第36話:シャーロットと再結集
「と、言うわけで力を貸してください!」
「うん、構わないよ」
「ありがとうございます!」
場所は変わって【緋色の鐘】のクランハウス。
リヴェンとの話が一段落したので、連れだしてレイナードに会いにきた。
運がよく、ちょうどクランハウス内に戻ってきてくれていたので、すんなり会うことができた。
今日がオークション初日でよかった。これが最終日とかだったら、きっと無理だっただろうな。多分上流の連中の会食とかに連れ出されてただろうし。
初日ってことで顔合わせ程度で済んだんだと思う。推測だけど。流石に具体的なこと聞くほど下世話ではない。
それで、これまでも大まかな事情を話して、協力を仰いだところこのように見事快諾を得られた! これで前提は一つクリアかな。
「おい、待て」
でも、それになぜかストップをかけるのがリヴェン本人で。
「どうかしましたか?」
「どうもこうもないだろう。なぜ、こんな話に乗る。何の得もないだろう」
こいつからしたら、二つ返事で快諾してもらえたのが不思議でならないらしい。
まあ、俺が押し掛けた時も不思議がってたもんな。そりゃあ、そうか。
でも、俺はレイナードなら快諾してくれると思ってたよ。伊達に、同じパーティだったわけじゃない。
「うーん。得がない、と言えばそうだね。局所的に見れば損しかないかな」
「ならば、なぜ」
「でもさ、友達を助けるのに理由が必要かい?」
そう、こいつはこういう奴だ。
こういう奴だからこそ、この町最大のクランを率いることができている。こういう奴だからこそ、この町最大のクランを作り上げることができた。
思わず笑ってしまう。本当に、変わらないなこいつは。
対照的に、リヴェンは言葉を失っていた。
「そうだね。クランリーダーとしては失格かもしれない。クランの財産を、個人の理由で費やすんだから。怒られるかな? まあ怒られるだろうね」
「ならば――」
「でも、それで仲間を捨てていたら、僕たちはここまで来れていなかった」
言い切ったレイナードの眼差しは、夏の日差しのように強い輝きに満ちていた。
俺としては懐かしさを感じる、大事なことを決断する時の表情だ
こうなったこいつは言ったことを絶対に曲げない。でも、俺たちがついていきたいと思ったこいつはこれなんだ。
「なあに、心配しなくてもいいよ。シャーロットが手伝ってくれるのなら、すぐに補填できる額さ」
「うっ。な、何させる気ですか?」
「久しぶりに【緋色の剣】をやるのもいいかなって。そう思うんだ」
うっそだろお前。あれだけ荒れに荒れたパーティメンバー再度集めようって?
流石にそれはどうかと思うよ。町中の騒ぎになったの忘れたの? 忘れてそうだなお前だとなぁ!
あー、まあそれは後回しにしよう。
今はリヴェンの抱えている問題の方が重要だ。
「それで、できればオークションの方でも力を貸してほしいなー、って思うんですけれど……」
「それは流石に――」
「いいよ」
「いいのかっ!?」
考え無しに見えるけれど、こうみえてちゃんと考えて回答しているんだよな。
初見だと驚くのはわかる。
「流石にお金は貸せないけれどね。うちのクランでも欲しいって人がいたけれど、そういう話があるならうちは手を引くよ」
「いいのか? 悪いが、俺が引き換えに出せるものは何もないぞ」
「大丈夫大丈夫。シャーロットに貸しを作るって名目なら、誰も文句は言わないからさ」
「私への信頼が厚すぎて窒息しそうですけどね!」
このクラン内で俺に対する認識ってどうなってんの?
いや、元凶はレイナードじゃなくてトリシェルの方か? どっちでもいいけど、そろそろ神格化されすぎて怖くなってくるよ?
照れ隠しより怖さが勝ってくるよ?
「彼も、流石に友達の形見を横から奪ってまで欲しがらないと思うよ。多分」
多分? 多分って言ったか今。
こいつがそういう不安な事いう時は、大抵違う時だぞ。大丈夫か?
ちょっとハラハラしながらだけれど、クランリーダーが言うなら大丈夫なんだろうと納得する。最悪上から押さえつけてくれるだろう。多分。
「感謝する。そうしてくれるだけでありがたい」
「下手な上層住民より使える金額大きそうですからねぇ、このクランなら」
「流石にそんなにオークションでは使わないよ。四日目では使うかもしれないけれど」
「そっか。冒険者は四日目が本番みたいなところありますものね」
オークションは四日間あるが、カタログに載ってるものの大半は三日目までに登場する。
じゃあ四日目は何なのかと言うか、それが借金に溺れた冒険者の物品だとか、飛び入りの持ち込みだとかが出品される。
まあ、冒険者にとってはカタログに載ってるような高尚な品よりも、そういう突発的な掘りだし物の方が魅力的だよな。
冒険者にとっては三日目までは上層とのコネづくりがメインになるってことだ。その点、俺らは初日からしくじったけどな!
俺の目的は違うし? 別にどうでもいいと思ってるけれど? 悔しくなんてないが?
オークションの雰囲気楽しかったから別にいいもんねー!
「それで、お姉さんについてだったね。もちろん協力するのはいいけれど、どこに現れるかとかは予想はできてるのかな?」
「そちらはー、どうなんですか?」
俺たちの問いに、リヴェンは首を横に振る。
「俺の予測では、あいつは転移魔法で現れる。つまり、町に潜入した魔法使いの居場所を特定できれば、どこに現れるかを特定できるはずだ」
「ちょっと待って欲しい。転移魔法だって? 大規模魔法じゃないか。そんなもの、町中で行えばすぐに見つかるはずだけれど」
レイナードは転移魔法について知識があるらしい。
ふむ、大規模魔法なのか。個人的には転移魔法があると聞いたこともなかったし、一般人には関係がないぐらいのレベルの話なんだな。
「あの女なら、必要になったからで開発ぐらいしてみせるだろう。少人数とはいえ、道中に複数人魔法使いが同行していたことから、個人で使える魔法ではなさそうだが」
「魔法を、開発……」
「昔からそういう奴だった。考えればわかること、と本人は済ませていたがな」
うっそだろ。必要になったからでやっていいことじゃないぞそれ。
俺にだってわかる。魔法の開発ってのは、前世でいう数学の公式を新たに作るみたいなものだ。
基本的に、魔法使いは決められた公式をなぞっているに過ぎない。しかも、公式をなぞるのにも適正というか、才能が必要になる。
そんな中で魔法を開発するというのがどれだけ大変かわかるだろうか。数学とは違い、理論はあっていても、実践できるかどうかは別っていう事なんだから。
これを聞いて、一気にお姉さんの人外味が増した。
レイナードも引き笑いしている。実際に具体的な異常エピソード聞くとやばいな。
「つまりだな、魔法使いがある程度集まって儀式をする場所。そこを特定できれば何とかなるはずだ」
「魔法の実行にかかる時間とかは?」
「予測に過ぎないが、こうして姿を隠しているということはそれなりに準備が必要なんだろう」
確かに。リヴェンを連れ戻すことが目的なら、わざわざ必要以上に時間をかける必要もない。
なら、まだ準備が整っていないと考えるのが自然か。
こちらが手を打つ猶予は残されていると。
それなら、どうするべきなんだ?
「言っておくけど、町の外周や裏街、下層にはいないよ」
「トリシェル!?」
「どもどもー。話、聞いちゃった」
いつの間にかに、俺たちの背後にトリシェルが立っていた。
レイナードは向かい合ってるから気づいてたんじゃないのか? と思い見てみるが、気づいてなかったらしい。本当に気配消すの上手いんだなこいつ。
「お前……」
「探しました、探しましたよええ! 改めて情報回して調べました! わかりませんでしたよ、これで満足ですか!」
自棄気味にトリシェルは紙束をリヴェンへ叩きつけた。
何だろうと思って覗くと、どうやら地図のようだ。この町のかな? バツマークがめっちゃついてる。
……おいおい、これもしかしてさ。
理解して、リヴェンもまた言葉を失っている様子だ。
「可能性のあるところを人海戦術でしらみつぶしに探させたけど、不審な人物はどこにもいなかった。だから、入り込んでるなら中層以上、最悪匿ってる奴がいるね」
「あの、トリシェル、これ……」
「ん? どうかした? シャーロットちゃん」
猫なで声で答えるトリシェル。そんな姿からは到底労力をかけたとは感じさせないけども。
「これ、まさかあの喧嘩別れからすぐに調べてこの量ですか?」
「そうだね。流石に苦労したよー? 使えるコネにも限りがあるんだから」
この、短時間で?
よくわからない奴だと思っていた。思っていたけれど、これは想像以上だ。
この町がどれだけ広いと思ってるの? 裏町がどれだけ入り組んでると思ってる? それの一帯を調べ直した?
「それで、感想は?」
「……なぜだ」
「はい?」
「なぜ、こんなことをした」
一通り目を通して、リヴェンは驚愕していたようだ。
その情報量と、確実性の裏付けに。
俺も驚いた。レイナードも、落ちた紙を拾ってみて驚いてるみたいだ。
「百歩譲ってこの能天気面はわかる。だが、お前は俺の事を嫌煙しているだろう。なぜ、俺に利すつことをした」
おい、今俺の事能天気面って言った?
「んー? わかってないねぇ、君は」
「何?」
「面子潰されたままで引き下がれないんだよ。それに、何よりも……シャーロットちゃんが悲しそうな顔してたでしょ?」
こいつ、人の感情を察して行動とかできたのか……っ!
ならこれまでの奇行の数々は。ああいや、俺に嫌われたいんだっけ。いやもう頭の中ごちゃごちゃするわけわからん。
でも、おかげで助かった。凄く嬉しい。
これだけの情報があれば、俺たちが次にやらなければならないことも随分と減らせる。
「ありがとうございます。トリシェル」
「やだなぁ、シャーロットちゃんがお願いしてくれるならこの程度幾らでもやるよぉ」
「嫌ですけど、ほんっとうに嫌ですけど、うちの店の出禁解除するぐらいはしてあげます」
「え、ほんと? それは本当に嬉しいけれど」
「お触りは禁止ですからね!」
やったと喜んでるトリシェルと尻目に、俺たちは持ってきてもらった資料の内容を改めて三人で共有する。
言われた通り、中層上層以外の潜伏場所は潰されている。
でも、中層は一般市民の居住区画。見知らぬ人がいれば、すぐに情報が出てくるはずだ。上層もしかり。
今現在見知らぬ人がいても問題にならない場所がある。
「うん、僕もそう思うかな」
「あいつならやるだろうな。何が主目的なのかはわからないが」
「ええ、明日以降の目標が定まりましたね」
俺たちは顔を見合わせて、考えが正しいであろうことを確認しあう。
間違いであってほしいと思うけど、同時に目標が一点に定まってよかったとも思おう。
相手の狙いは、オークション会場だ。




