第40話:シャーロットと物騒な話
二日目のオークションも無事に終わった。
俺はさっそくあの馬鹿野郎に関する情報を集めるために、というか集めてもらうためにトリシェルへ話をしにいった。
すると、またクランハウスの部屋に来てほしいとのことだったので、二人でそちらへ移動することにした。
リヴェンとレイナードはまだオークション会場で確認したいことがあるらしいので、別行動だ。
部屋に入り、促されるままに椅子に座る。二回目ということもあって、今度はそこまで警戒してない。何かあったら殴る。その後レイナードに言いつけると言ってある。
トリシェルは座らず、そこら辺をうろちょろ歩き回っている。何やら、資料を集めているみたいだけれども……。
「それで、あのシャーロットちゃんに不埒を働いたカスについてだったよね?」
「ええ。何でもいいので、情報があれ、ば……」
バサり。そんな感じで机の上に紙の束がばらまかれる。
……嘘だよね? まさか、そんなことないよね?
「そのうち何とかしようと思ってたから、調べてたんだ。さっそく役に立てて嬉しいな」
昨日の今日でこの量を?
やっぱり、こいつおかしいよ。
今はその異常さに感謝しよう。どれどれ、読ませてもらうか。
「あれの名前はバンファ、上層では馬鹿息子として有名らしいね。金遣いも荒く、頭も回らないのにプライドばかり高い愚物。馬の骨の方がまだ使い道は多そうだ」
「ちょっと、流石に言い過ぎ……だと思いますよ、はい」
思った以上に詳細なデータがそこには書かれていた。
名前や性別、年齢は当然のこと。交友関係や特筆するべき近日中に行った行為、過去の失敗なども網羅されている。
……本当に恐ろしいよ。どうやって調べたのこれ。
相手がある程度有名人だとしても、上層の住人について調べるなんて、冒険者の俺らには難しいことのはずなのに。
うわ。関係を持った女性の遍歴すらある。……結構下層中層の住人に手を出してるな。その流れで俺にも手を出そうとしてきたわけか。節操なしめ。
「で、これを使ってどうする? 退場してもらう?」
「怖いこと言わないでくださいよ。上層の住人ですよ? そんなことできるはずが――」
「…………」
「――できませんよね?」
笑顔で固まるの止めてほしいんだけれど。怖いから、本当に怖いから!
そういう物騒なのはやめない? 平和的に行こうよ平和的に。
「えー。穏便に話し合いで手を引いてもらえないかと思ったからですよ」
「と、言うと?」
心の底からわからないという顔をされた。
そんなに不思議なことかな。
「相手の面子を潰したことが今回の突っかかってきた原因なら、謝れば許してくれたり……」
「ないね」
そこより先は無意味だと言わんばかりの勢いで言葉を被せられた。
トリシェルの表情は無表情。いや、僅かに口角が上がっている。
「ありえないよ、シャーロットちゃん」
「それは、どうしてですか?」
「シャーロットちゃんってさ、抜けてるところあるけれど基本的に頭がいいよね」
お? 理由を聞いたらなんか突然褒められてるのか貶されているのかよくわからないことを言われたぞ?
どういう反応すればいいんだこれ。
微妙な顔をしてたら、くすりと笑われる。
「ちゃんと褒めてるよ。だから、シャーロットちゃんは本当に頭が悪い人の事がわからないよねって話」
「本当に、頭が悪い人のこと?」
それは、一体どういうことだろうか。
個人的には、あまり考えるのが得意な人とも付き合いはあったから、そんな苦手意識はない。
意味深に笑うトリシェル。それは、悪戯のネタ晴らしをする前の子供のようだ。
「私が思うに、あれの今の思考はこうだよ。『連れの男の手前遠慮してるが、彼女は俺のところに来たいに違いない。だから、正面からあいつの面子を潰せば、自然とこっちに来れるはずだ』ってね」
「……はい?」
どういうこと? 言われた意味が即座にはわからなかった。
いや、恥をかかされたから、その報復で云々じゃないの?
それで、金を見せびらかせれば財力で女も釣れるとか、そんな考えなんじゃないの?
想定とかけ離れたことを言われて、体が固まる。
俺の困惑具合を見て、更にトリシェルは笑った。
「彼はね、自分が誘ったのに断られるなんて考えてもいないみたいだよ。昨日からの言動を調べたけれど、その傾向がみられた」
そう言いながら、紙束の中から一枚の紙を取り出し、俺の前に置いてみせた。
手に取って内容を見てみる。何々……?
「『囚われの姫を助ける手伝いをしてくれ』? 『悪い男に騙されてる子がいる』? なんですかこれ! 失礼にもほどがありますよ!」
「あはは。そうだよね。でも、あれにとってはこれらが当然なんだよ」
あっきれた。本気かよこいつ。
この資料が捏造ってことはないよな? ……いや、メリットがない。俺に見せる予定もなかったはずの資料だ、俺を騙すために偽りを書く必要がない。
じゃあ本当ってことかよ。マジか……。
思わず天を仰ぐ。その様子を見て、トリシェルがまた楽しそうに笑う。
俺の疲れ果てた姿がそんなに面白いかね。いいだろう、好きにしてくれ。もうその気力すら枯れた。
これが本当なら、話してどうこうなる相手じゃない。残念勘違い男の対応マニュアルなんて俺の中にはない。
話に行ったら、『よくぞ勇気を出してきてくれた!』みたいなこと言われて、そのまま寝屋に直行させられる可能性すらあったってこと? 危ないところだった。先にこっちに来ていて助かった。
「……言葉もありませんね」
「わかってもらえたみたいで何よりだよ。これを見て、まだ話し合いで何とかできるなんて思う?」
「おも、思わなくはないですけど。実際にやろうとは思いませんね」
「それならよかった」
あっ。持ってた彼の台詞集を奪われた。
汚らしい物でも触れるかのように指先で摘ままれて、奪われる。そして、即座に別の場所へ放られる。
トリシェルはよほど彼の事が嫌いな様子。好感度は低いけどさ、そんな汚物に触れるような扱いまでしなくても……。ただの紙だよ? 紙に罪はないよ?
他のを見てみる。本当にどうやって調べたんだ?
その気になれば、二度とこの町で顔を出せないような情報すら載っている気がする。
前世の創作の名探偵だってもう少し自重するけれど。特務機関所属かなのかなのかこいつは?
ちょっと怪しい目で見てみる。あっ、笑顔で手を振られた。誤魔化されたなこれ。
「それで、どうする? 明日までに排除するっていうのなら、手を回すけれど」
「怖いこと言わないでくださいよ。そこまで物騒にする気はないですって。それに……ここで恨みを買ったら、それこそ後から何されるかわからないじゃないですか」
そう、予想以上の馬鹿が相手だった。一過性で何とかしたとしても、その後が怖い。
今は良くても、後から大きく活動に影響が出るようなものは言語道断だ。
「やだなぁ、今後なんて用意してあげると思う?」
「……怖いですよ」
めっちゃ笑顔で返される。誤魔化されないぞー。俺はなるべくそういう物騒なの嫌だからな。
放浪初期の方なんかは確かにそういうのに手を染めたことはあるけれど、後味の悪さといったらこの上ない。あの時は滅茶苦茶隠れて吐いた。舐められないように、バレない様に振舞ってはいたけれども。
もう一度、手元の紙束に視線を戻す。
どれを見てもろくでもないことが書かれている。本当に消し去ることも可能なんだろうな、と思ってしまう程度には悪行も多い。恨みも敵も多いだろう。
この町ならば、それこそダンジョンに連れて行ってさえしまえば後始末はどうとでもなる。この男なら、騙して連れて行くのは難しくないだろう。
と、実現可能性の事を考えて、やっぱりやりたくないなと思ってしまう。
これは俺が悪いのだろうか。厳しい世界で、そういうのが当たり前だと頭にあったとしても、できる限り選びたくないというのは甘えだろうか。
昔の俺ならば、迷うことなく甘えだと断ずるんだろうな。
今は、色々と満たされているから甘えていられるだけで。
「もし」
「もし?」
「もし、私が彼を消さなかったことで、競売に負けたらどうしましょう」
俺の甘さが敗北を招いたのなら。それは俺のせいになる。
負けさせたくない。勝つために全力を尽くしたい。そのために下法を選ばないのは、怠慢になるのだろうか。
強い視線を感じ顔を上げる。温かい視線が、トリシェルから注がれていた。
「何も、何も言われないよ」
「……そうでしょうか」
「あいつはいけ好かない奴だけれど、そういう他責をするような人物じゃないよ」
確かに、リヴェンは言わないかもしれない。
でも、心のどこかで思ってしまったりしないだろうか。何より、俺自身がそう思ってしまうだろう。
それを、残しておいていいのだろうか。
同時にその程度の事に、人の生き死にを決めていいのだろうか。と思ってしまう自分すらいる。
「あーあ! シャーロットちゃんがもっと非道な人間なら、気を利かせてこっちで勝手に処分できるのになーっ! ……もしくは知られてなければ」
そう言いながら、勢いよく対面の椅子に座った。ウインクも一つ寄こされる。
あまりにも大仰な動作に、目を丸くしてしまう。
「ねぇ、今からでも悪いことしない? もっと人を信じるのをやめようよ。誰も気にしないよ?」
「……かもしれませんね」
砕けた誘い方と不釣り合いな内容に、僅かながら笑いが漏れてしまう。
これこそ、気を利かせてくれているのだろう。俺自身が自責の方向へ動いてしまっていたから、少しでも気を逸らさせようと。
本当に、こいつは不思議なやつだ。機微を気にしてないようで、実のところとても気にしている。何となく、わかってきた。
だから、これまでの行いがわからない。意味がないことをしそうにないのに、数々の行動は何の意味があったんだろうか。
……今は、そういう詮索はしない方がいいかな。
「でも、やっぱりできる限りは真っ当に生きてたいんですよ。自分勝手だとか、自己保身が過ぎるだとか、罵倒されるぐらいの覚悟はあります」
「あーあ。今回も駄目かぁ。ちょっと、本当に人が良すぎるよ」
「かもしれませんね。ごめんなさい、せっかく準備してくれたのに、無駄になってしまいそうで」
手に持っていた紙も机の上に置く。もう、内容は見なくてもいいという意志表示だ。
俺の行動を受けて、トリシェルは散らばった紙束を束ねる。
ちょっとだけ唇の先を尖らせて不満げ。見え見えの、俺に見せつけるためだけのポーズだ。
「まあ、カスのところに行かないって決めてくれただけでも集めた甲斐はあったよ。それで、今後どうするつもりなの?」
「できることはしようと思います。お金……の工面は少し考えてます」
「何かあったならレイナードじゃなくて、私に話を通してね。多分、その方が力になれるから」
「それは、怖いですね。でも、ありがとうございます」
こいつに金を借りるのは怖いけれど、情報とかを考えれば今更だ。
使えるものは使う。一線を越えないうちは。
それに、これは希望的観測かもしれないけど、リヴェンも何か策がありそうだった。そっちを聞いてからでも、遅くないかもしれない。
あとでリヴェンの宿まで行って、話を聞いてみよう。もう戻っててもおかしくないはずだ。
「あっ、そうだ」
そろそろ帰ろうかと席を立ったところで、呼び止められる。
「これは競売じゃなくて、あいつのお姉さんがらみの話。もしも、私の予想が正しければなんだけれど――」
それは、俺には全くない視点の話で、大きく目を見開くこととなった。




