第46話:リヴェンとロザリンド
暴風が吹き荒れる。
間に合わなかった。間に合わせられなかった。
判断が遅かった? 結果が全てだ。
「黒の一族と戦うのなら、避けては通れぬ道。ならば、ここで超えられるか試して上げましょう」
これは試練だと言うが果たして超えさせる気があるのだろうか。
俺はないと思う。そう思わされるほど、こいつの権能は絶対的だ。
かつて、天より一族に与えられたという恩寵。
その恩恵により、俺ら黒の一族の直系には人知を超えた能力が芽生える。
「りーくんにはないから忘れてるかもしれませんわね。初めましての人もおりますし、私の権能についてお教えいたしましょう」
個人個人で違うものが芽生える権能だが、こいつのは戦闘面においては最悪だ。
「私の権能は【崩壊】。形あるものを壊す、ただそれだけの権能です」
シンプルがゆえに支配的。
これが発動した以上、俺はもうこいつに勝てる気がしない。
「……それが、どうかしたのかな?」
「レイナード」
「まだ僕はやれるよ」
吹き飛ばされてなお、立ち上がるレイナード。
だが、しかし……。
「では、どういうものかお友達にお見せして差し上げましょう」
「待て! やめろ!」
鞭の一本が先ほどまで同様にしなり、レイナードへ襲い掛かる。
これも同様に剣で受けようとするレイナード。
ああ、何事もなければ、同じ結果が繰り返されるだろう。
「……え?」
だが、そうはならない。
レイナードの口からごぽりと赤い血が零れ落ちる。
剣の腹を貫いて、防具すらも貫いて、脇腹に鞭の先端が突き刺さっていた。
「その防具、見た目以上に厳重な付与が施されてますね。それも、私の権能の前にはないも同然というわけです」
「……なるほど、これは、ちょっと常識外れだね」
「ええ。あなた方が誇るダンジョンの品も、何もかも、形あるものは全て等しい。理解していただけたようで何よりです」
ただ“壊す”と言うだけの単純な権能。
単純であるがゆえに、抗いがたい。防御も、攻撃も、それが物質によるものならば全て壊されてしまう。
加えて、使い手が合わされば……。
あの細い鞭に触れただけで壊されるとすれば、文字通り手も足も出せない。
「さて、どうしますか。諦めますか? それなら、一緒に帰りましょう、りーくん。仇も、目的も、私が代わりにやってあげますから。そのぐらいなら、できますので」
「……冗談っ!」
「あら」
震える腕を押さえつけ、俺はなおも剣を向ける。
「ここで諦めるのならば、もっと前に諦めていた。勝ち目がないとしても、悪いが、最後まで足掻かせてもらうぞ」
「そう。そう、ねぇ。それなら……」
何かを考える素振り。なんだ、今度は何をしてくる。
様子を窺いつつ、同時に今後の動きを頭の中で組み立てる。
一瞬でも判断を誤れば即座に打つ手なしの状況になる。ならば、そうはならないように細心の注意を払わなければならない。
「……初手、飛び掛かって上段からの振り下ろし」
「なに!?」
「それは囮、防御を振らせて側面に回り込み、速度で一旦視界から外れに動く」
頭の中を覗かれたかのような、組み立てていた行為をそのまま口に出される。
これが悪魔令嬢たる所以。数多の挑戦者の心を追ってきた先読み。
お前がこれからすることは無駄なんだという宣告に等しい。
「視界から外れ、私が合わせに行くタイミングに合わせて、倒れている彼女の不意打ちで再び対応を迫る。結果、隙が生まれる」
奥の方で気絶したふりをしているトリシェルの体が僅かに揺れた気がした。
「作り出した隙を使い、少しでも反応が遅れる背後を取る。鞭で反応する隙を与えずに、再び剣を突き付けておしまい。これが少しでも目があるプランかしら?」
「……わかっているから無駄だとでも?」
「と言うよりも、無理があるという方が正しいわ。希望的観測は戦略に入れるべきではないと、教えたことがあった気がするのだけれども」
希望的観測、か。
視界から外れられるのも希望的観測、タイミングを完璧に合わせてくれるのも希望的観測、後ろを取れたとして反応されないのも希望的観測ってことか?
確かなものしか使わない。それだけで組み立て、それだけで勝てと。
ああ、それは――強者の理論だ。
「くくっ」
「? どうかしましたか?」
「いや、ここで戦うことができて、本当によかったと思ってな」
ダンジョンの雑魚敵やら、ごろつきやらで勘違いさせ続けられるところだった。
目の前の絶対的強者は、俺こそが挑戦者なのだと思い出させてくれる。
ならば、強者ではなく、弱者の理論で戦え。
もがけ、悩め、そして勝利だけを渇望しろ。他の雑念を捨てろ!
「改めて、俺はお前に勝つ!」
剣を一振りし、改めてロザリンドに突きつける。
冷めた視線が、剣先に注がれている。
「……呆れますわ。こんな子だったかしら」
「そうだな。俺でも正直少し驚いている」
二人も同類のアホを見たせいかもしれないな……。
口にはしないが、頭の中にアホ二人の顔を浮かべて笑う。
せめて、あいつらに顔向けができる程度には戦わなければならない。
剣を返し、ロザリンドへ向かい駆ける。
鞭を避けつつ、剣を通す隙を窺う。もう受けてくれるレイナードはいない。
だからこそ、全ての鞭の動きを見て、その先を予測して動け。
動かされてるのだとしてもいい。その先で、こいつの裏をかくことだけを考えろ。予想を超える、その瞬間を見極めろ!
「……楽しそうですわね」
「そうか? そうかもしれんな!」
「ええ、とっても。嫉妬してしまうくらいに!」
ここだ! 感情的になった一瞬、隙間が生じた。
あとは、そこに剣を差し込むだけで――っ!
「そこも、狙い通りです」
――絡めとられた剣先が、粉々に砕け散る。
そのまま腕まで絡めとろうとしてくるところを、急いで腕ごと体を後ろに飛ばし回避する。
砕けた剣を弄ぶように、欠片が鞭の途中に当たりながら地面に落ちていく。
クソ。焦ったか。
致命的だ。こうなれば、素手で何とかしなければならなくなった。
届くか? いや、届いたとして、俺の腕で締め付けるのが間に合うか……。
「もう諦めましょう? お友達の女の子も、逃げ出しましたわよ」
言われて視線を向けてみれば、倒れてたはずのトリシェルの姿がなくなっていた。
どさくさに紛れて逃げたか? まあ、そうされても文句を言えない程度の仲でしかないか。
「負けるまでは負けと認めないことに決めたんだ。悪いが、足掻かせてもらおう」
「勝負ごとに関しては大事な心がけですけれど……何の音?」
ふと、ロザリンドが意識を逸らした。かといって、今の俺が突けるほどの隙ではない。
見ると、ステージが動いていた。
ステージ上にあった部分が動き、カクヅチが入ったショーケースが下に下がっていっている。
誰かが舞台を動かしたのか? 誰が、なぜ。
まさか、だとすると……。
馬鹿らしい発想に、思わず笑ってしまう。
だからなんだというのだ。一発逆転を考えるのは典型的な弱者の思考だ。
今は、それに溺れてやろう。ここまで来たというのなら、同じ船に乗ってやる。
「……まあ、些事ですわね。大した気配もありませんし、気にするほどでもないでしょう」
「それはどうかな?」
「ふむ?」
心底わからないという顔をするロザリンド。
俺は指を突き付けて、こいつの欠点を指摘してやることにした。
「お前の敗因を教えてやろう」
「勝利宣言とは……は、先ほど言いましたね。で? 聞いてあげます」
「お前が、優秀すぎることだ」
言葉にどんな含みがあるのか、考えている様子だ。
別に、大した含みはない。本当に言葉通りの意味。
もしこいつが、もっと無駄に臆病であれば。物事の分析能力、己の執行できる能力の範疇、それらの認識が不確実であれば、俺は既に負けを認めていただろう。
こいつは間違いなく、あいつをただの弱者とみなす。
何もできない弱者だと。だからこそ、俺に勝ち目をもたらしてくれる。
「何を――」
「トリシェル!」
「はいよ! 受け取りな!」
一通り考えてもしっくりする答えが出なかったロザリンド。その声を遮って、新しい登場人物が舞台に姿を現した。
――上半身だけを、ステージに生まれた穴から出して。
穴からトリシェルが飛び出すと同時に、そいつは穴から這い出てすぐ側にいたロザリンドの足に組み付いた。
そうだ、シャーロットだ。
俺はトリシェルが投げてきた物を受け取る。
テンユウの武器、カクヅチ。
「なん……ですかこれは……っ!」
「のろ、いのそうびです。へへっ、つらいでしょー?」
ロザリンドの妨害がない。シャーロットが何かしているらしい。明らかに二人とも動きが鈍い。シャーロットに至っては顔色すら悪い。
自分を巻き込むタイプの魔道具か。そういえば、散々使いづらい使いづらいと言っていたな。そういう意味だったのか。
「……助かる」
誰にも聞こえないぐらいの小声で呟いた。
俺が刀を抜き放ったのと、ロザリンドが動きを取り戻したのがほぼ同時。
俺が力の限りで刀を振るうのと、ロザリンドが防御の姿勢を固めたのがほぼ同時。
正面からの、力のぶつかり合い。
「うおおおおおおおおおおおおお!」
ギリギリと何かがねじ切れそうな音が空間に響き渡る。
火花すら散りそうなほど、視界がちらつく。激しいエネルギーのぶつかり合いが白い光を放つ。
崩壊の権能の攻略法なんて思いつかない。けれども、この刀を手にした瞬間に直感した。
今ならば、破れると。
そして、決着は訪れる。
「うそ、私の権能が……っ!」
「……俺たちの、勝ちだ。ロザリンド」
切られた鞭の先端が宙を舞い、ビタンと地面にたたきつけられて動かなくなる。
切っ先は、ロザリンドの喉元を薄皮一枚切り裂き、赤い血が一滴垂れている。
「何か言うことはあるか」
「……信じられない。でも、少し安心した」
心の底から驚いたという表情を見せていたロザリンドは、こちらと視線を合わせると純粋無垢な笑みを見せて、
「よくできました。降参しますわ」
潔く、敗北の宣言をした。




