第45話:リヴェンと悪魔令嬢
「三人目。これで全員のようですわね」
「かもしれないね。さて、お相手願えるかな?」
「ふふ、構いませんよ。あなたも、覚悟はお在りなようで」
普段の赤色の鎧よりも、格段に軽装をぶら下げてやってきたのはレイナードだ。
俺の隣まで歩いてくると、静かに剣を構える。これも、この間持っていたものとは違う。
来てくれたか。いや、そう考えてしまった俺の不甲斐なさに笑う。
だが、何をどうしてもこの場でこいつは倒さないとならない。そのためならば、他の事は些事だ。
「邪魔しちゃったかな?」
「……いや、助かる。助けてくれ」
「素直で嬉しいよ。とはいっても、どうしたものかな」
間合いを計るように、一歩を出しては戻すレイナード。
この位置があいつの鞭のぎりぎりだ。一歩でも踏み込めば、容赦なくあの一撃が飛んでくるだろう。
「ところでリヴェン。君は攻める剣が得意だよね」
「なんだ、急に」
「いや、専門分野の話さ。実は、僕は攻める剣技はあまり得意じゃないんだ、僕の得意領域は――」
言いながら無造作に一歩を踏み出した。
当然、期待に応えてロザリンドは鞭を振るう。
音速を超えた合図が聞こえ、到達するまでの途中地点が砕け始める。
そして、踏み込んだレイナードに到達し――。
「――こういう風に、守ることなんだ」
縦に構えた剣の腹が、ロザリンドの鞭の先端を受け止めていた。
驚き、目を見開く。正確に鞭の先端を受け止めた技術もそうだが、あれほどの衝撃をなかったかのようにしている。
俺が同じことをすれば、剣の方が折れるだろう。だから、俺は一度も剣で受けなかったんだ。
驚いたのは俺だけじゃない。ロザリンドもそうだったようだ。
しかし、表情を変えていたのは一瞬。すぐに元に戻る。
「……ふむ。驚きました」
「それは良かった。退屈させたらどうしようかと、悩んでたんだ」
「その剣、切れない剣ですね?」
切れない剣? どういうことだ。
見破られたことに僅かに動揺が見えるが、レイナードは表には見せないように説明を始める。
「その通り、この剣には衝撃吸収の付与が施されてる。じゃなきゃ、流石に今のを受けたら折れちゃうからね」
「守るための剣。なるほど、盾ではないのは独特ですね」
「ははっ。よく言われるよ。剣である必要はないだろう、って」
試すようにもう一度鞭が振るわれる。
レイナードも動作を見て即座に対応し、再び剣で受ける。
破裂音と、それにふさわしくないふにゃりと地面に落ちる鞭の先が残る。
衝撃吸収の効果は相当なもののようだ。
「さて、これで活路は開けたかな?」
「すまん、助かる」
「いいよ、任せて」
レイナードと共に、一歩を踏み出す。
即座に鞭の乱打が始まる。
俺たちはロザリンドの腕の動きから鞭の軌道を読み、互いに体の位置を入れ替えながら前へを進む。
鞭を受けられるのはレイナードだけだ。だから、俺は守ってもらうために最善の動きをする。
一歩でも遅れれば、それだけ受ける回数が増える。受ける回数が増えれば、ミスする可能性が生まれる。レイナードを信頼していないわけではない、しかし、最善手を取らない理由もない。
スポットライトが近づく。たったこれだけの距離を詰めるのに、どれほど苦労されるというのか。
もう少し、後数歩で間合いに入る――ところで、俺たちの鳩尾に、重い一撃が入る。
「わかりましたわ。では、これはもう十分のようですね」
無慈悲な宣言と同時に、地面にバウンドするように遠ざけられる俺たち。
何が起きたのか。上体を起こし直して、ロザリンドの方を見れば理解ができた。
「次の段階に、いきましょう」
あいつの持っている鞭がほどけて、八つの細い紐に戻っていた。
一本一本が意志を持っているように蠢き、首をもたげてこちらを見ている。
「ここからは、きちんと相手して差し上げます」
それは、遊びは終わりだという合図。
「けほっ。それは光栄だね」
「レイナード。気を付けろ、あれらは全てロザリンドの思うままに動く」
「つまり?」
「先ほどまでと同じ威力の鞭が八つ、思うままの軌道で襲ってくるようになったと思え」
「それは……守りがいがあるね。攻略法はあるのかな?」
攻略法、か。俺は過去に何度もこいつに挑んだが、これを引き出せたのは一回しかない。
その時には、隣にテンユウがいた。
今は感傷は無しにしろ。思い出せ、経験から言えることを。
「……俺が思うに、あいつの強さは処理能力の高さだ」
「なるほど?」
「八つの自由な腕が増えたと言えど、処理するのは一人だ。想定外には対応できない」
「不意打ち以外で倒すのは不可能ってことだね。オッケー、上等な相手だ」
身もふたもない言い方をされたが、否定はしない。
それ以外で勝てるビジョンは俺には思い浮かばない。真っ向から望んで叩き潰せる奴は、正直頭が四つぐらいある十一本腕の怪物ぐらいだろう。
そんなものは人間ではない。なら、真っ当に思いつく手法で何とかするしかない。
「行くぞ!」
「合わせるよ!」
再び俺たちは駆ける。
まずは距離を詰めなければ始まらない。先ほどと違い、近距離が安全であるわけではないが、こちらの攻撃が届かなければ勝ち目はないのだ。
まずは見切れ。八つあるうち、絶対にこいつはブラフを混ぜてくる。
主目的を達成するために、俺たちを誘導しようとするのがこいつの戦い方だ。
一つ目と二つ目、これは退路を断つために。左右への展開の防止。俺らに直接は当たらない
三つ目と四つ目、これらはレイナードが捌いた。
五つ目、これはぎりぎりで回避ができた。
六つ目……っ、駄目だ、これは下がらなければ回避できないっ。
「今度こそ油断大敵、って言っても許されるかな?」
俺が体勢を崩しながら鞭の一撃を回避していると、ステージの上からロザリンド以外の声が聞こえてくる。
気が付けば、ロザリンドの背後をトリシェルが取っていた。
「勝利宣言ですか? それは、相手が立てなくなった時にするものなのですよ」
ステージ上空に、いくつもの炎の槍が浮かび、切っ先をロザリンドへ突きつけている。
巻き込まれないように、魔法の使い手だろうトリシェル自身は少し距離を離している。
「教えてくれてありがとう。死ね」
輝かしい紅の槍がロザリンドを貫き全身を包む。だけには足らず、有り余る火力で天井へと向かう。
天井へたどり着いた火柱は散り散りに裂け、跡を焦がすことで火力の高さを示す。
先ほどは効いていなかったが、今度は火力が違う。どうだ……?
「言ったではありませんか、火力不足だと」
火柱の中から声がする。
俺とレイナードは迷うことなく、走り始めた。
まだ終わっていない。それならば、今のうちの距離を詰める。
少しでもあいつの意識がこちらから逸れているうちに。
火柱の中から一本の鞭がしなり、トリシェルの胴体を打ち据える。
体が吹き飛び、ステージ奥の壁へと叩きつけられた。鈍い音が響く。そんな距離はないが、距離がない分ダメージは結構なものだろう。すぐに立てるかどうか……。
「あなたたちも、相手の死体を見るまでは油断をしないようにしましょうね」
「危ない!」
飛び出た鞭を咄嗟にレイナードが防いだ。
炎の塔が霧散させられる。
出てきたのは、服がところどころ焦げ落ちただけのロザリンド。まだまだ五体十分。ダメージはありそうだが、決定的ではない。
今が攻め時だ。ここで終わらせないとならない。
勝ち筋が失われる前に。
「攻めるぞ、レイナード!」
「わかった!」
そこからは言葉は必要ない。
体をねじ込み、入れ替え、攻撃を避けては防ぎ、動きを最適化する。
そして、ついにステージ上へたどり着く。
俺は剣を握り締め、ロザリンド目掛け振るう。
当然その刃は鞭の一本により防がれる。が、直接届く位置に来たという理解をお互いに植え付けた。
自分が危機に陥っているはずなのに、こいつは嬉しそうに笑う。
舐められているのだ。歯を食いしばる。
「おおおおおおおおおおおお!」
「いい気迫ですわね」
破砕音、飛び散る瓦礫、耳元で聞こえる風切り音。
もはや、隣にいるはずのレイナードの位置すら一々確認することはない。そこにいるはずだ、そこにいなければならないで動く。余裕なんてない。ダメだったら負けでいい。そうでないと、こいつには勝てない。
俺はひたすらに攻め手を欠かさない。これでもかと言わんばかりの連撃を見まわせる。
それすらも余裕の表情で受けられる。動くことすら殆どしない。鞭が自動で反応していると錯覚するほど正確無比に立ちふさがる。
手数が違う? 知ったことか。届け、届かせる。
「必死なだけでは、届きません」
「知るか、知ったことか!」
もはや気力の領域だ。これまで培ってきた能力を、ここで全て発揮する。
こいつを超える。こいつに認めさせる。その全てに俺の全てを注ぐ。
無我夢中で一歩を踏み込んだと同時に、それは視界に入った。
「……ほら、隙あり」
光が見えた。ロザリンドの喉元、その直前に。
ここで初めて、ロザリンドが体勢を崩した。
下から周り込んだ刃輪が、ロザリンドの喉元を掠めて行ったと少し遅れて理解した。
認識阻害か? 見えてたはずなのに全く注意が向けられない。
ロザリンドの視線が、刃輪を追って上へと向いた。
思考を逸らすな。その隙を、見逃すな。
「ロザリンドォォォォォォォォ!」
世界がスローモーションに見える。
何をするべきか、どの手順で動くべきか、明確にわかる。
迫りくる鞭の先端を、正確に剣先で逸らした。先ほどまでの俺にはできなかったであろう芸当。
そして、守ろうとする鞭の動きの隙間を縫い――。
「――届いたぞ、ロザリンド」
「……そうですね」
俺の剣先が、ロザリンドの喉元に突きつけられる。
だが、そんなことなどどうでもいいことかのように、こいつは振舞っている。
剣ではなく、見ているのは……足元?
「動いてしまいましわね。少し、予想外でした。最初の場所から動く気はなかったのですけれども」
「はは、それは負け惜しみかな?」
レイナードも疲れ切っている声をしている。
頼む、これで負けを認めてくれ。俺がその気になれば、お前は即座に死ぬんだ。
「いいえ、賞賛ですわ。惜しみない賞賛を、それゆえに、あなた方に苦難を見せてあげましょう」
僅かな間、俺とロザリンドの視線が合う。
冷ややかな笑い。背筋が凍る。
やらせてはいけない。やらせては、勝ちの眼は一切なくなる。
俺は腕に力を入れ、その喉元を引き裂こうとし――。
「【権能解放】」




