第47話:シャーロットと後処理と
俺が語れることは、そんな多くはない。
負けを認めたロザリンドは、決着の後少し経って舞台に入ってきた連盟の職員たちに連れていかれた。
その直前、披露した魔法がまた桁違いで……。
「そういえば、忘れるところでしたわ。『再演』」
そうつぶやくと、散々破壊された会場が元通りに戻っていく。
まさかとは思うけれど、あの戦闘中ずっとこんな大規模魔法を行使し続けてたのか?
桁の違いを見せつけられて、俺は呆然と連れていかれる背中を見送ることしかできなかった。
それも、姿が扉の向こうに消える直前、笑顔でこちらに手を振る余裕を見せていた。
他の奴? 様子を見ている余裕なんてないわ。
「いやー、上手く行ったねシャーロットちゃん!」
「え? ああ、何とかうまく行きましたね。良かったです」
何気なく肩を抱かれて、意識が戻ってくる。
誰だ? トリシェルか。タッチしてくるのは……まあ、いいか。頑張ってくれたみたいだし多めに見よう。
しかし、良かった、か。いや、本当に良かった。
ステージ下を動き回って、床下からトリシェルに相談したり作戦を伝えたりなんだかんだ。
最終的には、俺には気づいてたみたいだけれど、無視されたのが助かった。
羽虫でも無視されないようなレベルの慎重さだったら殺されていたかも。いてもいなくても問題ないって判断されたから放置されたんだろうな。
「……って、レイナード! 珍しく倒れてると思ったら、お腹に穴空いてるじゃないですか!」
「やあ、シャーロット。いてて……かっこ悪いところ見せるね」
「ちょっと動かないでください! 怪我人は安静に! 今治してあげますから!」
まとわりついてくるトリシェルを振り払って、レイナードの元へ向かう。
結果論でしかないけれども、来てみてよかったみたいだ。
レイナードはなんか腹に風穴空いてるし、トリシェルも骨が幾つもへし折れてるみたいだし、怪物姉の隙も作りだせたし。
トリシェルはまだ治してないけれど、なんか元気そうだから後回し! 先にレイナードの方だ。
どうなってんだこれ? 腹に風穴があいてるだけかと思ったら、色々とぐちゃぐちゃにされてるんだけれど!? そらこんな状態では立てやしないよ。
急いで治癒魔法を使って、レイナードを治癒する。マジでどうなってんだこれ。治癒する際に色々と余計なことがわかるから気が散って仕方がない。まるで内部で爆弾でもはじけたみたいなぐちゃぐちゃのなり方してるんだもの。
回復魔法の性能だけはあってよかった。触らないといけないとかいうクソ誓約も今は気にならない。この分なら、ちゃんと治せそうだ。
安堵の一息を入れると、俺たちのいる場所に影がかかる。
何だろうと思って顔を上げると、リヴェンがそこにいた。
「……どうかしましたか?」
「…………いや」
「いや?」
なんか話しづらそうにこっちを見ていたから、先に声をかけたが、いやってなんだよ。
なおも見続けてきてるし。なんだよ。なんなんだよ。
「……なんですか」
「…………。回復魔法、本当に使えたんだな」
「はいぃ?」
今言うことかそれは!
確かに! 見せるのは初めてな気がするけれど! 今言うことかそれは! なあ!
「使えるって言ったじゃないですか。それとも、私の事を本当にただの置物だと思ってました?」
「…………」
「そこは何か言うところですよ! 沈黙は最も駄目な選択肢ですって!」
マジでなんだよこいつ!
何もしないなら今は邪魔だから後にしてくれ!
治癒って結構精神力を使うんだから、気を散らさないでほしい。
そんな俺の考えが伝わってくれたのか、レイナードが起き上がるまで、リヴェンは口を閉ざしたままだった。
「うん、もう動けそうだ。ありがとうシャーロット」
「はぁ。いつも無理をしますよねあなたは。鞭相手じゃなかったんですか?」
「ははは、僕もびっくりだよ」
あの傷をびっくりで済ませられるのは、流石冒険者というところか。
モンスター相手ならもっとひどい怪我を負ったこともあるもんな。懐かしい。あの時は全滅するかと思った。
「すみません、よろしいでしょうか」
連盟職員だ。現場検証が終わったのか?
なら、次は事情聴取だもんな。
はい、と答えようと思って、振り返ったところで言葉を止めた。
よろしいかは俺に聞かれたわけではなく、リヴェンに言われていたものだったからだ。
「……なんだ」
「いえ、その刀……カクヅチを返していただけますか?」
「あっ」
そういえば。トリシェルにショーケース壊させて渡したけど、これまずいか?
競り落としたのは結果的に俺たちだけれど、正式な引き渡しがあったわけではない。
何より、金もまだ受け渡していない。正式な所有者はまだ連盟側なのだ。
というか、あれが正式な競りになるのかすら不明。途中中断みたいな感じになってしまったしな。
これ、どう収集つけようか。何なら色々と文句言われても何も言えないぞ俺たち。
何よりリヴェンはどう思っているのだろうか。せっかく手にしている友の形見を手放すことに。
「……わかった。返却しよう」
「感謝いたします」
素直に返すんだ。
そっと鞘に納めて差し出し……職員の手に渡るところで、リヴェンの動きが止まった。
「だが、競りの方はどうなるのかを聞かせてほしい。彼女が金貨四百五十で競り落としたはずだ。その結果は、どう扱われる」
「私は一職員なので確かなことは言えませんが……不測の事態が途中で起こった場合でも、やり直しが認められたケースはございません」
「つまり、後程金を払えばきちんと引き渡されるということだな?」
「過去のケースでは……そうですね。私から言えるのは、ここまでです」
「わかった。感謝する」
リヴェンが強く握り締めていた手を緩め、刀が職員の手に渡る。
よかった。無事にリヴェンの元に渡るんだな。
……うんうんと首を縦に振って、少し冷静になる。
よくよく考えれば、俺市民権買うために貯めてた金を全部注ぎ込んだんだよな。
ぐ、ぐぐぐ。いや、後悔はしない。後悔はしないぞ。なあに、リヴェンがいれば稼ぐのなんてすぐよ!
あっ、でもリヴェンも金大半失ったんだよな。じゃあ、これまでみたいに取り分の多くをこっちが貰う契約って継続させられないよな。
…………。
ええい! 気にするものか! 金に換えられんものだってある!
その分働けばいいこと! この話はここで終わり! オッケー!
無理やり自分を納得させて、無理やり思考を打ち切る。
あんまり考えすぎると良くない方向に思考が持っていかれそうだった。
一息つく。周囲を見渡す。
何事もなかったかのような会場。しかし、がらんと人がおらず、ステージ付近にまばらにいるだけ。
本当に、戦って勝ったんだよな……?
なんだか実感がわかない。確かな感触がない。
「……リヴェンさん」
「なんだ」
「私達、勝ったんですよね」
「……ああ」
そうだ、やりたいことは全部やった。
刀も手に入る。怪物姉も倒した。なのに、何だろうこのもやもや感は。
すっきりとさせてほしいのに、なんでこんな……。
「ああーっ!」
いきなり大声を上げてしまった。俺に周囲の視線が集まる。
「なになに、どうしたのシャーロットちゃん」
「あの馬鹿野郎! あいつも何気なく逃げやがりましたよね!?」
「あぁ……そうだね」
あの時は勢いに任せて叫んでしまっていたけど、それをそのままにするのも後味が悪い。
ちゃんと殴っておくべきだった! 相手の反論を封じてこそなのに!
思い返したらまた腹立ってきた。怪物姉の登場で中断させられたのが、本当に気分悪い。
「僕はいい啖呵だったと思うよ。でも、シャーロット」
「はい?」
「オークション中に大声を出すのはマナーが悪いから、次からは注意しようね」
「……はい」
レイナードに窘められ、ヒートダウン。
周囲から軽く笑いが起きる。連盟職員の人にすら笑われた。
聞かれてたの? いや、単純に兄に叱られる妹みたいな構図が面白かったのかな。
笑うな! と言ってやりたいけれど、恥ずかしくてそれどころではない。
顔が熱い。冷静に考えてみれば、言葉遣いも崩しちゃってたよな?
うっわ、あれみんなに聞かれてたの。マジで恥ずい。顔から火が出そう。
我慢しきれずに変な感じになってたし。うっわ、時間巻き戻せないかな。なかったことにしたくなってきたかも。
あー、恥ずかし。
思わず手で顔を仰いでしまう。
トリシェルにも笑われた。いいよ、好きなだけ笑いな。むしろ気が楽になる。
「……俺は」
「はい?」
「俺は、嬉しかった」
周りが笑う中、真面目な口調でリヴェンが語り掛けてきた。
なんだ、神妙になって。
「感謝する」
「ちょ、ちょっと! リヴェンさん!?」
そして、頭を下げられる。
驚いてほんのちょぴっとだけその場から飛びのいてしまう。
なになに、どうしたの急に。
「今回、お前の助力がなければカクヅチも手に入らなかった」
「それは……」
「ロザリンドとの戦い、最後を覆せたのもお前のおかげだ。……恩に着る」
茶化す余地なんてどこにもないぐらい、どこまでも真面目な口調で。
……さっき言いづらそうにしてたのは、これだったのかな。
まーあ? 実際最初は突き放されかけたし? しがみついて手伝わせろってしたのも俺だけれど?
ちょっとだけ思い出してイラっとする。あの時は本当に寂しかったじゃんかよ。
そんなことよりも、なんて返したものだろうか。
気にするな? いいや、それこそ薄情だろう。これだけ手間かけて、これだけ真剣に恩を感じてもらって、それを忘れろなんて俺には言えない。
かといって、恩を着せるのも違う。そんな関係、俺は望んでいない。これまで通り、ある程度気が置けない仲を維持したい。
どうしたものかと沈黙を保っている間、リヴェンは頭を下げたまま微動だにしない。
このまま俺の言葉を待つつもりなんだろうか。
「契約」
呟くように、沈黙を破った。
リヴェンが微かに頭を上げる。
「契約しましょう」
「……契約は、すでに」
「別の契約です。新しく、契約をしましょう」
恩義を蔑ろにせず、普段はいつも通りの関係を維持する方法。俺にはこれぐらいしか思い柄なかった。
「今回の事を恩だと思うのならば――一度だけ、何があっても私に味方してください」
「それだけで、いいのか」
「はい。でも、難しいですよ? 私が仮に犯罪を働いたとしても、人を殺してしまったとしても、一度だけは何も言わずに味方してくださいね。……アリスちゃんに怒られるときにも、ですよ?」
お茶目にウインクしてみる。
あっ。眼を丸くした。
少し遅れて、呆れるように笑いだす。
「ああ、わかった。誓おう」
リヴェンはその場に片膝を付き、そっと俺の右手を取る。そのまま俺の右手の甲に、額を付けてみせた。
「俺は一度だけ、たとえお前が何をしようと、天を敵に回そうが、お前の味方をしよう」
「……約束ですからね!」
「ああ」
照れくさくなって吐き捨てた言葉は、微笑みでかき消された。




