第37話:シャーロットと転移魔法
最も安全なはずな場所が、最も危険な場所へと様変わりした。
最大の問題は、過去に何度も話題にあげたように、そこが連盟の名を挙げて用意された場だということだ。
仮に一国の王族がそこで何かをしようものなら、国際問題になる。
それすらも勘定に入れてるのかとリヴェンに問えば、『あいつはその程度の事を気にしない』と断言される。本当に嫌になるけれど、実の弟が姉について言うならその情報を信じるべきだろう。
相手が気にしないからといって、こちらが気にしないわけにもいかない。
連盟の意に反すれば、名の売れた冒険者と言えどこの町で生きていくのは難しい。特に、レイナードなんかはそういう経験も薄いはずだ。
相手はルールを無視して殴りかかってくるのに、こちらはルールを守らないといけない。それだけで不利に思える。
実際には有利なのだろうか? 相手は連盟の顔に泥を塗るつもりなら、当然連盟としては敵扱いになる。向こうの力を借りられるのなら、それほど心強いこともそうはない。
一つ問題があるとすれば――。
「で、どっちだと思います?」
「あいつは強引だが、適解を外すほど愚かでもない。間違いなく、一枚かんでいるだろうな」
そう、向こうが国家という枠組みとして、連盟に干渉。すでに、両者の間で意思の疎通が終わった後ならば? という問題だ。
なら、俺たちは敵の陣地に足を踏み入れることになる。オークションへの参加を見送り、これまで通りの日常を……と言いたいが、そうはできない。
俺たちはあの刀を競り落とさないといけないのだ。そのためには、オークション会場での情報収集が必要だとレイナードは語った。
敵は少なければ少ないほど、味方は多ければ多いほどいい。レイナードに言われた当たり前の台詞だが、今の俺たちには大変堪えた。一日目から敵を作ったばっかりだったから。
つまり、俺たちには選択肢は用意されていない。オークションには参加して、敵を減らす方向で動きながらも、どうにか怪物姉の策略を破らないとならない。
あまりにも忙しすぎる。でも必要なことなんだ。
今日もオークションへ会場の前に俺たちが立っているのは、そういう事だ。
「とりあえず、始まる前に一回レイナードたちと合流して意見交換をしましょう」
「そうだな。連盟への探り、実際の対策。現場でないとできないことはある」
「相手の襲撃が今日でないことを祈りましょう」
お互いに顔を見合わせて、苦笑いする。
上層の住人がこちらを見てくるのはもう慣れた。彼らの視線からは、こちらへの好奇の内容はあっても悪意はあまり含まれていない。
なら、今回の件には深くかかわってないと思ってもいいはずだ。彼らの事は一旦よそに置いておいてもいい。
こうなると、一日目に突っかかってきた彼がどっちなのかが判断するの難しいな。先を何も考えてないだけの性欲直結脳なのか、怪物姉の息がかかっていたのか。
……前者な気がするなぁ。そんな腹芸できるようには見えなかった。
「はい、これカタログです。入れますよね?」
「シャーロット嬢とそのお連れ様ですね。どうぞ、お入りください」
二回目となれば、確認すらすんなりと略式で終わる。
あー、顔覚えられてるのかな。まあ、目立つもんな俺ら。
今日もオークション会場に来たが、昨日と違い開催まではまだまだ時間がある。
にもかかわらず、会場内部は既に人でにぎわっている。――当然、上層の住人ばかりだ。
彼らは本日の内容やら、冒険者の品定めやらを話しているみたいだ。大きな声で、周りに聞かせたいとばかりに語り合っている。
そういった言葉の節々からも、俺は情報を仕入れていく。
木っ端を繋ぎ合わせていけば、案外元の形は作れるものだ。パズルの要領で、必要なのは形を作れるだけのピースの数だけ。
「お前も、そういう顔ができたんだな」
「え? 私、変な顔していましたか?」
「……いいや。ただ、能天気なだけな奴だと思っていたことは謝罪する」
それは謝罪されるよりも、黙っていてくれた方が嬉しかったかなぁ!
まあ、見直してくれたってことだと前向きに受け取ろう。
それよりも、内部の調査をしないとな。二階の方はレイナード達が調べてくれる予定だから、俺たちは一階を入念に調査することとしよう。
できれば通路とかも念入りに調べたいんだけれど……連盟が向こうと繋がっている可能性がある以上、詳しい内容を警備員たちに話すことはできない。だから、不審な行動もできない。
……ん? リヴェンがどこか見てるな。何か見つけたのか?
「どうかしましたか? 何かありました?」
「いや、昨日のアホがいただけだ。気にするな」
「ああ。彼ですか。何か気になることでも?」
「いや、別に。向こうの通路へ入って行ったのが見えただけだ」
何しているのか気になるところではあるけれど、今はどうでもいい。
小物っぽかったし、大したことはできないだろう。
侮って足元をすくわれる気はないけれど、怪物姉との戦いにマジで関係するとは思えない。なら、優先度は下げるべきだ。
「しかし、広い会場ですからね。ちょっとした小部屋含めたら到底探しきれませんよこれ。どうしますかね」
「お前は魔法使いを探したりはできないのか。回復魔法が使えるんだろう?」
「あー、魔力探知ができる魔法使いもいますね。私はできませんが」
そういうのは高等技術だ。三流も三流の俺に期待しないでくれ。俺に期待していいのは見た目の可愛さだけだ。
「んー。どうしましょう」
「冷静に考えるとしよう。と言っても、俺たちが考えるようなことは相手も考えているだろうが」
「読まれてることを把握して動く方がまし、ですか」
「そうだな。不意を突かれるよりも、覚悟ができていることの方が大事だ」
「咄嗟に対応できるかどうか。出たとこ勝負ってのは嫌ですねぇ」
ということで、考えるとしよう。
オークション会場で襲撃と考えると、孤立させるのが難しいのが一番の考えどころか。
なら、孤立する瞬間……トイレに立った時とか?
流石にない。
……違うな。巻き込んでもいい。そういう風に考えるとしたら?
転移魔法についての知識は昨日教えてもらったものぐらいだが、大区分としての儀式魔法については俺も知っている。
複数人で行う類の儀式魔法は、どうしても痕跡が残ったりしてしまう。関係ない人が見てもすぐに違和感を覚える程度には。
だから、そこら辺の入れる小部屋は調べる必要がない。
うん、これらを無視する新型魔法だったらもうお手上げだ。これまでの前提を覆してくるのなら、考える意味すらない。
今考えるべきは、既知の範疇である転移魔法を予測することだ。予測不可能だったことは考えるべきではない。
「尋ねますけれど、魔法の大前提を覆す発見とかは流石にしてこないですよね」
「……一応人のはずだ。世界の法則は無視できない」
うーん。一応が付くのかぁ。本当に怪物、というかリヴェンは姉に対して苦手意識を持っているんだな。
内容としては、可能性はなくはないけど、考えなくてもいいレベルだと受け取ることにしよう。なら、続きを考えるか。
昨日トリシェルに聞いた話では、転移魔法は転移先と転移元で同時儀式をする必要があるらしい。
電話なんてないこの世界で、同時儀式をするには開始の予定時刻を合わせるしかない。
だから絶対に邪魔が入らない場所で儀式を行うはずだ。
「……わかりません!」
「おい」
「いやだって、そんな場所あります? 邪魔が絶対に入らなくて、それなりの場所が確保されてて、私達が手出しできなさそうな場所で、かつ痕跡を残しても誰にも見咎められない場所。ありませんよ」
オークション会場内でそんな場所、さっぱり思いつかない。
どこにあるんだよ。でも、あるはずなんだ。俺が思いつかないだけで。
そこを見つけて、儀式の時間をずらせばそれだけで今回は勝ちなんだ。
仕方がないとばかりに大きく溜息を吐かれる。
あっ。こいつ。まあしょうがないけど。
「おい、レイナード達はどこにいる?」
結局そうなるよな。やっぱり持つべきは頼れる友! 存分に頼らせてもらおう。
「あー、それなら人が集まってるところに行きましょう。カタログの案内によると、向こうの方に会場開始前から使える大広間があるそうですよ。多分そこにいます」
オークションとは別の、交流用ホールだな。多分そこにいるはず。
色々と情報の交換とか、認識の改めで合流場所を決めるのはすっかり忘れてしまっていた。でもまあ、来てはいるはずだから他にいそうな場所もない。
早めに来た連中はそのホールで交流をするらしい。仕事の話とか、今後の関係の話とかするんかな。知らんけど。
ん、オークション会場は開いてないのかって? 時間的に大分早いからまだだな。それに俺らの席は一階で、レイナード達は二階席。合流場所にするには適してない。
流石にあいつらも目立った行動は控えるだろう。二階席を今の内から調査するなんてことはしないはずだ。危機感は共有済みだからな。
「なるほどな。あいつなら人脈を使って色々と情報を聞き出してそうだ」
「人たらしですからねぇ。大物ですよ彼は」
さてはて、向こうは何か情報を掴んでくれていればいいが。
何か動きがあってくれるといいな。




