、ですか」
書くんだったらもっと目立つ場所に書けばいいのに、と思いながら文章を頭の中にいれる。
念のために他に見落としている部分がないかを確認するが……うん、大丈夫そうだ。
改めて依頼表を机の上に置き直した。
そっとクローゼットを開けて、服を着替え始める。
着替えている間、依頼の事を考える。不思議な依頼だけれど、まあ何とかなるだろう。
特殊なダンジョンだから、それ用の装備も用意していかないとな。
それと……捜索対象の情報について。本当に、なんでもっと分かりやすく書いてくれなかったのか。見つけられてよかった。
セイラム。それが、俺たちがダンジョン内で探すことになる人物の名前らしい。




