第49話:ロザリンドと黒の一族
「お帰りなさいませお嬢様」
「ただいま。私が不在の間、お母様は?」
「お変わりなく」
「それはよかったわ」
ライオネル――リヴェンと名乗っていたあの子たちと別れてから、再度転送魔法を用いてラウディナル王国へ帰ってきました。
その王宮、黒の城。見た目は白色を基調としているのに、黒の一族が住まうからそう呼ばれているこの場所。私達が住むのは、一角にある離宮。一般的には赤宮と呼ばれてます。
「お嬢様、お坊ちゃまのご様子は……」
「元気でやっていたわ。あの分なら、巣立ちと許容できそう」
「左様ですか。それは、何よりでございます」
「ありがとう。あの子の成長を喜んでくれて」
この執事――ピスキスも、私達が生まれる前からお母様に仕えてくれている。王宮において数少ない私たちの味方。
ただでさえ立場が弱い、権能も持たないあの子が飛び出していったときは、散々心配していたというのに、いざ成長したとなると、手放しに喜んでくれる。
あの子は、このことがわかるかしら。きっと、思いもしないのでしょうね。
出来損ないの自分は母親から愛されていない。そう思うのは仕方がないにしても、周りの人からも愛されていないなんて限らないのに。
「それでは、これからはどうなさるおつもりで?」
「お母様の意向を叶える方針に変更はないわ。私は継続して、玉座を目指します」
「では、坊ちゃんと……」
「対立は、しません」
ピスキスがホッとした様子を見せる。
身内同士での争いを見たくないからでしょうね。
他の兄弟と玉座を争っている? まさか、腹違いの兄弟なんて、家族ではないわ。
あれらは全員敵。私たちを虐げる、愚かな敵。
いつか、身の程をわからせてあげないとね。今はまだ、他にやるべきことがあるわ。
「お母様の望みはあくまでも自らの子が玉座を得ること。ならば、私がとってもあの子がとっても同じことでしょう?」
「譲られた玉座で満足されるような方だと?」
「まさか。愛するあの子は、そんな器用な子ではないわ」
思わず笑ってしまう。ピスキスもわかって言っている。
楽しい冗談だこと。
「まずは、愚かな上の兄を抑えるところからやりましょうか」
「何か御用があれば、この老骨に何なりとお申し付けください」
「ありがとう。ハイデンを動かすと、あの父に筒抜けになるもの。頼みたいことができたら、お願いするわね」
「はっ」
最も待遇の低い赤宮にありながら、私たちがやってこれたのはピスキスの働きも大きい。
裏切り者だらけのこの宮で、無事にお母様が生き残れているのがその証拠。
私がいるうちは大丈夫だけれど。
あの子を連れて帰らなくて良かったかもしれない。お母様の癇癪と、あの子のケアと、ゴミどもの相手は流石に辛いかもしれないから。
感謝しなければね。あの子が私の手を離れてもいいぐらいに成長してくれたことに。
寂しさは、あるけれども。
「ふふっ」
思い出して笑ってしまう。
戦いの中で、あの子が見せた表情を。
あんな顔ができるようになったのだと、嬉しさを噛みしめる。
不思議そうに見てきているけれど、こればかりはピスキスにも与えたくはない。私だけの宝物として心の中に大事に保存しておく。
「ねぇ、ピスキス。あの子、私の権能を切ったのよ」
「!? よもや。崩壊の権能を破ったのですか!?」
「そう。でも、それはあの子の側にいた子のおかげ」
シャーロット。不思議な子だったわね。
なぜあの子の側に彼女がいるのか、不思議でならない。
ああ、でも気づいている様子はなかったわね。
ならば、本当に偶然知り合ったのでしょう。
いや、これも運命なのかしら。権能を持たぬ黒の一族の側に、白の神子。
建国の焼き直しでも行うつもりなのかしら。そうだとすれば……楽しみね。
髪色は白ではないけれど、染めているのだとすればわかる。
白の一族は己の髪色に誇りを持っているはずだけれど、出生のことを思えば納得できた。
他にも、権能の不安定化など要素は揃ってる。間違いはないでしょうね。
本当に大事なのは、あの子にとってよき人となってくれているという事実。彼女が何者かなんて、些細なことね。
ああ、今から産まれてくる子供が楽しみ。きっと可愛らしい子が産まれるわ。
「優れた王には、優れた臣民が付き従うものよ。あの子は……友に恵まれている」
「……左様ですか。お嬢様が仰るのなら、そうなのでしょう」
「本当に、テンユウは勿体ない損失だったわ」
第二王子――ラハクの手出しのせいで、私たちの王位継承戦はややこしくなってしまってる。
本来の形を失い、必要もない政治戦にまで手出しする羽目になった。
あの子が王を目指すなら、本当に飛び出て正解。そこら辺の勝負勘の良さも、王の素質ではあるわね。
ああ、本当に思えば思うほどあの子を褒めてあげたい。
あの子の為ならば、その道を邪魔する奴らを排除しきってもいい。
それで手にした玉座に、あの子が求めるものがないからやらないけれども。
「ほほほ。無事に刀は渡せましたかな?」
「ええ。あの子の手に渡ったわ」
「本当にあんなやり方でよかったのですかな? 素直に手渡しすれば、お坊ちゃまも感謝されるでしょうに……」
「いやよ。嫌われたくないもの」
テンユウが死んだ直後のあの子の姿は見ていられなかった。
何とか武器だけは奪い返したけれど……私は声をかけられなかった。今でも悔やんでる。声をかけるべきだったと。
「……今更だと思いますがね」
「なに」
「いいえ、差し出がましい口でした」
苦手に思われるという自覚はあるわ。
あの子の為を思って、散々壁として立ちはだかってきたんだもの。今更って思われるのも仕方がないわ。
でも、それでも、愛する弟に好かれたいという思いは捨てられない。
私たちは、愛の一族だから。
ねぇ、ライオネル。貴方も苦しむことになるわ。
その愛は、種族の確執を超える愛。
枯れる可能性の方が高いでしょう。
けれど、実るときにはきっと……他の追随を許さない、巨大な果実が実るはず。
「……あの子の未来が楽しみね」
「ええ、本当に」
さて、そろそろ和やかな雑談も終わりにしましょう。
やるべきことをやらなければ。
「私たちは私たちの仕事をしましょう。あの子が帰ってくるときに、きちんと戦わせてもらえるように。戦場を作り出す仕事を」
いつか、あの子が帰ってきたときに。
その本懐を遂げられるように。




